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判例情報

  •  単独であれば保険診療となる療法と先進医療であり自由診療となる療法とを併用する混合診療が健康保険法86条所定の保険外併用療養費の支給要件を満たさない場合には,保険診療に相当する診療部分についても保険給付を行うことはできない

H23.10.25 最高(三小)判 事件番号平22(行ツ)19

  • 判決
    • 法86条等の規定の解釈として,単独であれば療養の給付に当たる診療(保険診療)となる療法と先進医療であり療養の給付に当たらない診療(自由診療)である療法とを併用する混合診療において,

      その先進医療が評価療養の要件に該当しないためにその混合診療が保険外併用療養費の支給要件を満たさない場合には,後者の診療部分(自由診療部分)のみならず,前者の診療部分(保険診療相当部分)についても保険給付を行うことはできないものと解するのが相当である

  • 勤務中の交通事故で、障害補償給付の支給を請求した件につき、受傷と高次脳機能障害との間には相当因果関係が認めらないとする決定の取消しを求めた事案

H23.08.04 岐阜地判 事件番号平20(行ウ)1

  • 判決
    • 2 争点

      原告は,本件事故により高次脳機能障害を負ったか。

      第3 当裁判所の判断

      1 前掲前提事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

      (1)本件事故前の原告の状況(甲8,13ないし16,38ないし
      42,原告本人)

      ア 原告は,中・高生時代から成績は中の上で,高校時代は生徒会役員を務めていた。

      イ 原告は,高校卒業後,Q大学獣医畜産学部畜産土木工学科に進学して畜産利水開発学研究室に所属し,牛ふんスラリーという液体を発酵させて肥料にする過程を観察・実験し卒業論文を書き,4年間で単位を取得して平成4年3月に同大学を卒業した。

      なお,原告は,大学では,テニスサークルに所属していた。

      ウ 原告は,A株式会社に自然科学系の部署であるバイオ事業部門があったことから,大学卒業後の平成4年4月,同社に就職し,新事業本部で培土生産業務に従事した。

      同業務には,顧客の要望に応じた培土を調合し生産するなどの仕事が含まれ,原告は,園芸用や水稲用の培土を作っていた。

      原告は,平成5年7月の全社大会において社長から銀賞の表彰を受けるな
      ど成績を評価された。

      会社の同僚は,原告が同大会の口頭発表においてメモを見ることなく細部まで時間通りに発表したことに感心した。

      エ 原告は,本件事故の前である平成5年7月(原告の陳述書・甲16では同年8月),営業職に異動した。

      その後,岐阜県近辺の顧客を訪問し,培養土に関する注文や相談を受け,集金を担当し,また,上司とともに新規取引先を回るなどの仕事もしていた。

      (2)本件事故の状況

      ア 本件事故は,前掲前提事実のとおり,信号機のない交差点で,原告の運転する車両が交差点に進入したところ,優先道路である交差道路を左方から時速約50キロメートルで走行してきた訴外第三者の乗用車との間で,その車両の前部同士が衝突し,原告車は反転してガードレールに激突し,両車両とも全損状態となったというものである。

      原告は,後のD病院での受診の際,前頭部にこぶを負ったと述べている(甲21)。

      イ しかし,両車両の損傷状況を示す客観的な証拠はなく,事故態様の詳細についても不明であるため,本件事故で原告の身体のどこにどの程度の衝撃を受けたかについても明らかでない。

      (3)本件事故当日の受診等(甲6,16,20,21,36,乙9,10,11,16,原告本人)

      ア 原告は,本件事故直後である午後4時50分頃,救急搬送され,平成5年8月25日午後5時10分にB病院に到着した。

      イ 原告は,同病院で,頭部及び頚部レントゲン検査,頭部CT検査の施行を受け,「頭部外傷Ⅱ型,頚椎捻挫」と診断されたが,各レントゲン検査の結果は異常なしとされ,経過観察とされた。

      ウ 同日施行された頭部CTの所見用紙(ただし,読影日は同月27日)には,K医師により,所見欄に「左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮あり。脳梗塞あるいは古い脳挫傷か?左に強し。」との記載が,コメント欄に「モヤモヤ病 AVM(動静脈奇形)等。念のため,一度造影CTを。少なくとも今回の外傷による異常ではないですし,外傷による他の異常は,ありません。」との記載がされている(以上の所見欄及びコメント欄の記載内容を,以下「K所見」という。)。

      ただし,同CT画像自体は残存しておらず,K医師による上記所見用紙の概念図への書込みが残存するのみである。

      エ 原告本人は,現在の記憶として,本件事故後救急搬送され,B病院に到着し,検査等を受けたことを記憶していない。しかし,本件事故当日の同病院のカルテの「既往症・原因・主要症状・経過等」の欄には,原告に意識障害があったことを示す記述はない。

      また,後のD病院での受診の際には,原告は,事故の際の記憶はないが,搬送先のB病院では意識もあり歩行もできたと述べた。

      オ 原告の直接の上司であったMは,原告の救急搬送の連絡を受け,本件事故現場を経由して同病院へ赴き,約1時間待機した後,診察室から出てきた原告を迎えたが,その際,原告の意識はしっかりしていたと感じた。

      原告本人は,現在の記憶として,病院の待合室で,上司が座っていたことをぼんやりと記憶している。

      原告は,午後6時半頃,同病院からMとともに帰宅したが,原告本人の現在の記憶としては,その際の記憶はない。しかし,Mは,帰宅する際の道中も原告の意識はしっかりしていた旨述べている。

      原告本人の現在の記憶として,帰宅後,親から休むように言われすぐ横になったことや,Mと父と座っていたこと等を断片的に記憶しているのみで,本件事故の翌日の行動については,会社に出勤したか否かも含めて
      記憶がない。

      (4)本件事故の翌々日の再受診(乙11,甲36)

      ア 原告は,本件事故の翌々日である平成5年8月27日,B病院で再受診した。

      原告は,同受診の際,頚部痛,右頭痛を訴え,また,左のスリッパが脱げやすいと左下肢の筋力低下を訴えた。

      しかし,吐き気はなく,指しびれもなかった。同日のカルテには,他に,「スパーリングテスト(-),処方 アドフィード3袋」と記載されている。

      イ 原告は,現在の記憶として,同日同病院で再受診した際,検査の結果異
      常なしと言われたことは記憶しているが,同日の受診を,本件事故翌日の
      ことと記憶しており,受診の結果,異常なしと言われたため,その日は出
      勤したと記憶している(甲6,16)。

      (5)C病院で受診するまで(甲6,8,16,20,24,38,原告本人)

      ア 原告は,現在の記憶として,本件事故後,初めのうちは問題なく過ごせていたと記憶している。

      イ 原告は,本件事故から1週間くらい後である平成5年9月初旬頃から,後頭部がどんとする痛みから,首にかけて硬くなって動かせなくなり,イライラが生じ,汗をかきやすくなった。

      ウ 原告は,その後も後頭部の痛みと首が動かせない状態が2週間ほど続いたため,同年9月22日及び23日,あんまマッサージ指圧師を訪ねてマッサージを受け,その後も2~3回マッサージを受けに行った。

      その頃,原告は,後頭部の手のひらの大きさの範囲くらいが痛み,痛むと1分半くらい続くことがあった。

      エ 原告は,同年10月頃になり,言葉がうまくしゃべれなくなったり,記憶力が落ちる等の症状を父親に訴えるようになった。

      そのころから,原告は,会社では受けた電話での注文を書こうとしても忘れてしまったり,営業先で客と話をする際,前日に観た野球の試合の点数を忘れていたりしたため,電話を取ったり人と話をしたりするのが怖く感じるようになった。

      その頃,原告は,様々な資材を混ぜて園芸用の土を生産する仕事で,最後
      に山土を混ぜる必要があったにもかかわらず,それを混ぜない形の配合表
      で発注し納品してしまうというミスをしたことがあった。

      また,原告は,それまでは20~30分で書いていた日報に1時間程度かかるようになったなど,あまりに物忘れがひどいと感じた。もっとも,原告は,同月16日,フォークリフトの取扱い試験には合格した。

      オ 原告は,ミスを恐れて精神的に不安定となり,同年10月27日,Jセンターの所長と面会し指導を仰いだ。

      原告は,仕事を休んで休養を取るようにとのアドバイスを受けたが,仕事を休むことでさらに記銘力が低下することが怖かったことから,仕事を続けた。

      他方で,原告は,本件事故後も,テニスや合気道といった趣味を続けて
      いた。

      カ しかし,その後,原告は,さらに記銘力が低下し,覚えていられることが少なくなったと感じ,会話のスピード自体も次第に遅くなり,次第に言葉がスムーズに出てこないようになったため,C病院で受診することとした。

      キ なお,Mは,原告が,平成6年7月頃生産部に異動するまでの間は,少なくとも普通に営業部で仕事に従事していたと供述する(乙16)。

      また,同社の生産部の原告の上司であったN氏は,平成6年7月以降も原告は普通に仕事に従事したが,平成8年3月頃から,不気味な笑いを浮かべるなど行動がおかしくなったと供述する(乙17)。

      しかし,同社で原告の1年先輩のR氏は,本件事故後,原告の話すスピ
      ードが極端に遅くなり,冗談も少なくなり,仕事上の指示にも自信がなさ
      そうで,何かを安心して任せられる状態ではなかった旨供述し(甲42),

      原告の従兄弟であるS氏は,本件事故後,原告の様子は本件事故を境にして明らかに違っており,話が滑らかにできなかったり,話が途中で途切れたりすることがあり,行動もゆっくりになっており,このようなことは事故後の年月が経つにつれて顕著になっていると感じると供述する(甲40)。

      (6)C病院における受診等(甲16,20,24)

      ア 原告は,平成5年12月21日からC病院神経内科に受診し,主訴として,「くびの鈍痛,会話が遅くなった,しゃべるのがおっくう,汗をかきやすい,ものがみにくい」と訴えた。

      また,「本件事故の1週間後よりくびのどーんとした感じが続いている。

      その他,イライラ,汗をかきやすくなっている。」,「本件事故以後,物をみるのに集中できない」,「本件事故以後,記銘力低下,集中力低下を自覚。」,「左腕外(・・記載内容が不明であり中略‥)が右腕より鈍い」などと訴えた。

      イ 同日,同病院神経内科医師は,眼科医師に対し視野検査等を依頼し依
      頼書には「CT上,左側頭葉にLDA(低吸収域)を認めます。」と記載されている。),

      これに対する回答として,眼科医師は,「ゴールドマン視野検査は別紙の如く両鼻下側にdefect(欠損)あるようです。定期的に視野検査させていただければ幸いです。」等と報告した。

      ウ また,同日,同病院神経内科医師は,「短期言語治療処方箋」で,リハビリテーション科言語室に対し,ウェリスラー成人知能検査等による言語機能の評価を依頼し,同日から平成6年1月18日までの間に同検査が実施され,

      その結果として,言語性評価点合計52点,動作性評価点合計46点,全検査評価点合計98点との記載,同評価欄には「言語性・動作性IQに差はなく,全体的にみて知能レベルは“平均”でした。

      下位検査の分析を行ったところ,記銘力,注意力,集中力に関する項目で特に成績低下を認めました。」との記載がある。

      エ また,同日(平成5年12月21日),同病院において,原告の頭部CT検査が施行された。

      原告は,同日付で,「脳梗塞」と診断され,同疾病のため,通院の上検査治療のため,1ヶ月間の通院を要するとされた。

      オ 原告は,同6年1月7日,同病院神経内科で再受診し,本件事故以後,「物をやるのに集中できない,物が覚えられない」と訴えた。

      同日付同科のカルテ「総括」欄には,「頚部ジャクソン徴候,記銘力低下,両鼻側半盲」と記載されており,また,「反射」の欄には左半身の反射の異常が見られることが記録されている。

      カ 原告は,同日,同病院において,言語訓練士の指導を受けた。

      同日付け「リハビリテーション経過報告書」には,「語想起能力は保たれていますが,長い文章での説明では,やや文の組み立てが乱れます。また口頭命令に従うといった複雑な文の理解に軽度の障害がみられました。それらの症状は,失語症ではなく,記銘力低下の影響下と考えられます。」と記載されている。

      また,原告に対し,同日,頭部MRI検査が実施された。

      キ 同病院の同年1月17日付カルテには,原告の訴えについて,「不変」と記載されている。

      (7)D病院における受診等(甲16,21,25)

      ア 原告は,平成6年1月21日,更なる検査の必要性から,C病院の紹介で,D病院で受診し,主訴として,記銘力障害(電話番号がすぐにでも覚わらない,約束を忘れてしまっている。)を訴えた。

      また,「本件事故後1週間ほどしてから頭がボーッとする。後頭部がドーンとする。症状はなかなか改善せず,集中力がなくなる。」と訴えた。

      同日付カルテによれば,原告には四肢筋力低下が見られたが,シビレ,歩行障害,めまい,ふらつきは見られなかった。

      イ 同日付けカルテには,「総括」の欄には,「1)頚部前屈時痛,2)深部反射亢進 Rt(右)>Lt(左),3)神経心理学的障害」,

      「1 全身所見」の欄には,「alexia(失読症)(-),agraphia(失書症)(-),漢字を忘れっぽい,言葉が出にくい,apraxia(失行症) 今までできた動作の手順ができない」,

      「4 脳神経」の欄には,「舌下 舌 萎縮(-),細かい動きはできないという」と記載されている。

      また,「10 反射」として,「「下顎 N(正常)」,「上腕二頭右(+)<左(+)」,「上腕三頭 右(+)<左(+)」,「橈骨 右(+)<左(+)」,「ワルテンベルグ 右(-)左(+)」,「ホフマン 右(-)左(+)」,「膝 右(+)左(++)」,「アキレス 右(+)左(++)」,「膝間代 右(-)左(-)」,「足間代 右(-),左(-)」,「バビンスキー 右(-),左(-)」,「チャドック 右(-),左(-)」,「ロッソリモ 右(-),左(-)」」等と記載されており,さらに,「13 失語(-),失認(-),失行(-)」と記載されている。

      ウ また,同日付け臨床診断として,MRI画像上,左側頭頭頂部病変(角回)と診断されている。

      同病院のカルテの同日付経過治療欄には,「<脳CT>12/21’93県病院 両側シルヴィウス裂描出 年齢の割に脳室拡大(軽度左右対称) lt angular gylus(左角回)付近に境界不鮮明LDA(低吸収域)」とのコメント付きのスケッチが記載されている。

      また,<脳MRI>と題するスケッチにおいては,脳溝を含む部分に「T2強調像にて高信号」などと指摘されている。

      さらに,原告に対する頚部MRI画像上には,異常は認められなかった。

      エ 同カルテの同月24日付けの脳外科宛の「依頼箋」には,「脳CTでLDA(低吸収域)あり。脳溝の拡大かと思われましたが,MRI冠状断像では明らかに同部の皮質に異常像を認めます。」等と記載されている。

      また,原告に対し,同日,MR血管撮影検査が施行された。

      オ 同カルテの同月28日付経過治療欄には,「主訴的訴え」として「症状は徐々に改善してきている。たくさんのことを同時に注意できる。まだメモしないと覚われない(記銘力障害)」と,「客観的情報」として「脳外の脳動脈撮影(両側),腫瘍,動静脈奇形は否定される。

      脳梗塞は否定できないが年齢的に言っても外傷による脳挫傷と考える。」等と,「評価」として「右錐体路徴候が明らかになってきている。」と,「計画」として「脳挫傷として経過観察」等と記載されている。

      原告は,同日付で,同病院において「脳挫傷(左頭頂葉)疑」と診断さ
      れた。

      同日付け診断書には,「今後6か月間の通院治療を要する。軽度の記銘力障害及び右上肢巧緻運動障害を認めるが,通常の業務への就労には支障はないと考えられる。

      ただし,高度の判断力を要する仕事に従事する際には配慮が必要と思われます。」と記載されている。

      (8)会社退職からG病院受診に至るまで(甲6,16,38,乙24,原告本人)

      ア 原告は,本件事故前との落差から自信を喪失したため,平成6年3月,会社に辞表を提出した。

      しかし,「君一人いなくても大丈夫だから,リハビリのつもりできたらいいよ。」などと言われて慰留された。

      もっとも,原告は,同年7月(原告の陳述書・甲16では同年4月),営業の仕事を外され,入社当時と同じ培土生産の工場勤務に配置換えとなった。

      イ 原告は,平成8年頃,すでに会社に症状を隠せなくなっており,徐々に疲れやすくなり記憶力もさらに低下してきた。

      症状が進むにつれ,部署の異動があり,新しい仕事を覚えられない等から,周囲の目が気になるようになり,朝は緊張して出勤する決心がつかない日もあった。

      ウ 原告は,平成8年3月25日,E病院を受診し,原告の母Tは,原告
      が,2か月前くらいから,「自分の中で色々指図したり,命令してくれる
      「あなた」,「あんた」という人がいる」と訴えるようになり,「それに
      自分で答える様になった。」と訴えた。

      原告は,受診の際,「命ずる声は男の人」,「人間を作る元の人が来てるから仕方ない,自分だけでなく,周りの人までそうなっている,世の中破滅しようとしていた」などと述べた。

      原告は,同病院において「S(統合失調症)」と診断され,同日から約
      3か月間,同病院に入院した。

      原告は,同入院期間は,投薬と規律ある生活で,よく眠れるようになった。

      エ 原告は,同病院を退院した後,会社を休職したが,同年8月15日,会社から自主退職を勧められ,会社を退職した。

      以後,原告は,依然として疲れやすいままで職に就くことはできなかった。

      オ 原告は,介護士になることを志し,平成11年に専門学校に入学し,2年後の平成13年3月に同校を卒業して介護福祉士及びレクリエーションインストラクターの資格を取得した。

      専門学校に入学した後も,記憶障害・言語障害があり疲れやすく集中できなかったが,午前10時から午後3時までの授業を終え,家に帰るとすぐ布団に入った。母親が病院へ薬を取りに行くなどしていた。

      原告は,専門学校卒業後は福祉施設に就職が内定していたものの,事前
      研修が終わった後,同施設の人に辞めることを勧められ,同施設に就職す
      ることを断念した。

      カ 原告は,E病院退院後も,同病院へ通院していたが,同13年4月4日から同年6月1日まで,同病院に入院し,また,同月26日から同月28日まで,同病院に入院した。(乙24,31)

      キ 原告は,平成13年10月20日,自ら腹部,左胸部を果物ナイフ,包丁等で刺し,F病院へ救急搬送されICU入院となった。

      そして,原告は,同月25日,F病院の外科から精神神経外科へ転科し,統合失調症と診断され,同年11月30日まで入院療養し,退院後も,同病院へ,引き続き月1,2回の通院療養を継続した。(乙25,甲5の1)

      (9)G病院における受診,治療経過等(甲1,4,5の1,29)

      ア 原告は,平成17年7月25日,F病院の紹介で,G病院脳神経外科に受診し,記銘力障害や計算能力,作業能力低下等の症状を訴えた。

      イ 原告は,同病院において,同年8月8日,MRI検,ECD-SPE
      CT検査及びWAIS-R等の各種精神心理学検査を,同月26日,FD
      G-PET検査及び各種神経心理学検査を受けた。

      ウ 同病院で施行された神経心理学検査の結果,WAIS-R全検査IQが85点(言語性IQ88,動作性IQ84)で,全体的な能力がやや低下しているとされているほか,

      記憶能力,特に言語性の記憶能力の低下が顕著であり,論理的な記憶などができていない,一度に記憶できる量が少なく,保持することも困難になっている,情報処理速度が遅く,遂行能力が低下していると考えられ,同時に要求されることが増えると混乱し処理速度が更に落ちる等と診断されている。

      エ 同病院のH医師は,画像所見の結果,「1.MRIにおける軽度~中等度の「びまん性脳萎縮」の存在(同年齢の健常人との比較において),

      2.FDG-PETにおける両側前頭前野内側面及び帯状回の局所糖代謝低下,

      3.ECD-SPECTにおける両側前頭前野内側面及び帯状回の局所脳血流低下,

      4.MR diffusion tensor image でみられる脳梁膨大部後半における tractの減少」より,

      原告にびまん性軸索損傷があると診断している。

      そして,頭部外傷が本件事故以外になかったとすると,現在出現している高次脳機能障害(神経症状)は,本件事故による頭部外傷に起因するものと判断せざるを得ないとしている。

      (10) 現在の原告の生活状況

      ア 原告は,平成15年から現在に至るまで,月曜から金曜まで「U」という作業所に通い,紙箱の組立て,箱のシール貼り,ガムなどのパック詰め,手提げ袋の持ち手付けなどの簡単な作業を行っているが,

      疲れやすく翌日に疲労が残るため,終了時間まで作業することができない。

      イ 甲16の陳述書作成時である平成21年当時,原告は,疲れやすく,集中力に欠ける状況が続いており,一度に複数のことを指示されると判断ができない,記憶力が低下している,会話がスムーズにできない,無理をした翌日は疲れが残るという症状がある。
      (甲6,16,38,原告本人)

      2 高次脳機能障害及びびまん性軸索損傷に関する医学的知見について
      このことについて,掲記の証拠によれば,次のとおりと認められる。

      (1)びまん性軸索損傷とは

      びまん性軸索損傷とは,脳全体に回転角加速度衝撃が加わった場合に,脳
      内に剪断力が働き,大脳表面と大脳辺縁系及び脳幹部を結ぶ神経軸索が広い範囲に切断されるか損傷されるかして,広範な神経連絡機能の断絶を生じることとなる病態をいう(乙19,26,35,41,甲52)。

      (2)高次脳機能障害とは

      高次脳機能障害とは,麻痺・感覚障害・失調など要素的な身体症状による
      ものではない言語・認知・行為・記憶・その他さまざまな知的能力及びそれらの維持に必要な背景の障害と定義される(乙5)。

      高次脳機能障害は,脳の局所性損傷でも,びまん性損傷でも生じる(乙8)。

      (3)脳損傷による高次脳機能障害の病像

      「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」が作成し
      た平成19年2月2日付けの「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(報告書)と題する書面(甲17。以下「自賠責報告書」という。)によると,

      自賠責保険(共済)における「脳外傷による高次脳機能障害」とは,脳外傷後の急性期に始まり多少軽減しながら慢性期へと続く,以下の①ないし⑤の特徴的な臨床像を指すとされている。

      弁論の全趣旨によれば,これは,「自賠責保険(共済)における」との限定が付されているが,脳外傷による高次脳機能障害に関して,現在における一般的な医学的知見を総合したものと解される。

      ① 典型的な症状-多彩な認知障害,行動障害及び人格変化認知障害とは,記憶・記銘力障害,注意・集中力障害,遂行機能障害などで,具体的には,新しいことを覚えられない,気が散りやすい,行動を計画して実行することができない,などである。

      行動障害とは,周囲の状況に合わせた適切な行動ができない,複数のことを同時に処理できない,職場や社会のマナーやルールを守れない,話が回りくどく要点を相手に伝えることができない,行動を抑制できない,危険を予測・察知して回避的行動をすることができない,などである。

      人格変化とは,受傷前には見られなかったような,自発性低下,衝動性,易怒性,幼稚性,自己中心性,病的嫉妬・ねたみ,強いこだわりなどの出現である。

      なお,これらの症状は,軽重があるものの併存することが多い。

      ② 発症の原因及び症状の併発

      上記①の認知障害,行動障害,人格変化は,主として脳外傷によるびまん性脳損傷を原因として発症するが,局在性脳損傷(脳挫傷,頭蓋内血腫など)とのかかわりも否定できない。

      実際のケースでは,両者が併存することがしばしば見られる。

      また,びまん性脳損傷の場合,上記①の症状だけでなく,小脳失調症,痙性片麻痺あるいは四肢麻痺の併発も多い。これらの神経症状によって起立や歩行の障害がある事案においては,脳外傷による高次脳機能障害の存在を疑うべきである。

      ③ 時間的経過

      脳外傷による高次脳機能障害は,急性期には重篤な症状が発現していて
      も,時間の経過とともに軽減傾向を示す場合がほとんどである。

      これは,外傷後の意識障害の回復経過とも似ている。したがって,後遺症の判定は,急性期の神経学的検査結果に基づくべきではない。経時的に検査を行って回復の推移を確認すべきである。

      しかし,症例によっては,回復が少ないまま重度な障害が持続する場合もある。

      ④ 社会生活適応能力の低下

      上記①の症状が後遺した場合,社会生活への適応能力が様々に低下することが問題である。これを社会的行動障害と呼ぶこともある。

      軽症で,忘れっぽい程度の障害であれば日常生活への影響は少ない。

      しかし,重症では就労や就学が困難になったり,介護を要する場合もある。

      ⑤ 見過ごされやすい障害

      脳外傷による高次脳機能障害は,種々の理由で見落とされやすい。例え
      ば,急性期の合併外傷のために診療医が高次脳機能障害の存在に気づかな
      かったり,家族・介護者は患者が救命されて意識が回復した事実によって
      他の症状もいずれ回復すると考えていたり,被害者本人の場合は自己洞察
      力低下のため症状の存在を否定している場合などがあり得る。

      (4)高次脳機能障害の診断基準

      自賠責報告書によれば,脳外傷による高次脳機能障害の診断基準に関して,次のとおり指摘されおり,これも現在における一般的な医学的知見を総合したものと解される。

      ① 総論

      脳外傷による高次脳機能障害の症状を医学的に判断するためには,意識障害の有無とその程度・長さの把握と,画像資料上で外傷後ほぼ3か月以内に完成するびまん性脳室拡大・脳萎縮の所見が重要なポイントとなる。

      また,その障害の実相を把握するためには,診療医所見は無論,家族・介護者等から得られる被害者の日常生活の情報が有効である。

      ② 意識障害の有無とその程度

      脳外傷による高次脳機能障害は,意識消失を伴うような頭部外傷後に起こりやすいことが大きな特徴である。

      一次性のびまん性脳損傷(びまん性軸索損傷)の場合,外傷直後からの意識障害を大きな特徴とするのに対し,二次性脳損傷では,頭蓋内血腫や脳腫脹が増悪して途中から意識障害が深まるという特徴がある。

      また,脳外傷直後の意識障害がおよそ6時間以上継続するケースでは,永続的な高次脳機能障害が残ることが多い。意識障害の程度・期間の重要性を良く認識した上で,十分な調査が必要となる。

      高次脳機能障害が問題となる事案の抽出条件として,以下のいずれかが
      挙げられる(ただし,必要条件ではない。)。

      ⅰ 半昏睡ないし昏睡で,開眼・応答しない状態(ジャパン・コーマ・ス
      ケール(以下「JCS」という。)で3桁,グラスゴー・コーマ・スケ
      ール(以下「GCS」という。)で8点以下)が少なくとも6時間以上
      続くこと。

      ⅱ 健忘症あるいは軽度意識障害(JCSで1ないし2桁,GCSで13
      ないし14点)が少なくとも1週間以上続くこと。

      ③ 画像所見

      びまん性軸索損傷の場合,受傷直後の画像では正常に見えることもあるが,脳内(皮質下白質,脳梁,基底核部,脳幹など)に点状出血を生じていることが多く,脳室内出血やくも膜下出血を伴いやすい。

      受傷数日後には,しばしば硬膜下ないしくも膜下に脳脊髄液貯留を生じ,その後代わって,脳室拡大や脳溝拡大などの脳萎縮が目立ってくる。

      およそ3か月程度で外傷後脳室拡大は固定し,以後はあまり変化しない。

      これらを踏まえ,認定には経時的な画像資料を通して脳室拡大・脳萎縮等の有無を確認することが必要である。

      また,局在性脳損傷(脳挫傷,頭蓋内血腫等)が画像で目立つ場合でも,脳室拡大・脳萎縮の有無や程度を把握することが重要である。

      頭部画像上,初診時の脳外傷が明らかで,少なくとも3か月以内に脳室拡大又は脳萎縮が確認されることが,高次脳機能障害が問題となる事案としての抽出条件の一つとされる(ただし,必要条件ではない。)。

      ④ 他の疾患との識別

      頭部外傷を契機として具体的な症状が発現し,次第に軽減しながらその症状が残存したケースで,びまん性軸索損傷とその特徴的な所見が認められる場合には,脳外傷による高次脳機能障害と事故との因果関係が認められる。

      一方,頭部への打撲などがあっても,それが脳への損傷を示唆するものではなく,その後通常の生活に戻り,外傷から数か月以上を経て高次脳機能障害を思わせる症状が発現し,次第に増悪するなどしたケースにおいては,外傷とは無関係に内因性の疾病が発症した可能性が高いものといえる。

      画像検査を行って,外傷後の慢性硬膜下血腫の生成や脳室拡大の伸展などの器質的病変が認められなければ,この可能性はさらに支持されるものと考えられる。この可能性の中には非器質性精神障害も含まれる。

      ⑤ 脳震盪との関係

      脳振盪症候群,MTBI(Mild Traumatic Brain Injury )の評価については,現在の画像検査において外傷所見が見出せず,また,意識障害の存在も確認できない場合であっても,外傷による障害があるものが相当数存在するので,脳外傷による高次脳機能障害と認定すべきだとする問題提起があるが,

      現在臨床において一般的に実施されているCT,MRI等の検査において外傷の存在を裏付ける異常所見がなく,かつ,相当程度の意識障害の存在も確認できない事例について,脳外傷による高次脳機能障害と認定の存在を確認する信頼性のある手法があると結論するには至らなかった。

      従って,当面,従前のような画像検査の所見や意識障害の状態に着目して外傷による高次脳機能障害の有無を判定する手法を継続すべきである。

      しかしながら,上記結論は,あくまでも現在の医療水準の到達点を前提とするものであって,現在の画像診断技術で異常が発見できない場合に外傷による脳損傷が存在しないと断定するものではなく,

      この点については,今後の画像診断技術などの向上・進歩に応じて,従前の画像診断による手法に拘泥することなく,適切に対応すべきである。

      3 本件事故と原告の症状との因果関係について

      前記の医学的知見及び後記摘示の医学的知見に照らして,前記認定事実(及び証拠状況)から本件事故と原告の症状との因果関係について,特にびまん性軸索損傷の存否の判断を中心として,次に検討する。

      (1)受傷後の意識レベルについて

      ア 本件事故直後の原告の意識レベルについて

      前示のとおり,原告は,本件事故から約20分後に救急車で到着したB
      病院の救急外来で,「頭部外傷Ⅱ型,頚椎捻挫」と診断されたのであるが,

      頭部外傷Ⅱ型とは脳震盪を意味すること(弁論の全趣旨),脳震盪を診断した医師としては,脳損傷の有無を判断するため,意識障害の有無について着目すべきであり,意識障害が認められたなら,それが軽度のものであっても重要な事実としてこれをカルテに記載すると考えられるところ,

      本件事故当日のカルテには意識障害の有無に関する記載はないこと,原告は,後に受診したD病院で,(B病院では)意識もあり歩行もできた旨述べたこと,

      本件事故から1時間半くらいが経過したころ,診察室から出てきた原告を迎え,車で原告の自宅に送り届けた上司のMは,その際の印象として,原告はしっかりしていたと述べていること,

      他方,原告は,D病院では,本件事故時の記憶はない旨述べたこと,原告本人は,現在の記憶として,本件事故発生からB病院到着までの間は記憶がない旨述べていること,

      以上によれば,原告は,脳震盪により病院に搬送されるまでの間,軽度の意識障害や逆行性健忘が生じていた可能性があると考えられるが,本件事故により原告に半昏睡以上の意識障害が生じていたと認めることはできない。

      なお,原告は,B病院のカルテには検査記録等が綴られていないこと,
      「受傷当時意識はなかった」旨の記載がある同病院の平成16年9月6日
      付け診断書(乙1)を作成したI医師は,当時原告を診察した医師ではな
      いが,

      このような場合,医師は,カルテの記載など当時の資料に基づき診断書を作成すべきであること,以上によれば,当時の原告の意識障害を示す資料が別に存在する可能性がある旨主張するが,

      受傷ないし診療当時の意識の有無は,カルテ本体に記載するのが通例であり,検査記録等に証拠が残存するような事柄とは考えにくいこと,

      本件事故当日のカルテの記載は,前後に継続する部分が存在したり別に検査記録等が存在したりすることを窺わせるような内容ではないこと(なお,レントゲン画像やCT画像については,別保管とされることが多いため,カルテが残存しながらこれらが残存しないことは不自然とはいえない。),

      診療から年月を経て診療をした医師ではない医師が残存するカルテに基づき当時の病状に関して診断書を作成するに当たっては,診断書作成時における患者の供述を参考資料とすることがないとはいえないこと,

      したがって,「受傷当時意識はなかった」との上記診断書の記載は,当該診断書作成時における原告の記憶を反映したものである可能性があること,

      以上によれば,当時の原告の意識障害を示す資料が別に存在する可能性があるとする上記原告の主張をもって,原告に半昏睡以上の意識障害があったとは認められないとする前示の判断が左右されるということはできない。

      また,原告の父の陳述書(乙9)にある「事故直後から病院まで本人意識なし」との記載については,その内容が原告の父が直接知っているはずのない事柄であること,また,前示の証拠状況とも齟齬があるというべきであることからすると,

      これも,その作成当時における原告の記憶を反映したものである可能性があるというべきであるから,採用することはできない。

      イ 本件事故後1週間程度の間の意識レベルについて

      前記認定事実によれば,原告は,本件事故当日には,医師の診察を受けたほか,Mや家族と接触し,遅くとも翌々日以降には,勤務先会社の者やその営業先の者とも接触したと考えられるところ,

      診察した医師が原告の意識レベルについて疑問を抱いたとする証拠はなく,むしろ,異常なしとの判断を原告に対し示したこと,

      B病院に搬送されて以降,自覚的にも他覚的にも原告の意識レベルが低下していたことを窺わせるエピソードは見当たらないこと,

      以上によれば,本件事故後1週間程度の間に原告に軽度の意識障害が生じていたと認めることもできない。

      なお,原告本人は,本件事故後の行動についての記憶が断片的である旨述べるが,本件事故後の行動について問い質され,記憶を喚起したのがC病院受診時であったとすれば,その時点で本件事故から約4か月が経過していたのであるから,記憶が断片的であるとしても特に不自然ということはできない。

      ところで,原告は,脳外傷による意識レベルの低下は見落とされやすい旨主張するが,

      本件事故当日及び翌々日の診療で,担当医師は,脳のレントゲン・CT撮影を指示し,その結果を検討するなど,原告の脳損傷の有無について注意していたと考えられるから,

      その際,原告の意識レベルの低下を見落としたとは考えにくく,意識レベルの低下を認めていたならカルテに記載したはずであること,

      また,翌々日以降,原告が意識レベルが低下した状態で普通に営業職に従事することができたとは考えにくいところ,

      従事に支障を生じたことを窺わせるエピソードがあったとは認められず,仮にそのようなエピソードがあれば,本件事故との関連性が問題とされたはずであることからすると,上記原告の主張をもって原告に意識障害が生じていた可能性を認めることはできない。

      ウ 以上のとおり,本件事故後の原告には,B病院に搬送されるまでの間,脳震盪による軽度の意識障害又は逆行性健忘が生じていた可能性が認められるが,

      現在の一般的な医学的知見としてびまん性軸索損傷による高次脳機能障害の発症を問題とすべき6時間以上の昏睡若しくは半昏睡又は1週間以上の意識レベルの低下が生じていたとする事実があると認めることはできない。

      (2)CT,MRI画像等の所見について

      ア 医学的知見について

      前示のとおり,びまん性軸索損傷を診断する上の重要ポイントとして,画像所見として,急性期における何らかの異常所見又は慢性期にかけての局所的な脳萎縮,特に脳室拡大の進行,急性期は脳内の点状出血,脳室内出血,くも膜下出血であり,慢性期は事故後の画像と比較して限局性又はびまん性の脳萎縮又は脳室拡大が指摘されている。

      もっとも,びまん性軸索損傷の急性期について,自賠責報告書には,脳内に出血が認められる場合が多いとされているが,

      純粋なびまん性軸索損傷では,受傷当日の頭蓋内は全く正常であるとか,何ら異常を認めないこともあるとする文献(乙40,甲46),外傷直後のCT及びMRIでは一見正常のこともあるが,精度の高いMRIで観察すると,脳内に散在性の点状出血を認めることが多いとする文献(乙8)がある。

      また,慢性期(受傷後3か月以上)には,CT及びMRI画像上,脳の表面の脳溝が拡大し,脳萎縮による見かけ上の脳室の拡大が生じ,第3脳室及び第4脳室を含む全脳室の拡大が生じるとされている。

      イ 本件事故当日のCT画像について

      以上を前提として,本件について見れば,仮に本件事故によりびまん性軸索損傷が生じていたとした場合に急性期というべき本件事故当日にB病院で撮影されたCT画像は残存していないが,

      翌々日に当該画像を読影したK医師の所見(K所見)が残存しており,これによれば,当該画像上は,本件事故の外傷による異常はないとされているところ,

      前示のとおり,びまん性軸索損傷の有無は,受傷直後のCT画像からは判断できない場合があるとされているのであるから,

      このことのみをもっては,原告にびまん性軸索損傷が生じていたとも生じていなかったとも判断することはできないというべきである(ただし,H医師は,K所見が指摘する脳萎縮の場所と同じ場所に損傷が生じた可能性を指摘しているが,この指摘についての判断は,後記のとおりである。)。

      ウ 脳室拡大の有無について

      仮に本件事故によりびまん性軸索損傷が生じていたとした場合に慢性期と言うべき時期における脳画像として,前示のとおり,本件事故の約4か月後である平成5年12月21日にC病院で施行された脳CTの画像が存在し,

      これについて,D病院の平成6年1月21日付けカルテには,「年齢の割に脳室拡大(軽度,左右対称)」が認められる旨の記載があるところ,K所見には,脳室拡大に関する所見の記載がないことから(甲25,36,乙11),本件事故後に脳室拡大が生じた可能性があるのではないかとの疑いが問題となる。

      しかし,平成6年1月のMRI画像を確認したO医師は,同画像での脳室の大きさは,24歳という年齢からすれば僅かに拡大していると判断しても,正常範囲内と判断してもどちらでも良い所見であり,少なくとも明らかな脳室拡大の所見はない旨述べており(乙18),この判断の信用性を左右する証拠はない。

      また,脳室拡大の有無ないし程度は,同じ基準で急性期と慢性期の画像を比較することが大切であり,脳室の大きさは個人差が大きいために,年齢別の正常例と比較することは不適当であることや,1回だけの画像では確定できないことが指摘されている(乙8,21,40)。

      以上によれば,上記D病院のカルテに脳室拡大に関する所見の記載があることとK所見に脳室拡大に関する記載がないこととをもって本件事故後に原告の脳室に拡大が生じたと認めることはできない。

      エ びまん性脳萎縮の有無等について

      H医師は,平成17年8月8日のG病院での原告の脳のMRI画像(甲10の2)について,軽度ないし中等度のびまん性脳萎縮が認められる旨,

      また,本件事故当日のCT画像でK医師が認めた左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮と同一部位又はその極めて近傍に,本件事故によって損傷が起こり,病変が拡大,進展し現在に至ったことは十分考えられる旨述べている(甲29,証人H)。

      しかし,O医師は,上記MRI画像に認められる脳萎縮は,K所見の「左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮あり」と異なるものとは認められず,

      びまん性脳萎縮と言えるようなものではない旨,K所見にいう脳萎縮と同一の部位に本件事故による脳萎縮がさらに生じたとする可能性は確率的に低いと考えるべきであるし,

      また,本件事故によって当該部位(皮質)に損傷が生じたとすれば,局在性脳損傷として本件事故直後のCT画像上も出血等を認めることができた可能性が高い旨述べており(乙18,証人O),

      この供述の信用性を妨げる証拠はないから,上記H医師の見解を直ちに採用することはできない。

      なお,P医師は,統合失調症患者のCT画像に脳室拡大やシルビウス裂の開大が認められたとする報告例が多数存在し,本件事故当日のCT画像に関する「左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮あり」とのK所見も,これらの報告例が示す所見と同一である可能性が高い旨述べている(乙23)。

      確かに,乙30(239頁ないし243頁)には,脳室拡大(特に側脳室の拡大)の所見は,統合失調症患者の7割超において認められたとする報告例,その6割弱に認められたとする報告例,同所見は初回エピソード患者にも認められること,

      また,統合失調症患者にシルビウス裂の開大が認められる場合があることなどの記載があり,上記P医師の見解を裏付けている。

      そして,上記K所見にいう脳萎縮は,C病院やD病院のカルテ(甲24,25)に示された判断とも併せ見れば,脳挫傷,脳梗塞又は脳動静脈奇形などを原因とするとの疑いを生じさせるものであったことが窺われるが,

      原告本人は,脳挫傷や脳梗塞の既往はない旨述べており,能動静脈奇形は,D病院のMR血管撮影の結果により否定されている。

      しかしながら,上記K所見にいう脳萎縮については,統合失調症患者に認められる所見と同一と認めるに足りる具体的証拠はないというべきであり,統合失調症との関連性は1つの可能性として有力であるとしても,O医師が述べるように(乙18),その原因は不明というべきものと考える。

      オ まとめ

      以上のとおりであるから,本件事故直後のCT画像には,びまん性脳萎縮など本件事故による脳損傷を示す所見はないというべきであり,

      また,同CT画像に関するK所見と本件事故から4か月後のCT・MRI画像とを対比した場合に,びまん性脳萎縮に特徴的というべき慢性期における脳萎縮(脳室拡大)が生じていると認めるに足りる証拠はないというべきである。

      カ トラクトグラフィーについて

      なお,H医師は,MR diffusion tensor imageで原告の脳梁膨大部後半のトラクトの減少が認められることをびまん性軸索損傷を診断する根拠の1つであるとしている(甲4)。

      しかし,O医師は,「シルビウス裂~中心溝近傍」に脳萎縮が存在すれば,脳梁後半部は当然に神経繊維が減少している部位であり,

      K所見の指摘する脳萎縮が本件事故以前からあったのであれば,「脳梁後半部における神経繊維の減少」は,本件事故によるびまん性軸索損傷を示すものではない旨述べており(乙18),この供述の信用性を妨げる証拠はないから,上記H医師の判断を採用することはできない。

      (3)原告の症状について

      弁論の全趣旨によれば,原告に生じている記銘力障害その他の症状は高次脳機能障害の症状として矛盾はないものと認められるが,被告は,これらが統合失調症など他の疾患によるものである旨主張するので以下に検討する。

      ア L医師の指摘について

      精神科医であるL医師は,C病院及びD病院の各カルテにより本件事故後の原告に生じていたと認められる記銘力障害,失語,病的反射,失行及び両鼻下側の視野損失の症状は,統合失調症の症状として理解することは不可能であり,

      D病院のCT結果所見における「左側頭-頭頂部(角回付近)に異常陰影」との所見は,記銘力障害,失語,文章の理解及び組立ての乱れといった各症状と整合すると述べている(甲19,27)。

      しかし,D病院のCT結果所見の「左側頭-頭頂部(角回付近)に異常陰影」との所見は,前示のとおり,K所見の「シルビウス裂~中心溝近傍に脳萎縮」との所見と同一である可能性が高いことからすれば,原告の上記諸症状は本件事故と因果関係を有しないこととなる。

      けれども,原告は,これらの諸症状が本件事故後に生じた旨も主張するので,これらの諸症状について次に個別に検討することとする。

      イ 記銘力障害について

      上記のとおり,L医師は,記銘力障害が統合失調症の症状であることを否定するのであるが,乙30には,統合失調症の初期症状に関する研究として5つの研究が紹介されているところ,

      「中井( 1974 )」を除く4つ研究において,多様な初期症状が指摘されている中で,次のとおり,原告が訴える記銘力低下によく類似すると考えられる症例のあることが指摘されている。

      ① Clerambault(1920) は,「思考消失と忘却」として,「考えていることが突然消え,忘れさせられ,止められる」と表現される現象を指摘している。

      ② Mcghie & Chapman(1961)は,「話し言葉の知覚(即時理解の障害,即時記憶の障害)」として,「・・・今しがた聞いたばかりのことも忘れてしまいます。」という症例を指摘している。

      ③ Huberら(1966) は,「超短期記憶の即時保持の障害」として「誰かに何か言われると,すぐにそれを実行するか書き留めるかしなければ,それを覚えていられません。私はたしかにそれを聞いたのに,それは消えてしまうんです。」と陳述する症例を指摘している。

      ④ 中安(1990)は,30種からなる「初期分裂病症状一覧」を作成しており,その中の1つとして「即時記憶の障害」(直前に自分でしようと思ったことや他人から聞いたこと,あるいは読んだことが全く思い出せなくなるという体験)のある症例を指摘し,102例の症例中35.3%に当該症状の出現があったとしている。

      以上のような統合失調症の初期症状に関する研究結果が存在すること,原告は,平成8年3月に統合失調症の診断を受けていること,また,統合失調症は発症と緩解を繰り返す例が少なくないこと(乙27の85頁ないし90頁)等からすると,

      原告が訴える記銘力低下の症状は,統合失調症の初期症状であるとしても不自然ではないというべきである(本件事故と統合失調症との関連性の存否については後述する。)。

      ウ 失語,失行について

      原告に失語及び失行の症状があったのか否かについては,前示のとおりC病院及びD病院の各カルテの記載に矛盾があるかのようでもあるが,

      D病院での最後の受診日(平成6年2月28日)と同日付の診断書では,「軽度の記銘力障害及び右上肢巧緻運動障害」のみが症状として記載され,失語又は失行についての記載はないこと,C病院の言語訓練士の報告書には,「文の組立てが乱れる」とか「口頭命令に従うといった複雑な文の理解に軽度の障害が見られる」といった症状は,「失語症ではなく,記銘力低下の影響と考える」旨の記載があること,

      原告本人の現在の症状に関する訴えも,記銘力障害のために言葉が出ないとか,記銘力障害のために仕事の手順が分からなくなるという趣旨と解されること,

      以上によれば,失語及び失行が記銘力障害とは別の独立の症状として存在した(又は存在する)と認めることはできない。

      エ 錐体路障害について

      H医師は,脳神経外科の立場から,D病院のカルテに記載されている深部腱反射である下顎,上腕二頭,上腕三頭,膝,アキレスは,左右ともに亢進しているので,両側性に錐体路のどこかで器質的障害(画像上捉えられなくても良い。すなわち,精神的な障害ではないという意味。)が存在していることを示しており,

      更に,病的反射は左のワルテンベルグ,ホフマンがみられ,かつ左が右に比べてより亢進していることから,右側(右大脳半球運動野起始という意味)錐体路障害がより強いことが疑われると述べており,これらは統合失調症では説明できず,

      また,言語性記憶力の低下や病的反射,深部腱反射の亢進は,外傷後神経症では説明できないと述べる(甲29)。

      O医師も,深部腱反射や病的反射は正常でも亢進したり出現することがあり,腱反射が亢進し病的反射が出るからといって即座に錐体路障害があるとまではいえないが,左右差があるときには明らかな異常であり,その点から本症例は右錐体路障害の存在が疑われるとしている(乙37)。

      以上のとおりであるから,原告には,右錐体路障害があると認めるのが相当である。

      そして,一般に,錐体路障害が生じる原因としては,血管障害,腫瘍,変性,外傷,脱髄疾患などがあり,びまん性軸索損傷によっても生じるとされているところ(甲30,乙18,証人H,同O),原告については,血管障害や腫瘍の存在は,D病院のMR血管撮影の結果により否定されており,

      また,本件事故以前の原告に右錐体路障害を示す症状が存在したことを窺わせる証拠はない。さらに,本件事故の翌々日のカルテには,「左下肢の筋力低下,スリッパがぬげ易い」との原告の訴えに関する記載が,また,C病院のカルテには,「左腕の何か(判読不能)が右腕より鈍い」との原告の訴えがあったことを窺わせる記載があり,これらの症状は,右錐体路障害との関連性が考えられるべきものである。

      なお,G病院のトラクトグラフィーで錐体路の異常は指摘されていないなど,原告の脳画像上,錐体路障害の原因を説明し得る所見があるとする証拠はないが,H医師によれば,必ずしも形態的に神経の断絶が認められない場合でも,神経所見としての反射の亢進はあり得るとしている(証人H)。

      以上を総合すると,原告に認められる右錐体路障害は,これのみを見る限り,本件事故によるびまん性軸索損傷の発生を疑わせるものというべきである。

      しかし,O医師によれば,錐体路障害は,軽いものであれば自覚症状をほとんど伴わない旨述べていること(証人O),

      本件事故の翌々日に診察した医師は,原告から「左下肢筋力低下,スリッパがぬげ易い」との訴えをカルテに記載しながら,異常なしと診断したこと,

      また,この左下肢の症状については,その後受診した他の医療機関で同様の訴えがあったとは認められないこと,

      原告から左腕に関する訴えのあった上記C病院での診察から約1か月後の平成6年1月24日ころ,D病院第1内科医師は,右錐体路徴候の存在を認めつつ,運動障害などを認めない旨の判断を示していること(甲25),

      この左腕に関する症状についても,その前後に受診した他の医療機関で同様の訴えがあったとは認められないこと,さらに,平成6年2月28日付け診断書(甲25)では,「右上肢巧緻運動障害」が指摘されていること(この診断書の記載の根拠となるカルテの記載は判然としない。右錐体路障害による障害は,左半身に出るものとされている。),

      以上の事実を総合すると,原告の右錐体路障害は,比較的軽度のものであり,また,上記の左下肢や左腕の症状も,特に問題とすべき程度ではなかったものと推測されるから,

      いずれについても本件事故前から存在したものである可能性(あるいは,左下肢や左腕の症状については,これらの訴えがあった当時の一時的なものであった可能性)があるというべきであり,

      さらに,左下肢や左腕の症状と右錐体路徴候との関連性について検討された経過も窺われないから,これらの症状がびまん性軸索損傷と関連性を有するものであるか否かについては,判断するに足りる証拠がないといわざるを得ない。

      オ 視野欠損について

      前示のとおり,平成5年12月21日にC病院神経内科を受診した原告は,「本件事故後,物をみるのに集中できない」と訴えたため,同科医師が同病院眼科に依頼してゴールドマン視野検査を受けさせた結果,眼科医から「両鼻下側にdefectあるようです。定期的に視野検査させていただければ幸いです。」との回答を得たことが認められる。

      しかし,その後,原告が同様の症状を訴えたり,再度の視野検査が行われたなどの経過は窺われない。

      また,上記原告の訴える症状が上記視野欠損と関連性があることを検討するに足りる証拠はなく,さらに,P医師によれば,両鼻下部の視野欠損は,「視神経交叉部あるいは視覚領野中心部の異常により生じる」とされているが(乙36の9頁),原告のこれらの部位に異常が存するか否かに関して検討がされた経過も窺われず,びまん性軸索損傷の発生との関連性を判断する証拠も提出されていない。

      カ まとめ

      以上のとおり,原告の記銘力障害は,統合失調症の初期症状と見て不自然ではなく,また,原告に失語,失行に類する症状があるとしても,それらは記銘力障害によるものであると考えられ,独立の症状と見るべき根拠に乏しいというべきである。

      他方,左下肢の筋力低下,左腕に関する何らかの症状,視野欠損及び右錐体路障害を示す検査結果は,それのみを見る限り,本件事故によってびまん性軸索損傷が生じた疑いを抱かせるというべきであるが,

      左下肢・左腕の症状及び視野欠損は,特に問題とすべき程度のものではなかったようであり,その原因は究明されておらず,それらがびまん性軸索損傷の発生と関連するとの証拠もなく,右錐体路障害とともに,本件事故以前から存在したなどの可能性も否定できないというべきである。

      (4)原告の症状が次第に軽減する経過を辿っていないことについて

      ア H医師は,軸索のどこかに損傷を受けると,その損傷は軸索全体に徐々に広がり,数週間経つと,軸索で繋がれる両方の細胞まで死んでしまうことが言われているので,

      その完全に死んでしまうまでは,多少なりとも神経伝達はあると考えられるから,症状が直ちに現れず,事故からしばらく経過して症状が現れる場合もあると考えられる旨述べる(甲52,証人H)が,

      乙3(7頁~9頁),乙45(1277・1278頁),乙7(192・193頁)を総合すると,びまん性軸索損傷では,軸索が受傷による外力で直接に断裂するのではなく,損傷を受けた神経線維に,普通は侵入できないカルシウムが入り込み,これが細胞骨格を破壊するカルパインを活性化することで軸索の破壊が進行すること,

      この現象は,人では数時間かけて進行すること,その間は,軸索は,神経伝達を失わない可能性があることが示唆されているが,

      受傷後数時間を経た後も神経伝達があった軸索が,その後に神経伝達を失うことがあるとする知見を示す証拠はなく,

      受傷後数週間して神経伝達を失うことがあるとする見解は,受傷後の症状は次第に軽減することをびまん性軸索損傷に特徴的とする自賠責報告書その他の文献の記載から推測される一般的知見とも整合せず,これを採用することはできない。

      イ また,原告は,自己洞察力の低下により,事故後の症状に気付きにくかった可能性について主張し,また,H医師は,高次脳機能障害が軽度の場合,精神的ストレスが加わって症状が助長される可能性は否定できないから,徐々に症状が進行するという経過を辿ったとしても,外傷によるびまん性軸索損傷による高次脳機能障害であることと矛盾しない旨述べている(証人H)。

      なお,平成6年1月17日付けC病院カルテには,当時の原告の訴えとして「不変」と(甲20,24),同年2月28日付けD病院カルテには,当時の原告の訴えとして「症状は徐々に改善してきている。たくさんのことを同時に注意できる。」などと記載されており(甲21,25),原告の症状が,必ずしも悪化の一途を辿ったのではなく,改善傾向を示したようでもあることが認められる。

      しかし,原告は,本件事故後の救急搬送及び翌々日の通院により医師の診察を受けて異常なしとの診断を受け,本件事故当日に病院から帰る際にはMと接触したほか,帰宅して以降は,家族と接触する機会があったと考えられ,

      また,遅くとも本件事故の翌々日以降には,勤務先会社での同僚・上司との接触,さらには取引先の人との接触の機会があったと考えられるのに,本件事故から1週間くらいが経過して,頭痛,イライラし汗をかきやすいなどの症状が現れるまで,原告に高次脳機能障害というべき症状が生じていたとするエピソードは窺われないのである。

      そして,原告は,本件事故から1か月以上が経過して記銘力障害を自覚し,その後,C病院で受診した平成5年12月21日ころまでは,その症状は増悪していったと認識しており,

      会社勤務を休まず続けていた原告が記銘力障害を自覚するまでの間に,周囲の者が何らかの異変に気付いたとするエピソードも特に窺われず,原告の父も,原告との会話がスムーズにできなくなったなどの異変を感じたのは平成5年10月ころとしているのである。

      自己洞察力の低下や精神的ストレスの影響により,高次脳機能障害を自覚したのが受傷からある程度の日数を経た後となることがあり得るとしても,以上の経過は,そのような説明によって理解することは困難というべきであり,

      前示のようなびまん性軸索損傷による高次脳機能障害の一般的な経過とは著しく異なるものというべきである。

      なお,本件事故後,原告の言動態度に変化があったとする周囲の人の陳述書(甲40ないし42)については,その変化があったとする時期が,本件事故直後のことであるのか,原告が述べると同様の時期(平成5年10月ころ)のことであるのか判然とせず,

      また,これらの陳述書の作成時期が本件事故から相当に年月を経過した後であることからすると,これらの陳述書の記載をもって上記判断を左右するものとは認められない。

      (5)PET,SPECT画像について

      平成17年8月に原告に施行されたPETの画像には,両側前頭前野内側面及び帯状回に局所的な糖代謝低下が認められ,

      また,同月に原告に施行されたSPECTの画像には,両側前頭前野内側面及び帯状回に局所脳血流低下が認められる(甲4,5の1,43,44,証人H,同O)。

      そして,外傷性高次脳機能障害では,SPECTやPETによる血流量低下や代謝低下の画像所見があるとされており(甲9の55頁),

      また,H医師は,特にPET画像の所見について,「外傷性びまん性軸索損傷患者に典型的な糖代謝低下画像所見として,内側前頭前野,内側前頭脳底領域,帯状回及び視床において著しい糖代謝低下が認められるとする文献(甲52の添付2-1。JOURNAL OF NEUROLOGY,NEUROSURGERY AND PSYCHIATRY,July,2006,Vol77, p856-862)が存在する。

      甲43(原告のPET画像)の上から2段目一番右の画像のように,赤くぽつんと狭い範囲で重症に糖の代謝が落ちているのが見られたり,その上の画像のように,帯状回にCの字型に代謝低下が見られるのは,うつ病や抗精神病薬によってではあり得ず,びまん性軸索損傷に典型的な所見である。」旨述べている(甲52,証人H)。

      上記H医師が引用する文献の859頁の上段Aの画像は,外傷性びまん性脳損傷による高次脳機能障害のある22名の患者のPET画像を統計的パラメトリックマッピングしたものとされているが,

      これと,原告のPET画像(甲43)の L-medial及び R-medialとを比較対照すると,確かに,内側前頭前野及び帯状回の糖代謝低下において,類似を指摘することができる。

      しかし,原告のPET画像では,内側前頭脳底領域及び視床に相当する部位に糖代謝低下があるとは認められず,また,K所見が指摘する脳萎縮の部位と思われる部位に著しい低下が,前頭前野外側部にも軽度の糖代謝低下のある部位が認められ,

      全体としては,必ずしも上記文献の画像に類似していると認めることはできない。

      また,前示のとおり,自賠責報告書によれば,「PETによる脳機能検査所見を因果関係の有無や障害程度判断の根拠とすることには,検査手法としてなお一層の確立を待つことが穏当」とされており,

      乙21(103頁)にも,「PETはあくまで機能画像であり,脳の器質的な損傷があってもなくても,機能障害が出たときには所見として出る可能性がある。最近の精神科のPET画像の報告でも,機能障害において,次々に異常所見が報告されている。

      CTあるいはMRI上異常なし,脳損傷に伴う身体所見なしで患者の訴えのみがあるとする。

      その時に,PETで脳代謝の低下が出たときに,脳外傷が原因と判断していることは明らかな行き過ぎのように思われる。」との記載があり,

      以上によれば,PET画像によりびまん性軸索損傷の存否を判断する手法は,一般的な医学的知見として,確立していないことが窺われる。

      さらに,乙30(269頁)によれば,抗精神病薬治療に伴う脳血流・代謝の変化として,「皮質領域では,帯状回前部・背外側前頭前野(DLPFC)の血流・糖代謝が低下することが報告されている」とされ,

      また,「抗精神病薬によるこれらの皮質領域の変化は断薬後も比較的長期にわたって認められ」るとされているところ,

      原告は,PET検査が行われた平成17年当時,F病院精神神経科で通院精神療法を受けていたと認められること(乙33)からすれば,上記原告のPET画像に関する所見は,抗精神病薬の影響によるものである可能性を否定できないというべきであり,

      O医師も,うつ傾向にある人や投薬の影響を受けている人の場合に類似の画像になるとして,これがびまん性軸索損傷に典型的な所見というには無理があるとの判断を示している(証人O)。

      以上によれば,原告の脳のPET・SPECT画像の所見は,びまん性軸索損傷に典型的なものと認めるに足りず,これらの所見をもってびまん性軸索損傷の存在を推定することはできないというべきである。

      (6)症状が本件事故後に発現したことについて

      原告は,本件事故から1週間ないし1か月以上後から高次脳機能障害というべき諸症状が発現し,それ以前にはこのような諸症状はなかったから,当該諸症状は,本件事故との関連性が推定され,本件事故によるびまん性軸索損傷の発生を窺わせる旨主張する。

      しかし,原告の症状のうち,右錐体路障害及びこれとの関連性が問題となる症状以外のものについては,前示のとおり統合失調症の初期症状とみることも可能なものであること,

      原告は,平成8年3月に統合失調症の診断を受けているところ,統合失調症は,かつては素質を主因として明らかな外的誘因なしに発病するものと解されてきたが,近年では,その素質として,先天的な脆弱性(発病しやすさ)のほか,後天的な脆弱性(獲得脆弱性)が寄与する可能性も指摘されており,

      また,何らかのライフイベント(復職,昇進,家族構成員の変化等)による精神的負荷(ストレス)が発病因子(又は再発因子)となることも指摘されていること(乙30の117頁ないし125頁),

      統合失調症は,発症と寛解を繰り返す例が少なくないこと(乙27の85頁ないし90頁)などを総合勘案すると,

      原告にはこのような脆弱性が素質として存在し,本件事故後,本件事故ないし本件事故による身体症状が精神的負荷となり,又は本件事故前の営業職への異動が精神的負荷となり(原告本人は,当該異動による精神的負荷はなかった旨述べる一方,本件事故の原因について,「営業も日が浅かったので,ふだん以上にちょっと負担が掛かっていたかな。」と,当該異動による精神的負荷があったと解し得る趣旨も述べている。),

      あるいは,これらの精神的負荷が相まって,原告に統合失調症の初期症状を生じさせたとも考えられ,P医師も,原告の諸症状について検討した結果として,平成5年10月には原告の統合失調症が顕在化していたとの判断を示している(乙23)。

      ただし,P医師は,営業部門への転属や本件事故は,疾病経過中の一つの出来事に過ぎない旨述べているが(前同証拠),前示のような原告の諸症状の発現経過からすると,本件事故や異動による精神的負荷が発病因子となった可能性は十分考えられるというべきである。

      もっとも,統合失調症発症における素質(脆弱性)とライフイベントのもたらす精神的負荷とのそれぞれの役割の軽重については,それぞれの程度の強弱ないし大小に関連するとの仮説があること(乙30の118頁の図5)が認められるものの,

      それぞれの程度の強弱・大小を測定・判断することは,著しく困難であると考えられ,本件において,本件事故と原告の統合失調症発症との関連性の有無・程度について判断することは,困難というほかない。

      以上によれば,本件事故後に原告に高次脳機能障害の諸症状が発現したからといって,それが直ちにびまん性軸索損傷によるものであることを窺わせるということはできないし,それが本件事故との関連性を推定させるということもできない。

      なお,O医師は,本件事故から1週間ないし1か月以上後から原告に生じた諸症状(右錐体路障害等を除く。)について,筋収縮性頭痛,慢性外傷後頭痛又は外傷後神経症の可能性を指摘し(乙18),

      また,交通事故後の高次脳機能障害の症例中には,脳損傷によらないものが相当数混在していることを指摘しており(証人O),

      これらの指摘は,乙21(82頁)に,外傷後神経症の症状として,頭痛や頭重のほか,記銘力低下,易疲労性,めまい,耳鳴り,倦怠,眼精疲労,易怒,集中力低下,いらいら,攻撃的性格その他の不定愁訴があるため,脳外傷による高次脳機能障害との鑑別が重要である旨の記載があることからも裏付けられると解されるが,

      平成5年10月ころに原告に生じた記銘力低下は,その訴えの内容から見て極めて深刻な程度のものであったと考えられ,外傷後神経症によるものとして説明可能な程度のものであるのか明らかとは言い難く,

      他方,前示のような統合失調症の初期症状の例によく符合するというべきであることからすると,これは,統合失調症の初期症状である可能性が比較的高いのではないかと考える。

      (7)まとめ

      以上のとおり,

      ①本件事故直後,原告には,脳震盪による軽度の意識障害又は逆行性健忘が生じていた可能性が認められるものの,現在の一般的な医学的知見としてびまん性軸索損傷に随伴すると考えられている6時間以上の昏睡若しくは半昏睡又は1週間以上の意識レベルの低下が生じたとする事実は認められないこと,

      ②原告の脳のCT画像及びMRI画像で認められる左右両側のシルビウス裂~中心溝にかけての脳萎縮は,本件事故前から存在したものと同一である可能性が高く,軽度の脳室拡大も,本件事故前から存在したものである可能性があるため,

      これらが本件事故によるびまん性軸索損傷の慢性期として生じた所見であるとは認められないこと,

      ③原告の,本件事故後まもなく生じ,今日に至る高次脳機能障害というべき諸症状は,その症状自体としては,びまん性軸索損傷によるものとしても矛盾はないが,他方,統合失調症その他の疾患によるものである可能性を否定することはできず,

      本件事故との関連性の有無又は程度を判断することは困難であること,

      ④原告に生じた諸症状は,本件事故後,直ちに生じたものとは認められず,1週間後くらいから頭痛等が生じ,1か月以上経過してから記銘力障害の症状が現れ,次第に記銘力障害の症状は増強する経過を辿ったかのようであって,

      びまん性軸索損傷に通例とされる受傷直後から症状がありその後次第に軽減するという経過を辿ったものとは認められないこと,

      ⑤原告の脳の帯状回及び両側前頭前野内側面における糖代謝・血流の低下というPET・SPECT画像の所見も,抗精神病薬の影響による可能性があるなど,びまん性軸索損傷によるものと認めるに足りる証拠はないこと,

      以上のことが認められ,これらを総合すれば,本件事故により原告にびまん性軸索損傷が生じたとは認めることができない。

      なお,本件事故の翌々日の受診における「左下肢筋力低下,スリッパがぬげ易い」とのカルテの記載,C病院での左腕の何らかの症状に関するカルテの記載及び諸検査で右錐体路障害を示す結果が得られたことについては,本件事故との関連性を思わせないではないが,

      軽微な錐体路障害は自覚症状がない場合があること,左下肢・左腕の症状は問題にすべき程度のものでなかったと考えられることから,これらが本件事故前にありながら自覚症状がなかったなどの可能性もあること,左下肢・左腕の症状と錐体路障害との関連性について論ずべき証拠もないこと,

      また,上記①ないし⑤などの証拠状況とも併せ勘案すれば,右錐体路障害を窺わせる事実は,びまん性軸索損傷の発生を肯認し得ないとの上記判断を左右するものとは言えない。

      よって,原告に生じている障害は,本件事故により生じたものとは認めら
      れず,平成17年8月16日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付の支給をしない旨の処分に違法はないから,その取消しを求める原告の請求には理由がない。

  • コンビニ駐車場内での酒気帯び運転操作誤りにより店舗の損壊させた。

H23.01.17 大分地判 事件番号 平22(わ)240,290

  • 判決
    • 主 文

      被告人を懲役5月に処する。
      未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
      平成22年8月26日付け起訴状記載公訴事実第1の酒気帯び運転の事実及び第3の報告義務違反の事実については,被告人は無罪。

      理 由

      (罪となるべき事実)

      被告人は,
      第1 酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,平成22年8月15日午前3時過ぎころから午前3時30分ころまでの間,大分市所在の「株式会社甲」事務所付近道路から同市「コンビニエンスストア乙店」駐車場まで普通乗用自動車(軽四)を運転し第2 業務として前記車両を運転していた運転者であるが,

      同日午前5時5分ころ,前記駐車場の駐車枠から後退して発進するに当たり,自車の前方には前記店舗があるのであるから,シフトレバーを的確に操作して同レバーをリバース(後退)に入れたのを確認してから後退すべき業務上の注意義務があるのに,

      漫然とこれを怠り,シフトレバーを的確に操作せず,同レバーをドライブに入れたのに気付かないままアクセルペダルを踏んで時速約20キロメートルで発進した過失により,自車を前方に暴走させ,前記店舗に自車を衝突させ,

      よって,株式会社丙所有の同店舗の外壁を凹損し(損害見積額約20万5,000円相当),もって業務上必要な注意を怠り他人の建造物を損壊したものである。

      (証拠の標目) 省略

      (判示第2の過失建造物損壊罪の事実認定の補足説明)

      弁護人は,過失建造物損壊罪について,道路における車両等の交通に起因する事故とはいえないので無罪である旨主張する。

      検討すると,過失建造物損壊罪について,道路交通法116条は,車両等の運転者が業務上必要な注意を怠り,又は重大な過失により他人の建造物を損壊したときは,6月以下の禁錮又は10万円以下の罰金に処すると規定している。

      ここで,過失建造物損壊罪にいう運転者とは,道路交通法2条1項18号に「当該車両等の運転をする者」とされている運転者のことであり,

      必ずしも現実にその車両等を運転している状態にある者ばかりでなく,その車両等を運転していた者が,一時その運転を止め,更にその車両等を運転することとなる者も含まれているものと解されている(「執務資料道路交通法解説」(道路交通執務研究会編著。15-2訂版。平成22年。東京法令出版)1236頁)。

      そうすると,道路上を運転進行中でなくても,駐停車中の車両等が運転者の過失により暴走したり,炎上したりして,建造物を損壊したときには,過失建造物損壊罪の成立を認めてよいと考えられる。

      道路における車両等の交通に直接起因する事故でなくても,過失建造物損壊罪は成立するから,この点に関する弁護人の主張は採用できない。

      よって,判示のとおり,過失建造物損壊罪の成立を認めた。

      (一部無罪の理由)

      第1 無罪とした公訴事実の要旨

      平成22年8月26日付け起訴状記載公訴事実第1の酒気帯び運転の事実及び第3の報告義務違反の事実は,以下のとおりである。

      「被告人は,
      第1 酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,平成22年8月15日午前5時5分ころ,一般交通の用に供する場所である大分市「コンビニエンスストア乙店」駐車場において,

      普通乗用自動車(軽四)を運転し第3 第2記載の日時・場所(注第1と同じ)において,前記車両を運転中,第2記載のとおり,前記店舗の外壁を損壊する交通事故を起こしたのに,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかったものである。」

      第2 問題の所在について

      上記各事実において,被告人が自動車を運転した場所(以下「本件運転場所」という。)は,前記「コンビニエンスストア乙店(以下「コンビニエンスストア」という。)」店舗外壁東側に設けられた駐車場のうち,北から3番目の駐車枠(以下「本件駐車枠」という。)の車輪止めと店舗外壁との間であった。

      その車輪止めと,店舗外壁の間には,約2.5メートルの間隔があった。被告人は,本件駐車枠に自動車を止めて仮眠した後,同自動車を発進させる際に,後退させるべきところを誤って前進,暴走させ,車輪止めを乗り越えさせ,店舗壁面に衝突させてしまったものである。

      本件は,いずれも道路交通法違反被告事件として起訴されたものであって,道路交通法上,酒気帯び運転は,道路上でなされたものでなくては,処罰の対象にならない。

      交通事故の報告義務違反も,道路交通上の事故でなければ,報告義務違反にならない。

      そこで,本件運転場所が道路交通法2条1項1号が規定する道路に該当するかどうかが問題になる。

      第3 全体として判断すべきとする検察官の主張について

      1 検察官は,次のとおり主張する。

      道路交通法2条1項1号が,道路法2条1項に規定する道路,道路運送法2条8項に規定する自動車道のほか,一般交通の用に供するその他の場所に道路交通法の規定を適用することとした趣旨は,

      道路法による道路及び道路運送法による自動車道以外の場所であっても,現に不特定多数の人や車が交通している事実が存在し,その交通に対する管理が自主的に行われていなければ,その場所における危険を防止し,交通の安全と円滑を図るため,法による規制を必要としたことにほかならない。

      そして,「一般交通の用に供するその他の場所」に該当するかどうかは,運転者が車両を運転した当該場所の利用状況のみに着目するという分断的な思考ではなく,

      当該場所とその周囲の状況とを全体として見たうえ,一体として利用されているか否かなども加味し,全体として,「一般交通の用に供するその他の場所」に該当するかどうかを判断しなければならない。

      以上のとおり,検察官は主張する。

      2 検討すると,本件運転場所には,車輪止めが設けられており,そもそも物理的に自動車の通行ができないよう設計されている。

      また,商業施設の敷地は,歩行者が通行するとしても,その商業施設の利用客という特定人が使用する場所であって,直ちに不特定多数人が使用する道路といえるものではない。

      道路交通法上道路の概念は同法総則2条の定義規定で定められているものである。

      物理的に自動車が進行することが予定されておらず,その商業施設の利用客以外に使用する者のいない商業施設の敷地まで,道路と解釈してしまうと,

      商業施設の敷地はほとんど道路交通法上の道路に該当し,道路交通法76条,77条等により公権力による道路規制の対象となってしまうという難点がある。

      従来の下級審裁判例(東京高等裁判所平成17年5月25日判決(判例時報1910号158頁)参照)も,駐車場の個々の部分について,道路に該当するかどうかを検討して判断を加えており,検察官が主張するように全体として判断してはいない。

      検察官の主張は,理解できないではないが,道路概念を拡張解釈するものではないかという疑問があり,直ちには採用できない。

      第4 不特定多数の通行者が存在するという検察官の主張について

      検察官は,本件運転場所を,コンビニエンスストアの利用目的以外で通過する者も少なからず存在している旨主張する。

      しかし,警察官作成の道路性捜査報告書(甲19)によれば,本件起訴後に,警察官において,本件運転場所を通過するコンビニエンスストア利用目的以外の歩行者等の数量について調査したところ,コンビニエンスストア利用客以外の者で本件運転場所を通過した歩行者等は確認できなかったというのである。

      また,検察官は,コンビニエンスストアのオーナーの供述によれば,本件運転場所について,コンビニエンスストア利用目的以外で通過する人がいることが認められる旨主張する。

      確認すると,コンビニエンスストアのオーナーであるA,検察官調書(甲20)において,近所に住んでいる人の中には,コンビニエンスストアのゴミ箱にゴミを捨てる人があり,そういった人がコンビニエンスストアを利用するわけでないのに,本件事故現場を通行する人になる旨述べている。

      しかし,コンビニエンスストアのゴミ箱にゴミを捨てに来る人は,ゴミを捨てるためにコンビニエンスストアの施設を利用しているのであるから,商業施設の利用者として理解すべきである。

      コンビニエンスストアにゴミを捨てに来る人は,一般に交通する不特定多数の人とはいえない。

      この点に関する検察官の主張は採用できない。

      第5 道路性の有無について

      本件運転場所は,車輪止めと店舗外壁との間であって,店舗の屋根が途中まで張り出しており,店舗の軒下の延長ともいえる商業施設の敷地であり,車輪止めによって物理的に自動車の通行ができず,コンビニエンスストアの利用客以外の不特定多数人が通行する場所でもないことから,道路には該当しないと考えられる。

      なお,本件コンビニエンスストア駐車場の形状等からすると,駐車区画された部分は駐車場所であって,道路ではないが,駐車区画の東側は道路に該当し,駐車区画された駐車場所から東側すなわち道路へ出入りすることも道路の通行
      に該当するといえる。

      しかし,被告人は,本件において,駐車区画された部分から,道路側へ自動車を発進させたのではなく,誤って駐車区画から道路の反対側に向けて発進させ,車輪止めを乗り越えさせてコンビニエンスストア建物の壁面に衝突させたのであって,道路へ発進させたものではない。

      客観的に見て,被告人が,道路上を運転し,あるいは道路へ発進したものといえない以上,被告人に酒気帯び運転の故意があっても,道路交通法違反にはならない。

      第6 結論

      以上によれば,平成22年8月26日付け起訴状記載公訴事実第1の酒気帯び運転の事実は,道路上でなされたものでないので,道路交通法違反の罪とならない。

      また,同第3の交通事故の報告義務違反も,道路交通上の事故の報告を怠ったものではないので,道路交通法違反の罪とならない。

      よって,これらの事実については,刑事訴訟法336条により,無罪の言渡しをすることとする。

      (法令の適用)

      罰条

      第1 道路交通法117条の2の2第1号,65条1項,同法施行令44条の3

      第2 道路交通法116条
      刑種の選択 第1について懲役刑を選択

      第2について禁錮刑を選択
      併合罪加重 刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の刑に刑法47条ただし書の制限内で法定の加重)

      未決勾留日数算入 刑法21条
      訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書

      (量刑の理由)

      被告人は,酒気を帯びて,自動車を運転するという危険な行為に及び,一方的な過失により,発進時に後退と前進を間違えて,車輪止めを乗り越えて,コンビニエンスストア店舗の外壁に自動車を衝突させて,外壁を凹損したものであって,社会的非難を免れない犯行である。

      被告人は,平成14年と平成15年に道路交通法違反の罪で罰金刑に処せられ,平成19年には,酒気帯び運転中に交通事故を起こして,道路交通法違反,業務上過失傷害の罪で懲役1年6月,3年間執行猶予に処せられたにもかかわらず,

      その執行猶予中に,本件道路交通法違反の犯行に及んだ。被告人には,道路交通法規を守ろうという意識が乏しかったといわざるを得ない。

      被告人の刑事責任は軽視できず,そのことを明らかにしておく必要がある。

      しかしながら,被告人が事実を認め,被害者宛に謝罪文を書いたり,反省文を書いて反省し,今後は酒を飲まない旨述べていること,自動車保険による被害弁償が期待できること,被告人が一旦逃走した後,警察に出頭しようとしていたこと,被告人が正業に従事して,真面目に働いていて,被告人の雇用主が被告人を再雇用する旨申し出ていること,被告人が長期間身柄を拘束されて反省の機会を与えられたことなど,被告人のために酌むべき諸事情を考慮して,主文の刑を定めた。
      (求刑懲役8月)

  • 交通事故の損害賠償請求の事案において,外貌醜状障害について,男子を14級,女子を12級とする後遺障害別等級表の基準に従った認定は不合理な差別的取扱いであり,平等原則に反するから,原告(男子,52歳,銀行課長職)の外貌醜状障害については後遺障害別等級表12級14号該当として評価すべきであり,その他の後遺障害と併合して11級相当の労働能力喪失率を採用すべきとの原告の主張を本件の個別事情を検討の上,排斥した事例

H22.12.14 秋田地 棄却 事件番号平21(ワ)354

  • 判決
    • 原告Aは,外貌醜状障害について,男子を14級,女子を12級とする後遺障害別等級表の基準に従った認定は不合理な差別的取扱いであり,平等原則に反するから,前記②の前額中央の外貌醜状障害については後遺障害別等級表12級14号該当として評価すべきであり,原告Aの後遺障害については併合して11級該当事例として算定すべきと主張する。

      しかしながら,労働能力の低下の程度に関して,後遺障害別等級表の等級毎の労働能力喪失率はあくまで参考にすぎず,被害者の職業,年齢,性別,後遺症の部位,程度,事故前後の稼働状況等を総合的に判断して具体的な事案に応じて評価されるのであり,後遺障害別等級表上の等級評価から演繹的に導き出されるものではない。

      この点,証拠(甲18,原告A本人)及び弁論の全趣旨によって認められる,原告Aの職業・職種(銀行課長職,債権管理),年齢(症状固定時52歳),醜状の部位・形状・程度に照らし,原告Aの外貌醜状障害が労働能力に与える影響は差程とは思われず,前記①~⑤の本件の後遺障害全体による原告Aの労働能力の低下の程度は,原告Aの上記主張の肯否にかかわらず,後遺障害別等級表12級相当の14%に留まると認めるのが相当である。

      エ なお,原告は,労災認定において,外貌醜状につき,労働者災害補償保険法施行規則別表第1に定める障害等級表(以下「労災障害等級表」という。)の男女差を憲法14条1項違反と判断した京都地判平成22年5月27日(平成20年(行ウ)第39号。以下「京都地裁違憲判決」という。)を根拠に前記のとおり主張する。

      しかしながら,京都地裁違憲判決の事案は,男女間で12級,7級と5級の開きがある著しい外貌醜状障害が問題となった事案である。しかも京都地裁違憲判決は,男女に差が設けられていること自体が直ちに違憲であるとはいえないとしつつ,上記5級の差は大きすぎるとして違憲としたものであって,本件で問題となっている14級と12級の2級の差については何ら言及するものではない(なお,労災認定上の問題である点でも本件と事案に相違がある。)。

      もっとも,証拠(甲19)によれば,厚生労働省は,京都地裁違憲判決を受けて,労災障害等級表上14級である男子の醜状障害についても,女子の醜状障害である12級に引き上げ男女差を設けない方向で検討中であることが認められる。

      しかしながら,今後,実際に労災障害等級表がそのように改正され,それに倣って,自賠法施行令の後遺障害別等級表も同様の改訂がされたとしても,前記に列挙した本件の個別事情からすれば,原告Aの労働能力の低下の程度については,上記のとおり認定するのが相当と思料されるのであって,労災障害等級表や後遺障害別等級表の今後の見直しは上記認定に影響するものではない

  • 1 被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労働者災害補償保険法に基づく保険給付を受けたときに,この社会保険給付との間で損益相殺的な調整を行うべき損害
  • 2 被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労働者災害補償保険法に基づく保険給付の支給がされ,又は支給されることが確定したときに,損益相殺的な調整に当たって,損害がてん補されたと評価すべき時期

H22.10.15 最高(二小)判 事件番号 平21(受)1932

  • 判決
    • 「被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労災保険法に基づく各種保険給付を受けたときは,これらの社会保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから,

      同給付については,てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である(最高裁平成20年(受)第494号・第495号同22年9月13日第一小法廷判決・裁判所時報1515号6頁参照)。」

      「制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,これらが支給され,又は支給されることが確定することにより,そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが,公平の見地からみて相当である(上記第一小法廷判決参照)。」

  • 原告車は既に経済的全損状態にあったか

H22.09.17 東京簡判 事件番号 平22(少コ)1647

  • 判決
    • 理由
      1 証拠によれば次の事実が認められる。

      (1) 本件事故による原告車の損傷部位は,右側前輪附近フロントバンパーカバー,フロントフェンダー等である(甲9,乙1)。

      (2) 原告車の初度登録年月は平成11年6月であり,車名D,型式はBである(甲2)。

      (3) 原告車の発売当時の価格は153万2000円であり,自家用乗用車の法定耐用年数は6年,最終残価率は10パーセントである(乙2)。

      (4) 原告車の先行事故に基づく車両損害の概算見積は19万9920円(税込み)(乙4)であり,本件事故による同概算見積は14万2586円(甲3)ないし12万2735円である(乙5)。

      2 上記認定事実及び他の証拠並びに弁論の全趣旨から次のとおり判断する。

      先行事故と本件事故との関係については,損傷部位も第1事故と異なるものであり,同一機会に生じた同時事故とは同視し得ないことについては当事者間に争いはない。

      問題は,先行事故による損傷による原告車の損害見積は19万9920円であり,この金額は原告車の市場価格を上回っていることである。

      すなわち原告車は先行事故により経済的全損となっているものであり,その後の本件事故による損害は新たな価値的損害としては発生していないこととなる。

      これは,わが国の損害賠償制度は金銭賠償が原則であり,車両損害については,修理が可能である場合も含めて時価額を基準として評価されるべきもので,時価額は市場における交換価値においてのみ把握され,その限りにおいて使用価値概念は考慮されないものであり,

      被害車両を修理して原状回復する費用が時価額を超える場合には経済的全損となり,経済的全損状態の車両に対し更に毀損行為があったとしても新たな価値的損害は発生しないと理解せざるを得ないことによる。

      この考え方が損害賠償の公平負担の原則に反する等の主張は経済的全損の概念を根底から否定するものであり失当であるといわざるを得ない。

      3 よって,本件事故による損害が発生していない以上,不法行為の成立もなく,原告の請求は理由がないことになる。

  • 1 被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労働者災害補償保険法に基づく保険給付や公的年金制度に基づく年金給付を受けたときに,これらの各社会保険給付との間で損益相殺的な調整を行うべき損害
  • 2 被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,不法行為の時から相当な時間が経過した後に現実化する損害をてん補するために労働者災害補償保険法に基づく保険給付や公的年金制度に基づく年金給付の支給がされ,又は支給されることが確定したときに,損益相殺的な調整に当たって,損害がてん補されたと評価すべき時期

H22.09.13 最高(一小)判 事件番号 平20(受)494

  • 判決
    • 「被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付を受けたときは,

      これらの社会保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから,

      同給付については,てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。」

      「不法行為による損害賠償債務は,不法行為の時に発生し,かつ,何らの催告を要することなく遅滞に陥るものと解されるが(最高裁昭和34年(オ)第117号同37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照),

      被害者が不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合においては,不法行為の時から相当な時間が経過した後に現実化する損害につき,不確実,不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に,不法行為の時におけるその額を算定せざるを得ない。

      その額の算定に当たっては,一般に,不法行為の時から損害が現実化する時までの間の中間利息が必ずしも厳密に控除されるわけではないこと,

      上記の場合に支給される労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために,てん補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給されることが予定されていることなどを考慮すると,

      制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,これらが支給され,又は支給されることが確定することにより,そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが,公平の見地からみて相当というべきである。」

  • はみ出し通行禁止場所における追越しによって対向車と衝突,対向車に乗車していた二人姉妹が死亡した事故について,被告の運転態様や被害結果の重大性等を理由に死亡慰謝料及び近親者慰謝料を増額した事例。

H22.09.09 秋田地判 事件番号 平21(ワ)9065

  • 判決
    • 被告及びその運転態様
      被告の運転態様は右側部分はみ出し通行禁止場所と指定されている場所において道路右側部分に進出して高速度で追越しをするという極めて危険なものであること,

      しかも減速するのに十分な間隔があったのに,左折進入直後で速度が上がらなかった普通自動二輪車を追い越そうとしてのもの(甲6,甲8,甲11~甲13,甲51,乙2)であり何ら必要性のないものであったこと,

      被告が本件事故の直前にも追越しのための右側部分はみ出し通行禁止場所において高速度で追越しをしていたこと(甲23),本件事故現場である道路は,被告が通勤のために使用していた道路であり,追越しのための右側部分はみ出し通行禁止場所であることを被告が熟知していたこと(甲24,甲48),

      被告が日頃からしばしば追越しのための右側部分はみ出し通行禁止場所において追越しをしていた

  • 弁護士資格等がない者らが,ビルの所有者から委託を受けて,そのビルの賃借人らと交渉して賃貸借契約を合意解除した上で各室を明け渡させるなどの業務を行った行為について,弁護士法72条違反の罪が成立するとされた事例

H22.07.20 最高(一小)判 事件番号平21(あ)1946

  • 判決
    • 被告人らは,多数の賃借人が存在する本件ビルを解体するため全賃借人の立ち退きの実現を図るという業務を,報酬と立ち退き料等の経費を割合を明示することなく一括して受領し受託したものであるところ,

      このような業務は,賃貸借契約期間中で,現にそれぞれの業務を行っており,立ち退く意向を有していなかった賃借人らに対し,専ら賃貸人側の都合で,同契約の合意解除と明渡しの実現を図るべく交渉するというものであって,

      立ち退き合意の成否,立ち退きの時期,立ち退き料の額をめぐって交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るものであったことは明らかであり,弁護士法72条にいう「その他一般の法律事件」に関するものであったというべきである。

      そして,被告人らは,報酬を得る目的で,業として,上記のような事件に関し,賃借人らとの間に生ずる法的紛議を解決するための法律事務の委託を受けて,前記のように賃借人らに不安や不快感を与えるような振る舞いもしながら,これを取り扱ったのであり,被告人らの行為につき弁護士法72条違反の罪の成立を認めた原判断は相当である。

  • 労働者災害補償保険法による障害補償給付の支給に関する処分が,障害等級表(労働者災害補償保険法施行規則別表第1)の憲法14条1項に違反する部分に基づいてされたことを理由に,違法であるとして取り消された事例

H22.05.27 京都地判 事件番号平20(行ウ)39)13143

  • 判決
    • 「以上のとおり,国勢調査の結果は,外ぼうの醜状障害が第三者に対して与える嫌悪感,障害を負った本人が受ける精神的苦痛,これらによる就労機会の制約,ひいてはそれに基づく損失てん補の必要性について,男性に比べ女性の方が大きいという事実的・実質的な差異につき,顕著ではないものの根拠になり得るといえるものである。

      また,外ぼうの醜状障害により受ける影響について男女間に事実的・実質的な差異があるという社会通念があるといえなくはない。そうすると,本件差別的取扱いについて,その策定理由に根拠がないとはいえない。

      しかし,本件差別的取扱いの程度は,男女の性別によって著しい外ぼうの醜状障害について5級の差があり,給付については,女性であれば1年につき給付基礎日額の131日分の障害補償年金が支給されるのに対し,男性では給付基礎日額の156日分の障害補償一時金しか支給されないという差がある。

      これに関連して,障害等級表では,年齢,職種,利き腕,知識,経験等の職業能力的条件について,障害の程度を決定する要素となっていないところ(認定基準。乙3),性別というものが上記の職業能力的条件と質的に大きく異なるものとはいい難く,現に,外ぼうの点以外では,両側の睾丸を失ったもの(第7級の13)以外には性別による差が定められていない。

      そうすると,著しい外ぼうの醜状障害についてだけ,男女の性別によって上記のように大きな差が設けられていることの不合理さは著しいものというほかない。

      また,そもそも統計的数値に基づく就労実態の差異のみで男女の差別的取扱いの合理性を十分に説明しきれるか自体根拠が弱いところであるうえ,前記社会通念の根拠も必ずしも明確ではないものである。

      その他,本件全証拠や弁論の全趣旨を省みても,上記の大きな差をいささかでも合理的に説明できる根拠は見当たらず,結局,本件差別的取扱いの程度については,上記策定理由との関連で著しく不合理なものであるといわざるを得ない。

      「以上によれば,本件では,本件差別的取扱いの合憲性,すなわち,差別的取扱いの程度の合理性,厚生労働大臣の裁量権行使の合理性は,立証されていないから,前記(2)ウのように裁量権の範囲が比較的広範であることを前提としても,なお,障害等級表の本件差別的取扱いを定める部分は,合理的理由なく性別による差別的取扱いをするものとして,憲法14条1項に違反するものと判断せざるを得ない。

  • アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあった被告人が,コンビニエンスストア前の駐車場で自車を後退させた際,後ろを歩いていた被害者(当時84歳)に自車後部を衝突させて路上に転倒させ,車底部に巻き込んだのに,これに全く気がつかないまま自車を走行させ,よって,被害者を死亡させたという危険運転致死の事案につき,懲役10年の求刑に対して,懲役7年を言い渡した事例(裁判員裁判対象事件)

H22.07.02 京都地判 事件番号 平22(わ)113

  • 判決
    • (罪となるべき事実)
      被告人は,平成22年1月18日午後4時30分ころ,大阪府大阪狭山市ab丁目c番地のd・A店駐車場において,運転開始前に飲んだ酒の影響により正常な運転操作が困難な状態で乗用車の運転を開始し,同車を相当速度で走行させ,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させたことにより,

      そのころ,同所において,自車後方を南から北に向け歩いていたB(当時84歳)に自車後部を衝突させて路上に転倒させ,さらに,同人を自車車底部に巻き込んだまま自車を走行させてその身体を引きずり,よって,同人に左右肋骨多発多重骨折の傷害を負わせ,即時同所において,同傷害に基づく呼吸不全により,同人を死亡させた。

      (法令の適用)
      罰条 刑法208条の2第1項前段(人を死亡させた場合)
      宣告刑 懲役7年(求刑・懲役10年)
      未決勾留日数の算入 刑法21条(100日算入)
      訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書

      (量刑の理由)
      1 本件は,被告人が,運転開始前に多量に飲んだ酒の影響により,正常な運転操作が困難な状態にあったのに,自宅に帰ろうとして,コンビニエンスストア前の駐車場にとめた乗用車(トヨタ・イプサム)の運転を開始し,

      道路に出ようと自車を後退させた際,たまたまその後ろを歩いていた被害者に自車後部を衝突させて路上に転倒させ,自車の底部に同女を巻き込んだまま走行させたことによって,同女を即死させた事案である。

      2 被告人の量刑について判断する前提として,本件犯行に至る経緯や犯行状況等についてみると,関係証拠によれば,次の事実が認められる。

      (1) 被告人は,家庭内の事情(約20年前に妻が蒸発し,幼少の二人の息子を育てることになったこと)等により飲酒を始め,やがてアルコール依存症となり,病院で入院治療を受けるなどしたが,

      断酒には至らず,自動販売機で焼酎を買い,その場で飲み干すことを続けていて,本件犯行場所であるコンビニエンスストアでもよく焼酎を買っていた。

      (2) 被告人は,長年勤務していた会社を退職後,Cの嘱託職員として働くようになったが,本件犯行当日(平成22年1月18日。以下同じ)は発熱のために職場を欠勤し,午前中,病院に行こうとしたが途中で気が変わり,パチンコ店で遊んだが負けてしまった。

      被告人は,いったん自宅に戻ったが,パチンコ店で自分が遊んでいた台の隣りの客がよく当たっており,帰りそうなそぶりをしていたことから,負けを取り返そうと考え,午後2時ころ,自車でパチンコ店に行って遊ぶうち,午後2時45分ころから,自動販売機で購入した200ミリリットル入りの日本酒を2本飲み,午後3時56分ころにも同じ日本酒1本を飲んだ。

      (3) 被告人は,そのまま自車を運転し,自宅に帰ろうとしたが,途中で犯行現場のコンビニエンスストアに寄ることとし,同店前の駐車場に前部を店側にする形で自車をとめ,午後4時15分ころから午後4時26分ころにかけて,220ミリリットル入りの芋焼酎2本を購入して飲んだ。

      その後,被告人は,自車に乗り込み,いったん歩道の上まで後退させた後,車道に出るために前進しようとしたが,タイヤが歩道の縁石にぶつかって前進することができなかったため,そのまま自車を後退させた。

      (4) 被害者は,たまたまコンビニエンスストア前を歩いていたが,歩道上に被告人の車があったことから,これを避けて同車の後ろを通過しようとしたところ,後退してきた同車と衝突,転倒した。

      被告人は,それまでの飲酒により前後不覚の状態にあって,被害者に自車を衝突させ,その底部に巻き込んだことに全く気付かないまま自車を走行させたが,車道上を蛇行した挙げ句,路外の駐車場に入り込んで,駐車車両2台と衝突した後,同駐車場奥の民家の柵等をなぎ倒して同家屋に衝突,停止した。

      被告人は,途中で被害者が離れるまでの間,約47.7mにわたり同女を引きずったまま走行し,同女は,判示の傷害を負って即死した。

      (5) 被告人は,その後臨場した警察官の職務質問を受け,自動車運転過失傷害の容疑で現行犯逮捕されたが,その際,強い酒の臭いをさせ,ふらつきながら直立することができない状態にあり,自動車免許証を提示するにも手間取るほどであった。

      また,午後5時24分ころに行われた飲酒検知では,呼気1リッ
      トル当たり0.7 ミリグラムのアルコールが検出された。

      3 そこで,被告人の量刑事情を検討すると,被告人は,自身がアルコール依存症に罹患していることを十分認識していながら,車に乗って出かけたパチンコ店で飲酒し,その状態で運転を続けて,更に飲酒した挙げ句,本件犯行に至っており,その飲酒量は多く,飲酒運転の態様としては非常に悪質であり,飲酒運転に対する認識も希薄である。

      本件犯行以後の被告人車両の状況をみても,民家に衝突して停止することがなければ,そのまま逃走し,あるいは,更に重大な事故を引き起こしたかもしれず,危険性の高い運転行為であったといえる。

      被害者は,何の落ち度もないのに,このような被告人が運転する車に衝突され,その底部に巻き込まれた上,路上を引きずられたことにより,左右肋骨多発多重骨折等の傷害を負い,呼吸不全により即死したのであって,その結果は誠に重大といわなければならない。

      被害者は,苦労して長男を育てるなどし,被害に遭った当時は友人らとサークル活動などの趣味を楽しんでいて,本件事故前日も友人とコンサートに行きたいなどと話していたのに,突然その命を奪われたもので,被害者と同居していた長男が,被告人に厳しい処罰感情を抱いているのは十分理解することができる。

      これらの諸事情を併せると,被告人の刑事責任は重いというべきである。

      他方,被告人は,遺族(被害者の長男)に謝罪の手紙を送付し,被告人にできる限度で誠意を示すとともに,自分の行為を反省している。

      また,被告人は,改めて,酒を断ち,アルコール依存症の治療を受け,車の運転をしないとも述べていて,その覚悟のほどは評価することができる。

      そして,被告人の二男が,社会復帰後の被告人の監督を約束し,アルコール依存症の治療に協力する旨述べていること,被告人が加入している任意保険から相応の損害賠償金が支払われる見込
      みがあること,家屋及び自動車に対する物損の賠償は終了していること,勤務先から懲戒免職処分を受けたこと,社会人としては普通に生活し,まじめに仕事をしていたこと等の事情も認められる。

      したがって,これらの被告人にとって有利な事情を十分考慮し,被告人に対しては,懲役7年の実刑に処するのが相当と判断した。

      4 よって,主文のとおり判決する。

  • 信号機により交通整理の行われている交差点において,直進単車と対向車線から右折する四輪車(大阪府警警察官運転)が,双方ともに青信号で交差点に進入して衝突し,
    単車運転者が,高次脳機能障害等の傷害を負い,後遺障害等級別表第二併合第3級と認定された交通事故に関し,過失割合を,直進単車15:右折四輪車85とし,後遺障害逸失利益算定における労働能力喪失率を,79%とした事例

H22.04.19 大阪地判 事件番号平18(ワ)13143

  • 判決
    • 1 損害額

      (1) 損害

      ア 治療費559万6005円
      本件事故による原告の傷害に関する治療費のうち原告自己負担が6万3015円であることは争いがない。

      そして,本件は,過失相殺が問題になる事案であるから,損害額全体が確定されなければならないところ,証拠(大阪労働局長に対する調査嘱託の結果(平成21年7月13日付け))及び弁論の全趣旨によれば,療養給付として医療機関に支払われた診療費・薬剤費が553万990円であり,同じく原告に支払われた診断書料が2万4000円であると認められる。

      そうすると,本件事故による原告の傷害に関する治療費の合計は559万6005円と認める。

      イ 入院雑費15万9900円
      本件事故による原告の傷害に関する入院日数が123日間であることは争いがない。そして本件事故は平成16年に発生したものであるから,その入院雑費は日額1300円とすべきである。
      1300円×123日=15万9900円

      ウ 特別室(争いない) 101万2855円

      エ 休業損害690万円
      証拠(甲8,222,223,266,267)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,高卒であり,本件事故当時,27歳であり,Gにて飲食店従業員として勤務していたこと,本件事故による障害のため,平成18年2月1日,Gを退職したこと,本件事故の前の平成16年1月から4月までの間,原告の賃金は,月30万円の基本給を前提とするものであったこと,Gにおいては,賞与は社長の口頭の指示により定まるものであった事実が認められる。

      しかし,原告が主張するように,店長に昇格した場合や結婚した場合の基本給の増加や,賞与の支給の可能性を認めるに足りる的確な証拠はないといわざるを得ない。

      よって,原告には,平成16年5月から平成18年2月までの間、就労できなかったことにより,以下の休業損害が発生したと認められる。

      給与30万円×23か月=690万円

      オ 逸失利益6529万5253円

      (ア) 基礎収入
      前記のとおり,本件事故当時,原告が得ていた収入は,基本給月30万円であり,年間の収入は360万円と認められるところ,原告が主張するような店長に昇格した場合や結婚した場合の基本給の増加や,賞与の支給の可能性を認めるに足りる的確な証拠はないといわざるを得ない。

      そして,原告の症状固定当時の年齢は29歳であること,平成16年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・25~29歳平均男性労働者賃金は,年395万6200円であり,平成16年賃金センサス産業計・企業規模計・高卒・25~29歳平均男性労働者賃金は,373万5200円であることから,

      後遺障害逸失利益において,原告が就労可能年数全体にわたり得る蓋然性の認められる基礎収入としては,平成16年賃金センサス産業計・企業規模計・高卒・全年齢平均男性労働者賃金490万円とすべきである。

      (イ) 労働能力喪失率
      a 当裁判所は,労働能力喪失割合は,後遺障害等級を参考としつつ,障害の部位・程度や被害者の職業等を総合して判断するものであり,自賠責保険において一定の後遺障害等級の認定を受けていたとしても,裁判所の判断が必ずそれと一致するものではないと考える。

      b 前記第2の2(1)オ,同(3),同(4)の事実に証拠(甲61~147,153~160,163~227,229~236,240~243)並びに弁論の全趣旨を総合すれば,原告は,本件事故により外傷性クモ膜下出血,尿道損傷,上顎骨骨折,下口唇裂創,外傷性硬膜下水腫,高次脳機能障害,右同名半盲等の傷害を負い,

      その治療のため,大阪府立急性期・総合医療センターに救急搬送され,平成16年5月末には,軽度記銘力障害を主体とした脳の高次機能障害,右動眼神経麻痺,両側硬膜下水腫が認められたこと,

      その後,C病院(眼科,救急部,内科,歯科,脳神経外科,整形外科,皮膚科,神経精神科,泌尿器科)及びD(精神科神経科)において入通院したこと,

      原告の後遺障害の内容は,眼については,両眼ともに右半分の視野が失われ,右動眼神経麻痺により左上外斜視を認め,両眼視機能が失われ,動眼神経麻痺による右瞳孔縮不全により羞明が生じ,高次脳機能障害としては,健忘症候群と情動のコントロール障害があるというものであること,

      自賠責保険における後遺障害等級認定は,眼については,後遺障害等級別表第二第9級3号,後遺障害等級別表第二第13級1号,後遺障害等級別表備考6を適用し後遺障害別表第二第14級相当,後遺障害等級別表備考6を適用し後遺障害別表第二第14級相当の同一系列内の障害を総合して後遺障害等級別表第二第8級相当と判断され,

      脳外傷による高次脳機能障害については,後遺障害等級別表第二第5級2号に該当すると判断され,その結果,8級と5級の併合として後遺障害等級別表第二併合第3級と認定されたこと,

      自賠責保険における後遺障害等級認定においては,原告の平成16年6月4日の右前頭部打撲の影響は,治療経過や画像データから,あったとしてもわずかなものであると判断されたこと,原告のリハビリを担当したDのB医師は、原告の症状について,初診時は新しい記憶が頭に残らず,喜怒哀楽の差が大きかったところ,リハビリにより記憶障害は部分的に改善したが,人の名前,顔などの記憶は悪く,感情のコントロール障害が目立ち,事故前と同様の就労はきわめて困難であるが,事故前とは違う形での何らかの就労は可能と診断していることなどの事実が認められる。

      c 以上の事実に,前記認定にかかる本件事故当時の原告の職業,年齢等に,原告本人やその家族の尋問を経ていないことも考慮すれば,原告の労働能力喪失率は,眼の障害と高次脳機能障害とをあわせ,79%と認める。

      d 確かに,原告の自賠責保険における後遺障害等級の認定は後遺障害等級別表第二併合第3級であり,3級の労働能力喪失率は100%とされているが,原告の3級という後遺障害等級は,複数の後遺障害等級が認められる場合の併合の結果に過ぎないのであり,その他,原告が主張するような100%の労働能力喪失率を認めるに足りる的確な証拠はないというべきである。

      e また,被告は,A警察官が原告と面会した際の様子や原告の生活状況等から,原告の労働能力喪失率は79%より低いと主張するが,原告の後遺障害のうち最も重い障害である高次脳機能障害の症状に照らし,原告が一見社会生活をこなしているように見えても,これだけをもって,原告の後遺障害の労働能力への影響が軽いものであると認めることは困難である。

      (ウ) 労働能力喪失期間
      前記認定のとおり,症状固定時の原告の年齢は29歳であるところ,原告の後遺障害の内容に照らし,労働能力喪失期間は,就労可能年数である67歳まで38年間と認める(ライプニッツ係数16.8678)。

      (エ) 算定
      490万円×79%×16.8678=6529万5253円

      カ慰謝料
      (ア) 入通院慰謝料325万円
      前記第2の2(3)によれば,原告の本件事故による傷害の治療のための入通院は,入院123日(4か月),通院284日(10か月)相当であると認められ,本件交通事故と相当因果関係のある入通院慰謝料は,大阪地方裁判所における平成10・14年基準(重傷)を参考に,325万円が相当である。

      なお,原告の主張する慰謝料増額事由は,原告の傷害を重傷と評価していることにより評価済みである。

      (イ) 後遺障害慰謝料2000万円
      前記第2の2(4)及び前記認定にかかる原告の後遺障害の内容程度に照らし,本件交通事故と相当因果関係のある後遺障害慰謝料としては,
      2000万円が相当である。

      なお,原告の主張する慰謝料増額事由は,仮にその各事由が存在するとしても,交通事故の損害賠償請求事件においては,特段,慰謝料を増額すべきものと評価されるものではない。

      キ 文書費(争いない) 9万7650円

      ク コピー代0円
      原告主張のコピー代は,弁護士費用の要素もしくは訴訟費用の一部とな
      るとしても,本件交通事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

      ケ 損害小計1億0233万5663円

      (2) 過失相殺
      ア 前記第2の2( )オの事故1 態様によれば,本件事故事故は,基本的に,信号機により交通整理の行われている交差点における,直進単車と右折四輪車が双方ともに青信号で交差点に進入して衝突した事故であり,その基本過失割合は,全訂4版別冊判例タイムズ16号【126】によれば,直進単車15%:右折四輪車85%とされている。

      イ 証拠(甲282~291,乙1~7,証人A)によれば,本件事故の態様は,A警察官は,被告における警察官としての業務のため,被告車両を運転し,信号機により交通整理の行われている本件交差点に北行き道路から進入し,

      対面信号機が青色である時に東方向に右折するにあたり,別紙図面2地点で対向車線の南行き道路第2車線に右折待ち車両が2台存在することを認め,対向車線の南行き道路から直進してくる車両が見えにくい状況にあったにもかかわらず,

      漫然と時速20キロメートル程度で右折を開始し,右折先である東行き道路を見て右折場所を間違えたことに気づき,対向車線の南行き道路を直進する車両の動きに対する注視を怠り,そのまま右折を続けたことから,同4地点に至って,対向車線の第1車線を直進してきた原告車両を約7.4メートル先の同ア地点に認め,急制動の措置をとったが間に合わず,同×地点で被告車両を原告車両に衝突させたものであると認められる。

      ウ このように,本件事故の基本的な過失は,A警察官が,被告における警察官としての業務のため,被告車両を運転して本件交差点を右折するにあたり,対面信号が青であり,

      また,対向車線の直進車の見通しが悪いのであるから,適宜,交差点内に一旦停止したり徐行するなどして,対向車線の直進車の存否動静を十分確認して右折を開始すべき注意義務に反し,右折することと右折場所を間違えたことに気をとられ,直進車である原告車両に気づくのが遅れたことにある。

      一方,原告の落ち度については,対面信号が青であっても,対向車線の右折車からの見通しが悪いのであるから,前方を注視し,適宜右折車との衝突を回避できるように原告車両を運転すべきであったといえる。

      エ 被告は,原告車両が道路左側を走行しなかった過失があると主張するが,確かに道路交通法上,車両は道路左側を走行すべきではあるが,

      前記のとおり本件事故における基本的過失は,A警察官にあり,これに比して,原告車両が対向車線である南行き道路の第1車線の左側を走行していなかったとしても,依然として第1車線内を走行していたのであるから,過失割合を修正するほどの落ち度であるとは評価しない。

      また,被告は,原告車両が相当な速度で走行していたと主張するが,確かに,証拠(乙5,6)によれば,本件交差点に至るまでに原告車両が信号を無視し,決してゆっくりとした速度ではない速度で進行した事実は認められるが,原告車両が本件交差点に進入した際の速度を具体的に認めるに足りる的確な証拠はない。

      オ 原告は,証人Aの右折場所を間違えたことに気づいた地点に関する供述を虚偽であるとして批判するが,前記認定にかかる事故態様は,要は,A警察官が右折場所を間違えたことに気づいた位置が何処であるかにかかわらず,本件事故の基本的な過失はA警察官にあると判断するものであり,原告の主張は,本件事故の態様の認定に大きく影響しない。

      また,原告は,A警察官が当初は過失を認めていたとか,被告の担当者
      が過失割合を認めていたとか,労災保険の求償は原告10%:被告90%を前提としていると主張するが,仮にそうであっても,損害賠償請求訴訟においては,証拠により認定した事実に基づき,独自に過失割合を判断することが可能であると考える。

      カ 以上の本件に現れた諸事情を勘案すれば,本件事故における過失割合は,原告車両15%:被告車両85%と認める。

      (3) 過失相殺後の残額8698万5313円

      前項の過失割合により,前記(1)ケの損害小計1億0233万5663円に対し過失相殺を行うと,残額は8698万5313円となる。

      (4)  既払金

      ア 労災保険
      証拠(泉大津労働基準監督署長に対する調査嘱託の結果(平成21年4月10日付け),大阪労働局長に対する調査嘱託の結果(平成21年7月13日付け))及び弁論の全趣旨によれば,労災保険からの既払金は次のとおりと認められる。

      (ア) 医療機関に支払われた療養給付553万2990円
      (イ) 原告に支払われた療養給付としての診断書料2万4000円
      (ウ) 原告に支払われた休業給付485万7930円

      イ自賠責保険(争いなし) 40万円
      ウ自賠責保険(争いなし) 819万円
      エ自賠責保険(争いなし) 1400万円
      オ総合計3300万4920円

      (5) 既払金控除後の残額5398万0393円
      前記(4)の既払金を前記(3)の過失相殺後の残額に充当するが,前記(4)ア(ア)及び(イ)の労災保険から療養給付として支払われた金額合計555万6990円は,損害のうち,治療費,入院雑費,文書料及び特別室使用料の合計689万0410円に過失相殺を行った残額585万6849円に充当し,

      前項ア(ウ)の労災保険から休業給付として支払われた485万930円は,損害のうち,休業損害及び逸失利益の合計7219万5253円に過失相殺を行った残額6136万5965円に充当し,

      自賠責保険からの支払合計2259万円は損害全体に充当することとし,残額は5398万0393円となる。

      (6) 弁護士費用370万円
      本件事故と相当因果関係にある損害として,被告に賠償させるべき弁護士費用としては,事案の経過,難易,そして認容される損害の額その他諸般の事情を考慮し,本件においては,損害残額の7%程度を基本とし,370万円と認める。

      (7) 遅延損害金
      被告は,本件訴訟の遅延は原告に原因があるとして,遅延損害金の相当額が減額されるべきであると主張する。

      確かに民事訴訟において,事案の適正迅速な解決は重要であり,当事者は信義に従い誠実に民事訴訟を進行しなければならない義務を負う。

      しかし,不法行為に基づく損害賠償請求の遅延損害金は当然不法行為時に発生するところ,本件において,被告が主張する事由が認められるとしても,訴訟の進行が様々な要因が影響することと,訴訟の遅延は,原告にとっても紛争の解決が遅れることにもなり,必ずしも原告にとっても有利ではないことなどにも照らし,遅延損害金の減額は認められないというほかない。

      2 よって,原告は,被告に対し,A警察官の過失による本件事故の原告の損害につき,国家賠償法第1条第1項に基づき,5768万0393円及びこれに対する本件事故の日である平成16年4月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。

  • 株式会社が子会社に対してした増資につき,取締役会においてその増資に賛成した取締役には善管注意義務違反があるとして,増資額相当の損害賠償請求が認められた事例

H22.03.26 さいたま地判 事件番号 平19(ワ)2817

  • 判決
    • ア善管注意義務違反
      取締役は,会社の経営に関し善良な管理者の注意をもって忠実にその任務を果たすべきものであり(会社法330条,民法644条),その任務を怠った場合には善管注意義務違反として,これにより会社に生じた損害を賠償する責任を負うところ(会社法423条1項),その任務には,法令を遵守して職務を行うことも含まれる(会社法355条)。

      もっとも,取締役の経営判断に基づく施策が結果的に会社に損害をもたらした場合であっても,そのことから直ちに取締役が必要な注意を怠ったと断定することは相当でなく,

      実際に行われた取締役の経営判断そのものを対象として,その前提となった事実の認識について不注意な誤りがあったかどうか,また,その事実に基づく意思決定の過程,内容が会社経営者として著しく不合理なものであったかどうかという観点から審査を行うべきである。

      そして,前提となった事実認識に不注意な誤りがあり,又は,意思決定の過程,内容が著しく不合理であったと認められる場合には,その取締役の経営判断は,許容される範囲を逸脱したものとして,善管注意義務に違反するものというべきである。

      「(2) 詐害行為該当性
      ア 本件贈与の詐害行為性

      本件贈与は,前記第2の2(10)のとおり,本件株主総会直前の平成19年6月26日に行われたものであるところ,同日は,まさに元取締役被告らとI社との間の支配権争いを終結させるべく,本件株主総会における取締役の選任に関し,委任状合戦により双方が徴求した委任状について,I社の修正提案を可決する議決権行使をする旨のY1・J合意が成立した前日であり,

      同合意内容及びこれに先行する同月22日,前記第2の2(9)のとおり,基準日後の取得株式についても議決権行使を認める大規模な第三者割当増資が差し止められたことに鑑みれば,本件贈与の当日までには支配権争いの形勢が被告Y1にとって不利な方向に傾いていたものと認められる。

      以上の経緯の中で,上記1(4)のとおり,被告Y1,Y1・J合意の合意書案(乙1)に法的責任不追及の条項を入れるよう求め,結局,Y1・J合意に不追及の条項は盛り込まれなかったものの,元取締役被告らの法的責任を必要以上に追及しない旨の本件念書がJらから差し入れられていることなどに鑑みれば,

      被告Y1は,支配権争いに敗れた場合,取締役としての法的責任を追及されることを恐れ,これをできる限り免れようと試みていたと推認することができる。

      そうすると,被告Y1は,原告が被告Y1に対する任務懈怠責任に基づく損害賠償請求権を有し,その責任追及を受ける可能性があることを知悉していたものと認められる。

      そして,上記(1)のとおりの収入,資産状況に鑑みれば,被告Y1には,本件贈与の時点において,本件土地建物以外にさしたる資産がなく,

      本件贈与は被告Y1の財産を減少させるものであって,かつ,被告Y1は,本件贈与により債権者を害することを知っていたものと認めるのが相当である。

      これに対し,被告Y6は,前記第2の4(3)イのとおり,本件贈与は,婚姻後20年を経過し,長年の妻の貢献に対し,夫婦間の贈与特例を利用して行われたものであり(乙31),

      贈与そのものを決めたのは登記がされた平成19年6月26日の約1年前であったが,被告Y6自らが登記手続を行ったため,時間を要したに過ぎないとして,被告Y1が債権者を害することを知りながらしたものではない旨主張し,被告Y1の陳述書(乙42)及びその供述中にはこれに沿う部分がある。

      しかしながら,贈与税の配偶者控除特例を利用したとしても,本件贈与が被告Y1の財産を減少させる行為であることを左右するものではなく,本件贈与の詐害性を覆すものではないし,また,上記の認定に加え,登記原因たる贈与の日付が平成19年6月26日となっていることからすると,登記申請書に添付された登記原因を証する書面(贈与契約書)の作成日付も同日付けとなっていると推認されることに照らせば,被告Y6の上記主張に沿う証拠を採用することはできない。

      よって,本件贈与は,原告に対する詐害行為にあたるというべきである(なお,本件において,被告Y6が本件贈与により債権者を害することを知らなかったことを認めるに足りる証拠はないから,被告Y6が本件贈与によって債権者を害すべき事実を知らなかったと認めることはできない。)。

      (2) 詐害行為該当性

      ア 本件贈与の詐害行為性

      本件贈与は,前記第2の2(10)のとおり,本件株主総会直前の平成19年6月26日に行われたものであるところ,同日は,まさに元取締役被告らとI社との間の支配権争いを終結させるべく,本件株主総会における取締役の選任に関し,委任状合戦により双方が徴求した委任状について,I社の修正提案を可決する議決権行使をする旨のY1・J合意が成立した前日であり,

      同合意内容及びこれに先行する同月22日,前記第2の2(9)のとおり,基準日後の取得株式についても議決権行使を認める大規模な第三者割当増資が差し止められたことに鑑みれば,本件贈与の当日までには支配権争いの形勢が被告Y1にとって不利な方向に傾いていたものと認められる。

      以上の経緯の中で,上記1(4)のとおり,被告Y1,Y1・J合意の合意書案(乙1)に法的責任不追及の条項を入れるよう求め,結局,Y1・J合意に不追及の条項は盛り込まれなかったものの,

      元取締役被告らの法的責任を必要以上に追及しない旨の本件念書がJらから差し入れられていることなどに鑑みれば,被告Y1は,支配権争いに敗れた場合,取締役としての法的責任を追及されることを恐れ,これをできる限り免れようと試みていたと推認することができる。

      そうすると,被告Y1は,原告が被告Y1に対する任務懈怠責任に基づく損害賠償請求権を有し,その責任追及を受ける可能性があることを知悉していたものと認められる。

      そして,上記(1)のとおりの収入,資産状況に鑑みれば,被告Y1には,本件贈与の時点において,本件土地建物以外にさしたる資産がなく,本件贈与は被告Y1の財産を減少させるものであって,かつ,被告Y1は,本件贈与により債権者を害することを知っていたものと認めるのが相当である。

      これに対し,被告Y6は,前記第2の4(3)イのとおり,本件贈与は,婚姻後20年を経過し,長年の妻の貢献に対し,夫婦間の贈与特例を利用して行われたものであり(乙31),贈与そのものを決めたのは登記がされた平成19年6月26日の約1年前であったが,被告Y6自らが登記手続を行ったため,時間を要したに過ぎないとして,被告Y1が債権者を害することを知りながらしたものではない旨主張し,被告Y1の陳述書(乙42)及びその供述中にはこれに沿う部分がある。

      しかしながら,贈与税の配偶者控除特例を利用したとしても,本件贈与が被告Y1の財産を減少させる行為であることを左右するものではなく,本件贈与の詐害性を覆すものではないし,また,上記の認定に加え,登記原因たる贈与の日付が平成19年6月26日となっていることからすると,登記申請書に添付された登記原因を証する書面(贈与契約書)の作成日付も同日付けとなっていると推認されることに照らせば,被告Y6の上記主張に沿う証拠を採用することはできない。

      よって,本件贈与は,原告に対する詐害行為にあたるというべきである(なお,本件において,被告Y6が本件贈与により債権者を害することを知らなかったことを認めるに足りる証拠はないから,被告Y6が本件贈与によって債権者を害すべき事実を知らなかったと認めることはできない。)。

      イ そうすると,本件贈与は原告に対する詐害行為として取消を免れないものであり,被告Y6は,本件土地については持分全部移転登記の抹消登記手続を,本件建物については所有権移転登記の抹消登記手続をする義務がある。
       

  • 被害者が自賠法73条1項所定の他法令給付に当たる年金の受給権を有する場合に,政府が同法72条1項によりてん補すべき損害額を算定するに当たって控除すべき年金の額

H21.12.17 最高(一小)判 事件番号 平20(受)1192

  • 判決
    • 自賠法73条1項は,被害者が健康保険法,労災保険法その他政令で定める法令に基づいて自賠法72条1項による損害のてん補に相当する給付(以下「他法令給付」という。)を受けるべき場合には,政府は,その給付に相当する金額の限度において,同項による損害のてん補をしない旨を規定している。

      上記文言から明らかなとおり,これは,政府が自動車損害賠償保障事業(以下「保障事業」という。)として自賠法72条1項に基づき行う損害のてん補が,自動車損害賠償責任保険及び自動車損害賠償責任共済の制度によっても救済することができない交通事故の被害者に対し,

      社会保障政策上の見地から救済を与えることを目的として行うものであるため,被害者が他法令給付を受けられる場合にはその限度において保障事業による損害のてん補を行わないこととし,保障事業による損害のてん補を,他法令給付による損害のてん補に対して補完的,補充的なものと位置付けたものである。

      そして,自賠法73条1項の定める他法令給付には,保障事業の創設当時から,将来にわたる支給が予定される年金給付が含まれていたにもかかわらず,

      自賠法その他関係法令には,年金の将来の給付分を控除することなく保障事業による損害のてん補が先に行われた場合における他法令給付の免責等,年金の将来の給付分が二重に支給されることを防止するための調整規定が設けられていない。

      保障事業による損害のてん補の目的とその位置付けに加え,他法令給付に当たる年金の将来の給付分に係る上記の調整規定が設けられていないことを考慮すれば,

      自賠法73条1項は,被害者が他法令給付に当たる年金の受給権を有する場合には,政府は,当該受給権に基づき被害者が支給を受けることになる将来の給付分も含めて,その給付に相当する金額の限度で保障事業による損害のてん補をしない旨を定めたものと解するのが相当である。

      被害者が他法令給付に当たる年金の受給権を有する場合において,政府が自賠法72条1項によりてん補すべき損害額は,

      支給を受けることが確定した年金の額を控除するのではなく,当該受給権に基づき被害者が支給を受けることになる将来の給付分も含めた年金の額を控除して,これを算定すべきである。

H21.11.25 名古屋地判 事件番号 平20(ワ)4 

  • 判決
    • 手話と後遺障害等級
      聴覚障害者において,手話は相手方と意思を疎通する伝達手段であり,健常者の口話による意思疎通の伝達手段に相当するものであって,手,肩に傷害を負って後遺障害が残り,手話に影響が及んだ場合には,その程度によって後遺障害と扱うのが相当である。

      そして,訴訟での後遺障害等級認定は,自賠責後遺障害の等級を参考にするものの,口話と手話の手段の違いに照らし,意思疎通が可能かどうか,手話能力がどの程度失われているかを中心に個別的に判断するのが相当である。

      また,機能障害と言語障害と両方を評価したとしても,原告の主張するように口話の言語障害の場合にもありうることであり,手話特有の問題ではなく,また,労働能力喪失率の割合及び慰謝料額は必ずしも等級からそのまま導かれるものではないこともあり,これをもって手話につき後遺障害を認めることを否定するものではない。

  • 1 法定刑超過による非常上告
  • 2 観念的競合の適用条文について補足意見が付された事例

H21.07.14 最高(三小)判 破棄自判 事件番号 平21(さ)1

  • 判決
    • 原略式命令の確定した事実に法令を適用すると,被告人の所為のうち,危険防止措置義務違反の点は道路交通法117条の5第1号,72条1項前段に,報告義務違反の点は同法119条1項10号,72条1項後段にそれぞれ該当するところ,

      これは1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項,10条により1罪として重い危険防止措置義務違反の罪の刑で処断することとし,所定刑中罰金刑を選択し,その金額の範囲内で被告人を罰金10万円に処し,

      この罰金を完納することができないときは,同法18条により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官堀籠幸男の補足意見がある。

  • 聴覚障害者であるXが交通事故により手関節,肩関節に傷害を負い後遺障害が残った事案において,Xの手話言語能力喪失による後遺障害について,口話と手話の手段の違いに照らし,意思疎通が可能かどうか,手話能力がどの程度失われているかを中心に個別的に判断するのが相当であるとし,自賠責後遺障害12級相当と認定された事例
  • 交差点を左折していた大型貨物自動車と,その左後方から進行してきた原動機付自転車との衝突事故について,
    大型貨物自動車の運転者には不法行為に基づく損害賠償責任は認められないが,その運行供用者には自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償責任は認められるとして,被害者の遺族に対する賠償を命じた事例

H21.04.22 仙台地判 事件番号 平20(ワ)566

  • 判決
    • イ 交差点で左折しようとする自動車の運転者は,あらかじめ道路の左路端に寄って進行することが困難な場合にも,左折の合図をして,かつ,

      できる限り道路の左端に寄って徐行をして,さらにミラーで後続車両の有無を確認した上で,左折を開始すれば足りると解するのが相当である(最高裁判所昭和45年3月31日第三小法廷判決・刑集24巻3号92ページ)。

      左折を始めたときには,交差点で左折する車両の運転者は,その後は左後方ではなく, 左折で進入する交差道路を横断する歩行者, 交差道路を右方から走行する車両,対向車線から右折しようとする車両の有無, 動きを確認すべきであるし,

      左後方から進行する車両の運転者も, 右前方の車両が左折を始めて,自車の進路を進行していることが確認できるはずであるから, 左折を始めてからも左後方を確認しなければならない義務があると解することはできない。

H20.12.15 東京簡判 事件番号 平20(少コ)2309

  • 判決
    • 第3 当裁判所の判断

      評価損については,

      ①修理によっても技術上の限界等から外観や機能に回復できない欠陥が残存する場合と,

      ②外観や機能は特に問題ないが,事故歴があるという理由で当該車両の交換価値が下落する場合が考えられ,

      いずれの場合についても,評価損として判断される損害を賠償すべきであると考えられる。

      そして,②のような,車両の交換価値が下落したことによる評価損は,車両の所有者が事故によって評価損に相当する損害を潜在的に被っており,将来転売する可能性が考えられる場合には,当該車両を売却し損害として顕在化していない場合であっても,事故による損害を被っていると解するのが相当である。

      この点に反する被告の主張は採用できない。

      そして,評価損の発生の有無及び金額については,事故による損傷の部位・程度,修理の内容や修理に要した費用,事故当時の車両時価額,初度登録からの経過年月数,走行距離,車種等を総合的に考慮して算定されるべきである。

      2 以上の考え方を前提に,本件事故による評価損について検討する。

      (1) 証拠によれば,確かに原告車は,建築業者に有償で貸し出し貨物の運搬等作業用に使用している国産ワンボックスの商用車であることが認められ,原告主張のように,リース期間が終了する2年後に転売する蓋然性が高いとは言えない。

      しかしながら,その点のみをもって原告が転売する可能性が殆ど
      ないとまで断定することはできない。

      また,本件は追突事案で同乗者も怪我を負ったほか,車両の重要部分に及ぶ程度の損傷を受けているおそれがないとは言えないこと,修理に77万円余り要していること等が認められ,

      特に,本件事故当時,初度登録から6ヶ月余りと極めて短く,走行距離も1万3000キロメートル余で比較的短いことを考慮すると,原告車が商用車であることを重視して評価損を否定する
      のは相当とは思われない。

      (2) 以上の諸点に弁論の全趣旨を総合考慮した上,民事訴訟法248条の趣旨に照らすと,原告車の評価損は10万円(修理費用77万6982円の約13パーセント)と認めるのが相当である。

      なお,原告は,本件評価損として修理代金の30パーセントを請求しているほか,具体的な減価損の額として,財団法人日本自動車査定協会東京都支所作成の「中古自動車事故減価額証明」(甲10)を提出しているが,

      本書面は中古車の商品価値の差(価格差)を算定しているもので,価格査定の根拠や理由が必ずしも明確なものとはいえない面もあり,その査定上の減価を直ちに原告の損害とすることはできない。

      3 以上により,原告の請求は,当事者間に争いがない原告車の修理代金77万6982円と代車費用7万3500円,及び評価損として10万円の合計95万0482円及びこれに対する本件交通事故の日である平成20年7月25日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。

  • 過労運転の影響により,居眠り運転をしたため,引き起こされた死亡交通事故について,居眠り運転をした運転手のほか,過労運転を下命した使用者,その代表者,配車担当の従業員にも,民法715条,719条に基づいて,被害者,その両親である原告らが被った損害を賠償する責任があるとされた事例

H20.10.29 仙台地裁判 事件番号 平19(ワ)1800

  • 判決
    • 第3 被告Cに対する請求についての判断

      被告Cは,請求原因事実を争うことを明らかにしないので,これらの事実を自白したものとみなす。

      したがって,被告Cには,原告らに対し,民法709条,710条,711条に基づいて,本件事故により生じた損害(その額は第4で判断する。)を賠償する責任がある。

      第4 被告株式会社D,被告E,被告Fに対する請求についての判断

      1 逸失利益4282万9017円

      (1) 関係証拠(甲11〔枝番を含む。〕)によると,Gが,本件事故当時,H株式会社でタクシー運転手として働き,平均して1か月当たり約13万4000円の収入を得ていたことが認められる。

      しかし,関係証拠(甲12~20,31,32,36,37,証人I,原告A〔枝番を含む。〕)によると,Gは,平成17年ころから,高齢者,障害者の介護を目的としたタクシー会社(株式会社J)を設立しようと考え,東北運輸局宮城支局の担当職員から指導を受けて,駐車場の確保,事務所の新築に向けての準備,乗務員の募集,会社設立費用の調達など,平成19年9月上旬ころに会社を設立するとともに,一般乗用旅客自動車運送事業の許可を受け,この事業を営むための準備を整え,同年6月1日(本件事故の3日後)ころには一般乗用旅客自動車運送事業許可申請書を提出するまでになっていたことも認められる。

      そうすると,Gには,本件事故当時,平成19年の秋にはタクシー会社を設立する確実な予定があったと認められるから,逸失利益を算出するに当たっては,この当時務めていたH株式会社からの給与収入の額ではなく,このタクシー会社から支払われたと見込まれる役員報酬の額をその基礎収入の額とみるのが相当である。

      (2)ア関係証拠(甲33)によると,Gは,設立するタクシー会社では,1年当たり1億1880万円の営業収入が得られ,その50パーセントの賃金,1リットル当たり80円の割合による燃料費,そのほかの固定費(合計3334万3000円)を支払い,自分に対する役員報酬を600万円としても,515万7000円の営業利益が確保できると見積もっていたことが認められる。

      また,関係証拠(甲34,35,39,証人I)によると,仙台市周辺では介護タクシーを利用すると見込まれる高齢者の数が増加しているほか,介護タクシーの料金は通常のタクシーよりも高く設定されていることも認められる。

      しかし,関係証拠(乙2,3)によると,仙台市周辺では,タクシーの台数が,平成19年3月には平成14年の1.5倍に増えていること,国土交通省は,平成19年1月,仙台市について,タクシーの新規参入,増車を禁止することができる緊急調整地域に指定したこと,新規に参入したタクシー会社の中には,営業不振により,1年足らずで,すべての従業員を解雇せざるを得なかったところもあることも認められる。

      イ これらの事情をもとに検討すると,Gが,タクシー会社を設立できたとしても,仙台市周辺では,本件事故の当時,緊急調整地域に指定されるほど,供給が過剰の状態になっていた。

      さらに,新規参入が禁止される前に,Gと同じように,介護タクシーを利用する高齢者を当て込んで,別のタクシー会社も参入する可能性もあった。

      そうすると,介護タクシーを利用すると見込まれる高齢者の数が増加しているし,その料金は通常のタクシーよりも高く設定されているからといって,その設立の当初から,その見積もりのとおりの営業収入を得られたとまでは認められない(Iも,尋問で,このことを認めている。)。

      このほかに,Gが,タクシー会社を設立できたとしても,その燃料費,固定費が,その見積もりのとおりでとどまるとまでも認められない(例えば,燃料費が1リットル当たり100円に上がったときには,その額は1650万円に増加する。)ことや,このタクシー会社から支払われたと見込まれる役員報酬はそのすべてが労働の対価ではなく,利益配当の部分も含まれていることや,年齢や男女の違いでこの報酬の額に目立った違いが生ずるとは考えにくいことも考慮すると,

      Gは,本件事故がなければ,就労可能な67歳までの27年間を通じて,賃金センサス平成17年第1巻第1表の産業計企業規模計学歴計全労働者全年齢の平均収入額である487万4800円を得ることができたとまでは認められるが,それ以上に,この表の男子労働者学歴計40~44歳の平均収入額である653万1600円を得ることができたとまではみることはできない。

      (3) そして,関係証拠(甲36,37,証人I,原告A)によると,Gは,本件事故の当時,独身で,両親である原告らと同居していたが,その収入のすべてを生活費として家庭に入れるとともに,身体障害者である原告Bの介護の中心的役割を果たしており,一家の支柱であったことが認められる。そうすると,その生活費控除割合は40パーセントにとどまるとみるのが相当である。

      (4) 以上によると,Gの逸失利益は,以下の計算式のとおり4282万9017円とみるのが相当である。

      (計算式)
      487万4800円(基礎収入)×14.6430(就労可能期間である27年間に対応したライプニッツ係数)×(1-0.4〔生活費控除割合〕)=4282万9017円(1円未満四捨五入。以下の計算でも同じ。)

      2 慰謝料2400万0000円

      関係証拠(甲4,8~10,22~28〔枝番を含む。〕)によると,本件事故は,被告株式会社D,被告E,被告Fから,過労運転を強いられた被告Cが,高速度のまま,居眠り運転を続け,加害車両を本件交差点に進入させた結果,引き起こされたものであることが認められる。

      また,Gには,前記認定のとおり,平成19年の秋にはタクシー会社を設立する確実な予定があったのに,このような事故に遭い,この予定をかなえることができなくなった。

      このような事情を考慮すると,Gが本件事故により被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は2400万円とみるのが相当である。

      3 物損62万1000円

      Gが,本件事故により,被害車両を廃車にせざるを得なくなり,被害車両の時価相当額,廃車費用の合計62万1000円の負担をしたことは争いがない。

      4 相続

      原告らがGの両親であることは争いがない。したがって,原告らはGの被告らに対する損害賠償請求権の2分の1ずつ3372万5008円を相続した。

      葬儀費用原告Aについて150万0000円

      関係証拠(甲37,原告A),弁論の全趣旨によると,原告Aが,費用を負担して,Gの葬儀を執り行ったことが認められる。

      本件事故により生じたものとして被告らに負担させるべき費用は150万円とみるのが相当である。

      6 原告ら固有の慰謝料原告Aについて100万0000円
      原告Bについて200万0000円

      関係証拠(甲37,40,乙1,原告A)によると,原告らは,自分たちと同居し,身体障害者である原告Bの介護の中心的役割を果たすとともに,一家の支柱であったGが死亡したことで,精神的苦痛を被ったことが認められる。

      原告Bは,十分な介護を受けられなくなっただけでなく,心療内科への通院を余儀なくされている。原告Aも,原告Bを介護する負担が増えたり,被告らとの示談交渉が思うように進まないこともあって,やはり心療内科への通院を余儀なくされている。

      このような事情のほか,被告E,被告Fが,原告らからみて誠実さを欠いているとみられるような対応をしていることも考慮すると,その苦痛を慰謝するための慰謝料は,原告Aについては100万円,原告Bについては200万円とみるのが相当である。

  • 被告人が,8車線一方通行道路の第1車線に停車させていた普通乗用自動車を第8車線方向に向かい発進進行させる際に,安全確認を怠った過失により,後ろから進行してくる普通自動二輪車に衝突の危険を感じさせて急ブレーキをかけさせて転倒させ,傷害を負わせたという業務上過失傷害の公訴事実について,被害者供述の信用性については合理的な疑いが存するとして排斥し,被告人供述により,被害者車両は停車していたものと認め,同公訴事実について無罪の言い渡しをした事例

H20.10.23 大阪地判 事件番号 平18(わ)7804

  • 判決
    • 5 当裁判所の判断

      ① 以上によれば,被害者の供述には,合理的疑いを容れる余地が多分にあり,これを採用できない。

      人間の認知能力の内在的制約として,位置関係や速度,時間等について厳密に知覚できるとは考えられず,したがって,被害者が被告人車両を発見した位置,危険を感じた時のそれぞれの位置,転倒し,停車したときのそれぞれの位置等についての実況見分の記載や,被害者・被告人の車両の速度,挙動等に関する供述が,ある程度感覚的なものになってしまうことはやむを得ないところもあるが,

      本件の場合は,被害者の公判供述及びこれに利用されている被害者立ち会いの実況見分の結果には,若干の修正では補正し得ないほど不合理な点があると言わざるを得ない。

      他方,被告人供述については,被害者の速度を時速60キロメートルだった旨述べている点など,若干疑問の余地がないわけではないが,客観的証拠等と大きな矛盾点はなく,おおむね信用してよいと思われる。

      ② そうすると,被告人車両は,別紙図面3の③の地点にいたところ,被害者車両が三叉路の交差点に差し掛かる車線の切れた辺りで被害者が顔を上げて被告人車両に気づき,急ブレーキをかけてタイヤをロックさせ,転倒したものと認められる。

      そうすると,被告人には,公訴事実に掲げられた過失は認められないというべきである。

      したがって,業務上過失傷害の公訴事実については,犯罪の証明が無く,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。

      6 補足

      ① なお,検察官は,被害者供述を前提に,以下のとおりの過失があると主張する。

      すなわち,被告人が,被告人車両を発進させて,別紙図面2(以下,この項で使用する記号等は,いずれも別紙図面2記載のものである。)の①地点まで進行させた時点において,被害車両は!地点を進行しており,

      被告人車両が①地点から2.1メートルの②地点まで進行させた時点においては,被害車両は,"地点まで進行していたことになるところ,被害者は,!地点から"地点までの約10.3メートルを時速約30ないし40キロメートルで進行しているので,その間を0.92ないし1.23秒で進行したことになり,

      他方,被告人車両は,①地点から②地点までの2.1メートルを進行しているので,時速約6ないし8キロメートルで進行したことになる。

      そして,被害者は,!地点から"地点までを時速約30ないし40キロメートルで走行しているので,その停止距離は,約10ないし22.8メートルとなるが,

      ①地点と!地点との距離は約1.5メートル,②地点と"地点との距離は,約22.2メートルであるから,被害者が"地点で急制動の措置を講じても,②地点の被告人車両と衝突する危険性が極めて高いことになる。

      しかも,被告人車両が①地点から②地点まで進行すると,本件道路において被告人車両の右前角が第3車線に入っているところ,被害者は,北西道路の第②車線を進行し,本件道路の第3車線に進行しようとしていたのであるから,被告人車両が②地点に進出することは,被害者の進路妨害に当たることは明白である。

      なお,被害者が被告人車両と衝突を回避する方法としては,急制動以外にハンドル操作も考えられるが,急な車線変更は被害車両とほかの後続車との接触や転倒の危険があるのであるから,被害者としては急制動の措置を余儀なくさせられたものである。

      以上のとおり,被告人は,被害車両が急制動の措置を講じても衝突する危険性の高い!地点を進行している時点で,①地点から,被害車両の進路を妨害する②地点まで被告人車両を発進させ,その結果,被害者をして,急制動の措置を講じることを余儀なくさせたものであることは明白であるところ,

      かかる状況下において本件事故を予見して回避することは可能であったのであるから,被告人が右後方から北西道路を南進してくる車両の有無およびその安全を確認することなく発進した過失が認められることは明らかである。

      ② 当裁判所の判断は,そもそも被害者の公判供述の信用性は合理的疑いを容れる余地があるというものであるが,仮に事実経過が,明らかに不合理な部分を除き被害者の公判供述どおりだとしても,

      以下に記載のとおり,上記検察官主張の注意義務違反を認めることはできず,結果的に,被害者の公判供述を前提とした場合,検察官の主張それ自体失当であったといわざるを得ない。

      i まず,検察官は,①の地点を被告人が発進した過失を述べているが,これは明らかなとおり,①の地点は被害者が動いている被告人車両を発見した地点であり,被告人が①の地点を発進したわけではない。

      ii 仮に,その点は発進と進行の記載を誤っただけとしても,①から②に進行しただけでは,進路妨害とまでは認められず,注意義務違反とはいえない。

      すなわち,検察官主張のとおり,②の地点は,本件道路の第3車線部分に該当する部分にさしかかっていた可能性が高い。

      しかし,この部分は交差点内であり,路面に車線の表示はない(弁護人請求16号証参照)。

      検察官は,検察官請求甲4号証実況見分調書添付図面と弁護人請求20号証添付の原図と照合しているようであるが,同原図は,本件道路上の車線の北側の開始位置が誤っているなど正確でない部分もあり,特に車線の照合には不向きである。

      したがって,②の位置が,明白に第3車線部分にさしかかっていたとまでは断定できない。

      そして,そもそも被告人の①から②までの移動は,あえて言うならば道路交通法26条の2の,進路の変更と同様に考えるのが適当と考えられるところ,

      この場合,その変更した後の進路と同一の進路を後方から進行してくる車両等の速度または方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは,車線を変更してはならないとされている。

      そして,検察官が上記車線変更による進路妨害であると主張するのであれば,②の地点が第3車線にさしかかっているかどうか,

      また,それが車線の右側を進行していたという被害者車両と同一の進路といえるかについては,検察官が立証すべきであるはずなのに,これを立証していない。

      仮に,②の地点が第3車線内であったとしても,その位置は車線東側ということができるところ,被害者は,第②車線の右端である西側を走行し,第3車線の右端めがけて走行していたのであるから,

      第②車線から第3車線に向けて進行することが許されていたとしても,被告人車両が②の部分からさらに進行しない限り,進路妨害にはならないと思われる。

      実際に,本件では,転倒した被害車両は転倒によりほとんど進路を変えていないのに,被告人車両に何ら接触していない。

      ところで,そもそも,弁護人請求14号証や,同16号証を見る限り,北西車線第②車線に対応する本件道路の車線は第4車線であり,第3車線ではない。

      したがって,被害者が第②車線から第3車線に向かって走行していたこと自体,車線を維持して走行していたとは思えない。ウインカーも付けずにこのような進路をとることは,道路の通行方法としては間違っている。

      iii また,前記検察官主張事実の前提となる被害者供述のとおり,被告人車両は②で一瞬停止した,被害者も,①から②に向かって進行してくる被告人車両をみて,危険を感じて一旦アクセルを緩めたものの,

      その後,停車すると思って加速したというのであれば,それ自体は急制動ないし急転把の必要のある危険な行為であったとはいえないし,この行為が,事件に直接的な影響を及ぼしたとはいえない。

      そうすると,①から②に進行し,その帰結として,被害者に急制動の措置を講じることを余儀なくさせたものとは認めることはできず,被告人の注意義務違反を認定することはできないというべきである。

      iv むしろ,被害者の公判供述という前提事実の下,被告人の注意義務違反を論じるのであれば,検察官の設定する訴因の点からは若干の問題点があるものの,②の地点から急発進して③に向けて若干進行した点を問題とすべきである。

      (ただし,この場合でも,②,③の位置が本件車線でどの位置にあるのか明かではないから,進路妨害それ自体に当たると明確にはいえない。また,前記のとおり,少なくとも,急発進という前提にはかなり無理がある点は重ねて指摘しておく。)

      しかし,そのような前提でも,被告人に過失を認めることは困難である。

      なぜなら,前記事実によれば,被告人が①の地点で進行しているのを見て,危険を感じて被害者はアクセルを緩めたというのであるが,通常の人間の反応速度から見て,アクセルを実際に緩め始めるのが,目撃から0.6秒~0.8秒後であり,そのときには被告人は②直前にいて,被害者が減速したのを目撃した可能性がある。

      そのような状態にあった場合,車両の運転者とすれば,逆に相手方が停車するものと信頼,期待して進行を開始することは十分にあり得ることであり,このような場合,これが必ず注意義務違反になるということはできない。

      このように,被害者の供述等を前提とし,②の地点を発進した時点をとらえても,被告人に注意義務違反を認めることができないといえる。

      ③ 最後に,本件の事実関係が,被害者の実況見分時における指示説明どおりであった場合においても,被告人及び被害者双方の速度と位置関係等からみて,雨天であることを考慮しても,被害者としては適切にハンドルを切ったり,ブレーキをかけるなどして悠々と衝突を回避できたと思われるから,被告人の発進,進行に過失があったということはできないと判断できる。

      第3 第2事実について

      1 この点について,前記証拠上明らかに認められる事実および信用できる被告人供述その他関係各証拠によれば,

      本件事故は,被告人が被告人車両の運転を開始し,停止していたところ,その動向に気をとられた被害者が,雨天に誤って急ブレーキをかけ,二輪車もろとも転倒し,傷害を負った,

      事故後,被害者は,被告人に対して手招きしたが,被告人は,自分も関与しているのではないかと分かりつつ,その現場から去ったというものである。

      そして,二輪車が転倒したという状況それ自体から見て,被告人は,被害者がけがをしているであろうことは認識していたものと認められる。

      2 ところで,いわゆる道路交通法上の救護義務や報告義務は,交通事故の当事者に対し,その過失の有無を問わず課せられるものである。

      非接触事故の場合でも,事故に何らかの影響を及ぼしている限り,交通事故にならない訳ではないし,自動車を停止している時の事故で,運転者に事故についての注意義務違反がない場合でも,これらの義務が免除されるものではない。

      また,本件の事故後,被害者が手招きしたという行動や,警察から被告人に最初に連絡がいった時の被告人の受け答えからみて,被告人が交通事故を起こしたことの認識があったことは明らかであり,これは被告人自身が認めている。

      3 したがって,公訴事実第2について,弁護人の主張は理由がないというべきである。

      (法令の適用)

      罰条

      救護義務違反の点平成19年法律第90号附則12条により同法による改正前の道路交通法117条,72条1項前段

      報告義務違反の点同法119条1項10号,72条1項後段
      科刑上一罪の処理(観念的競合)刑法54条1項前段,10条

      (重い救護義務違反の罪の刑で処断)
      刑種の選択罰金刑選択
      労役場留置刑法18条
      執行猶予刑法25条1項
      訴訟費用刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)

      (量刑の理由)
      本件で有罪となった事実は,被告人が,交通事故を起こして被害者に傷害を負わせたのに,救護義務や報告義務を尽くすことなく逃走したという事案であり,自動車運転者として非常に無責任な行為で,あってはならないことである。

      被害者の怪我も全治約34日間を要する右大腿部挫傷等の傷害と軽くはなかったのであって,その点からも反省を要するものである。

      しかしながら,そもそも上記認定のとおり,その交通事故は,被告人車両が停車中に,被害者が被告人車両に気をとられてタイヤをロックさせて転倒したというもので,被告人に過失は認められないし,

      交通事故といっても,雨天に平坦地で2輪車が自ら転倒・滑走した事故であって,被告人車両と接触もしていない。

      後続車等に衝突等しない限り被害者に生命に危険が生じるようなものではなく,被害者はその日の内に実況見分に立ち会うなどしている。

      さらに,偶然とはいえ,本件事故は警察官が目撃しており,事件の覚知が遅れたわけでもない。

      加えて,被告人自身,けが人の保護をせずに現場から離れた点を反省していること,被告人の妻が監督を誓っていることなど,被告人のために酌むべき事情が認められる。

      さらに,本件の審理の経過,法改正前の事件であること,交通事故について過失がない上,事故の態様から見て交通事故の確定的な認識はなかったと思われることなど,諸般の事情を考慮し,主文のとおりの刑に処することにした。

  • 交通事故の加害者Yが被害者Xに賠償すべき人的損害の額の算定に当たり,Xの父が締結していた自動車保険契約の人身傷害補償条項に基づきXが支払を受けた保険金の額を控除した原審の判断に違法があるとされた事例

H20.10.07 最高(三小)判 事件番号 平20(受)12

  • 判決
    • 「(1) 本件事故は,平成14年7月7日午前7時50分ころ,兵庫県姫路市内の国道250号線の交差点において,同交差点東側の横断歩道を北から南に向かって進行していた上告人(当時12歳)運転の自転車と,上記国道を西から東に向かって進行していた被上告人車とが衝突したというものである。本件事故における上告人と被上告人Y1の過失割合は,いずれも5割である。

      (2) 本件事故により,上告人は,脳挫傷,頭部打撲等の傷害を負い,入通院による治療を受けたが,平成15年5月27日,高次脳機能障害等の後遺障害を残して症状固定し,同後遺障害により労働能力を100%失った。

      (3) 本件事故により上告人に発生した人的損害(弁護士費用に係る損害を除く。)は1億7382万8332円(治療費,将来の介護費,住宅改造費,逸失利益,慰謝料等の合計)である。

      (4) 被上告人Y は,本件事故当時,被上告人会社との間で,被上告人Y1が被上告人車によって第三者に加害を及ぼし損害を生じさせた場合に当該第三者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について,被上告人Y1と当該第三者との間で判決が確定し又は裁判上の和解若しくは書面による合意が成立したときに,当該第三者が直接被上告人会社に上記金額の支払を請求することができる旨の約定を含む自動車保険契約を締結していた。

      (5) 上告人の父であるAは,本件事故当時,B(以下「訴外保険会社」という。)との間で,上告人も補償の対象者に含む人身傷害補償条項(以下「本件傷害補償条項」という。)のある自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。

      本件保険契約においては,本件保険契約に基づく保険金を受領した者が他人に損害賠償を請求することができる場合には,訴外保険会社は,その損害に対して支払った保険金の額の限度内で,上記の損害賠償に係る権利を取得する旨の約定がある。

      (6) 上告人は,本件傷害補償条項に基づき,訴外保険会社から,本件事故による上告人の人的損害について,567万5693円の保険金(以下「本件傷害保険金」という。)の支払を受けた。

      (7) 上告人は,平成16年2月23日,自動車損害賠償責任保険から,本件事故の損害賠償として,3000万円の支払を受けた(以下,これを「本件自賠責保険金」という。)。

      3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,6368万2222円及び遅延損害金の支払を求める限度で,上告人の被上告人Y1に対する請求を認容し,上告人と被上告人Y1との間の判決の確定を条件に上記と同額及び遅延損害金の支払を求める限度で,上告人の被上告人会社に対する請求を認容した。

      (1) 上記2(3)の損害額1億7382万8332円に上告人の過失割合5割による過失相殺をした後の8691万4166円から本件傷害保険金の額である567万5693円を控除すると,残額は8123万473円となる。

      そして,同金額に対する本件事故の日である平成14年7月7日から本件自賠責保険金が支払われた平成16年2月23日までの年5分の割合による遅延損害金は664万3749円であるから,本件自賠責保険金3000万円については,まず上記遅延損害金に充当され,残額(2335万6251円)が元本に充当される結果,未てん補の損害額(弁護士費用に係る損害を除く。)は5788万2222円となる。

      上告人は,本件傷害保険金567万5693円のうち被上告人Y1に対する損害賠償請求に当たって控除することができるのは,同金額に被上告人Y1の過失割合を乗じた額に限られる旨主張するが,採用することができない。」

      「前記事実関係によれば,本件傷害保険金は,上告人の父が訴外保険会社との間で締結していた本件保険契約の本件傷害補償条項に基づいて上告人に支払われたものであるというのであるから,これをもって被上告人Y1の上告人に対する損害賠償債務の履行と同視することはできない。

      また,前記事実関係によれば,本件保険契約においては,本件保険契約に基づく保険金を支払った訴外保険会社は同保険金を受領した者が他人に対して有する損害賠償請求権を取得する旨のいわゆる代位に関する約定があるというのであるから,

      訴外保険会社は,本件傷害保険金の支払によって,上告人の被上告人Y に対す1 る損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)の一部を代位取得する可能性があり,訴外保険会社が代位取得する限度で上告人は上記損害賠償請求権を失うことになるのであって,

      本件傷害保険金の支払によって直ちに本件傷害保険金の金額に相当する本件損害賠償請求権が消滅するということにはならない。

      そして,原審が確定した前記事実関係からは,本件傷害補償条項を含めて本件保険契約の具体的内容等が明らかではないので,上記の代位の成否及びその範囲について確定することができず,

      訴外保険会社が本件傷害保険金の金額に相当する本件損害賠償請求権を当然に代位取得するものと認めることもできない。

      ところが,原審は,本件傷害補償条項を含む本件保険契約の具体的内容等について審理判断することなく,本件損害賠償請求権の額を算定するに当たり,上告人の損害額から上告人の過失割合による減額をし,その残額から本件傷害保険金の金額を控除したものである。

      しかも,上告人は,原審において,本件傷害保険金のうち被上告人Y1の過失割合に対応した金額に相当する本件損害賠償請求権を訴外保険会社が代位取得する旨の合意が上告人と訴外保険会社との間で成立している旨主張していることが記録上明らかであるが,原審は,この合意の有無及び効力についても何ら審理判断していない。

      そうすると,原審の判断には,審理不尽の結果,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである

  • Xの友人Aが,Xの運転するXの父親B所有の自動車に同乗してバーに赴き,Xと飲酒をした後,寝込んでいるXを乗せて同自動車を運転し,追突事故を起こした場合において,Bが自賠法3条にいう運行供用者に当たるとされた事例

H20.09.12 最高(二小)判 事件番号 平19(受)1040

  • 判決
    • これらの事実によれば,上告人は,Bから本件自動車を運転することを認められていたところ,深夜,その実家から名古屋市内のバーまで本件自動車を運転したものであるから,その運行はBの容認するところであったと解することができ,

      また,上告人による上記運行の後,飲酒した上告人が友人等に本件自動車の運転をゆだねることも,その容認の範囲内にあったと見られてもやむを得ないというべきである。

      そして,上告人は,電車やバスが運行されていない時間帯に,本件自動車のキーをバーのカウンターの上に置いて泥酔したというのであるから,Aが帰宅するために,あるいは上告人を自宅に送り届けるために上記キーを使用して本件自動車を運転することについて,上告人の容認があったというべきである。

      そうすると,BはAと面識がなく,Aという人物の存在すら認識していなかったとしても,本件運行は,Bの容認の範囲内にあったと見られてもやむを得ないというべきであり,Bは,客観的外形的に見て,本件運行について,運行供用者に当たると解するのが相当である。

  • Aが運転しBが同乗する自動二輪車とパトカーとが衝突しBが死亡した交通事故につき,Bの相続人がパトカーの運行供用者に対し損害賠償を請求する場合において,過失相殺をするに当たり,Aの過失をBの過失として考慮することができるとされた事例

H20.07.04 最高(二小)判 事件番号 平19(受)1386

  • 判決
    • 以上のような本件運転行為に至る経過や本件運転行為の態様からすれば,本件運転行為は,BとAが共同して行っていた暴走行為から独立したAの単独行為とみることはできず,上記共同暴走行為の一環を成すものというべきである。

      したがって,上告人との関係で民法722条2項の過失相殺をするに当たっては,公平の見地に照らし,本件運転行為におけるAの過失もBの過失として考慮することができると解すべきである。

  • 交通事故によって低髄液圧症候群を発症したとして提起された不法行為による損害賠償請求事件について,事故によって原告が低髄液圧症候群を発症したとするには合理的な疑いがあるとして事故との因果関係を否定し,事故による傷病は頸椎捻挫であるとして,後遺障害等級12級(労働能力喪失率14%),労働能力喪失期間10年を前提とする損害賠償を認めた事例

H20.06.04 さいたま地判 事件番号 平16(ワ)1551

  • 判決
    • 以上によれば,原告は,本件事故により頸椎捻挫の傷害を負い,手足のしびれ,頸部痛等の症状が出現したものの,約半年間,低髄液圧症候群の
      基本的症状とされる起立性頭痛はみられなかったものであり,

      また,原告は,H病院において低髄液圧症候群と診断され,腰椎部に3回,頸椎に1回の合計4回にわたりブラッドパッチ治療を受けたものの,さしたる効果のないまま終わっていること,

      さらに,H病院の医師は,原告が低髄液圧症候群であると診断した根拠として,原告の起立性頭痛の訴えとGdMRIによる硬膜肥厚とを挙げるが,画像所見等,他に客観的根拠を挙げているものではないこと,

      そして,そもそも低髄液圧症候群自体,未だ不明な点が多く,確たる診断基準があるわけではないこと等にかんがみると,原告が本件事故により低髄液圧症候群を発症したとするには,なお合理的な疑いがあるといわなければならない。

  • 保険契約に適用される約款に基づく履行期が合意によって延期されたと認められ,保険金請求権の消滅時効の起算点がその翌日となるとされた事例

H20.02.28 最高(一小)判 事件番号 平19(受)733

  • 判決
    • 前記事実関係によれば,本件保険金請求権については,保険金支払条項に基づく履行期が到来した後である平成14年11月5日付けで,被上告人の代理人である弁護士から上告人に対し,

      本件保険金請求についてはなお調査中であり,その調査に上告人の協力を求める旨記載した本件協力依頼書が送付され,その後1か月余り経過した同年12月11日付けで,

      同弁護士から上告人に対し,上告人の調査への協力には感謝するが,調査の結果,本件保険金請求には応じられないとの結論に達した旨記載した本件免責通知書が送付されたというのであるから,

      本件協力依頼書の送付から本件免責通知書の送付までの間は,被上告人が保険金を支払うことは考えられないし,上告人も,調査に協力してその結果を待っていたものと解されるので,訴訟を提起するなどして本件保険金請求権を行使することは考えられない。

      そうすると,被上告人の代理人による本件協力依頼書の送付行為は,上告人に対し,調査への協力を求めるとともに,調査結果が出るまでは保険金の支払ができないことについて了承を求めるもの,

      すなわち,保険金支払条項に基づく履行期を調査結果が出るまで延期することを求めるものであり,上告人は,調査に協力することにより,これに応じたものと解するのが相当である。

      したがって,本件保険金請求権の履行期は,合意によって,本件免責通知書が上告人に到達した同月12日まで延期されたものというべきである。

      そして,本件保険契約に適用される前記普通保険約款によれば,本件消滅時効の起算点は,保険金支払条項に基づく履行期の翌日とされているものと解されるところ,その履行期が同月12日まで延期されたのであるから,本件消滅時効の起算点は翌13日となる。 

  • 被害者の行使する自賠法16条1項に基づく請求権の額と市町村長が老人保健法(平成17年法律第77号による改正前のもの)41条1項により取得し行使する上記請求権の額の合計額が自動車損害賠償責任保険の保険金額を超える場合に,被害者は市町村長に優先して損害賠償額の支払を受けられるか

H20.02.19 最高(一小)判 事件番号 平18(受)1994

  • 判決
    • 被害者が医療給付を受けてもなおてん補されない損害(以下「未てん補損害」という。)について直接請求権を行使する場合は,他方で,市町村長が老人保健法41条1項により取得した直接請求権を行使し,被害者の直接請求権の額と市町村長が取得した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても,

      被害者は,市町村長に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができるものと解するのが相当である。

  • 1 無保険車傷害条項に基づく保険金請求につき,加害者の事情(無免許,飲酒,居眠運転)等により増額した慰謝料分の保険金の支払を認めた事案。
  • 2 無保険車傷害条項に基づく保険金請求につき,遅延損害金の利率を年6分とした事案。

H19.11.30 さいたま地判 事件番号平18(ワ)121

  • 判決
    • 第2 事案の概要

      本件は原告,らが,被告に対し,H(以下「H」という。)が運転し,I(以下「I」という。)が同乗し,J(以下「J」という。)が保有する自動車と,亡E 以下亡E と( 「」いう。)が運転し,原告A,原告B,原告C及び亡F(以下「亡F」という。)が同乗し,死亡前相原告G(以下「亡G」という。)が所有する自動車との交通事故(以下「本件事故」という。)について,

      亡Gと被告との間の自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)の無保険車傷害条項に基づき,保険金の支払及びこれに対する保険金の支払を請求した日の翌日である平成16年2月6日から支払済みまで年6分の割合に基づく遅延損害金の支払を求める事案である。

      1 前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)

      (1) 当事者等

      ア 原告ら,亡E,亡F及び亡Gの親族関係は,別紙相続関係図(省略)記載のとおりである。

      イ 被告は,損害保険業等を目的とする株式会社である。

      (2) 保険契約の締結

      亡Gは,平成15年6月18日,被告との間で,次のとおり,自動車総合保険普通約款に基づいて,自家用自動車総合保険契約(SAP)(本件保険契約)を締結した。

      ア 保険期間平成15年6月30日から平成16年6月30日まで
      イ 被保険自動車自家用軽四輪貨物車(以下「被害車両」という。)
      ウ 被保険者亡G
      エ 保険金額

      (ア)対人賠償保険1名につき1億円
      (イ)対物賠償保険1事故につき500万円
      (ウ)無保険車傷害保険1名につき1億円
      (エ)自損事故保険1名につき1500万円

      オ 無保険車傷害条項(上記約款第3章)には,概略次の内容が定められている。(乙1)

      (第1条1項)
      被告は,無保険自動車の所有,使用又は管理に起因して,被保険者の生命が害されること,又は身体が害されその直接の結果として後遺障害が生じること(以下「無保険車事故」という。)によって被保険者又はその父母,配偶者若しくは子が被る損害に対して,賠償義務者がある場合に限り,無保険車傷害条項及び一般条項に従い保険金を支払う。

      (第2条1項5号)
      被保険自動車の正規の乗車装置又は当該装置のある室内に搭乗中の者は,無保険車傷害条項にいう被保険者とする。

      (第3条3項,4項,6項,第4条1項)
      無保険自動車とは,相手自動車(被保険自動車以外の自動車であって被保険者の生命又は身体を害した自動車をいう。ただし,被保険者が所有する自動車及び日本国外にある自動車を除く。)であって,次の各号のいずれかに該当する自動車をいう。

      (ア)その自動車について適用される対人賠償保険等(自動車の所有,使用又は管理に起因して他人の生命又は身体を害することにより,法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して保険金又は共済金を支払う保険契約又は共済契約で自動車損害賠償保障法に基づく責任保険又は責任共済以外のものをいう。)がない場合

      (イ)その自動車について適用される対人賠償保険等によって,被保険者又はその父母,配偶者若しくは子が被る損害について,法律上の損害賠償責任を負担する者が,その責任を負担することによって被る損害に対して保険金又は共済金の支払を全く受けることができない場合

      (ウ)その自動車について適用される対人賠償保険等の保険金額又は共済金額が,この保険証券記載の保険金額に達しない場合

      (第9条)

      (ア)被告が保険金を支払うべき損害の額は,賠償義務者が被保険者又はその父母,配偶者若しくは子が被った損害に対して法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額によって定める。

      (イ)被告が保険金を支払うべき損害金の額は,保険金請求権者と賠償義務者との間で損害賠償責任の額が定められているといないとにかかわらず,次の手続によって決定する。

      a 被告と保険金請求権者との間の協議
      b 前号の協議が成立しない場合は,評価人及び裁定人による手続(一般
      条項19条)又は被告と保険金請求権者との間における訴訟,裁判上の
      和解若しくは調停

      カ 一般条項(上記約款第6章)には,次の内容が定められている。

      (14条9号)
      保険契約者又は被保険者が,事故が発生したことを知った場合において,被告から,特に必要とする書類又は証拠となるものを求められた場合は,遅滞なく,これを提出し,また被告が行う損害又は傷害の調査に協力しなければならない。

      (15条1項)
      保険契約者又は被保険者が,正当な理由がなくて14条9号の規定に違反した場合は,被告は保険金を支払わない。

      (第20条1項3号,2項)
      (ア)無保険車傷害条項に係る被告に対する保険金請求権は,被保険者が死亡した時又は被保険者に後遺障害が生じた時から発生し,これを行使することができるものとする。

      (イ)被保険者が保険金の支払を請求する場合は,保険金請求権発生の時の翌日から起算して60日以内又は被告が書面で承認した猶予期間内に,保険証券に添えて次の書類又は証拠を被告に提出しなければならない。

      a 保険金の請求書
      b 損害の額又は傷害の程度を証明する書類
      c 公の機関が発行する交通事故証明書
      d 被保険自動車の盗難による損害の場合は,所轄警察官署の証明書又はこれに代わるべき書類
      e その他被告が特に必要と認める書類又は証拠

      (第21条)
      被告は,被保険者が上記20条2項の手続をした日からその日を含めて30日以内に保険金を支払う。ただし,被告がこの期間内に必要な調査を終えることができない場合は,これを終えた後,遅滞なく保険金を支払う。

      (3) 本件事故について

      ア 日時 平成15年8月10日午後2時40分ころ

      イ 場所 埼玉県秩父郡a 先国道299号線路上

      ウ 態様

      (ア)Hは,助手席にIを同乗させ,J保有の普通乗用自動車(以下「加害車両」という。)で,国道299号線を秩父市方面から飯能市方面に向けて進行した。

      (イ)亡Eは,助手席に原告A,後部座席に原告B,原告C及び亡Fを同乗させ,被害車両で,国道299号線を飯能市方面から秩父市方面に向けて進行した。

      (ウ)Hは,上記日時場所を時速約50キロメートルの速度で進行中,前方左右を注視し,進路を適正に保持して自車線を進行すべき注意義務があるのにこれを怠り,加害車両を対向車線に進出させ,加害車両前部を,折から対向進行してきた被害車両右前部に衝突させた。

      エ被害状況

      (ア)亡Eは,右大腿骨骨折,左右下腿開放性骨折,出血性ショック等の傷害を負い,本件事故当日である平成15年8月10日午後11時37分ころ,搬送先の秩父市立病院において失血により死亡した。

      (イ)原告Aは,全治約3か月を要する右大腿骨転子下骨折,右尺骨骨幹部骨折,左恥骨座骨骨折等の傷害を負った。

      (ウ)原告Bは,約3週間の加療を要する右第5趾骨折等の傷害を負った。

      (エ)原告Cは,全治約6か月を要する頭蓋骨骨折,外傷性脳内出血,外傷性くも膜下出血,左半身麻ひ等の傷害を負った。

      (オ)亡Fは,頭蓋骨骨折等の重傷を負い,平成15年8月17日午前9時48分ころ,搬送先の埼玉医科大学附属病院において,びまん性脳損傷により死亡した。

      (4) Hの損害賠償責任

      本件事故は,Hが前方左右を注視し,進路を適正に保持して自車線を進行すべき注意義務に違反して加害車両を対向車線に進出させた過失によって発生したから,Hは,民法709条に基づき,本件事故によって亡E及び亡Fに発生した損害を賠償する責任がある。

      (5) 原告らの保険金請求権

      Jは,保険会社との間で,加害車両につき対人賠償保険等を締結していた。

      上記対人賠償保険等は,運転者を家族に限定する特約が付されており,Hは,本件損害賠償責任の負担につき,保険金の支払を全く受けることができない。

      したがって,加害車両は無保険自動車に当たり,被告は,次の損害につき,保険金を支払う義務がある。

      ア 亡Eの死亡によって,本人,父母である亡G及び原告D,配偶者である原告A並びに子である原告B,原告C及び亡Fに生じた損害

      イ 亡Fの死亡によって,本人及び母である原告Aに生じた損害

      (6) 亡Eの本件損害賠償請求権及び保険金請求権は,原告ら及び亡Fが法定相続分に従い相続し,亡Fの本件損害賠償請求権及び保険金請求権は,原告Aが相続した。

      (7) 亡Gは,平成18年2月15 日に死亡し,原告D,原告B及び原告Cが法定相続分に従い相続した。

      2 争点

      (1) 損害額について

      ア 亡Eの死亡によって本人,父母である亡G及び原告D,配偶者である原告A並びに子である原告B,原告C及び亡Fに生じた損害はいくらか。(争点Ⅰ)

      イ 亡Fの死亡によって,本人及び母である原告Aに生じた損害はいくらか。(争点Ⅱ)

      (2) 遅延損害金について

      ア遅延損害金の起算日はいつか。(争点Ⅲ)
      イ遅延損害金の利率は年6分であるか。(争点Ⅳ)

      3 争点に対する当事者の主張

      (1) 争点Ⅰ(亡Eの死亡による損害額)について

      (原告ら)

      ア 逸失利益(亡E本人) 6003万3833円

      (ア)基礎収入557万9000円

      亡Eは,平成9年ころから水道配管工事業を営んでいたが,仕事量が少なくなってきたため,平成13年ころから有限会社Pにおいて,いわゆる一人親方として,土木作業の仕事に従事していた。

      亡Eは,有限会社Pから本件事故前の1年間に上記金額を報酬として受領しており,この金額が基礎収入となる。

      予備的に,平均賃金額(平成15年男性労働者学歴計)の547万8100円を基礎収入とすべきことを主張する。

      (イ)生活費控除30%

      (ウ)労働能力喪失期間30年間

      亡Eは,死亡時,37歳であり,30年間就労可能であった。

      (エ)中間利息の控除15.3724

      30年間に対応するライプニッツ係数

      (オ)計算式

      557 万9000 円×(1 - 0.3)× 15.3724 = 6003 万3833 円

      葬儀費(原告Aの損害) 150万円

      ウ慰謝料

      (ア)亡E本人2500万円
      (イ)原告A 300万円
      (ウ)原告B,原告C及び亡F 各200万円
      (エ)亡G及び原告D 各100万円

      (オ)慰謝料算定の基礎となる事情

      本件事故の被害状況の重大さ,むごたらしさに加えて,Hが自動車運転免許を有していなかったこと,HはIとともに前夜から本件事故時まで継続して飲酒し,加害車両内でも飲酒をしながら運転していたこと,

      Hは睡眠不足と飲酒の影響(事故時の呼気中のアルコール濃度は,0.494から0.578mg/lと推測される。)で正常に運転できない状態で仮睡状態に陥り,ハンドルを右に急操作したため本件事故に至ったこと,Hが捜査段階において自分は運転していないなどの虚偽供述を繰り返したことなどを考慮すれば上記金額が相当である。

      無保険車傷害条項に基づく保険金請求においても,保険金の額は,賠償義務者が被保険者又はその父母,配偶者若しくは子が被った損害に対して法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額によって定めるのであり,上記金額が相当であることに変わりはない。

      エ 既払金-3000万円

      オ 弁護士費用

      (ア)原告A 430万円
      (イ)原告B及び原告C 各110万円
      (ウ)亡G及び原告D 各10万円

      カ まとめ

      (ア)亡E本人(5503万3833円)

      うち原告A相続分及び亡F相続分3668万9221円
      (亡Fの損害賠償請求権はのちに原告Aが相続した。)

      うち原告B,原告C相続分各917万2305円

      (イ)原告A 450万円
      (ウ)原告B,原告C 各310万円
      (エ)亡F 200万円
      (オ)亡G (110万円)

      うち原告D相続分55万円
      うち原告B,原告C相続分各27万5000円

      (カ)原告D 110万円

      (被告)

      ア逸失利益の額は争う。

      亡Eは,Kとの屋号で土木工事業を営む個人事業者であったから,収入から経費を差し引いた金額が基礎収入となる。

      亡Eは,有限会社Pから仕事を請け負っていたが,経費は自己負担とされており,亡Eはダンプ等の重機を持ち込んで仕事をしていたから,当然に経費が発生している。

      本件事故の前年度の確定申告書によれば,亡Eの収入金額は548万7569円で,車両費等の経費を差引き後の所得金額は139万0909円であるから,これを基礎収入とすべきである。

      葬儀費は認める。

      ウ慰謝料の額は争う。

      Hは,刑事公判期日において自らの責任を認め,亡Eら被害者に対して謝罪し,服役中にも反省及び悔悟の情を示しているのであって,原告ら主張の金額は高額に過ぎ,懲罰的慰謝料を否定する判例の立場にも抵触している。

      また,

      (1)無保険車傷害条項は ,加害者から損害の填補を受けられない被保
      険者に対して,被害者救済の見地から設けられた特約であり,通常の損害額を迅速に填補することを目的としていること,

      (2)無保険車傷害条項は,対人賠償保険のような賠償責任保険ではなく,傷害保険としての性質を有しており,保険金額の算定も別個になされることが予定されていること,

      (3)無保険車傷害条項においては,保険会社が賠償義務者を特定することができないから,加害者固有の異常かつ特殊な要素は,保険金算定に当たり考慮されていないこと

      などを考慮すれば,加害者固有の異常かつ特殊な事情は,保険金算定に当たり考慮すべきではない。

      (2) 争点Ⅱ(亡Fの死亡による損害額)について

      (原告ら)

      ア逸失利益2279万7934円
      (ア)基礎収入547万8100円
      (イ)生活費控除率50%
      (ウ)労働能力喪失期間16年後から65年後までの49年間
      (エ)中間利息の控除8.3233

      65年間に対応するライプニッツ係数から16年間に対応するライプニッツ係数を控除した値。19.1610-10.8377=8.3233

      (オ)計算式

      547 万8100 円×(1 - 0.5)× 8.3233 = 2279 万7934 円

      葬儀費(原告Aの損害) 150万円

      ウ慰謝料

      (ア)亡F本人2300万円
      (イ)原告A 500万円
      (ウ)慰謝料算定の基礎となる事情は,争点Ⅰについて主張したとおりである。

      エ既払金-3000万円

      オ弁護士費用(原告Aの損害) 220万円

      カまとめ

      亡F及び原告Aの損害額2449万7934円
      (亡Fの損害賠償請求権はのちに原告Aが相続した。)

      (被告)

      ア逸失利益は認める。
      葬儀費は認める。
      ウ慰謝料の額は争う。被告の主張は,争点Ⅰについて主張したとおりである。
      エ既払金は認める。

      (3) 争点Ⅲ(遅延損害金の起算日)について

      (原告ら)

      被告の原告ら及び亡Gに対する保険金債務は平成16年2月6日,遅くとも同年9月25日には履行遅滞に陥っていた。

      ア 平成16年2月6日を起算日とする根拠

      原告Aは,平成16年2月5日までに,被告の担当者に対し,本件保険契約に基づく保険金請求の意思表示をした。被告は,これを受けて,損害賠償金提示のご案内と題する書面(甲19,20)を原告Aに交付している。

      イ 平成16年9月25日を起算日とする根拠

      原告Aは,平成16年9月24日,被告に対し,保険金請求書(甲30)を提出して,保険金請求の意思表示をした。

      ウ 被告の主張に対する反論

      (ア)調査協力義務違反の主張について

      原告らは,平成15年10月ころ,被告に対し,公的機関の作成した交通事故証明書,死亡診断書,診療報酬明細書,亡Eの所得証明書,葬儀費明細書,領収書,戸籍謄本及び住民票等の損害額の証明資料を提出し,平成16年9月24日,保険金請求書を提出した。

      被告が原告らに対して損害額の証明資料を要求したのは,平成17年12月27日のご通知書と題する書面(乙3)の一度きりであり,上記提出済みの資料のほか,どのような証明資料が必要であるのかも明らかにしなかった。

      このような経緯に照らせば,原告らに調査協力義務違反の事実はない。

      (イ)履行期の定めの主張について

      一般条項21条が保険金請求の日から30日以内に保険金を支払う旨定めているのは,保険会社が保険金請求を受けた後,保険金支払義務の有無及び範囲を調査・決定するのに相当の日時を要するため,一定の猶予期間を与える趣旨である。

      本件において,被告は,上記(ア)で主張したとおり,平成15年10月ころ,損害額の証明資料を入手し,平成16年2月5日までに原告Aに対し,保険金の額を提示しており,保険金支払義務の有無及び範囲は明確になっていた。

      したがって,平成16年2月5日以降,一般条項21条の適用はなく,民法所定のとおり,請求の時から遅滞に陥るというべきである。

      (被告)

      争う。遅延損害金の起算日は,訴状送達の日の翌日である平成18年1月31日である。

      ア 平成16年2月6日を起算日とする主張について

      原告Aが,平成16年9月24日以前に本件保険契約に基づく保険金請求の意思表示をした事実はない。

      被告が原告Aに対し損害賠償金提示のご案内と題する書面を交付したのは,今後,本件保険契約に基づく保険金請求をするのか,Hら加害者に対する損害賠償請求をするのかを考える際の参考になればよいとの考えからであり,保険金請求を受けたためではない。

      イ平成16年9月25日を起算日とする主張について

      原告Aが,平成16年9月24日,被告に対し,保険金請求書を提出した事実は認める。

      ウ調査協力義務違反による免責(一般条項14条9号,15条1項)

      (1)原告ら代理人弁護士Lは,被告から,必要書類の提出を繰り返し求められたにもかかわらずこれを提出せず,

      (2)Hらを相手方とする訴訟につき,被告らに補助参加の機会を与えると言明しながら,訴訟告知等を行わないまま訴訟を遂行し,判決を取得した。

      これらの事情に照らせば,被告は,訴状送達の日までの遅延損害金の支払義務はない。

      エ履行期の定め(一般条項21条)

      本件保険契約に適用される約款一般条項21条には,被告は,被保険者が保険金請求の手続をした日から30日以内に保険金を支払うと定めており,遅延損害金の起算日は,早くとも,原告Aが保険金請求書を提出した平成16年9月24日から30日が経過した平成16年10月24日である。

      (4) 争点Ⅳ(遅延損害金の利率)について

      (原告ら)

      被告は,損害保険業等を目的とする株式会社であるから,遅延損害金の利率は商事法定利率の年6分である。

      (被告)

      争う。無保険車傷害条項は,賠償義務者が被保険者又はその父母,配偶者若しくは子が被った損害に対して,法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額を填補するものであるから,無保険車傷害条項による保険金の請求は賠償義務者に対する損害賠償請求と同一の性質を有する。

      Hが原告らに対して負担する損害賠償責任は,民法709条の不法行為責任であるから,遅延損害金の利率も民法所定の年5分とすべきである。

      第3 争点に対する判断

      1 争点Ⅰ(亡Eの死亡による損害額)について

      (1) 逸失利益について4802万7066円

      ア 計算式

      446万3200円(基礎収入)×(1-0.3)(被扶養者2人以上の男性としての生活費控除)×15.3724(亡Eの就労可能年数30年に対応するライプニッツ係数)

      亡Eが死亡時被扶養者2人以上の成年男子であったこと,37歳であったことは,当事者間に争いがない。

      イ基礎収入について

      (ア)基礎収入は,亡Eの本件事故前1年間の収入として認められる557万9000円から,経費として2割を控除し,446万3200円と認める。

      これについて,以下,詳述する。

      (イ)収入について

      a 認定事実

      (a )平成14年7月5日から,平成15年6月5日までの間に,亡Eが経営していた「KE」名義で,有限会社P(以下「P」という。)宛てに発行された領収証(以下「本件領収証」という。)が12通あり,その合計額は557万9000円となる。

      1通あたりの金額は,30万円ないし65万円程度であるが,いずれも収入印紙が貼られていない。「KE」と記載されたところの右あたりには,いずれも三文判様の「M」との押印がなされている。(甲8の1ないし12)

      (b )Kは,Pに宛てて,平成14年7月1日ころ47万7500円,同年8月1日ころ51万5000円,同年9月2日ころ42万円,同年10月1日ころ40万5000円,同年12月1日ころ65万5000円,同年12月28日ころ54万8000円,平成15年2月1日ころ32万5000円,の各請求書を出して,人工代やダンプ代等を請求している。(乙7の4ないし10)

      (c )Pは,原告Aの父が経営している。(当事者間に争いがない。)

      (d )亡Eの平成14年分の確定申告では,事業による収入を548万7500円としている。(甲25)

      (e )Pの平成14年6月1日から平成15年5月31日までの総勘定元帳には,Kに対し,外注費及び仮払消費として,本件領収証記載の日に,外注費及び仮払消費を合計すると本件領収証に記載された額と同額となる金額が計上されている。(乙6)

      (f )亡Eの預金口座には,Pから,平成14年6月5日に45万円,同年7月5日に47万7500円,同年8月5日に51万5000円,同年11月6日に57万6000円,平成15年3月5日に43万円が,それぞれ振り込まれている。(甲27)

      b 検討

      (a )本件領収証にはいずれも収入印紙が貼付されていないこと,Pは原告Aの父が経営しておりPは原告らに親和的な関係にあること,Pから亡Eへの支払は銀行振込で行われたことがあったことからすれば,本件領収証はそれらの各日付のころに作成されたと認めることはできないといわざるをえない。

      (b )しかし,Pの総勘定元帳の記載には不自然な点はないこと,そこに計上されている日付に,ほぼ同額の金額がPから亡Eに対し振込で支払われていること,本件領収証に記載された金額の合計額は確定申告における収入をわずかに上回る金額であることなどの事実からすれば,本件領収証に記載された金額どおりに亡Eが収入を得ていたと認めるのが相当である。

      (c )この他に亡Eが収入を得ていたと認めるに足りる証拠はないから,557万9000円をもって,亡Eの1年間の収入と認めるのが相当である。

      (ウ)経費について

      a 認定事実

      (a )Kの平成14年の損益計算書では,経費は合計303万6591円となっている。(甲26)

      (b )原告Aは,上記経費のうち,1,2割がKの事業とは関係のない経費である旨供述している。また,土木建設業の経費率は2割くらいとPを経営する父から聞いている旨供述している。

      さらに,亡Eはダンプ,ユンボ等3台以上の重機を持っていたこと,それらの維持費として年間20万円程度かかっていたこと,ガソリン代が月額1万円程度であったこと,駐車場代が月額1万2000円であったことを供述する。(原告A本人)

      (c )亡EがPから仕事を請け負った場合,重機を持ち込んだ場合には支払額が増額されるが,基本的に経費は亡Eの負担であった。(乙7の1)

      (d )原告Aは,日本郵便輸送で,平成15年1月から,トラック運転手として働き,月20万円前後の収入を得ていた。(甲54の1ないし5,原告A本人)

      (e )亡E,原告A夫婦は,本件事故当時8歳の原告B,同じく3歳の原告C,同じく2歳の亡Fを扶養していた。(甲6の3,原告A本人)

      (f )亡Eの公庫団体信用生命保険は,平成15年2月28日に,特約料金2万2100円の未納を理由として,脱退となった。その原因は,当該保険料の引き落としがなされている預金口座の残高が足りなかったためである。

      この預金口座からは,主に住宅金融公庫へ毎月約7万5000円が支払われており,入金がなされた当日に支払がなされていて,残高は1万円を下回っていることが多く,そのような出入金状況は平成15年2月以降も同年7月まで継続している。(甲51ないし53,原告A本人)

      (g )平成16年1月ころ,原告Aは,被告の担当者N(以下「N」という。)に対し,亡Gから家から出て行けといわれたこと,公庫団体信用生命保険は保険料が支払えなかったために解約していること,亡Eが飼育していた熱帯魚に費用がかかること,生活費は原告Aの収入から出していたことなどを述べた。(乙9,証人N)

      b 検討

      (a )原告Aは,損益計算書で経費とされている303万6591円のうち,1,2割がKの事業とは関係のない水増し分である旨供述している。これを前提とするとKの経費は少なくとも250万円はあったということになる。

      税務申告時には領収証等を添付しなければならず,全くの架空の経費を計上することはできないし,事業と無関係な支出をそれほど多額に費用として計上することもできるとも考え難いから,250万円程度の経費はかかっていたと認めるのが相当である。

      そうすると,亡Eの所得は300万円程度ということになるが,原告
      Aが平成15年1月から働き,月額20万円前後の収入を得ていたのは,生活が苦しかったためであったと考えられること,原告AがNに生活が苦しい旨話していたことなどから,亡Eの上記所得額が不自然とはいえない。

      なお,Nの上記供述は,全くの作り話とは考え難く,熱帯魚の件など
      具体性があり,不自然な点も特に見られないから,概ね信用することが
      できる。

      また,原告Aは,Kの経費が月額3万円程度であったことや,経費としては車検代等の維持費で年間約20万円,ガソリン代が年間約12万円,駐車場代が年間14万4000円であり,合計約46万4000円程度であることなどを供述する。

      しかし,原告AはKの帳簿を付ける作業をしており,家計も担当しているはずであるにもかかわらず,全体としてKや亡E及び原告A夫婦の年間の収支状況について明確な供述ができていないから,これを信用して,経費が年額50万円程度にとどまっていたと認定することはできない。

      (b)しかし,亡Eは本件事故時37歳であって(甲6の3),将来的に収入が増加する可能性は多分にあったこと,亡EがPの下請として働き始めたのは平成12年3月ころからであって(乙7の1),将来的に経費をより効率化できる可能性があったこと,土木建設業の経費率は2割程度であると窺えることからすれば,基礎収入算定に当たっては,上記(a)の250万円程度ではなく,経費を収入の2割すなわち111万5800円とするのが相当である。

      (エ)なお,原告らは予備的に平均賃金の547万8100円を基礎収入とすべき旨主張するが,亡Eは平成9年ころからKの屋号で個人事業を行っていること,ダンプ,ユンボ等3台以上の重機を持っていたこと(甲31,原告A本人)を併せ考えると,

      上記のとおり557万000円から,経費として2割を控除した446万3200円の現実収入を得る蓋然性が高いのであって,平均賃金を得られる蓋然性があるとまではいえないとするのが相当であるから,その主張は採用しない。

      (2) 葬儀費用について150万円

      原告Aが,亡Eの葬儀費用として150万円を支払ったことは,当事者間に争いがない。

      (3) 慰謝料について総額3600万円

      ア 内訳

      (ア)亡E本人2500万円
      (イ)原告A 300万円
      (ウ)原告B,原告C及び亡F 各200万円
      (エ)亡G及び原告D 各100万円

      イ 慰謝料額認定の理由について

      (ア) 本件保険の約款中 ,無保険車傷害条項に関する第3章9条1項では,「保険金を払うべき損害の額は,賠償義務者が被保険者又はその父母,配偶者若しくは子が被った損害に対して法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額」と定められている。

      無保険車傷害保険が傷害保険の性質を有しているものの,実損填補を目的としているため,損害額を算定する基準として,賠償義務者が負う法的義務を基準としていると解される。

      そうすると,賠償義務者側の事情により,被保険者やその父母,配偶者及び子(以下「被保険者等」という。)が強く精神的な苦痛を受けた場合であっても,被保険者等がそれだけ損害を受けていることには変わりがないから,その損害填補のため,精神的苦痛の程度に応じた保険金が支払われるべきである。

      (イ)こうすると,保険契約と無関係の賠償義務者の事情により,支払われるべき保険金額が増減するため,適切な保険料の計算ができない可能性があるなどと被告は主張する。

      しかし,無保険車傷害条項による保険金の支払がなされたからといって,賠償義務者の責任が免れるわけではないこと,

      通常賠償義務者は刑事責任も負うためあえて被保険者等に精神的苦痛を与え刑事責任まで重くせしめるような行動は取らないと考えられることなどの事情からすれば,作為的に被保険者等に苦痛を与える可能性は低いため,支払うことになる保険金額は比較的予測しやすく,それに見合った保険料を計算することも可能と考えられるのであるから,被告の主張は当を得ない。

      (ウ)もっとも,同条2項では,保険金を支払うべき損害金の額は,保険金請求権者と賠償義務者との間で損害賠償責任の額が定められているといないとにかかわらず,協議や訴訟等で金額を決定するとしていることや,保険金請求権者と賠償義務者との間で馴れ合い的な合意や訴訟がなされて賠償義務者が過大な責任を負担する可能性があることからすれば,賠償義務者の法的義務が確定していたとしても,保険金の額はそれに拘束されるものではない。そこで,改めて本件事故による相当慰謝料額を検討する。

      (エ)本件事故態様は,H運転の加害車両が対向車線へ進出したために被害車両と正面衝突したというものであり(争いがない。),亡Eには全く非がない事故であったこと,

      本件事故時,Hは無免許,飲酒,居眠運転をしていたこと(甲14の14,14の21,14の36),事故原因についてHにとって酌むべき事情が特段見あたらないこと,

      H及びIは,本件事故直後亡Eら被害車両に乗車する者を救助しなかったこと(甲16),HはIに対して運転者について虚偽の供述をするよう求めていたこと(甲14の21),

      Hは本件事故後,自分は運転していないなどと虚偽の供述を繰り返したこと(甲14の24,14の26,14の33,14の34,14の36),HやIは謝罪の意を示しながら金銭的には支払をしていないこと(甲22),

      亡Eと亡Fが死亡し,原告Aは全治約3か月を要する右大腿骨転子下骨折,右尺骨骨幹部骨折,左恥骨座骨骨折等の傷害,原告Bは,約3週間の加療を要する右第5趾骨折等の傷害,原告Cは,全治約6か月を要する頭蓋骨骨折,外傷性脳内出血,外傷性くも膜下出血,左半身麻ひ等の傷害を負うなど(争いがない。)一家全体に重大な結果が生じていることなどの事実からすれば,

      本件事故により原告らや亡E及び亡Fが受けた精神的苦痛は重大であったというべきであり,それを慰謝するには,上記の慰謝料が相当である。

      (4) 既払金(争いがない。) -3000万円
      (5) 弁護士費用
      後述する。

      2 争点Ⅱ(亡Fの死亡による損害額)について

      (1) 逸失利益に ついて(争いがない。) 2279万7934円

      547万8100円(基礎収入)×(1-0.5)(独身男性の生活費控除)×8.3233(亡Fの16年後から49年間分のライプニッツ係数)

      (2) 葬儀費用について 150万円

      原告Aが,亡Fの葬儀費用として150万円を支払ったことは,当事者間に争いがない。

      (3) 慰謝料について

      ア 内訳総額2800万円

      (ア)亡F本人2300万円
      (イ)原告A 500万円

      イ 慰謝料額認定の理由は,争点Ⅰについて述べたとおりである。

      (4) 既払金(争いがない。) -3000万円
      (5) 弁護士費用
      後述する。

      3 争点Ⅲ(遅延損害金の起算日)について

      (1) 本件保険の約款第6章一般条項21条本文には,被保険者が無保険車傷害保険金の請求の手続をしてから,その日を含めて30日以内に保険金を支払うことが定められているのであるから,

      原則として,保険金の請求の手続をした日を含め30日が経過すると,無保険車傷害保険金支払債務は遅滞に陥ると解される。

      (2) そこで,保険金の請求の手続をした時期について検討する。

      ア 前提として,本件保険の約款第6章一般条項20条1項4号には,保険金の請求の手続として,被保険者は保険金請求権発生の時の翌日から起算して60日以内又は被告が書面で承認した猶予期間以内に,

      保険証券に添えて,保険金の請求書,損害の額又は傷害の程度を証明する書類,公の機関が発行する交通事故証明書,その他被告が特に必要と認める書類又は証拠(以上の書類及び証拠類を,以下「本件必要書類等」という。)を,被告に提出することが定められている。

      また,同条1項3号には,保険金請求権の発生時は,被保険者が死亡した時又は被保険者に後遺障害が生じた時と定められている。

      イ 平成16年9月24日,原告Aが被告のNに対し,自動車保険金請求書(甲30)(以下「本件請求書」という。)を提出していること,

      原告Aやその姉のO(以下「O」という。)は,平成15年8月から10月くらいまでの間に,自賠責保険の被害者請求をするため,交通事故証明,原告Aの印鑑証明,亡Gの委任状及び印鑑証明,原告Dの委任状及び印鑑証明,原告Aの念書,戸籍謄本,事故発生状況報告書,亡Eの死亡届及び死亡診断書,亡E葬儀費領収書,所得証明,亡Eの損害分自賠責保険支払請求書兼支払指図書,亡F死亡届及び死体検案書,亡F葬儀費領収書,亡Fの損害分自賠責保険支払請求書兼支払指図書等を渡していること(甲10,11,33ないし42,45〔枝番があるものはそれを含む。〕),

      平成16年9月24日以後,原告Aは被告の担当者に本件請求書を持参させ,請求日,事故発生日,証券番号及び登録番号を補充していること(甲56,乙2,原告A本人),

      Nは,甲第30号証の状態の本件請求書を受け取っておき,後から不備の補充がなされれば,本件請求書の提出を受けた平成16年9月24日に請求があったという扱いをしても問題ないと考えていたと認められること(証人N),

      本件請求書の提出後,平成17年12月27日付の「ご通知書」と題する書面(乙3)以外には,被告から原告Aに対し,一定の資料を提出しなければ保険金が支払えないなどとして提出の促しがなされたとは認めることができないことなどの事情を総合すると,平成16年9月24日に保険金請求の手続がなされたと認めることができる。

      ウ ところで,原告らは,平成16年2月5日に被告から原告Aに対し,亡Eと亡Fの損害賠償金の提示がなされていることから(甲9,20)(以下「本件提示」という。),この翌日から遅滞に陥っている旨主張する。

      しかし,本件提示には「試算」と記載されていること,このころ原告Aは本件保険の無保険車傷害条項に基づき保険金を受け取るよりも有利なAIU保険会社の人身傷害保険の請求を行っていたと窺えること(証人N),

      本件提示を受けた後,原告Aはその内容の交渉をしたとは認められないこと,当時原告Aは被告への請求よりもHやIへの請求を優先的に考えていたこと(原告A本人)などの事情からすれば,

      本件提示は,原告Aが生活に苦しい等述べていたために,サービスとして損害賠償金の試算をしたものに過ぎないというべきである。

      そうすると,平成16年2月5日の時点では,保険金の請求の手続はなされていないというほかなく,保険金支払義務が遅滞に陥るという事情も認められない。

      なお,保険会社において保険金の請求を受ける前から求償に備えることは問題はないのであるから,被告において,賠償義務者の資力について調査していたことは(甲57),上記認定に影響しない。

      また,被告側において本件保険契約に基づく保険金の請求がされることを予見していたとしても,上記認定には影響しない。

      (3) 被告は,原告Aに調査協力義務違反があったから,遅延損害金の支払義務がない旨主張する。

      しかし,亡Eの収入に関する資料以外の資料については被告に対し提出済みであったと認めることができ(証人N),

      亡Eの収入に関する資料についても,被告から原告Aに対しさほど強く提出を求めたとは認められないのであるから,被告が遅延損害金の支払を免れることは正当化されないというべきであって,調査協力義務違反の主張は,失当である。

      (4) 原告らは,本件では平成16年2月5日の段階で,被告は保険金支払義務の有無及び範囲は明確になっていたのであるから,保険金支払義務の有無及び範囲を調査するための猶予期間と解される30日間の経過を待たずして,保険金支払義務は遅滞に陥る旨主張する。

      しかし,本件提示は,本件保険契約の無保険車傷害条項に基づいて支払われる保険金を確定的に提示したものであるとは認めることができないこと,

      特に本件提示中の亡Eの逸失利益は,基礎収入を約139万円としており(甲19),この金額に原告らが納得していたとは認められないことからすれば,保険金支払義務の有無はともかく,範囲は明確になっていたとは認められないというべきである。

      したがって,30日間の猶予期間なく遅滞に陥るという原告らの主張は理由がない。

      (5) よって,平成16年9月24日を含めて30日を経過した,平成16年10月23日の経過をもって,被告の本件保険契約に基づく保険金の支払義務は履行遅滞に陥ったというべきである。

      4 争点Ⅳ(遅延損害金の利率)について

      (1) 被告は,無保険車傷害保険金請求権は,賠償義務者に対する損害賠償請求権と実質的に同一の権利であるから,遅延損害金の利率は年5分と主張する。

      (2) しかし,無保険車傷害保険の保険金支払対象額は,賠償義務者が法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額であるが,不法行為に基づく遅延損害金の起算点は不法行為日であるのに対し,

      無保険車傷害保険金の支払が遅滞に陥るのは請求から30日が経過した後であって,異なっていることからすれば,無保険車傷害保険の保険金支払債務の履行遅滞責任は,賠償義務者が法律上負担する民事不法行為責任とは一致するものではない。

      また,無保険車傷害保険金請求権は保険料支払の対価として生じる権利であって,保険者が無保険車傷害保険金の支払を遅滞しつつ,受領した保険料の運用益を得ることを正当化する理由は見あたらない。

      さらに,本件保険の約款第3章無保険車傷害条項第9条では,保険金の請求のためには賠償義務者との間で損害額が確定していることを要求していないが,この条項は,通常賠償義務者との間で損害額が確定するには長期間を要するため,それを待たずに保険金の請求ができるようにすることで,被害者を救済すべきこと及び損害額確定のため低額の示談に応じなければならなくなるのを防ぐことを目的として定められていると解される(甲44)。

      したがって,保険者としては,賠償義務者の支払の有無,賠償額の確定の有無にかかわらず,無保険車傷害保険金を遅滞することなく支払うべきなのであって,遅滞した場合に,賠償義務者の履行遅滞責任との均衡を主張することは失当といわねばならない。

      (3) そうすると,無保険車傷害保険金は,商人たる保険会社との間に結ばれた保険契約に基づき請求できるのであるから,その保険金債務は,商行為によって生じた債務(商法514条)ということができるのであって,遅延損害金の利率も年6分になるというべきである。

      (4) よって,被告の原告らに対する本件保険金債務の遅延損害金の利率は,年6分である。

      5 認容額についてのまとめ

      (1) 亡E本人の損害合計4302万7066円

      ア逸失利益4802万7066円
      イ慰謝料2500万円
      ウ既払金-3000万円

      (2) 亡F本人の損害合計1779万7934円

      ア逸失利益2279万7934円
      イ亡Fの慰謝料2300万円
      ウ既払金-3000万円
      エ亡Eの慰謝料200万円

      (3) 亡Gの損害(亡Eの慰謝料) 100万円

      (4) 原告A 6298万2645円

      ア原告A本人の損害合計1100万円
      (ア)亡Eの葬儀費用150万円
      (イ)亡Eの慰謝料300万円
      (ウ)亡Fの葬儀費用150万円
      (エ)亡Fの慰謝料500万円

      イ 亡E相続2151万3533円

      相続分は2分の1。

      ウ亡F相続2496万9112円

      亡Fは亡Eの6分の1を相続。原告Aは亡Fの全てを相続。

      エ小計5748万2645円

      オ弁護士費用550万円

      上記小計の約1割を弁護士費用として認める。

      ( 5) 原告B及び原告C 各1032万1178円

      ア原告B及び原告C本人の損害(亡Eの慰謝料)各200万円
      イ亡E相続各717万1178円

      相続分は各6分の1。

      ウ亡G相続各25万円

      相続分は各4分の1。

      エ小計各942万1178円

      オ弁護士費用各90万円

      上記小計の約1割を弁護士費用として認める。

      (6) 原告D 165万円

      ア原告D本人の損害(亡Eの慰謝料) 100万円
      イ亡G相続50万円

      相続分は2分の1。

      ウ小計150万円
      エ弁護士費用15万円
      上記小計の1割を弁護士費用として認める。

      第4 結論

      以上より,本件保険契約に基づき,被告に対し,原告Aは6298万2645円及びこれに対する平成16年10月24日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の,原告B及び原告Cは各1032万1178円及びこれに対する平成16年10月24日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の,原告Dは165万円及びこれに対する平成16年10月24日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の,それぞれ支払請求権を有しており,原告らの請求はその限度で理由がある。

  •  自動車総合保険契約の人身傷害補償特約が,「自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被ること」を保険金支払事由と定め,被保険者の疾病によって生じた傷害に対しては保険金を支払わない旨の規定を置いていない場合に,保険金の支払を請求する者が主張,立証すべき事項

H19.10.19 最高(二小)判 事件番号 平19(受)301

  • 判決
    • 保険金請求者は,運行事故と被保険者がその身体に被った傷害(本件傷害除外条項に当たるものを除く。)との間に相当因果関係があることを主張,立証すれば足りるというべきである。 

  • 県知事が行政書士に対してした1箇月間の業務停止処分の取消しを求める訴えが,業務停止期間の経過により,訴えの利益が消滅したとして,却下された事例

H19.08.29 東京高判 事件番号 平19(行コ)159

  • 判決
    • 第3 当裁判所の判断

      1 争点1について

      (1) 我が国に在留する外国人は,在留資格の変更,在留期間の更新等の各種申請を行おうとする場合,原則として,自ら地方入国管理局等に出頭して,申請書類を提出しなければならないこととされている(出入国管理及び難民認定法施行規則(以下「入管法施行規則」という。)19条1項等)が,

      入管法施行規則19条3項2号は,地方入国管理局長において相当と認める場合には,外国人は地方入国管理局への出頭が免除され,この場合における当該外国人に代わって申請書類の提出等の手続を行うことができる者として,行政書士で所属する行政書士会を経由してその所在地を管轄する地方入国管理局長に届け出たものを掲げている(以下この申請書類の提出等の手続を行うことができる行政書士を「申請取次行政書士」という。)。

      なお,平成17年1月31日に施行された平成16年法務省令第85号による改正前の入管法施行規則19条3項は,上記の申請書類の提出等の手続を行うことができる行政書士を,行政書士で地方入国管理局長が適当と認めるものと規定していた。

      (2) そして,各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,申請取次行政書士の届出に関する行政書士会における手続等に関し,次の事実が認められる。

      ア(ア) 行政書士が,申請取次行政書士になるために所属する行政書士会を経由して届出をするためには,日本行政書士会連合会申請取次行政書士管理委員会の指定する行政書士申請取次事務研修会を受講し,事務研修会修了証を取得し,研修受講後1年以内に,所属する単位会に事務研修会修了証の写しその他の必要書類を提出する必要がある(乙2,17の1)。

      (イ) 行政書士からの届出を受けた地方入国管理局長は,所属の行政書士会を通じて届出済証明書を交付する。届出済証明書の有効期間は,証明書発行の日の3年後の当月末である。(乙2)

      イ申請取次行政書士が法14条により業務の停止処分を受けた場合には,当該行政書士は,届出済証明書を所属する行政書士会を通じて管轄の地方入国管理局長に返還しなければならない。

      法14条により業務の停止処分を受けた行政書士が,行政書士の業務を行うことができることとなったときは,申請取次行政書士となるためには,改めて前記ア(ア)の届出の手続を行う必要がある。(乙2,17の1)

      ウ原告は,平成16年法務省令第85号により入管法施行規則19条3項が改正される前の平成16年4月5日に申請取次行政書士となり,現在の届出済証明書に相当する申請取次者証明書の交付を受けたが,これを本件処分後に返還しており,現在は申請取次行政書士ではない(乙2,17の1ないし3)。

      原告の申請取次者証明書の有効期間は,平成19年4月5日までであった(乙17の3)。

      (3) 前記(2)の事実によれば,原告は,本件処分を受けたことにより,申請取次行政書士として,外国人に代わって地方入国管理局に対する各種申請を行う業務ができなくなったものであるから,原告は,本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者といえる。

      この点,被告は,申請取次行政書士は,許可制でなく,届出制であり,業務停止処分を受けた場合でも,新規届出の手続をすることができるから,原告に救済すべき法律上の利益はないと主張するが,

      新規届出に当たっては,単に届出をすれば申請取次行政書士になれるという制度にはなっておらず,届出について,入管法施行規則19条3項2号により所属する行政書士会を経由しなければならないこととされ,

      行政書士会における手続として前記(2)ア(ア)の手続を経ることを要し,行政書士申請取次事務研修会を受講しなければならないとされているのであるから,被告の主張を採用することはできない。

      したがって,本件訴えは,訴えの利益があるというべきである。

      2 争点2について

      (1) 各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

      2-1 原告は,「御社の業務で戸籍や住民票が必要なとき,弊社にお任せいただければ,1通3000円(速達料金700円は別)で請け負わせていただきます。」という内容のメールを複数の調査会社に送信した(乙6,7,14)。

      2-2 本件事件簿(乙8)には,原告が平成15年1月30日から平成16年9月10日までに依頼を受けた事件として,91件の事件について,それぞれ依頼を受けた年月日,件名,報酬額,依頼者が記載されている(乙8)。

      2-3 本件職務上請求書は,原告が平成15年3月20日から平成16年2月7日までに住民票の写しや戸籍の謄抄本等の取得に使用したもので,総数460枚にわたり,使用目的・提出欄には,「所在確認の為」,「不法行為に基づく損害賠償等準備」などの記載が多数存在する(乙9(枝番を含む。))。

      2-4 本件領収証は,総数20枚で,平成15年3月から平成16年11月10日までの日付が記載されている(乙10(枝番を含む。))。

      (2)2-1(ア) 前記(1)の事
      実によれば,原告は,あたかも戸籍や住民票の取得のみの依頼であっても依頼を受けるかのような内容のメールを複数の調査会社に送信していること,

      本件職務上請求書の使用目的欄の記載には「所在確認の為」等行政書士の職務に関して職務上請求書を利用したものでないことが窺われる記載が多数存在すること,

      本件事件簿上,原告は,平成15年1月30日から平成16年9月10日までの間に,91件の事件しか受任していないにもかかわらず,平成15年3月20日から平成16年2月7日までに460枚もの職務上請求書を使用して住民票の写しや戸籍の謄抄本等の取得をしていることが認められ,

      これらに照らすと,本件職務上請求書のうちの多くは,原告が,法1条の2,法1条の3に規定されている行政書士の業務と関わりなく住民票の写しや戸籍の謄抄本等の取得の依頼を受け,それらの取得のために利用されたものと推認できる。

      したがって,前記第2の2(5)の処分の理由の1-1及び1-2の事実があったと認められる。

      そして,これらの原告の行為は,行政書士の責務として,誠実に業務を遂行するとともに,行政書士の信用又は品位を害するような行為をしてはならないとしている法10条に違反するものである。

      (イ) この点,原告は,戸籍謄本等のみの請求代行を宣伝したことはないと主張するが,本件聴聞の期日の出頭に代えて提出した原告の陳述書(乙14)では,原告自身,前記(1)アのメール送信の事実を認めている。

      そして,同陳述書においては,連絡をとった会社には,必ず戸籍謄本等取得のみを業務とするものでないこと及び戸籍謄本等を必要とする理由を必ず確認することを伝えたという原告の陳述があるが,

      本件職務上請求書の利用態様に照らして信用することができず,また,戸籍謄本等を必要とする理由を必ず確認することを伝えたとする点は,仮にこのような確認をしたとしても,それによって直ちに戸籍謄本等の取得が行政書士の業務に関するものになるものではない。

      また,原告は,戸籍謄本等のみの取得依頼の態様に基づき職務上請求書を使用して戸籍謄本等を請求したことはないと主張し,前記原告の陳述書(乙14)には,書類作成又は書類作成の相談に職務上必要である範囲で使用したものとの原告の陳述があるが,

      本件事件簿(乙8)によれば,同事件簿上,原告が前記(1)アのメールで戸籍や住民票の一通の取得費用3000円に速達料金700円を加えた,3700円又はその倍数に相当する報酬額が記載された事件が39件もあると認められること及び本件職務上請求書の利用態様に照らして信用することができない。

      以上のとおり,原告の主張はいずれも採用することができない。

      2-2 前記(1)の事実によれば,本件事件簿上,原告は,平成15年1月30日から平成16年9月10日までの間に,91件の事件を受任したこととされ,それぞれについて報酬額が記載されているにもかかわらず,本件領収証はわずか20枚しかないのであるから,領収証を発行せずに報酬を受けていた事実があったと認められ,規則10条違反であり,前記第2の2(5)の処分の理由の2の事実があったと認められる。

      2-3 以上によれば,処分の理由に該当する事実があったと認められる。

      3 争点3について

      本件処分の処分の理由においては,原告は,戸籍謄本等のみの取得依頼の態様に基づき,職務上請求書を使用して戸籍謄本等を請求した,また,領収証を発行せず報酬を受けていたとされているものの,これらの行為がいつなされたのかなどについては特定されていない。

      不利益処分に当たって処分の理由を記載することが要求される趣旨については,処分の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えることも含まれることからすると,

      処分の理由となった事実は,対象となる行為の日時が特定できない場合でも期間を限定するなどできる限り特定されるべきであって,本件処分の処分の理由は,特定が十分とはいえない面もある。

      しかしながら,本件処分の処分の理由がこのような記載となったのは,処分の理由となる行為が多数に及ぶところにも原因があるといえることに加えて,原告は,本件調査において,本件事件簿,本件職務上請求書,本件領収証を提出しており,本件処分の理由となった行為が,これらの提出書類に係るものであることは原告において理解可能であったこと,

      また,原告の不服申立てという点においても,上記提出書類を作成したのは原告であり,原告においてこれらの書類に基づいて反論することは十分に可能であったことから,本件処分の処分の理由の記載が行政手続法14条1項に反して違法とまでいうことはできない。

      また,証拠(乙13)によれば,被告は,原告に対して,平成17年3月1日付けで,不利益処分の原因となる事実として,本件処分の処分の理由と同旨の事実が記載された聴聞通知書を送付していると認められ,前記のとおり本件処分の処分の理由の記載が行政手続法14条1項に反するといえない以上,本件聴聞の通知が同法15条1項に反するということもできない。

      なお,原告は,行政手続法20条1項違反も主張するが,弁論の全趣旨によれば,原告は本件聴聞の期日に出頭していないと認められ,同項の期日に出頭した者に対する説明義務違反が問題となる余地はないから,原告の主張はその前提を欠くものとして失当である。

      4 争点4について

      原告は,本件処分は不当に重いもので裁量を逸脱した違法なものであると主張するが,本件処分の処分の理由となった行為は,継続的に多数回にわたって行われており,

      法令違反の重大さ,行政書士の職務の信頼に与える影響の大きさなどに鑑みれば,期間30日間の行政書士の業務の停止という本件処分は,被告の裁量の範囲内のものといえるから,原告の主張は失当である。

      5 争点5について

      原告は,処分基準の制定,公開を定める行政手続法12条違反を主張するが,処分基準を公にすることが困難な場合やそれによって弊害が生ずる場合もあることなどから同条は訓示規定となっており,処分基準を定めていないからといって,同条違反の問題は生じないから,原告の主張はその前提を欠くものとして失当である。

      また,原告は,本件処分がホームページ上で公開されたことによって原告の名誉及び信用が毀損されたとして,本件処分が瑕疵ある処分として違法であると主張するが,法上公告が義務付けられている場合に,公告をした媒体をホームページに掲載することが処分の瑕疵になり得るとはいえない上,そもそもそのような処分後の事情が処分の適法性の判断に影響を与えるものではないから,原告の主張は失当である。

      さらに,原告は,県行政書士会の手続及び措置要求の違法を主張するが,本件処分は本件調査に基づき被告の処分として行われたものであり,

      仮に県行政書士会の行為に違法性があったとしても,その違法性を承継するものではないから,原告の主張を採用することはできない。

      また,原告は,憲法38条1項及び3項違反を主張するが,本件職務上請求書及び本件領収証は,いずれも原告の職務上作成された書類であって,原告の供述ではないから,原告の主張は失当である。

      この点,原告は,憲法38条1項により,自己に不利益な供述を強要されないのであるから,自己に不利益な証拠提出も認められないはずであると主張するが,独自の見解であって採用することができない。

      原告は,本件処分に処分の理由がなく,法1条の2及び1条の3の規定が不明確であることを前提として,憲法22条1項違反の主張をする。

      しかし,前記2によれば,本件処分の処分の理由がないとはいえず,また,法1条の2及び1条の3が,行政書士の職務の範囲を定める規定として,不明確であるということはできず,本件処分の処分の理由となった行為がこれらの規定による職務の範囲に含まれないことの判断は可能であるから,原告の憲法22条1項違反の主張は,その前提を欠くものとして失当である。

  • 普通自動二輪車の運転手が,道路に飛び出した犬に驚愕し,犬との衝突を避けようとして,道路脇のガードレールに衝突して負傷し,普通自動二輪車が損傷を被ったとして,犬の買い主について,民法718条1項及び同法709条に基づく損害賠償責任が認められた事例

H19.08.09 京都地判 事件番号 平19(ワ)649

  • 判決
    • 第3 当裁判所の判断

      1 争点(1)責任原因・事故態様について

      (1)当事者間に争いのない事実等,証拠(甲1,2,甲3の1ないし4,甲15の1ないし11,甲16,原告A本人,被告本人,調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

      ア 本件事故現場の状況は,概ね,別紙「事故発生状況報告書」(甲2)の「事故発生状況略図」(以下「別紙図面」という)記載のとおりである(ただし,別紙図面に「H・I」とあるのは「H」の誤りであり,被告宅の位置を示している)。

      イ 原告Aは,原告車両を運転して本件事故現場付近の道路を進行し,被告宅前付近に差し掛かったところ,被告宅の勝手口から鎖をつけたCが突然道路に飛び出してきたため,

      原告Aは,驚いてバランスを崩し,上記道路の左脇のガードレールに原告車両の側部を,また,電柱に原告車両の前部を,それぞれ衝突させ,その結果,原告Aは原告車両もろとも転倒した。

      ウ なお,原告Aは,Cが原告車両に衝突した(甲2)あるいは接触した(甲16,原告A本人)と説明するが,原告Aから事故の発生報告を受けた警察は,

      原告Aから「犬の飛び出しによりバランスを崩して転倒した」という内容の事故報告を受けたとしていること(調査嘱託の結果)のほか,Cが本件事故により傷害を負っていないこと(弁論の全趣旨)に照らし,にわかに採用することができない。

      また,原告らは,Cが道路中央付近まで飛び出したと主張し,これに沿う証拠(甲2〔原告A作成の事故発生状況報告書〕,甲16〔原告A作成の陳述書〕,原告A本人)があるが,

      前判示のとおり,原告車両がCと衝突又は接触したとは認め難いことに照らし,にわかに採用することができず,他に上記主張を認めるに足りる証拠はない。

      (2)前記認定の事実関係によれば,被告は,動物の占有者として,民法718条1項に基づく損害賠償責任を負うとともに,Cの飼主としてCが被告宅前の道路を走行する車両の運転者を驚かせるなどしてその進行を妨げないようにするための配慮(被告宅の勝手口を閉めておくなど)を欠いた過失が認められるから,民法709条に基づく損害賠償責任を負うものというべきである。

      2 争点(2)傷害の有無について

      証拠(甲4)によれば,原告Aが,本件事故により,左足挫創,頭部打撲,前胸部擦過傷の傷害を負ったことが認められ,原告がその余の傷害(原告の上記主張の「等)を負った事実を認」めるに足りる証拠はない。

      前判示のとおり,原告Aは,E接骨院において,頸部捻挫,左足打撲,前胸部打撲の傷病名で,通院治療を受けたことが認められるが,甲6,7(柔道整復師作成の施術証明書・施術費明細書)のみによって,同原告が頸部捻挫・前胸部打撲の傷害を負ったことを認めることはできない。

      3 争点(3)原告らの損害について

      (1)原告Aの損害

      証拠(後掲のもの)によれば,原告Aが本件事故により次の損害を被ったことが認められる。

      ア 治療費1万2770円(甲5)

      説明:D病院における治療費である。原告Aは,前判示のとおり,E接骨院に通院したことが認められるけれども,原告Aが本件事故により受けた傷害の内容が前判示のとおりであることに加え,

      証拠(原告A本人)によれば,原告Aは,D病院の主治医に相談することなく(医師の指示又は承認に基づくことなく)E接骨院に通院したこと,E接骨院では電気治療と湿布薬の処方がされただけであることがそれぞれ認められるのであるから,E接骨院における治療費と本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

      イ 休業損害8万8794円

      説明:証拠(甲1,9,10,原告A本人)によれば,原告A(昭和49年2月14日生)は,平成元年3月中学校を卒業し,3年間ほど新聞販売店で勤務した後フリーターとなり,平成13年7月1日から兄であるFの営むG建材(個人経営)でFと二人で稼働していたことが認められる。

      ところで,原告Aが得ていた収入金額については,的確な裏付けを欠く休業損害証明書(甲9,10 )(平成18年3月から同年5月までの合計支給額が88万8000円〔90で除すと1日あたり9866円〈1円未満切り捨て〉となる〕であるとするもの)があるだけで公的な証明書は提出されていないけれども(原告Aは,給与から社会保険料・所得税の控除を受けていないし,税務申告もしていない),

      賃金センサス(平成17年・産業計・企業規模計・男性労働者・中学卒・30歳から34歳まで)による年収が389万0300円(1日あたり1万0658円〔1円未満切り捨て〕)であることを考慮すると,基礎収入を上記休業損害証明書による1日あたり9866円とすることが相当である。

      そして,前記認定の事実関係によれば,休業期間は,本件事故発生日の翌日である平成18年6月4日から,D病院おける治療が中止となった同月12日までの9日間と認めるのが相当である。

      そこで,9866円×9日=8万8794円の計算式により,上記金額となる。

      ウ 通院交通費1200円(甲11)

      説明:D病院まで公共交通機関(バス)往復400円の3日分で上記金額となる。E接骨院への通院交通費は,E接骨院における治療費と同じ理由により,本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

      エ 通院慰謝料9万円

      説明・前判示の本件事故の態様,原告Aが受けた傷害の部位・程度,治療の経緯等諸般の事情を総合考慮すれば,上記金額が相当である。

      オ 小計19万2764円

      カ 弁護士費用1万9000円

      キ 合計21万1764円

      (2)原告Bの損害

      証拠(後掲のもの)によれば,原告Bが本件事故により次の損害を被ったことが認められる。

      ア 原告車両の修理費22万9855円(甲14)
      イ 弁護士費用2万3000円
      ウ 合計25万2855円

  • 夜間高速道路において自動車を運転中に自損事故を起こし車外に避難した運転者が後続車にれき過されて死亡したことが自家用自動車保険契約普通保険約款の搭乗者傷害条項における死亡保険金の支払事由に該当するとされた事例

H19.05.29 最高(三小)判 事件番号 平18(受)2053

  • 判決
    • 前記事実関係によれば,本件自損事故は,夜間,高速道路において,中央分離帯のガードレールへの衝突等により,本件車両が破損して走行不能になり,走行車線と追越車線とにまたがった状態で停止したというものであるから,Aは,本件自損事故により,本件車両内にとどまっていれば後続車の衝突等により身体の損傷を受けかねない切迫した危険にさらされ,その危険を避けるために車外に避難せざるを得ない状況に置かれたものというべきである。

      さらに,前記事実関係によれば,後続車にれき過されて死亡するまでのAの避難行動は,避難経路も含めて上記危険にさらされた者の行動として極めて自然なものであったと認められ,上記れき過が本件自損事故と時間的にも場所的にも近接して生じていることから判断しても,Aにおいて上記避難行動とは異なる行動を採ることを期待することはできなかったものというべきである。そうすると,運行起因事故である本件自損事故とAのれき過による死亡との間には相当因果関係があると認められ,Aは運行起因事故である本件自損事故により負傷し,死亡したものと解するのが相当である。

  • 内縁の夫の運転する自動車に同乗中に第三者の運転する自動車との衝突事故により傷害を負った内縁の妻が第三者に対して損害賠償を請求する場合にその賠償額を定めるに当たり内縁の夫の過失を被害者側の過失として考慮することの可否

H19.04.24 最高(三小)判 事件番号 平18(受)688

  • 判決
    • 内縁の夫が内縁の妻を同乗させて運転する自動車と第三者が運転する自動車とが衝突し,それにより傷害を負った内縁の妻が第三者に対して損害賠償を請求する場合において,
      その損害賠償額を定めるに当たっては,内縁の夫の過失を被害者側の過失として考慮することができると解するのが相当である。

  • 1「衝突,接触…その他偶然な事故」及び「被保険自動車の盗難」を保険事故として規定している一般自動車総合保険約款に
    基づき上記盗難に当たる保険事故が発生したとして車両保険金の支払を請求する場合における事故の偶発性についての主張立証責任
  • 2 被保険自動車の盗難を理由に車両保険金を請求する者が主張立証責任を負う盗難の外形的事実について単に「外形的・客観的にみて第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況」を立証するだけで盗難の事実が推定されるとした原審の判断には違法があるとされた事例

H19.04.23 最高(一小)判 事件番号 平17(受)1841

  • 判決
    • 「被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして本件条項に基づいて車両保険金の支払を請求する者は,被保険自動車の持ち去りが被保険者の意思に基づかないものであることを主張,立証すべき責任を負うものではない。

      しかしながら,上記主張立証責任の分配によっても,上記保険金請求者は,「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的な事実を主張,立証する責任を免れるものではない

      「上記保険金請求者は,盗難という保険事故の発生としてその外形的な事実を立証しなければならないところ,単に上記「矛盾のない状況」を立証するだけでは,盗難の外形的な事実を合理的な疑いを超える程度にまで立証したことにならないことは明らかである。

      したがって,上記「矛盾のない状況」が立証されているので盗難の事実が推定されるとした原審の判断は,上記(1)の主張立証責任の分配に実質的に反するものというべきである。

  • 「衝突,接触…その他偶然な事故」及び「被保険自動車の盗難」を保険事故として規定している家庭用総合自動車保険約款に基づき上記盗難に当たる保険事故が発生したとして車両保険金の支払を請求する場合における事故の偶発性についての主張立証責任

H19.04.17 最高(三小)判 事件番号 平18(受)1026

  • 判決
    • 被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして本件条項1に基づいて車両保険金の支払を請求する者は,「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という外形的な事実を主張,立証すれば足り,

      被保険自動車の持ち去りが被保険者の意思に基づかないものであることを主張,立証すべき責任を負わないというべきである。

  • 弁護士としての事務処理

H19.03.28 さいたま地判 事件番号 平16(ワ)1301

  • 判決
    • 原告は,期待権侵害を理由に慰謝料を請求している。原則として期待権は,主観的な期待というに止まり,法的に保護に値する利益とは考えられないというべきである。

      しかしながら,適時に適切な弁護活動を受けることは弁護士に委任した者が誰しも願うことであり,信頼関係を基礎にし,専門的な事務処理を弁護士に委ねる委任契約にあっては,弁護士の事務処理について,委任者としては受任者たる弁護士にある程度の裁量を与えざるを得ないという構造を有しているのであり,そのような弁護士が一般的に期待される弁護士としての事務処理から著しく不適切で不十分な対応しかしなかったと認められる場合には,損害賠償請求を認めることができると解する(最高裁判所第一小法廷平成17年12月8日判決民集島田仁郎補足意見)。 

  • 1被控訴人は,平成15年2月8日に,交差点で信号停車中に,控訴人gが運転し,控訴人hが保有する自動車に追突された。被控訴人は,その後,首や肩が痛くなり,頚椎捻挫と診断されて治療を受けたが,はかばかしい回復が見られなかったところ,k病院のl医師から,髄液漏(低髄液圧症候群,低髄液症候群)と診断され,その治療を受けた。こうして,被控訴人は,上記交通事故により,頚椎捻挫,髄液漏になったとして,控訴人らに損害賠償を求めた。
  • 2 原判決は,被控訴人は,本件事故で,頚椎捻挫,髄液漏の傷害を負ったと認定した上で,これと因果関係があると認めた損害465万円余を支払うよう控訴人らに命じた。
  • 3 本判決は,被控訴人の主張する髄液漏を認めるには合理的な疑問が残るとして,頚椎捻挫だけを認めた。その上で,これと因果関係のある損害の範囲について,被控訴人が支払った医療費は全額損害と認めたものの,その他の損害については,被控訴人の心因的要素が影響しているとして,その50%を減額し,原判決の認容額を若干減額した。

H19.02.13 福岡高判 事件番号 平17(ネ)336

  • 判決
    • (ア) 低髄液圧症候群(又は低髄液症候群)については,従来の定説は,脳脊髄液が漏出してこれが減少し,脳が沈下して頭蓋内の痛覚の感受組
      織が下方に牽引されて生じる頭痛を特徴とすることから,最も特徴的な症状を起立性頭痛とし,画像所見や髄液圧が一定の数値より低いことな
      どの他,硬膜外血液パッチ後72時間内に頭痛が解消するなどを診断基準としている(乙7,32の1)。

      これは,低髄液圧症候群の症状とその機序を論理的に分かり易く説明したものということができ,その病名にも相応しいものである。

      ところが,髄液が漏出しても髄液圧が低下しない例もあり,また,その典型症状がなく,それ以外の症状が生じる場合があるところから,上記定説では説明できない患者があるとして,この病気の範囲をより広くとらえようとする新たな学説(以下,便宜「新説」という。)が提唱されるに至っている。

      新説によれば,病名も「脳脊髄液減少症」と称すべきであるとされるのである(甲12,108,161)。

      しかしながら,従来の定説では説明できない患者が出てくるという意味において,同説に限界があるというのは確かであるが,他方,新説によると,脳脊髄液減少症の範囲を画することが極めて曖昧になり,その機序も説明が困難になるということは否定できない。

      現に,当審証人lの証言(以下「l証言」という。)によっても,脳脊髄液減少症の症状としては実に多種多様なものが含まれることになるが,それらが脳脊髄液の減少といかなる関係にあるのかが説明できているとは言い難く,また,それらは極めて普遍的に見られる症状であるために,他の病気(例えば,頚椎捻挫)に因るものとの区別が不可能になってしまいかねないように思われる。


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