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H16.10.25 福岡地判 事件番号 平13(ワ)413

  • 判決
    • 1 争点(1)(原告Aに本件事故により高次脳機能障害の後遺障害が残ったか否か)について

      (1)上記第2の1の争いのない事実等,証拠(甲第1号証ないし第4号証,第5号証の1,2,第6号証ないし第8号証,第9号証の1ないし3,第10号証,第12号証ないし第14号証,第17号証ないし第27号証,第28号証の1ないし5,第29号証ないし第32号証,乙第1号証ないし第5号証,第6号証の1ないし10,証人H医師の証言及び原告B本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

      ア 自賠責保険を適用する自算会は,平成13年1月から,脳外傷に基づく高次脳機能障害が後遺した場合に,その認定を行うために,「高次脳機能障害審査会」を設置し,

      高次脳機能障害とは,交通事故によって脳に損傷を受け,一定期間以上の意識障害が持続した結果発生する認知障害(記憶・記銘力障害,集中力障害,遂行機能障害,判断力低下等)と人格変化(感情易変,暴力・暴言,攻撃性,幼稚,羞恥心の低下,多弁,自発性・活動性の低下,病的嫉妬,被害妄想等)が残存する障害をいうと定義し,

      交通事故に起因する高次脳機能障害の認定要件として,

      ①交通事故によって,脳に対する強い外力が加わり,その結果,画像で脳の萎縮や,脳室の拡大が認められること,
      ②意識障害が一定期間継続していたこと,
      ③事故後の性格や人格の変化,知能低下が顕著であること

      の3点を挙げている(甲第22号証及び第23号証)。

      イ 本件事故の態様は,被告が,飲酒運転及び脇見により,被告車両を対向車線を越えて走行させ,本件事故現場において,折から対向進行してきた原告車両ほか1台に,衝突させたというものであり,

      原告車両の運転席側の前部の損傷が最も大きく(甲第12号証),原告Aの車は,衝突の衝撃により,原告車両の走行方向左側の歩道上まで弾き飛ばされ,原告車両の運転席側フロントの右フレームが運転席方向にV字型に折れ曲がっており(甲第2号証,第12号証,第31号証),その衝撃はかなり激しかったものと考えられ,

      原告Aは,本件事故により,脳挫傷,下顎骨骨折,右頬骨上顎複合骨折,鼻骨骨折,顔面挫創等の傷害を負っており(原告らは,頭蓋骨骨折も生じたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。),本件事故により,原告Aの脳に対する強い外力が加えられたと認めることができる。

      ウ 原告Aの平成11年2月23日撮影にかかるMRIフィルム(乙第6号証の4)の上から2番目の左端の画像に,左視床下部から中脳に脳挫傷の跡が認められ,H医師は,平成11年3月8日,原告Aについて,びまん性脳萎縮であると診断しており,

      さらに,原告Aの平成7年9月20日撮影にかかるCTスキャンフィルムの画像にも淡い高吸収域があり,この高吸収域が,上記MRI画像の病変部位と一致していることから,本件事故直後から,同部分に出血があったとみるのが相当であり,

      両者を比較すると,MRIフィルムの画像の方が脳のしわがはっきりと見え,脳溝の中の水の部分が増えていて,脳萎縮があったことが認
      められると診断しており(甲第4号証,第32号証,乙第6号証の4及びH医師の証言),

      また,I病院のJ医師も,原告Aについて,MRI検査により,左右側脳室外側深部白質,脳梁の障害が認められ,SPECT検査により,両側頭葉内側部,脳梁・帯状回部の血流量低下が認められると診断しており(甲第18号証,第19号証,第27号証及び第28号証の1ないし5),これらの事情によれば,原告Aについて,画像で脳の萎縮があったと認めることができる。

      エ 原告Aは,本件事故により意識を失い,2日後の平成7年9月22日に意識を回復しており(乙第5号証及びH医師の証言),原告Aは,本件事故後,意識障害が一定期間継続していたと認められる。

      オ 甲第10号証,第14号証,第20号証,第30号証及び原告B本人尋問の結果によれば,原告Aの性格は,家族から見て,本件事故前は,男勝りで,饒舌で,家族の食事,風呂の準備等も行い,仕事も,てきぱきと指示をして処理をし,自分で何でもはっきりと物を言い,人を引っ張っていくような性格であり,

      服装の好みについては,渋めのものが好きであったが,本件事故後は,引っ込み思案になり,ちょっとしたことで自分の感情を抑えることができなくなり,けんか腰になり,服装についても,原告Bが差し入れた子供服に近いような明るいものを着るようになったこと,

      原告Aは,本件事故後の平成7年9月24日,弟の原告Cのことを覚えておらず,原告Cに対して,「これ誰」というようなことを言ったこと,原告Aは,会話の内容を次から次へと忘れていく状態であったこと,

      原告Aは,本件事故前から,Eが経営していた塗装会社に勤務し,養生(家具等を塗装する前に塗装しない部分,汚れてはいけない部分に紙をテープで貼る作業),会社の経理及び事務全般の仕事を行っていたが,本件事故後は,すぐ記憶がなくなり,自分が行ったことを行っていないと言ったり,E等に指示されたことだけを単純に行い,付随,関連することを行えなくなったこと,

      I病院での諸検査の結果,知的機能につき,言語性で「知識」,「単語」にやや低下が見られ,一般的知識及び語彙力の低下が考えられ,記憶につき,遅延再生での記憶能力低下が顕著であり,物語記憶では,全体の流れも曖昧さが見られ,視覚性再生Ⅱでは,4つの図形を書いたことも忘れていると判断され(甲第19号証),

      I病院のJ医師は,平成14年2月28日付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲第18号証)において,言語性知的機能の若干の低下,言語性記憶の低下,遅延性の中等度記憶障害が認められ,前頭葉は,性格変化,判断力低下を認めると診断していることが認められ,原告Aは,本件事故後,性格や人格の変化,知能低下が顕著であるものと認められる。

      カ 以上からすれば,原告Aは,上記アの①ないし③を満たしており,原告Aに,本件事故により,高次脳機能障害の後遺障害が発生したと認められる。

      (2)この点について,被告は,平成11年3月8日付けF病院発行の後遺障害診断書(甲第4号証)に,原告Aの記憶障害,性格変化等の記載がなく,これらの症状は,本件事故後約3年経過した後に発生したものであり,

      本件事故と因果関係がないと主張するが,甲第32号証及びH医師の証言によると,平成11年3月当時は,医学的には,交通事故により高次脳機能障害が発生することがあることは知っていたが,自賠責の認定があるのか否かは知らなかったこと,原告Aについて,意識障害が強かった割には,CTスキャンの画像上では所見があまりなく,原告側の訴えも,手とあごの振戦についてのことが主であり,そちらの治療に主眼をおいていたこと,

      F病院においては,高次脳機能障害を診断するための検査は行っていないこと,CTスキャンや通常のMRIでは,性能の限界から異常所見が写らないこともあり,H医師は,平成11年2月23日,G病院において,MRIT2*という特殊な撮影方法を選択したこと,

      その結果,視床下部から大脳脚にかけて脳挫傷の跡が認められたこと,上記■オのとおり,家族から見て,本件事故の前後で,原告Aの性格は変化しており,また,記憶力の低下も見られていたことが認められ,原告Aの記憶障害,性格変化等の症状は,本件事故直後から発生していたものと認めることができ,被告の主張は採用できない。

      2 争点(2)(原告Aの労働能力喪失率)について

      (1)上記第2の1の争いのない事実等,証拠(甲第10号証,第11号証,第14号証,第30号証,乙第2号証ないし第4号証及び原告B本人尋問の結果),上記1で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

      (2)原告Aには,①右肘脱臼骨折後の右肘関節の機能障害,②右肩鎖関節脱臼後の右鎖骨の奇形障害,③右肘関節骨折に対する骨移植術に伴う腸骨骨採取による骨盤骨の奇形障害,④上下顎骨骨折による咀嚼障害,⑤顔面外傷による顔面部による醜状障害等が残存すること,症状固定日は,平成11年3月8日であること,

      自算会は,上記各後遺障害につき,①については,等級表第12級6号に,②については,第12級5号に,③については,第12級5号に,④については,第6級2号に,⑤醜状障害については,第7級12号にそれぞれ該当し,②及び③はいずれも第12級5号に該当するので併合する方法により第11級相当とし,これらを併合して併合第4級の適用が相当である旨認定した(甲第11号証,乙第3号証)。

      原告Aは,本件事故後も,Eが経営していた塗装会社で事務と養生の仕事を行っており,電話の取次,接客等も行っているが,事務の仕事をするときに,文字を忘れたり,銀行に行くことを忘れたり,小切手を切ることを忘れたりするようになり,会話においても,滑らかに話すことができなくなり,手の震えにより(常にあるわけではない。),養生をするときに,うまくテープを貼ることができないこともあり(甲第14号証,原告B本人尋問の結果),

      手の震え以外は,主に高次脳機能障害による後遺障害であることが認められ,原告Aのこの点の後遺障害は,神経系統の機能又は精神に相当程度の障害を残しているもので,軽易な労務に服することにも,その種類によっては相当な困難を伴うものと推測される。

      (3)原告Aには,上記1■オのとおり,高次脳機能障害があり,言語性知的機能の若干の低下,言語性記憶の低下,遅延性の中等度記憶障害等があって,性格や人格の変化,知能低下が顕著であり,これにより,神経系統の機能又は精神に相当程度の障害を残し,軽易な労務に服することにも,その種類によっては,相当な困難が伴うと推測されること,

      上記■のとおり,自算会は,右肘脱臼骨折後の右肘関節の機能障害で等級第12級6号に,上下顎骨骨折による咀嚼機能障害で第6級2号に,顔面外傷による顔面部の醜状障害等で第7級12号にそれぞれ該当するとしたうえ,これらを併合して併合第4級の適用が相当である旨認定
      していること,

      咀嚼障害については,それが労働意欲等に与える影響も軽視できないこと,外貌醜状については,一般には労働能力の低下をきたさないとはいうものの,原告Aは,本件事故当時32歳の女性で,醜状の部位が顔面であり,接客等において,外貌醜状が労働能力に影響するところがないとはいえないこと等の各事情が認められるのであるから,

      咀嚼障害や醜状障害が肉体的な運動機能に直接影響を与える程度が少ないことを考慮しても,少なくとも,原告Aは,上記の各後遺障害によって,その労働能力の80%を喪失したと認めるのが相当である。

      3 争点(3)(損害額)について

      (1)症状固定後の治療費・将来の治療費原告らは,原告Aが,症状固定後も後遺障害による震えと痛みのために,咀嚼,会話,通常の手作業などが不可能であり,症状固定後も継続的な投薬が必要であり,少なくとも120万円以上が必要であり,

      また,歯牙の損傷についても,将来的にインプラント等の特殊な調整作業が必要であり,残存歯についても定期的かつ頻回なメンテナンス,調整が必要であり,少なくとも24万円以上が必要である旨主張している。

      上記第2の1の争いのない事実等,上記1及び2で認定した事実,甲第9号証の1ないし3及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,平成11年3月8日,後遺障害の症状が固定したが,

      手の震え等が残存しており,症状固定後も継続的な投薬が必要であること,歯牙損傷についても,インプラント等の特殊な調整作業及び残存歯について定期的なメンテナンス,調整が必要であることは認められるが,

      上記費用は,症状緩和のための治療費であること,具体的な金額が明らかでないこと等の事情を考慮すると,原告らが将来の治療費として請求する点については,後記(6)イ(後遺障害慰謝料)で考慮することにし,これを独立の損害として認めないことにする。

      (2)付添看護費

      原告Aは,上記第2の1(4)の傷害を受けているが,その傷害の程度からみると,付添看護の必要性が認められるところ,同の(5)のとおり合計113日入院しており,1日当たりの付添看護費としては000円が相当であるから,その合計は67万8000円となる。

      (3)入通院雑費

      ア 入院雑費
      原告Aは,113日の入院期間中,1日当たり,1500円の割合により,合計16万9500円の損害を被ったと認めるのが相当である。

      イ 通院雑費
      上記第2の1の争いのない事実等,上記1及び2で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,その傷害の程度から,通院のためにタクシーを利用することはやむを得なかったといえるところ,上記第2の1■のとおり354日通院しているから,1日当たりのタクシー代は2000円として,合計70万8000円の損害を被ったと認めるのが相当である。

      (4)休業損害
      証拠(甲第14号証,第15号証の1ないし3,第16号証の1ないし6)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,本件事故前から本件事故後の平成9年12月まで,1月あたり35万円の給与の支給を受けていたが,その後は減額されて,平成10年1月から同年12月まで1月あたり30万円を,平成11年1月及び2月は各月8万5000円の給与の支給を受けていたことが認められる。

      以上によれば,原告Aには,平成10年1月から症状固定日である平成11年3月8日までの14月と8日の間,休業損害が発生したということができ,その額は,以下の計算式のとおり,122万0323円である。
       (50000×12)+(265000×2)+350000÷31×8)=1220323

      (5)後遺障害逸失利益
      証拠(甲第15号証の1ないし3,第16号証の1ないし6),上記第2の1の争いない事実,上記1及び2で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,本件事故当時,32歳であり,1月当たり35万円の給与の支給を受けており,1年当たり420万円の収入を得ることができていたこと,

      原告Aは,本件事故により,その労働能力の80%を喪失したと考えられること,原告Aの症状固定日は平成11年3月8日であり,その当時は36歳であったことが認められる。

      なお,原告Aが年20万円の賞与を受けていたことを認めるに足りる客観的証拠はない。

      そこで,ライプニッツ方式により中間利息を控除して,原告Aの逸失利益を計算するが,原告らは,事故日からの遅延損害金の請求もしているから,公平の観点から,後遺障害による損害についての算出は,事故日現価として行うことが相当であり,35年(67-32)のライプニッツ係数(16.3741)から,4年(36-32)のライプニッツ係数(3.5459)を控除した,12.8282をライプニッツ係数として用いる。
          4200000×0.80×12.8282=43102752

      (6)慰謝料

      ア 入通院慰謝料
      上記第2の1(5)の争いのない事実のとおり,原告Aは,本件事故により,入院113日,通院実日数354日の治療を要する傷害を負っており,また,本件事故は,被告が,飲酒運転をした上,助手席の同乗者を脇見をしたことにより,被告車両を対向車線を越えて進行させ,原告車両に衝突させたという,被告の重大な過失により発生したものであること,

      原告Aは,本件事故により,脳挫傷,下顎骨骨折等の重大な傷害を負い,本件事故後2日間意識を失い,医師に「覚悟して下さい。」とまで言われていたこと等を考慮すると,原告Aに対する入通院慰謝料としては,400万円をもって相当と認める。

      イ 後遺障害慰謝料
      原告Aには,上記第2の1(6)及び上記1のとおりの後遺障害が残っており,原告Aの後遺障害は,自算会により等級表併合第4級に該当すると認定されていること,上記1,2の高次脳機能障害の内容・程度及び上記(1)で判示したところを総合考慮すると,原告Aに対する後遺障害慰謝料は1800万円をもって相当と認める。

      (7)両親固有の慰謝料
      原告Aは,本件事故により,生死の境をさまようほどの傷害を受け,咀嚼機能障害,高次脳機能障害等の重大な後遺障害が残り,本件事故の前後では性格,人格に変化が見られ,原告Aの両親であるE,原告Bは,本件事故により,原告Aが死亡した場合にも比肩するほどの精神的苦痛を受けたものと推認することができ,E及び原告Bに対する慰謝料としては,各100万円をもって相当と認める。

      (8)過失相殺
      被告は,原告Aが本件事故当時,シートベルトを装着しておれば,原告Aに生じた脳挫傷は避けることができ,脳挫傷による後遺障害も残すことはなかったのであり,シートベルトの不着用について,過失相殺がなされるべきである旨主張する。

      しかし,乙第1号証は,本件事故から1か月後の平成7年10月20日に作成された供述調書であり,原告Aは,本件事故当時の記憶を全く失っていることからすれば,シートベルトを着用していなかったことだけを覚えているのは不自然であり,乙第1号証のかかる記載は信用することができず,他に原告Aがシートベルトを着用していなかったと認めるに足りる証拠はない。

      仮に,原告Aがシートベルトを着用していなかったとしても,上記1(1)イの事故態様からすれば,原告Aの傷害,後遺症が同原告が受けたものより軽くなったと認めるまでには至らない。

      したがって,被告のこの点に関する主張は採用することができず,また,他に原告側に過失相殺をするべき事情も見受けられないので,本件においては,過失相殺はしないこととする。

      (9)損害の填補
      ア 被告が原告Aに対し損害賠償金として619万9094円を支払ったとの事実については,当事者間に争いがない。

      弁論の全趣旨によれば,上記金額には,原告Aの平成7年10月から平成8年5月までの月給35万円の休業損害及び治療費並びに交通費,タクシー代及びその他の合計28万8955円が含まれており,

      原告らは,本件において平成8年5月までの休業損害及び過去の治療費を請求していないので,交通費,タクシー代及びその他の28万955円は控除の対象とすべきことになるが,その余の金額は控除の対象とならない。

      イ 被告は,社会保険から,原告Aに対し,合計220万6298円が支払われたと主張しているが,弁論の全趣旨によれば,これは,原告Aの過去の治療費であり,原告は,本件において過去の治療費を請求していないので,かかる金額は控除の対象とならない。

      ウ したがって,原告Aの損害額から28万8955円を控除することとし,上記(2)ないし(6)の合計額6787万8575円から上記填補額28万8955円を控除するとその合計は6758万9620円となる。

      (10)弁護士費用
      本件訴訟の難易度,審理の経過,認容額その他本件において認められる諸事情に鑑みると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は,原告Aについては500万円,E及び原告Bについては各10万円と認めるのが相当である。

      (11)相続
      Eは,上記(7)(10)のとおり被告に対し,110万円の損害賠償請求権を有していたところ,平成16年3月1日,死亡し,原告Bが2分の1の割合(55万円)で,原告A,原告C,原告Dが,それぞれ6分の1の割合(18万3333円)でこれを承継取得した。

  • 被告車の走行と,A車とB車との衝突事故との間に因果関係

H16.03.30 名古屋簡判 事件番号 平15(ハ)6510

  • 判決
    • 2 争点

      被告車の走行と,A車とB車との衝突事故との間に因果関係があるか。因果関係ありとすれば,被告の責任割合。

      第3 当裁判所の判断

      1 道路状況

      本件道路状況は,おおよそ別紙走行状況図(省略)のとおりであり,「e交差点」から「信号交差点」(別紙走行状況図に同表示)までは2車線であるが,「信号交差点」から「f交差点」までは3車線(左折専用1車線,直進専用2車線)となる。

      そして,道路上に表示されている白色破線により,「e交差点」から「信号交差点」まで,第1車線を走行していた車両は,直進第2車線へ,第2車線を走行していた車両は,直進第3車線へ進入するよう誘導されている。

      2 A車,被告車の走行状況など

      証拠及び弁論の全趣旨によれば,A車,被告車の走行状況,A車とB車との衝突状況は,おおよそ別紙走行状況図のとおりである。

      すなわち,A車は,第1車線を走行し,「信号交差点」を超えた辺りから,道路上白色破線表示により,直進第2車線へ入っていこうとしたところ,「信号交差点」辺りまで第2車線を走行していた被告車が,道路上に「バスを除く」表示のある辺りからウインカー合図を出さないまま,直進第2車線へ入ってきたため,A車に被さり,A車を左折第1車線に押し出すような形でその進行を妨げることになり,Aは,前方直近に左折しようとしていたB車を認識していたものの,そのまま進行を続けても,被告車とB車の間を通り抜けることができると判断し,折から「f交差点」の直進矢印信号が出ていたこともあって,加速を続けて進行したが,被告車に前方をふさがれて通り抜けることができず,左折のため減速したB車に追突した。

      A車と被告車とは接触していない。速度は双方とも時速50キロメートルほどであった。

      以上の認定事実は,おおよそAの陳述書(甲8号証)及びその証言によるものであり,その内容に大きく不自然な点は見あたらない。

      一方,被告は,被告車が直進第2車線へ移った際の走行状況につき,陳述書(乙2号証)及び供述において,「サイドミラーで約3秒確認したら,A車が,サイドミラーの大きさ半分ほどに写っていた」,「A車のナンバープレートも確認した」など,A車の確認状況を詳細に述べるが,

      被告車とA車との距離関係については,車線を移ったとき,30メートルであった」或いは「15ないし20メートルであった」或いは「5メートル以上」と一貫せず,被告は,車線を移る際,A車を確認したのか,その際の車間距離が安全なものであったのか,はなはだ疑問であり,A車を確認した上で安全に直進第2車線へ移った旨の被告の陳述書,供述は採用しない。

      3 因果関係

      本件においては,A車と被告車とは接触していない。したがって,A車とB車との衝突事故に関し,被告に過失責任を認めるためには,被告車の走行と,A車とB車との衝突事故との間に不法行為が成立するための要件としての因果関係の存在が必要である。

      そこで検討するに,本件において,被告車の走行状況と,A車とB車との衝突事故との間に,同因果関係の存在を認めるためには,被告車の走行によって,A車の走行が妨げられた結果,B車との衝突回避が不可能となるか,或いは,著しく困難な状況に
      なった場合と考えられるところ,

      被告車は「信号交差点」まで第2車線を走行し,道路上に「バスを除く」表示のある辺りから,ウィンカー合図を出さないまま,直進第2車線へ移っていこうとして,白色破線表示に従って第1車線から直進第2車線へ入っていこうとしていたA車に被さるような形となり,

      その結果,A車は,被告車に前方をふさがれて,直進第2車線に入ることができず,B車に追突したのであるから,被告車の走行によって,B車との衝突回避が著しく困難になったと考えられる。

      よって,被告車の走行と,A車とB車との衝突事故との間に不法行為が成立するための要件としての因果関係を認めることができる。

      4 被告の責任割合

      Aと被告との関係においては,仮に,双方車両が衝突していれば,被告の過失は明らかに大きく,双方の損害に関しての過失割合は,原告主張のとおりA3割,被告7割とするのが相当であるが,

      本件においては,A車と被告車とは接触しておらず,A車とB車との衝突事故に関しては,被告車の走行が一次的な要因を与えているものの,Aは,「e交差点」から「信号交差点」を越え,第1車線から直進第2車線に入っていこうとしていた辺りまで,常にその右側を先行走行していた被告車を認識し,加速を続け,B車と被告車の間を通り抜けようと進行した結果,前方注視が疎かとなったのであり,その過失は大きいものがある。

      以上の状況を総合すると,A車とB車との衝突事故に関する被告の責任割合は,保険代位額(合計76万9262円)の3割とするのが相当である。

      5 結論

      よって,原告の請求は,保険代位額(合計76万9262円)の3割である23万0778円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。

  • 中華航空エアバス式B1816機事故損害賠償請求事件

H15.12.26 名古屋地裁判 事件番号 平7(ワ)4179

  • 判決
    • 【被害者B53】(原告番号200・201)について

      ア 逸失利益

      (ア) 証拠(甲イ200・201の①-2,③-1・2,④-4-3~5)及び弁論の全趣旨によれば,被害者B53は,本件事故当時27歳の男性であり,平成5年に台湾における司法試験に合格し,平成6年5月から台湾の司法研修所に進む予定であり,同年4月23日に結婚して,一家の支柱として妻を扶養していたものであることが認められる。

      これによれば,被害者B53は,今後も67歳まで40年間にわたり,少なくとも,台湾の男子平均賃金である46万7373台湾元の収入を得られたであろうと認めるのが相当である。

      そこで,これを基礎収入とし,生活費控除率を40パーセントとして,逸失利益の額を算定すると,別紙「損害認定一覧表Ⅱ」逸失利益欄記載のとおり,481万1791台湾元となり,これを円に換算すると,1632万0632円となる。

      (イ) なお,原告らは,被害者B53は法律家資格を得ることが確実であり,また,Z75銀行に勤務し,月7万台湾元の給与及びボーナスを得る予定であったとして,台湾統計月報の法律・専門職・男性の平均賃金である92万6916台湾元を基礎とし,増収を加味した各年の基礎収入によるべきであると主張するが,

      台湾における司法試験に合格したことのみをもって,原告ら主張の平均賃金を得られたであろうと認めることはできず,また,Z75銀行での収入については,これを認めるに足りる証拠はなく,そのほか,上記(ア)の認定金額を超える収入を得られたであろう蓋然性を認めるに足りる証拠はないから,原告らの主張は採用できない。

      イ 慰謝料

      被害者B53は,前記アのとおり,一家の支柱として家族を支えていたと認められ,その慰謝料は1300万円をもって相当と認める。

  • 損害賠償請求事件

H15.12.25 和歌山地裁判 事件番号 平11(ワ)423

  • 判決
    • ヘ 原告A29

      証拠(甲ほ1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,原告A29(昭和47年6月22日生)は,平成10年7月25日午後6時30分ころ,自宅において,本件カレーを喫食し,その約15分後に吐き気,嘔吐,頭痛といった症状を来したことから,V病院を受診し点滴投与の治療を受けたが,症状が軽快しなかったため,同月27日から同月30日まで同病院に入院し,治療を受け,退院後も,同病院に通院して,血液検査及び尿検査を受け,同年9月4日の尿検査において,初めて,尿中の砒素濃度が正常値となったこと,同病院に対し,同年10月7日,入院治療費として,4万3916円を支払ったこと,

      勤務先(同病院)から,給与を支給されており,同年4月分給与として26万7343円,同年5月分給与として28万0691円,同年6月分として25万7701円を受領していること(いずれも社会保険料及び所得税を控除した額,受領額合計80万5735円),入院した4日間は勤務先を欠勤したことが認められる。

      以上によると,被告が本件カレーに亜砒酸を混入した不法行為により,原
      告A29に生じた損害は,以下のとおり,合計157万9332円である。よって,被告は,原告A29に対して,この金額である別表の原告A29に該当する「認容金額」欄記載の金員を支払わなければならない。

      (ア) 治療費   4万3916円

      (イ) 休業損害  3万5416円

      原告A29が,勤務先から給与として,平成10年4月分26万7343円,同年5月分28万0691円,同年6月分25万7701円(合計80万5735円)を受領していたところ,

      原告A29は,平成10年7月25日,本件カレーを喫食して,急性砒素中毒に罹患し,同月27日から同月30日までの4日間入院治療を受け,その間,勤務先を欠勤したことに照らすと,被告の本件不法行為により,原告A29に生じた休業損害は,3万5416円(=80万5735円÷91日《4,5,6月分の合計日数》×4日)とみるのが相当である。

      (ウ) 慰謝料 150万円

      原告A29は,本件カレーを喫食したことにより,4日間の入院加療を余
      儀なくされ,その後,少なくとも平成10年9月4日まで通院治療を受けざるを得なかったことなど諸般の事情に照らすと,被告の本件不法行為により,原告が受けた精神的苦痛は相当なものであったということができ,これを慰謝するに足りる慰謝料の額は,150万円とみるのが相当である。

H15.12.02 仙台高 判 事件番号 平20(受)

  • 判決
    • そこで検討すると,被告人車両の発進時の加速度及び衝突時点での速度,被害車両の走行速度等は,証拠上明確に特定できないものの,原審及び当審で取り調べた証拠によって推測することは可能であり,

      被告人車両の発進地点から衝突地点までの距離は約2.9メートルであるところ,

      被告人車両のような排気量1.5リットルクラスの普通乗用車が,急発進しないで発進後2.9メートル進むのに要する時間は,約1.72秒ないし2.72秒程度であると認められ,

      この所要時間から,被告人車両が発進をした時点での被害車両の衝突地点までの距離を推測すると,被害車両の速度が時速40キロメートルの場合は,約19.11メートルないし30.22メートルであり,時速30キロメートルの場合は,約14.33メートルないし22.66メートルであると認められる。

      ところで,所論は,被害車両の停止距離は,時速40キロメートルのときは約34.82メートルであり,時速30キロメートルのときは約23.74メートルであるから,

      上記衝突地点との距離からして,被害者が急制動を掛けても衝突は避けられなかったというのであるが,所論のその停止距離は,被害者が高齢者であることを理由に空走時間を2秒,路面が乾燥し,舗装状況が摩滅していたことを理由に路面の摩擦係数を0.5として算出しているのである。

      しかしながら,空走時間は,一般には,普通人で0.6ないし0.8秒,運動神経の鈍い人や酒,薬の影響下にある人で1.0秒以上とされていることから,

      単に73歳という高齢を理由に2秒という時間を設定するのは明らかに不当であり,また,摩擦係数を0.5としているのも,一般の例に比較して妥当性を欠くといえるのであって,

      所論のいう被害車両の停止距離は,合理的な根拠を欠くものといわざるを得ない。

      そこで,改めて,相当と考えられる数値として空走時間1.2秒,摩擦係数0.6を前提にした場合,被害車両の停止距離は,時速40キロメートルのとき約23.82メートル,時速30キロメートルのとき約15.89メートルと計算でき,

      上記衝突地点までの距離を考えると,被害者が被告人車両が発進したのを発見して直ちに急制動を掛けておれば,衝突を回避できたか,あるいは十分減速されていて,衝突しても死亡するに至らなかった可能性があることが否定できないのである。

      そうすると,本件衝突の発生あるいは少なくとも死亡という結果の発生については,被害者側の行動も寄与している可能性があることを否定できないといわねばならない。
       

  • 自動車の保管場所の確保等に関する法律11条2項2号,17条2項2号の罪の主観的要件

H15.11.21 最高(二小)事件番号 平15(あ)93

  • 判決
    • 自動車の保管場所の確保等に関する法律11条2項2号,17条2項2号は,専ら故意犯を処罰する趣旨であると解すべきである。

      そして,本罪の故意が成立するためには,行為者が,駐車開始時又はその後において,法定の制限時間を超えて駐車状態を続けることを,少なくとも未必的に認識することが必要であるというべきである。

      記録によれば,被告人は,妻から買物に行くのをやめたと言われた時点においては,本件自動車を道路上に駐車させたままであることを失念していた旨を一貫して供述しているところ,

      本件自動車が駐車されていた場所は自宅車庫前の路上であり,車庫のシャッターは開けられたままであったこと,被告人は日ごろは毎晩本件自動車を車庫に格納していたものと認められること等の本件における諸事情にかんがみれば,被告人の上記弁解を排斥して被告人に本罪の故意があったと認定するには,合理的な疑いがあるというべきである。

      そうすると,本件においては,公訴事実の証明が十分でないといわざるを得ず,本罪の成立を認めて被告人を罰金4万円に処した第1審判決及びこれを維持した原判決は,事実を誤認して法令の解釈適用を誤ったものであって,破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

H15.09.17 札幌地判 事件番号 平15(ワ)35

  • 判決
    • 2 争点

      (1) 保険金額

      (原告の主張)

      本件事故により,本件車両には,修理代金相当額である375万5708円の損害が発生した。

      (被告の主張)

      不知

      (2) 免責

      (被告の主張)

      本件免責条項において,保険契約者が酒酔い等により正常な運転ができない状態で被保険車両を運転していた場合に保険会社を免責させるとした趣旨は,このような違法性のある運転の場合に保険金を支払うことは公益に反し,また,信義則上も保険契約者を保護すべきではないからである。

      このような趣旨からすると,酒酔い運転をした者が保険契約者以外の者であっても,酒酔い運転をした者の行為が保険契約者の行為と同一のものと評価することができる場合には,本件免責条項に含まれる(免責の対象に含まれる)べきである。

      そして,原告は,本件契約の保険契約者であるところ,直接本件車両を運転してはいないが,Aと一緒に飲食し,同人が飲酒していることを承知の上で,本件車両を運転させ,しかも,原告も本件車両に同乗していたのであるから,いわば酒酔い運転の共同正犯的事案である。

      したがって,Aの運転行為は,保険契約者たる原告の行為と同一のものと評価することができるし,このような事案について保険金を支払うことは公益上も信義則上も認められるべきではないから,被告は免責条項により保険金の支払義務を負わない。

      (原告の主張)

      否認する。

      本件免責条項では,契約当事者以外には,保険契約者等の法定代理人,使用人,父母,配偶者,子が飲酒運転等を行った場合に保険会社が免責されると定められている。

      したがって,本件免責条項の文理上,それ以外の場合には免責対象とならないという合意がされているといえる。

      また,本件のような場合,保険会社は,実際に酒酔い運転を行ったAに対して求償(商法662条)することができるから,保険金の支払が信義則等に反することにもならない。

      なお,原告は,Aが2,3杯の酒を頼んでいたものの,その後は,ウーロン茶ばかり頼んでいると認識していた。また,本件車両に同乗した経緯も,Aから,車を貸してほしいと言われ,消極的に黙認して同乗したにすぎず,原告がAに積極的に働きかけて運転をさせたり,同乗したものではない。

      第3 当裁判所の判断

      1 争点(1)について

      証拠(甲2)によれば,本件事故により,本件車両には,修理代金相当額である375万5708円の損害が発生している事実が認められる。

      したがって,争点(1)に関する原告の主張は理由がある。

      2 争点(2)について

      (1) 被告は,

      1 本件免責条項において,保険契約者が酒酔い等の影響により正常な運転ができない状態で被保険車両を運転していた場合に保険会社を免責させるとした趣旨は,このような違法性のある運転の場合に保険金を支払うことは公益に反し,また,信義則上も保険契約者を保護すべきではないからであるという主張を前提とした上で,

      2 このような趣旨からすると,酒酔い運転をした者が保険契約者以外の者であっても,酒酔い運転をした者の行為が保険契約者の行為と同一のものと評価することができる場合には,本件免責条項に含まれる(免責の対象に含まれる)べきであると主張する。

      (2) しかしながら,被告の当該主張は,次の理由から採用できない。

      まず,公益や信義則の違反については,これらがいわゆる一般条項であることや安易にこれを認めると法的安定性を害することに照らすと,特定の事実関係や法律関係が公益に反する,あるいは信義則に反するというためには,当該事実関係や法律関係が軽微な違法性を帯びるというだけでは足りず,強度の違法性を帯びる必要があると解すべきである。

      そして,本件免責条項が,被告の主張する趣旨(このような場合に保険金を支払うことが,公益に反する,あるいは信義則に反する(すなわち,それほど強い違法性を帯びる))から設けられた規定であるという事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

      また,証拠(甲5)によれば,本件契約においては,本件免責条項とは別に,保険契約者等が故意により事故を発生させた場合の免責について規定した条項の存在が認められる。

      したがって,本件免責条項は,保険契約者等に故意がなかった場合(過失により事故が発生した場合)の免責を規定するものと解される。

      ところで,故意による事故の場合には,保険契約者等が結果の発生を表象・認容している点で,保険契約者等に対する非難可能性が相対的に高いと解されるから,これに保険金を支払うことは公益等に反すると解される可能性もある。

      他方,過失による事故の場合には,保険契約者等が結果の発生を表象・認容していない以上,保険契約者等に対する非難可能性も相対的に低いと解するのが相当であるから,

      この点からも,過失により事故が発生した場合について免責を定めた本件免責条項が,公益や信義則に反するといった強度の違法性に基づいて設けられた規定であると解することは困難といわざるを得ない。

      さらに,そもそも,車両保険において,運転者の違法な運転により事故が発生した場合がすべて免責の対象とされているわけではない。

      たとえば,信号無視,前方不注視,速度違反,一時停止義務違反など,運転者の違法な(過失による)運転行為によって事故が発生することは多々あるが,このような違法性のある運転がされた場合であっても,必ずしも免責の対象とはされていないのである。

      そして,信号無視などと酒酔い運転とで違法性に著しい差があるとは解されないから,運転者の違法な運転のうち,いかなる類型を免責の対象とし,あるいは,免責の対象としないかは,結局,当事者間の合意により定められたものと解するほかない。

      以上のとおり,本件免責条項は,公益あるいは信義則といった観点から定められたものではなく,当事者間の合意により免責の対象とされたにすぎないものと解されるところ,前記争いのない事実等記載のとおり,

      本件免責条項では,免責の対象となる酒酔い運転の主体が詳細に規定されているから,それ以外の者が酒酔い運転をした場合についてまで免責の対象を広げることは,当事者間の合理的な意思に反するというべきである。

      そして,本件車両の運転者であるAが本件免責条項で規定された免責の対象となる運転者に該当しないことは,争いのない事実等記載の本件免責条項の文言に照らし明らかである。

      (3) したがって,その余の点について判断するまでもなく,争点(2)に関する被告の主張は理由がない。

      4 まとめ

      よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

  • 複数の加害者の過失及び被害者の過失が競合する一つの交通事故においていわゆる絶対的過失割合を認定することができる場合における過失相殺の方法と加害者らの賠償責任

H15.07.11 最高(二小)判 事件番号 平14(オ)1689

  • 判決
    • 【要旨】複数の加害者の過失及び被害者の過失が競合する一つの交通事故において,その交通事故の原因となったすべての過失の割合(以下「絶対的過失割合」という。)を認定することができるときには,

      絶対的過失割合に基づく被害者の過失による過失相殺をした損害賠償額について,加害者らは連帯して共同不法行為に基づく賠償責任を負うものと解すべきである。

      これに反し,各加害者と被害者との関係ごとにその間の過失の割合に応じて相対的に過失相殺をすることは,被害者が共同不法行為者のいずれからも全額の損害賠償を受けられるとすることによって被害者保護を図ろうとする民法719条の趣旨に反することになる。

  • 自動車が本件建物に突っ込み本件建物が損傷した

H15.06.06 神戸地判 事件番号 平14(ワ)262

  • 判決
    • 第3 判断

      1 被告E運転の自動車が本件建物に突っ込み本件建物が損傷したこと,震災後及び本件交通事故後に被告C及び同Dが本件建物の屋根などを修理しなかったことは当事者間に争いがなく,原告B作成の陳述書(甲15)及び弁論の全趣旨によれば震災により屋根瓦が落ちて雨漏りが生じていたことが認められるところ,

      本件交通事故によりあるいは雨漏りなどにより本件建物内に保管されていた原告ら所有の骨董品がなにがしかの損傷あるいは価値の下落を招いたことは容易に推認できる。

      2 被告C及び同Dは,本件建物の修繕義務はなかった,あるいは修繕しなかったことに違法性はない旨主張する。

      (1) 賃貸借契約書(甲1)第6条の文言は「賃貸物件は現,有姿の儘とし店舗内造作改修なす場合費用一切乙の負担とし」とあり,それに続けて「明渡しの場合にも乙は甲に請求しないこと但し乙は次の賃借人に造作費を有償譲渡するも甲は異議ないものとする。」となっている。

      これらの文言を総合すれば,上記条項は,本件建物の有益費についてはその一切を賃借人が負担することが合意されているのであって,屋根の修繕費などの必要費の負担を賃貸人が免除されるわけではないと解するのが相当である。

      また,木造2階建ての建物の賃料月額7000円あるいは8000円が極めて低額であったとしても,そのことの故に賃貸人が賃貸物件を修繕しなくとも良いとまでは解せられない。

      (2) 賃貸借の目的物の全部が滅失した場合には,賃借人に目的物を使用収益させるという賃貸人の債務は履行不能となり,賃貸借契約は終了するが,滅失したといえるかどうかは,主要な部分が滅失して,全体としてその効用を喪失し,賃貸借の趣旨が達成されない程度に達したか否かによって決めるべきと解されるところ,

      証拠(甲8,乙2,原告B本人)によれば,平成11年8月17日,本件交通事故により,本件建物は1階正面出入口部分が全壊し,震災による屋根の損壊及び雨漏り等による内部構造の劣化等と相まって,本件建物は著しく損耗したことが認められるが,

      いまだ本件建物の主要な部分が滅失して,全体としてその効用を喪失し,賃貸借の趣旨が達成されない程度に滅失したとは認められないから,この点に関する被告の主張は理由がない。
       
      (3) 震災後は建築請負業者の手が足りないなどの事情により,容易に損壊建物の修復ができなかった状況であったことは公知の事実であるが,前掲甲15によれば,原告らは震災後に一度ビニールシートを張り,約1年後にも張り替えていることが認められるのであって,これらのビニールシートが破れる前ころであれば修理業者に依頼することは比較的容易であったと推認されるから,修理しなかったことに違法性はないとの被告C及び同Dの主張は採用できない。

      3 被害金額について

      本件交通事故あるいは屋根などが修理されなかったことにより本件建物内に保管されていた原告ら所有の骨董品がなにがしかの損傷あるいは価値の下落を招いたことは容易に推認できることは前述のとおりであるが,具体的に何がどの原因により損傷したのか,損傷前に比べどの程度の価値の下落があったのかは,これを認定あるいは推認するに足る証拠がない。

      (1) 証拠(甲5,7ないし11,15,17,乙3の1・2,原告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告Bは,平成12年1月16日,本件交通事故状況の確認のため,訴外日産火災海上保険株式会社の本件交通事故担当者及び株式会社廣健損害調査査定員とともに本件建物の内部を調査し,①③の品に何らかの損傷があることを発見し,これらを廃棄したことが認められる(ただし,別紙損害物品目録①9番の鍋及び159番のガラス陳列ケースについては,甲5に記載はない。

      また,①③の品につき上記保険会社社員らも自分らの眼で確認したのかは明確でない)。

      ②④の品の存在については,それが存在したことにつき確証がない点は残るが,本件事故により本件建物が全壊していないことからすれば,本件建物内に保管されていた全骨董品が本件事故により破損されたとまでは認められず,何らかの品物がその後の雨漏りなどによって損傷を受けたと推認される。

      (2) しかしながら,まず,原告らが主張する骨董品につき,震災前の価値が不明である。

      また,震災による破損の有無及び震災後の保存状態が不明である。

      原告らは,この点につき,高価な品物が数多くあったし,震災で破損したものは一つもない旨主張するが,これを裏付けるに足る証拠がない。

      亡F及び原告Bは古物商であるが,倉庫として使用されていた本件建物内にではなく,店舗に保管されていた帳簿類を含め,古物商であれば当然備えているべき仕入れ値その他が記載されている筈の帳簿類が一切証拠として提出されていない。

      それに,被告らも主張するとおり,10年以上も食べていけるだけの商品が,雨漏りのする建物に震災後何年間も放置されたままであるのもいかにも不自然であるから,それほど値打ちのある品物は本件建物内になかったと推認される。

      また,原告らは,古物商として店舗を構え繁盛していたとも供述するが,それを裏付ける所得証明などの提出もない。

      次に,骨董品は,一般的に,その保存状態により大きく価値が左右されるものであるが,震災による破損の有無及び本件事故前の保存状態が明らかでない。

      Z作成の評価額意見書(甲12,13)及び陳述書(甲16)は,同人が,自己の記憶に基づく一部のほかは,主として原告ら作成の目録に記載の商品名及びその説明だけを踏まえて作成したものにすぎず,①③品の現物を見ずに作成している上,損傷がないことを前提にしているものであるから,その意見をそのまま採用することはできないし,原告Bの評価には客観的裏付けがない。

      (3)以上のとおりであって,本件交通事故あるいは本件建物が修繕されなかったことにより,原告ら所有の骨董品が損傷し,原告らに何らかの損害が発生していることが認められるにもかかわらず,本件においては,具体的な損害額を明確に算定することはできないと言わざるを得ない。

      よって,民訴法248条を適用して,口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,当裁判所は,本件事故による損害額が15万円,修繕されなかったことによる損害額が15万円と認定する。

      4 被告Cと同Dは,共同して本件建物を賃貸しているのであるから,その修繕義務は不可分であり,その債務不履行によって生じた損害については連帯して支払う義務があるというべきである。

      しかしながら,被告Eの起こした交通事故による破損とそれについての損害賠償については,賃貸人らが連帯債務を負う法的根拠がなく,原告らの主張は採用できない。

      5 慰謝料請求についてであるが,財産的損害に対しその賠償が命じられたときは,精神的苦痛は通常それによって回復すると考えられ,さらに付加して賠償義務者らに慰謝料を支払うよう命ずるのは相当ではないから,原告らの請求は失当である。

      6 以上のとおりであるから,被告C及び同Dは合計15万円を原告らに(原告1人につき各7万5000円),被告Eは合計15万円を原告らに(原告1人につき各7万5000円),それぞれ遅延損害金を付加して支払うべき責任があり,原告らのその余の請求は理由がない。

H15.05.20 名古屋高判 事件番号 平14(ネ)891

  • 判決
    • 2 争 点

      (1) 本件事故態様(控訴人Aと被控訴人Bの過失割合)

      (控訴人らの主張)
      本件事故は,控訴人Aが控訴人車両を運転して第1車線を走行中,右側の方向指示器を点滅させ第2車線の安全を確認したうえで第2車線に進路変更しようとしたにもかかわらず,

      控訴人車両に後続して被控訴人車両を運転していた被控訴人Bがこれを無視しあるいは見落として強引に第1車線から第2車線に進路変更し,控訴人車両を無理に追い越そうとしたために発生したものであり,被控訴人Bの一方的な過失によるものである。

      仮に,控訴人Aに過失があるとしても,その程度は極めて軽微であるというべきである。

      (被控訴人らの主張)

      本件事故は,被控訴人Bが,被控訴人車両を運転して第2車線を走行中,被控訴人車両の左方やや前方の第1車線を走行していた控訴人車両が突然何らの合図もなく第2車線へ進路変更したために発生したものであり,控訴人Aの一方的な過失によるものである。

      (2) 本件事故によって控訴人会社の受けた損害

      (控訴人らの主張)

      控訴人会社は,本件事故によって次のとおりの損害を受けた。

      ア 控訴人車両の修理費用       47万1660円

      イ 弁護士費用             5万円

      (3) 本件事故によって被控訴人会社の受けた損害

      (被控訴人らの主張)

       被控訴人会社は,本件事故によって次のとおりの損害を受けた。

      ア 被控訴人車両の修理費用     128万4507円

      被控訴人車両は,本件事故当時,1か月当たり約30万2108円の純益を得ており,本件事故がなければ,平成17年ころまで稼働することにより,被控訴人会社は1812万6480円の純益を得ることができたはずであるのに,本件事故により250万円ほどの新車を購入して被控訴人車両の填補をせざるを得なかった。

      よって,少なくとも,128万4507円の修理費用は本件事故による損害と認められるべきである。

      イ 弁護士費用            12万円

      控訴人らの主張)

      被控訴人車両は,平成元年初度登録の車両であり,事故当時にお
      いては約11年が経過し,法定の償却期間も終了していたのであり,市場における交換価値があったとは認められない。

      被控訴人車両の次回の車検(平成12年9月16日)までの間(122日間)の使用価値を考慮するとしても,その金額は1日当たり1000円を超えることはない。

      また,被控訴人車両には,アルミボディが架装されていたが,
      その時価は5年経過のもので15万円とされており,11年が経過した被控訴人車両のアルミボディの時価額は3万円を超えることはない。

      本件は修理費用が時価額を超える経済的全損の事案であり,被控訴人車両の時価額は,本体価格12万2000円(1000円×122日)及びアルミボディの時価3万円を加えた15万2000円を超えることはない。

      第4 当裁判所の判断

      1 本件事故態様(控訴人Aと被控訴人Bの過失割合)について

      (1) 甲第1号証,第3ないし第5号証,乙第2ないし第4号証,第6,第7号証及び控訴人A,被控訴人Bの各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められ,これを左右する証拠はない。

      ア 本件事故現場は,概ね東西方向に通ずる2車線からなる一方通行路(以下「本件道路」という。)で,その東側にはY字型の交差点があり,同交差点を右折すると,本件道路は1車線となって国道23号線の東行車線に合流するようになっているため,同交差点から国道23号線との合流点手前にかけて第1車線には導流帯が設けられるとともに,第1車線路面上には第2車線への合流を指示する白色ペイントによる矢印が表示されている。

      また,本件事故現場の西側には交差点があり,同交差点から更に西側は片側各2車線の道路(名古屋環状線)となっている。

      同交差点の西詰では,第1車線は直進及び左折専用となっており,直進すると国道23号の下部を経由して本件道路に進入するようになっていて,また,第2車線は右折専用となっている(本件事故現場の概略は別紙図面のとおりである。)。

      イ 控訴人Aは,荷物を積載せずに車両重量9780キログラムの控訴人車両を運転し,名古屋環状線の東行第1車線から国道23号線に向かうために本件道路に進入してひとまず第1車線を走行し,右側の方向指示器を点滅させ,右側ドアに設置されたミラーで右後方を確認し,第1車線から第2車線へ進路変更を開始したところ,第2車線を走行してきた被控訴人車両の左前部付近に控訴人車両の右後部付近を衝突させ,本件事故を発生させた。

      ウ 一方,被控訴人Bは,本件事故当時,建築用製品約1トンを積載して車両重量2610キログラムの被控訴人車両を運転し,名古屋環状線の東行第1車線を走行していたが,国道23号線に向かうために本件道路に進入し,第1車線から第2車線に進路変更しながら走行した。

      このとき,被控訴人Bは,左前方を走行していた控訴人車両が第1車線から第2車線に進路変更しようとしているのに気付いたが,被控訴人車両に比べ控訴人車両の速度が遅かったことから,

      被控訴人車両と接触することなく通過できるものと考え,そのまま第2車線を走行し続けたが,控訴人車両が接近してきたため危険を感じ急制動の措置を講じたが,間に合わずに本件事故を発生させた。

      (2) 上記認定によれば,控訴人Aは,第1車線から第2車線に進路変更するに際し,第2車線走行中の車両の有無及びその動静に対する注視を怠った過失により,被控訴人車両が接近しているのに気付くのが遅れ,本件事故を発生させたものと認められる。

      一方,被控訴人Bは,本件道路は前方で1車線に減少するのであるから,進路左前方を走行していた被控訴人車両が第2車線に進路を変更してくることは十分予想されるのに,その動静に対する注視を怠った過失により本件事故を発生させたものと認められる。

      そして,本件事故直前の控訴人車両と被控訴人車両との位置関係,本件道路の形状等に照らせば,控訴人Aと被控訴人Bとの過失割合は,控訴人Aが6割,被控訴人Bが4割とするのが相当である。

      2 控訴人車両の修理費用について

      乙第5号証及び弁論の全趣旨によれば,控訴人会社は,本件事故によって控訴人車両の修理費用として47万1660円の損害を受けたものと認められる。

      3 被控訴人車両の修理費用について

      甲第2号証によれば,名古屋三菱ふそう自動車販売株式会社は,被控訴人車両の修理費用として128万4507円との見積りをしていることが認められる。

      しかし,乙第2号証によれば,控訴人会社が自動車保険契約を締結している保険会社のアジャスターが被控訴人車両の修理費用と
      して50万4640円との見積りをしていることが認められるから,これとの対比からすれば,上記128万4507円の見積額はにわかには正当とは認めがたい。

      のみならず,甲第3号証,乙第1号証及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人車両は,平成元年8月に初度登録がされた車両で,オートガイド自動車価格月報(いわゆる「レッドブック」)平成13年5・6月版には被控訴人車両と同車種またはこれに類似する車種の価格の記載はないことが認められるところ,

      現に被控訴人会社が被控訴人車両を使用して営業をしていたことに照らせば,被控訴人車両をただちに経済的に無価値であるとすることはできないとしても,本件事故当時の本件車両の交換価値は上記50万4640円をも相当程度下回るものと考えざるを得ない。

      この点,被控訴人らは,本件事故当時にも相当額の売上げを上げていたことを理由に,被控訴人車両は少なくとも128万507円の価値はあったと主張するが,

      被控訴人車両のような営業車は,運送業者等の営業用資産として利用されるのが一般的であり,中古車市場においては当然にそのような事情を前提に価格が形成されるものと認められるから,上記のような売上げを得る可能性があったとの一事をもって被控訴人車両の時価額がそのように高額であったと考えることは到底できない。

      そして,被控訴人車両に将来において相当期間使用できるという見込みないし期待があったにとどまらず,相応の経済的な価値があったとすれば,被控訴人において適宜の方法でそれを立証すべきであり,そのような的確な立証のない本件においては,控訴人らの自認する15万2000円をもって被控訴人車両の時価額と算定するのが相当である。

      そうすると,この額は上記修理費用見積額のいずれをも下回るから,この15万2000円の限度で被控訴人会社が本件事故によって受けた損害と認めるのが相当である。

      4 結 論

      以上によれば,本件事故によって受けた損害は,控訴人会社は47万1660円,被控訴人会社は15万2000円となるところ,本件事故につき,控訴人Aには6割,被控訴人Bには4割の過失があるから,過失相殺として上記各損害額からこれらの割合で控除すると,控訴人会社は18万8664円,被控訴人会社は9万1200円となる。

      本件の性質,審理の経過,認容額等に照らすと,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は控訴人会社は1万8000円,被控訴人会社は9000円とするのが相当であるから,結局,控訴人会社は被控訴人Bに対し20万6664円及びこれに対する本件事故の日である平成12年5月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の,被控訴人会社は控訴人Aに対し10万0200円及びこれに対する本件事故の日である平成12年5月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金をの各支払を求めることができる。

      よって,これとは一部異なる原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。

  • 健康保険法による傷病手当金

H15.03.24 名古屋地判 事件番号 平3(ワ)4280)

  • 判決
    • 健康保険法による健康保険給付は,被害者の過失を重視することなく,社会保障の一環として支払われるべきものであることに鑑みれば,過失相殺の負担は保険者等に帰せしめるのが妥当であるから,健康保険法による傷病手当金及び高額療養費の各給付は,過失相殺前にこれを損害から控除すべきである。

      他方,被告の内払金等その他の既払金は,損害賠償の一般法理により,過失相殺をした後にこれらの金員の控除をすべきものと解するのが相当である。 

H15.03.12 名古屋高判 事件番号 平14(ネ)873

  • 判決
    • 第3 当裁判所の判断
      1 請求原因(1)(当事者),(2)(本件車両の修理依頼と引渡し),及び(3)(本件盗難事故の発生)の各事実は,当事者間に争いがない。

      2 そこで,抗弁(1)(被控訴人代表者が自ら本件車両の窃取に関与していたか)について,判断する。

      前記当事者間に争いのない事実に,証拠(甲16,乙3,4,5の1・2,8,10,11,13の1,14,原審における控訴人代表者,同被控訴人代表者,調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

      (1) 本件車両は,被控訴人が平成12年3月ころ購入し,商品として自動車情報誌等に掲載する一方で,被控訴人代表者が自家用車代わりに日常使用することとした。

      (2) 本件車両には,純正キーとして,メインキーとスペアキーの2本しかなく,被控訴人代表者が本件車両を使用する際にはメインキーを使用し,純正スペアキーは被控訴人の事務所内にある従業員Bの机の引き出しに他の車両のキーと一緒に雑然と保管されていた。

      なお,本件車両には,盗難対策としてイモビライザーが設置されており,キーと車両のIDコードが一致しない限り始動しないようになっていた。

      (3) 本件車両のスペアキーは被控訴人事務所の上記机の引き出しに保管されていたが,上記スペアキーは,同年12月ころ上記保管場所からなくなっていた。

      (4) 平成13年2月6日,被控訴人代表者は控訴人に本件車両の修理を依頼し,本件車両を引き渡したが,その際,被控訴人代表者はメインキーを控訴人代表者に預けた。

      (5) 同月8日,控訴人は本件車両の修理を完成させ,控訴人代表者は同日午後3時ころ被控訴人代表者の携帯電話に連絡してその旨を伝えた後,本件車両を控訴人修理工場内から同工場横の駐車場に移動し,ドアをロックして同所に置いておいた。

      なお,本件車両のメインキーは修理工場内に保管した。

      (6) 同日の夜間に,上記駐車場から本件車両が何者かに盗まれた。

      (7) 本件盗難事故を受けて,保険会社の調査員が被控訴人事務所へ盗難事故の調査に出向くことになった際,被控訴人代表者は,従業員であったAやCに対し,「変に疑われても嫌だから,キーは(当初から)1本しかなかったと話を合わせてくれ。」と言って,調査員に対する口裏合せを頼んだ。

      (8) 同年3月24日,岐阜市内で本件交通事故が発生し,その事故車両が本件車両であることが判明した。

      本件交通事故の際に本件車両を運転していたDが所持していたキーは本件車両の純正のスペアキーであり,また本件車両のキーシリンダーには何らの損傷もなく純正スペアキー以外のキーが使用された形跡はなかった。

      3 前項認定の事実によれば,本件車両にはイモビライザーが装備されており,盗難後発見された本件車両には純正スペアキー以外のキーが使用された形跡はなかったのであるから,本件車両窃取のために,約2か月前に被控訴人事務所からなくなった純正スペアキーが使用されたものと認められる。

      この点につき,被控訴人は,被控訴人代表者は本件車両にイモビライザーが装備されていたことを知らなかったのであるから,控訴人の主張は前提を欠く旨主張する。

      しかしながら,弁論の全趣旨によれば,盗難防止装置としてのイモビライザーは,複製キーによったり,車両の電気配線を直結したりしても車両を始動することができず,車両の使用には純正キーを必要とすることが認められ,

      仮に被控訴人代表者が本件車両にイモビライザーが装備されていたことを知らないとしても,本件車両窃取の約2か月前に被控訴人事務所からなくなった純正スペアキーが使用されたとの上記認定を左右するものではない。被控訴人の同主張は採用できない。

      そして,本件車両は被控訴人代表者が使用していた間,あるいは被控訴人事務所周辺にあった間ではなく,たまたま修理のため控訴人の修理工場横の駐車場に置いてあったときに盗難に遭ったことに鑑みれば,第三者が被控訴人事務所から本件車両の純正スペアキーを盗み出し約2か月経過後本件車両を窃取したとは考えられず,本件車両盗難には被控訴人の代表者ないし従業員が関与していたと推認することができ,同推認を覆すに足りる証拠はない。

      しかも,控訴人代表者から修理が完成し修理工場横の駐車場に置いておく旨の連絡を受けたのは,被控訴人代表者であり,被控訴人代表者が他の被控訴人従業員にこれを伝えたことを窺わせる証拠は何もない(被控訴人は,その可能性を主張するが,控訴審の段階に至ってもその点の立証は何ら存在しない。)ことを考慮す
      ると,本件車両盗難に関与したのは被控訴人代表者である可能性が高いとみるべきである。

      4 そして,上記2認定の事実によれば,本件盗難事故後保険会社の調査員が被控訴人事務所に調査に来る前に,被控訴人代表者は,従業員であったAやCに対し,「変に疑われても嫌だから,キーは(当初から)1本しかなかったと話を合わせてくれ。」と言って,調査員に対する口裏合せを頼んだことを認めることができ,

      同口裏合わせの依頼は,事務所に従前存在した本件車両の純正スペアキーを使用して本件車両盗難が行われたことを隠しておきたかったからとみるのが自然であって,本件車両窃取に被控訴人代表者が関与したと認めるのが相当である。

      これに対し,被控訴人代表者は,原審における本人尋問において,「保険会社に疑われると保険金が下りにくくなるので」と,その動機を説明する。確かに,乙1・2の各1・2によれば,被控訴人に関して車両の保険事故が多発し保険会社から疑義を持たれている状況にあったことが認められ,余分な疑いは避けたかったとする被控訴人代表者の説明も,当時の状況には合致していると言えなくはない。

      しかし,疑いを招くような状況にある際に,その疑いを免れようとして事実を隠蔽したり偽りを述べたりすると,一般に保険会社の調査は表面的なものにとどまらず他の客観的な状況と対比するので,かえって上記隠蔽行為などの不審性が明らかとなり疑惑を著しく強めることになる。

      そして,そのことは,上記多発する事故により保険会社と折衝等をしていたとみられる被控訴人代表者にとっては自明のことであると考えられるから,被控訴人代表者の口裏合わせに関する上記説明は,不合理かつ不可解なものであるというべきである。

      5 したがって,抗弁(1)は理由があり,その余の点につき判断するまでもなく,被控訴人の本件請求は理由がなく,棄却すべきである。

      よって,これと一部異なる原判決のうち控訴人敗訴部分を取り消して被控訴人の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条2項,61条を適用して,主文のとおり判決する。

H15.01.28 仙台地判 事件番号 平14(わ)664

  • 判決
    • (証拠により認定した犯罪事実)

      被告人は,平成13年10月17日夜,普通乗用自動車を運転し,東北縦貫自動車道弘前線下り線を走行中,後方の出口から同下り線を出るため,転回して逆方向に走行することを企て,これにより同下り線を高速で走行してくる車両の運転手に自車との衝突を避けるため,急制動,急転把等の措置をとることを余儀なくさせて交通事故を惹起させ,同車両の運転手等に傷害を負わ
      せることになるかもしれないことを認識しながらこれを容認しつつ転回し,約29.5キロメートルの区間の下り線追越車線を時速約80キロメートルで走行し,2か所で,各1台の車に被告人運転車両との衝突を避けるため,急制動,急転把等の措置を講じるを余儀なくさせて,走行の自由を失わしめて中央分離帯ガ
      ードレールに衝突させ,計5名に加療6日ないし2週間の各傷害をそれぞれ負わせた(第1,第2),

      また,その際,呼気1リットルにつき0.25ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で,普通乗用自動車を運転した(第3)。

      なお,被告人は,公判廷において,転回した時点では,酒に酔って居眠り状態であったため傷害の故意はなかった旨供述する。

      しかし,関係各証拠(省略)によれば,被告人は,捜査段階では,通り過ぎてしまった出口に戻ろうとして逆走することを決意し,路肩が広くなった場所で,後続車がとぎれるのを待って転回し,この時点から傷害の未必的故意があった旨供述をしていたこと,転回場所を警察官に指示説明したこと,

      上記場所は,登坂車線の左側に非常駐車帯が設けられて道幅が広くなった箇所であったことが認められ,被告人の捜査段階の供述の信用性に疑問を生じさせる余地はない。

      他方,前記公判供述は,突然言い出したものである上,その変遷の理由や捜査段階の調書に署名押印した理由も曖昧であり,内容についても,無意識で転回したが転回が終わった瞬間に逆走に気付いたと述べるなど不自然不合理であって,信用することはできない。

      (量刑の理由)

      本件は,被告人が,酒気帯びの状態で,対向車の運転手らに傷害を負わせるかもしれないことを認識しながら,高速道路上で転回して逆走し,対向車2台に急制動等の回避措置をとること余儀なくさせ,ガードレールに衝突するなどして,計5名が傷害を負った事案である。

      被告人は,自宅から車に酒を積んで出発し,停車中に再三飲酒したのに運転を継続して高速道路を走行中,予定の出口を通り過ぎたものと思いこみ,同出口まで逆走することを企て,転回した上,追越車線上を約30キロメートルにわたって逆行したもので,交通ルールを無視した自殺行為ともいうべき危険な犯行である。

      被害者らは,いずれも時速約100キロメートルの速度で進行中,対向してくる被告人車両を発見し,間一髪のところで回避措置を講じたものの,中央分離帯のガードレールに衝突するなどして傷害を負い,多大な精神的衝撃を受けたもので,被害者らのとっさの機転がなければ,重大事故が発生した可能性も大きく,被告人に対する処罰感情が厳しいのも当然である。

      以上によれば,被告人の刑事責任は重大であり,実刑の選択も考慮されるべき事案である。

      しかしながら,被告人には,現在では本件事故について反省し,今後二度と飲酒運転しないことを約束するとともに,被害者らに謝罪していること,被告人が被害者らに対し,いずれも治療費や修理費等を支払ったこと,これとは別に,被害者のうち4名に対し,合計110万円を支払って示談が成立し,残り1名についても今後示談を成立させる旨約していること,

      被害者らの傷害の程度は,幸いにもそれぞれ加療2週間以内の比較的軽傷であったこと,前科は,40年以上前の業務上過失傷害罪等罰金前科2犯のみであること,現在67歳で,健康が優れない妻と二人暮らしであることなど酌むべき事情も認められる。

      以上の事情を総合して,今回に限り,主文の執行猶予付の刑とした。

  • 黄色点滅信号で交差点に進入した際,交差道路を暴走してきた車両と衝突し,業務上過失致死傷罪に問われた自動車運転者について,衝突の回避可能性に疑問があるとして無罪が言い渡された事例

H15.01.24 最高(二小)事件番号 平14(あ)183

  • 判決
    • 本件は,被告人車の左後側部にA車の前部が突っ込む形で衝突した事故であり,本件事故の発生については,A車の特異な走行状況に留意する必要がある。

      すなわち,1,2審判決の認定及び記録によると,Aは,酒気を帯び,指定最高速度である時速30キロメートルを大幅に超える時速約70キロメートルで,足元に落とした携帯電話を拾うため前方を注視せずに走行し,対面信号機が赤色灯火の点滅を表示しているにもかかわらず,そのまま交差点に進入してきたことが認められるのである。

      このようなA車の走行状況にかんがみると,被告人において,本件事故を回避することが可能であったか否かについては,慎重な検討が必要である。

      この点につき,1,2審判決は,仮に被告人車が本件交差点手前で時速10ないし15キロメートルに減速徐行して交差道路の安全を確認していれば,A車を直接確認することができ,制動の措置を講じてA車との衝突を回避することが可能であったと認定している。

      上記認定は,司法警察員作成の実況見分調書(第1審検第24号証)に依拠したものである。同実況見分調書は,被告人におけるA車の認識可能性及び事故回避可能性を明らかにするため本件事故現場で実施された実験結果を記録したものであるが,これによれば,

      ①被告人車が時速20キロメートルで走行していた場合については,衝突地点から被告人車が停止するのに必要な距離に相当する6.42メートル手前の地点においては,衝突地点から28.50メートルの地点にいるはずのA車を直接視認することはできなかったこと,

      ②被告人車が時速10キロメートルで走行していた場合については,同じく2.65メートル手前の地点において,衝突地点から22.30メートルの地点にいるはずのA車を直接視認することが可能であったこと,

      ③被告人車が時速15キロメートルで走行していた場合については,同じく4.40メートル手前の地点において,衝突地点から26.24メートルの地点にいるはずのA車を直接視認することが可能であったこと等が示されている。

      しかし,対面信号機が黄色灯火の点滅を表示している際,交差道路から,一時停止も徐行もせず,時速約70キロメートルという高速で進入して
      くる車両があり得るとは,通常想定し難いものというべきである。

      しかも,当時は夜間であったから,たとえ相手方車両を視認したとしても,その速度を一瞬のうちに把握するのは困難であったと考えられる。

      こうした諸点にかんがみると,被告人車がA車を視認可能な地点に達したとしても,被告人において,現実にA車の存在を確認した上,衝突の危険を察知するまでには,若干の時間を要すると考えられるのであって,急制動の措置を講ずるのが遅れる可能性があることは,否定し難い。

      そうすると,上記②あるいは③の場合のように,被告人が時速10ないし15キロメートルに減速して交差点内に進入していたとしても,上記の急制動の措置を講ずるまでの時間を考えると,被告人車が衝突地点の手前で停止することができ,衝突を回避することができたものと断定することは,困難であるといわざるを得ない。

      そして,他に特段の証拠がない本件においては,被告人車が本件交差点手前で時速10ないし15キロメートルに減速して交差道路の安全を確認していれば,A車との衝突を回避することが可能であったという事実については,合理的な疑いを容れる余地があるというべきである。

      以上のとおり,本件においては,公訴事実の証明が十分でないといわざるを得ず,業務上過失致死傷罪の成立を認めて被告人を罰金40万円に処した第1審判決及びこれを維持した原判決は,事実を誤認して法令の解釈適用を誤ったものとして,いずれも破棄を免れない。

  • 弁護士の報酬金

H14.12.26 東京地判 事件番号 平13(ワ)27336

  • 判決
    • 報酬金の相当額を算定するに当たって,本件各弁護士報酬規則が重要な勘案要素となることはいうまでもない。

      しかしながら,他方,前判示のとおり報酬金額を本件各弁護士報酬規則による標準額そのものとするとの合意はされていないのであるから,

      本件各弁護士報酬規則によって求められる標準額を第一次的指標としつつも,前判示の合意の内容となっている実勢価格,実回収額をも勘案し,

      さらには,事件の難易,訴額,前訴のために費やした労力の程度,委任者との従前からの職務上の関係,受任の経緯,事件の進行状況,事件終結時のてんまつ等諸般の事情も斟酌してこれを定めることが相当である(最高裁判所昭和37年2月1日第一小法廷判決・民集16巻2号157頁参照)。

      「原告らの報酬金に関する説明の過程についてみるに,原告Cが受任の際の本件第1文書送付時にXらに対して本件各弁護士報酬規則を参考とすることの意味や本件各弁護士報酬規則の内容及び効果について具体的に説明しなかったこと,

      報酬契約書も作成しなかったこと,本件第2文書作成時にもYら被告の職員に対して弁護士報酬規則に基づく報酬額について具体的に説明しなかったことは前判示のとおりであり,

      報酬金額を本件各弁護士報酬規則に基づき算定することは示しているものの,考え得る数値を示すなどして被告が具体的なイメージを持つことができるような形での説明を行っていない。

      証拠(乙第11号証)によれば,被告は従前何回か弁護士に委任した上での訴訟を経験していることが認められるけれども,被告の担当者らが弁護士報酬規則について詳しい知識を有していたと認めることはできないのであって,

      しかも,前訴はその訴額が極めて高額であり,それに対応して弁護士報酬も相当高額になることが予想されるのであるから,それだけ被告に対して慎重に対応することが要求されるものというべきであり,原告らの被告に対する説明が不十分であったことは否めない。 

H14.07.23 名古屋高判 事件番号 平13(ネ)1095

  • 判決
    • 第3 当裁判所の判断

      当裁判所も,控訴人の被控訴人らに対する民法709条,719条に基づく本件事故を理由とする本訴請求,控訴人の被控訴人Aに対する民法709条に基づく本件暴行を理由とする本訴請求及び被控訴人Aの控訴人に対する民法709条に基づく反訴請求は,いずれもその一部につき理由があるが,その余の各請求部分は理由がないと判断するものである。その理由は,次のとおりである。

      1 双方の過失について

      (1) 判断の前提となる事実は,次のとおり改めるほかは,原判決6頁21行目から9頁11行目までのとおりであるからこれを引用する。

      ア 原判決6頁21行目の「前記」を「ア 前記」と,22行目の「本人の供述」を「本人尋問の結果」と,23行目の「本人の各供述」を「各本人尋問の結果」と,7頁1行目の「(1)」を「(ア)」と,2行目の「幅員」を「車道幅員」と,

      13行目の「(2)」を「(イ)」と,20行目の「原告車は」から22行目の「車線変更をしてきたこと,」までを「控訴人車が第1車線(歩道側)から被控訴人車の直前で追い越し,第2車線へ車線変更したため,被せられたように感じたこと,」と,

      24行目の「追え」を「ぼえ(追えの方言)」と,25行目の「時速約80キロメートル程度」を「時速100キロメートル前後」と,

      8頁4行目の「原告車が突然急停止をしたので,」から6行目までを「控訴人車が停止し,これを予測していなかった被控訴人Bは,制動痕が付かない程度の急制動をかけて被控訴人車を控訴人車の手前で停止させようとしたが,停止できずに被控訴人車前部を控訴人車後部へ潜り込ませて追突したこと,」と,

      8行目の「被告車の追尾を受けたものであるが,」を「被控訴人車の追尾を受け,時速100キロメートル前後の高速度で走行したのであるが,」とそれぞれ改める。

      イ 原判決8頁15行目から9頁7行目までを削り,8行目の「以上の各事実が認められ,これらの認定に反する」を「イ 上記アの認定と異なる部分についての」と改める。

      (2) 控訴人は,被控訴人Aの指示により,被控訴人Bが故意に被控訴人車を控訴人車に追突させたものであると主張し,その根拠として,控訴人において,事故現場手前300ないし350メートルからブレーキを踏み,後続車の注意を喚起して停車したにもかかわらず,ノーブレーキの状態で回避措置もとらなかったことを援用する。

      しかし,控訴人においてその主張するようにブレーキを踏んで注意を喚起したことについては,これに沿う証拠は同人の供述のみで,客観的に裏付けるものがあるわけではなく,被控訴人Bらがこれを否定する供述をしていることに鑑み,控訴人の上記供述からその主張事実を認めることはできない。

      そして,上記のように時速100キロメートル前後の高速度で追従していた被控訴人車が故意に先行車に追突すれば,双方の車両の損傷が,本件事故で現実に生じたような軽微なもの(甲10,乙3によると,双方ともバンパーに大きな損傷を受けない程度である。)に留まらないはずであるし,

      控訴人車は車高が高いランドクルーザーであるから(甲3,10),車高の低い被控訴人車(甲6,乙3)が故意に追突することは追突車両の運転者の被害も小さくないことが予測できるところであり,被控訴人らが故意にそのような危険行為に出ることは通常考えられない。

      これらの点を総合勘案すれば,控訴人の上記主張は採用できない。

      (3) 他方,被控訴人らは,控訴人が控訴人車を急停止させたと主張し,これに沿う供述をするが,これを裏付ける客観的証拠はないし,上記認定(原判示を含む。)のとおり,時速100キロメートル前後の高速度で控訴人車の後方30ないし50メートルの位置を追従中,制動痕が付かない程度の急制動をかけて被控訴人車を停止させようとして追突したが,

      双方の車両の損傷は軽微であったという事故状況に照らすとき,被控訴人らの上記供述は採用できず,控訴人車が予想外に停止をしたことは認められるものの,急停止をしたとまでは認めるに足りない。

      (4) 以上の認定,判断を前提に検討する。

      ア 被控訴人Bには,先行する控訴人車に追従するときは追突を避けるため車間距離を保持すべき注意義務がある(道路交通法26条)のにこれを怠り,必要な車間距離を保っていなかった過
      失がある。

      イ 被控訴人Aは,自ら所有し,その子供である同Bの運転する被控訴人車に同乗し,同人に対して控訴人車の追尾を命じたものであるし,上記のような車間距離で追従するときは,追突する危険のあることを十分認識できたといえるから,

      被控訴人Bの危険な運転を制止すべき注意義務があったといえ,これを怠った過失があるといわざるをえない(なお,共謀して故意に追突させたとの控訴人の主張には,上記両名過失の共同による追突の主張を含むものと解される。)。

      ウ 控訴人には,上記のように,本件事故現場道路は駐停車禁止の規制がされていたのに控訴人車を停車させた過失がある(道路交通法44条)。

      控訴人は,本件事故現場は,被控訴人Aが警察官による実況見分
      時に指示した場所よりも約400メートル西へ寄った地点であると指摘するが(甲27,原審控訴人本人),

      同証拠のみでは,これを認めるに至らないし,双方が指摘する事故地点はいずれもほぼ同一直線上にあり,見通しや道路状況に変化がないと認められるから(甲28),事故地点についての主張の違いは上記認定を左右しないとも考えられる。

      なお,道路交通法44条では,「危険を防止するため一時停止する場合」については,駐停車禁止場所に停車することが認められているが,本件の如く追尾されていたとしても,減速して走行することや駐停車の可能な場所を探して停車することができない状態であったことは窺われず,本件が上記場合に当たるとは解せられない。

      2 過失割合について

      上記認定,判断を前提とすれば,本件事故については,控訴人と被控訴人B及び同Aの過失により生じたものである。

      上記の事故態様,特に被控訴人車が車間距離を保たず,控訴人車を追尾していたものであること,控訴人は高速運転中に駐停車禁止場所で停車したものであること,本件事故現場は交通量の多い片側2車線の道路であったことなどの事情を総合考慮すると,被控訴人ら側の過失割合は85%,控訴人のそれは15%とするのが相当である。

      3 本件暴行について
      証拠(甲8,19の,5,9,10,11,13,14,15,甲30,34,原審控訴人本人,原審被控訴人A本人)及び弁論の全趣旨によると,本件事故直後,控訴人が被控訴人車に近づき,被控訴人Bにむかって「バカヤロー」などと怒鳴り,同Bも控訴人に対し,「なぜ止まったか」などと怒鳴り返して口論になったところ,

      被控訴人Aが被控訴人車から下車し,腕で控訴人の頸部を巻込んで身体を揺するという「ヘッドロック」様の暴行を数回加えたので,同被控訴人の妻と被控訴人Bが同Aを制止した事実が認められる。

      被控訴人Bは,上記のとおり同Aの本件暴行を制止していたものであって,これをそそのかしたり,あるいは加担したりしたという事実は認めるに足りない。

      4 本件事故等による控訴人の受傷とそのための治療経過について

      (1) 既に判示の本件事故の状況に証拠(甲2の1ないし3,甲8,14ないし17,18の1ないし7,甲19の7,甲21,22,23の1ないし6,甲24ないし26,乙1,2,原審控訴人本人,原審調査嘱託)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実を認めることができる。

      ア 本件事故は追突であるが,追突した被控訴人車も停止しようと制動したが,停止しきれず追突に至ったもので,追突の衝撃は大きなものではなく,双方自動車の損傷も軽微である。

      イ 控訴人は,本件事故及び本件暴行の2日後である平成11年8月23日から二川病院で受診し,同月25日から腰部痛を訴え,同月27日に腰椎捻挫と診断され,平成13年1月31日までの間に110日間通院して治療を受けたものである。

      ウ 同病院の医師は,本件事故と腰椎捻挫との因果関係自体は肯定しているが,平成12年12月11日付の診断書で同年8月31日症状が固定し,右腰痛を残すとし,同日をもって症状固定と本人に話したが同意を得られなかったとしている。

      また,平成12年1月以後の治療内容は,その殆どが,湿布,消炎鎮痛処置及び投薬等の同じ治療の繰返しである。

      (2) 上記(1)に認定の事実等既に判示の事実を前提に検討する。

      ア 控訴人は,本件暴行によっても腰椎捻挫の傷害を受けたと主張する。

      しかし,本件暴行の態様は上記のようにヘッドロック様のものであって,これにより腰椎捻挫が生ずるとは通常考えられず,その間に相当因果関係があることを認めるに足りる的確な証拠もなく,これを認めるに至らない。

      イ 上記認定の本件事故の程度,治療内容及び医師の見解等に照らすと,本件事故により重篤な腰椎捻挫が生じたとは考えにくく,上記の通院治療のうち,本件事故と相当因果関係が認められる範囲は,事故発生から6か月後の平成12年2月24日の通院まで(実通院日数60日)とするのが相当である。

      5 控訴人の損害について

      その判断は,次のとおり改めるほかは,原判決10頁16行目から12頁12行目までのとおりであるからこれを引用する。

      (1) 原判決10頁16行目の「3」を「4」と,17行目の「別紙書証目録1」から18行目の「部分を除く。)」までを「証拠(甲3,6,17,18の1,甲30,33,原審控訴人本人)」とそれぞれ改め,

      20行目の「甲第8号証及び」を削り,25行目,11頁6行目,12頁8行目の各「上記認定の各事実と」の次に「上記証拠及び」を加え,原判決11頁2行目の「7か月」を「6か月」と,15行目と16行目の各「保障」をいずれも「賠償」とそれぞれ改める。

      (2) 原判決12頁2行目の「弁論の全趣旨によれば,」を「上記の」と,7行目の「原告の同損害」を「控訴人車の損害」,10行目の「修理費用等」を「修理見積額が9万4878円であること(甲3)」とそれぞれ改め,12行目の次に行を改めて次を加える。

      「(6) 本件暴行による慰謝料について

      上記のとおり,控訴人主張の本件暴行と腰椎捻挫との因果関係を
      認めることはできないから,同傷害を受けたことを前提とする控訴人の損害を認めることはできない。

      しかし,控訴人の損害の主張には,本件暴行自体により苦痛を受けたことの慰謝料の主張を含むものと解することができ,本件暴行の経緯,態様等既に判示の事実によれば,同慰謝料は5万円が相当である。」

      6 被控訴人Aの損害について

      その判断は,原判決12頁15行目から17行目までのとおりであるからこれを引用する〔ただし,15行目の「前掲の各証拠」を「証拠(甲31の1ないし3,乙1,原審被控訴人A本人」)と改める。〕。

      7 責任原因について

      (1) 被控訴人らの責任

      上記1に認定の事実によれば,本件事故については同2に判示のとおり,被控訴人らに過失を認めることができ,同人らは民法709,719条の共同不法行為責任に基づき,連帯して,本件事故により発生した控訴人の人的損害及び物的損害を賠償する責任がある。

      また,被控訴人Aによる本件暴行については,既に判示の事実によれば,同被控訴人の故意による不法行為責任を肯定でき,同被控訴人はこれにより控訴人に生じた損害の賠償責任があるが,同暴行につき被控訴人Bの共同不法行為責任を認めることはできない。

      (2) 控訴人の責任

      上記1に認定の事実によれば,同2に判示のとおり,控訴人に過失を認めることができ,民法709条により,本件事故により被控訴人Aが被った損害の賠償責任がある。

      8 賠償すべき賠償額について

      上記5で認定のとおり,本件事故により控訴人に生じた総損害は181万円であるところ,上記2に判示の割合(85対15)で過失相殺すると,被控訴人らが控訴人に対して賠償すべき損害金は153万8500円となる。

      また,本件暴行による被控訴人Aの控訴人に対して賠償すべき損害金は5万円である。

      そして,本件事故により被控訴人Aに生じた損害は40万8000円であるところ,上記割合で過失相殺すると,控訴人が被控訴人Aに対して賠償すべき損害金は6万1200円となる。

      9 弁護士費用

      (1) その判断は,次のとおり改めるほかは,原判決13頁20行
      目から14頁2行目のとおりであるからこれを引用する。

      原判決13頁21行目及び23行目の各「12万6000円」をいずれも「15万円」と,25行目と14頁2行目の「1万2000円」をいずれも「1万円」とそれぞれ改める。

      (2) なお,本件暴行についての弁護士費用については,その認容額及び本件事故についての弁護士費用を認めることを勘案すると,これを認める相当性を肯定できない。

      10 以上によれば,控訴人の本訴請求は,被控訴人らに対する民法709条,719条に基づく本件事故を理由とする請求につき168万8500円及びこれに対する事故日からの遅延損害金の連帯支払,

      被控訴人Aに対する民法709条に基づく本件暴行を理由とする請求につき5万円及びこれに対する暴行の日からの遅延損害金の支払を求める限度でいずれも理由があり,

      被控訴人Aの控訴人に対する民法709条に基づく反訴請求は7万1200円及びこれに対する事故日からの遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の本訴及び反訴各請求はいずれも理由がない(なお,被控訴人Aの自賠法3条の責任によっても,上記の損害の範囲を超えて認めることはできない。)。

      第4 結論

      よって,本件控訴は一部理由があるので,上記に従って原判決を変更し,第1,2審を通じた訴訟費用の負担割合を定め,仮執行宣言については,当審では申立てがないが,原審ではその申立てがあり,認容部分にこれが付されていたことに鑑み,職権でこれを付することとして(原判決認容の範囲では原判決の仮執行宣言が効力を有するが,これを含め,改めて主文に掲げる。),主文のとおり判決する。

H14.06.28 岡山地判 事件番号 平10(ワ)323

  • 判決
    • 1 争点(1)(原告Aの後遺障害の程度)について

      ア上記争いのない事実等に,証拠(甲8ないし12,18,43,44,56ないし59,61,90,乙1ないし105,原告本人B,同C,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

      (ア) 原告Aの臨床経過

      原告Aは,平成9年5月6日,本件事故により,川崎医科大学附属病院
      に入院したが,意識レベルは,グラスゴー・コーマ・スケールで7点であり,右片麻痺及び左動眼神経麻痺を伴っており,び慢性軸索損傷と診断された。

      原告Aは,入院後,過高熱を併発していたが,本件事故から約2週間後
      に,ようやく自発的な開眼がみられ,約5週間後に,簡単な命令に従えるようになったものの,失禁状態が続き,摂取障害があり,経口摂取も水分の摂取程度にとどまっていた。

      約6週間後に,リハビリテーションが開始されたが,この時点では,軽
      度ないし中等度の右痙性片麻痺のほか,知能の低下,理解力・注意持続力の低下,発動性の欠如及び衝動性性格等が認められた。

      その後,リハビリテーションにより諸機能が徐々に回復していったもの
      の,その程度は十分でなく,同年8月15日の退院時には,右不全片麻痺,右半身知覚障害,言語障害のほか,知能障害,理解力・注意持続力の低下,発動性の欠如,衝動性性格が残存した。

      原告Aは,退院後,リハビリテーションの目的で通院しながら,家庭生
      活への順応を図っていたところ,平成10年1月28日から,急に会話のつじつまが合わなくなり,多弁となり,興奮性が高まり,怒り易くなり,異常行動がみられ,不穏状態となり,粗暴化等の症状が出現したため,川崎医科大学附属病院に再び入院し,施薬加療により症状が軽減した結果,同年2月4日に退院した。

      (イ) 原告Aの現状

      a 神経学的身体障害
      原告Aは,軽度右不全片麻痺により,右手を使う微細な行動が拙劣で
      あり,歩行・走行・バランスを伴う行動では障害が残るなど,行動や動
      作は全体的に敏捷性を欠き緩慢である。

      また,原告Aは,右半身知覚障害により,とりわけ温度への順応障害がみられるほか,言語障害として,構音障害による不明瞭で緩慢な発語が認められ,輻輳障害として,注視運動,殊に近位凝視の障害がみられ,不定愁訴的症状として,頭痛,めまい,体調不良を訴えることが多い。

      b 高次脳機能及び精神的機能の各障害
      原告Aは,知能低下・記憶力の低下・近時記憶障害・見当識障害,判断力・認識力の低下,集中力・持続力の低下,環境認識力・環境変化への対応力の低下,ストレス負荷時の対応力の低下,易興奮性・易怒性・暴力的行動の増加等の人格変化,情緒不安定,被害妄想的言動,自発性の低下,自己中心的及び着衣失行等の状態がみられる。

      (ウ) 原告Aに対する検査結果
      a 高次脳機能検査
      平成12年6月22日及び同月26日に施行された高次脳機能検査では,まず,WAIS-Rにおいて,知能指数は79で,境界線ないし平均より下のレベルに相当し,簡単な作業は比較的良好な成績を修めることができるが,問題が複雑化するに従って成績は低下する傾向にある。

      また,ウエクスラー記憶テスト改訂版・WMS-Rにおいては,一般
      的記憶は著明に低下し,論理的記憶は全くできない状況にある。

      さらに,ミネソタ他面人格目録・MMPIにおいては,衝動統制の悪さ,不安・緊張感の高揚及び落ち着きの欠如,身体に対する懸念をもち,時として妄想や思考混乱の傾向,融通がきかないとか,社会的適応の悪さが認められる。

      b 脳機能検査
      平成10年2月3日の脳波検査において,基礎波のα波は徐波化し,間歇的に大きな徐波が混入するなど,全般的に徐波の混入が認められ,平成12年6月8日の脳波検査では,両側前頭葉に振幅の低下,連続性の低下,軽度の徐波傾向等の変化が特に過呼吸後にみられる。

      また,同月13日のMRスペクトロスコピーでは,両側の海馬領域において,Nアセチルアスパラテート(NAA)の低下がみられ,殊に右海馬領域では,正常値に比べて著明な低値が示された。

      c 脳画像診断学的検査

      (a) CT
      平成9年5月6日のCTでは,後頭蓋窩くも膜下腔と脳幹周囲脳槽の外傷性くも膜下出血が認められ,両側前頭葉内には小出血巣が複数存在していた。

      同月9日のCTでは,後頭蓋窩くも膜下腔と脳幹周囲脳槽の外傷性くも膜下出血は消退傾向にあったが,両側側脳室内にニボー形成がみられた。

      また,両側前頭葉内の小出血巣は複数存在したままであり,左後頭葉内に淡い小出血巣が認められた。

      同月16日のCTでは,後頭蓋窩くも膜下腔と脳幹周囲脳槽の外傷性くも膜下出血は更に消退傾向にあり,両側側脳室内のニボー形成も消失し,両側前頭葉内の小出血巣は低吸収域となり,左後頭葉内の淡い小出血巣も消失していた。

      同月26日のCTでは,外傷性くも膜下出血は消失したが,両側前頭葉内の低吸収域は残存していた。

      同月27日のCTでは,両側前頭葉内の低吸収域は減退傾向を示していたが,脳の側脳室や脳溝の拡大傾向がみられ,脳の萎縮傾向が認められた。

      同年8月6日のCTでは,脳の萎縮傾向は更に増強し,左前頭葉内の低吸収域が残存していた。

      平成10年8月6日のCTでは,側脳室や脳溝の拡大傾向が更に強まり,脳の萎縮傾向が一層進行しているのが認められた。

      (b) MRI
      平成9年5月12日のMRIでは,後頭蓋窩くも膜下腔と脳幹周囲脳槽の外傷性くも膜下出血が認められ,両側前頭葉内には小出血巣が複数存在していたほか,橋左側に小出血巣がみられた。

      同月30日のMRIでは,両側前頭葉内の小出血巣が複数残存し,橋左側の小出血巣も認められたほか,両側脳室間の出血巣と右後頭部の硬膜下血腫が出現していた。

      更に,側脳室や脳溝の拡大傾向がみられ,脳の萎縮傾向が認められた。

      同年6月30日のMRIでは,右後頭部の硬膜下血腫は縮小傾向にあったが,右前葉部に硬膜下血腫がみられたほか,脳の萎縮傾向は若干進行していた。両側前頭葉内と橋左側の小出血巣の所見は前回とほぼ同様であった。

      同年8月2日のMRIでは,右後頭部と右前葉部の硬膜下血腫はほぼ消失したが,脳の萎縮傾向は引き続き認められた。

      同年11月15日のMRIは,前回とほぼ同様の所見であった。

      平成12年6月13日のMRIでは,脳萎縮は大脳・脳幹・小脳を含み,その程度は脳深部組織に強いが,脳表も萎縮しており,脳全体にわたり年齢不相応な顕著な脳萎縮が認められた。

      イ 原告らは,原告Aの後遺障害は,自賠責保険に用いられる後遺障害等級表第3級に該当すると主張し,被告は,同等級表第5級に該当すると主張する。

      これについて,鑑定人Eは,原告Aの臨床経過,原告Aの神経学的身体障害並びに高次脳機能及び精神的機能の各障害の現状,原告Aに対する各検査結果等を総合的に評価した結果,原告Aの後遺障害は,自賠責保険に用いられる後遺障害等級表第3級に該当するとの鑑定意見を提出している(以下「E鑑定」という。)。

      ウ すなわち,E鑑定は,「急性期ないし亜急性期のCT及びMRIの各所見は,頭蓋内に広範に強度の外傷が加わったことをうかがわせることに加え,原告Aの臨床経過の所見は,受傷直後から長期にわたって意識障害が持続し,自律神経症状が発現したことを示している。

      また,原告Aに対する脳波検査によれば,前頭葉の機能低下がみられ,MRスペクトロスコピーでは,両側の海馬領域のNAAが低下していることが認められる上,亜急性期ないし慢性期のMRI所見によれば,脳萎縮は,大脳だけでなく,脳幹と小脳に及び,脳全体にわたっているが,とりわけ大脳前頭葉と大脳深部組織に顕著である。

      これらの事実を総合考慮すると,原告Aの頭部外傷は,いわゆるび慢性軸索損傷と診断される。

      このことは,原告Aの神経学的身体障害として,軽度右不全片麻痺,右半身知覚障害及び輻輳障害が認められることや,高次脳機能及び精神的機能の各障害として,知能低下・記憶力の低下・近時記憶障害・見当識障害,判断力・認識力の低下,集中力・持続力の低下,環境認識力・環境変化への対応力の低下,ストレス負荷時の対応力の低下,易興奮性・易怒性・暴力的行動の増加等の人格変化,情緒不安定,被害妄想的言動,自発性の低下,自己中心的及び着衣失行等の状態がみられることからも首肯できるものである。

      そして,原告Aの神経学的身体障害並びに高次脳機能及び精神的機能の各障害の現状が就学ないし就労に及ぼす影響を検討するに,神経学的身体障害については,日常生活に多大な影響を及ぼすには至っていないが,行動の程度と範囲を広げるには相当程度の制限を強いられるほか,

      高次脳機能及び精神的機能の各障害のうち,知能低下・記憶力の低下・近時記憶障害・見当識障害,判断力・認識力の低下,集中力・持続力の低下,自己中心的等の状態は,日常生活で多大な支障をきたすことは容易に想像でき,

      環境認識力・環境変化への対応力の低下,ストレス負荷時の対応力の低下,易興奮性・易怒性・暴力的行動の増加等の人格変化,情緒不安定,被害妄想的言動等の状態は,集団での行動や社会生活への適応等の面で問題があり,社会の中で独立した生活を営むことは困難と考えられるところ,

      特に人格変化につながる精神障害が重要であり,易興奮性・易怒性・暴力的行動の増加等の人格変化が家族や社会の負担になり,家族適応や社会適応を困難にするものと思われる。

      これらに加えて,原告Aについては,上記のとおり,脳萎縮の程度が年齢不相応に非常に高度であり,かつ,現在も脳萎縮の進行性が示唆されていることを併せ考えると,原告Aの現状は,今後回復の可能性は非常に少なく,更に進行する可能性が高いと危ぐされる。

      したがって,原告Aの後遺障害の程度を判断するに当たっては,現状と今後の症状の推移を含めた長期的展望によることが必要である。以上の諸事情を総合的に考慮すれば,原告Aの後遺障害は後遺障害等級表第3級に該当すると判断される。」というものである。

      この点について,被告は,① E鑑定は,原告Aの回復過程について何ら
      考察しておらず,かえって,OT報告書(乙31,34,112),原告本人Cに対する尋問結果,原告Aの祖父F作成の経過表(甲11),ビデオテープ(乙106,108)等に照らし,

      原告Aの症状の改善は明らかであるから,E鑑定は信用できない,むしろ,② 医師G作成の意見書(乙109,114,以下「G意見」という。)は,原告Aと同様の症例を比較した上,原告Aの後遺障害の程度を後遺障害等級表第5級と判定しており,これによるべきである,などと主張する。

      しかしながら,上記①の点については,被告が原告Aの回復過程として指摘するOT報告書は,それぞれ平成9年8月15日,平成10年1月20日及び同年6月20日に実施され,原告本人Cに対する尋問は,平成11年6月10日の本件第4回口頭弁論期日に実施され,F作成の経過表は,平成10年4月ころまでの原告Aの症状等が記載されたものである。

      他方,E鑑定人は,平成12年2月16日の本件第8回口頭弁論期日において,鑑定人として指定され,同年3月23日,宣誓書を提出した上,同年6月ころ,原告Aを診断し,各種検査を実施するなどして,同年8月25日,鑑定書を提出しており,

      上記各資料が収集された後に,改めて原告Aを実際に診断し,又は,原告Aに対する各種検査を施行し,これらを踏まえた上で,原告Aの後遺障害の程度を判断しているものであって,E鑑定が原告Aの回復過程を何ら考察していないとの指摘は当たらないというべきである。

      また,被告提出のビデオテープは,原告Aが単独で高等学校に通学している様子等がうかがわれるけれども,このことは,E鑑定が,原告Aの神経学的身体障害として,軽度右不全片麻痺,右半身知覚障害及び輻輳障害が認められるとすることと必ずしも矛盾するものではなく,

      また,証拠(甲68,70ないし2)を総合すると,高次脳機能障害は,事故等で脳に損傷を受けることにより,記憶障害や集中力の欠如等の症状を起こすものの,外見からは症状が分かりにくく,見た目では障害が分からない場合が多いことが認められ,

      これらの事実に照らして考えると,原告Aの登校時の様子等のみをもって,直ちにE鑑定の基礎となる原告Aの臨床経過,原告Aの神経学的身体障害並びに高次脳機能及び精神的機能の各障害の現状,原告Aに対する各検査結果等の前部又は一部を排斥することは困難であるといわなければならない。

      さらに,上記②の点については,G意見は,原告Aと同様の症例を比較しているが,G医師自身は,原告Aを実際に診断したわけではなく,上記同様の症例というのも,問題となっている後遺障害等級は相当程度異なっており,具体的事実に基づいて両者を逐一比較したわけでもないのであるから,これを安易に採用することはできないというべきである。

      したがって,被告の上記主張は採用できない。

      エ 以上の検討によれば,E鑑定の結果を排斥するに足りる程度の事実及び資料等も認められないから,これを採用するのが相当であり,以上の事実を前提に判断すべきものと思料するが,

      本件がいわゆる高次脳機能障害と疑われ,その後遺障害の認定を判断すべき事案に該当するものと思われるので,本件の特殊性にかんがみ,更に詳細にこの点について検討を加えることとする。

      すなわち,自賠法施行令2条別表第2によれば,後遺障害等級第3級第3号は,「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服することができないもの」をいい,同第5級第2号は,「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」をいうとされ,

      具体的な適用に当たっては,たとえば,四肢の麻痺,感覚異常,錐体外路症状及び失語・失認・失行等のいわゆる大脳巣症状,人格変化(感情鈍麻及び意欲減退等)若しくは記憶障害等の高度なもの,又は,麻痺の症状が軽度で身体的には能力が維持されていても,精神の障害のために常時付き添って指示を与えなければ,全く労務の遂行ができないような人格変化が認められた場合には,同第3級第3号に該当し,

      他方,神経系統の機能の障害による身体的能力の低下,又は精神機能の低下等のため,独力では一般平均人の4分の1程度の労働能力しか残されていない場合には,同第5級第2号に該当するものとされている。

      従来,脳機能障害については,後遺障害の認定のためには,基本的に,局在損傷と呼ばれる器質的脳損傷が残存すると認められることが必要であり,CTやMRIといった画像所見で脳の損傷箇所が特定でき,医学的な側面からも,脳の器質的損傷の結果として脳機能障害が発現することが十分に証明できるため,その認定にはそれほどの問題が生じなかったといえる。

      しかし,本件のように,必ずしも脳に明確な局在的損傷のあることが認め難いとしても,意識の回復過程ないしその後において事故後の被害者の認知能力や性格人格が事故前と比較して著しく変化し,通常の社会生活に適応できない障害を残す場合には,従来の後遺障害の認定では十分に対応できないという不都合を生じることもないではない。

      そこで,交通事故等によって脳に対する強い外力が加わり,その結果,画像で脳の萎縮や脳室の拡大が認められるなど,頭部外傷によることが明らかで,受傷後の意識障害が一定期間継続し,意識回復後の認知障害と人格変化が顕著であって,

      これらの原因が脳外傷以外の他の疾患からは説明できないような,脳外傷による高次脳機能障害の等級に当たっては,従来の認定基準に加えて,補足的に,たとえば,自宅周辺を一人で外出できるなど,日常の生活範囲は自宅に限定されておらず,

      また,声掛けや介助がなくても日常の動作を行うことができるが,記憶や注意力,新しいことを学習する能力,障害の自己認識,円滑な対人関係維持能力等に著しい障害があって,一般就労が全くできないか,あるいは困難なものについては,後遺障害等級第3級第3号に,

      他方,単純繰り返し作業等に限定すれば,一般就労も可能であるが,新しい作業を学習できなかったり,環境が変わると作業を維持できなくなるなどの問題があるため,一般人と比較して作業能力が著しく制限されており,就労の維持には職場の理解と援助を欠かすことができないものについては,同第5級第2号に該当するものと考えるのが相当である。

      本件においては,既に上記アで認定説示したとおり,原告Aは,受傷直後の意識レベルは,グラスゴー・コーマ・スケールで7点であったこと,本件事故から約2週間後に,ようやく自発的な開眼がみられたこと,び慢性軸索損傷と診断されたこと,様々な神経学的身体障害並びに高次脳機能及び精神的機能の各障害が残存すること,

      原告Aに対する脳波検査によれば,前頭葉の機能低下がみられ,MRスペクトロスコピーでは,両側の海馬領域のNAAが低下していることが認められる上,

      亜急性期ないし慢性期のMRI所見によれば,脳萎縮は,大脳だけでなく,脳幹と小脳に及び,脳全体にわたっているが,とりわけ大脳前頭葉と大脳深部組織に顕著であることなどが認められ,

      これらの事実を総合考慮すると,原告Aの症状は脳外傷による高次脳機能障害に当たるものというべきである。

      そして,証拠(甲8ないし12,18,43,44,56ないし59,61,90,乙1ないし105,鑑定の結果)によれば,原告Aは,本件事故から約2年が経過した後においても,自分が言った内容や行った動作をすぐに忘れたり,日時や場所が分からなくなったりすること,初めての物の使用方法等の理解力は極めて低いこと,

      単純な作業でも長時間の持続が困難で,複雑な行動や複数の行動の同時遂行は不可能であること,授業中に理由もなく急に外へ出たりするなど,環境の中における自己の存在を十分に認識できず,新しい環境の中に入った時や環境が変化した時にこれらに対応することができないこと,

      家庭や学校での日常生活でストレスが負荷されると,すぐに怒ったりすること,会話中に自分の考えと異なった展開になった時や,通常の会話中に,すぐに興奮し,怒り,これが発展して相手を殴ったり,壁を叩いたりすること,自分が物を忘れても,他人が盗んだり隠したりしたというように絶えず被害妄想的な発想を行うこと,

      思考・行動でストレスが負荷されると,それ以上は行おうとせず,消極的思考や態度をとること,自己中心的で,自己の主張以外のものを認めようとしないこと,高等学校在学中の学業能力について,一般の高校3年生の4分の1のレベルに達していないと評価されていたこと,以上の事実が認められる。

      これらの事実にかんがみると,原告Aは,少なくとも知的産業への就労はまず不可能であり,また,軽微な非知的産業への就労は全く不可能ではないけれども,記憶や注意力,新しいことを学習する能力,障害の自己認識,円滑な対人関係維持能力等に著しい障害があって,

      日常の学校生活や家庭生活ですら注意の目が離せない状況にあり,社会生活への不適応性や集団生活での監視の必要性等に照らし,終身にわたって継続的かつ安定して就労することは困難といわざるを得ない。

      これに加えて,脳萎縮の現状と今後の見通しを併せ考えると,原告Aについては,記憶や注意力,新しいことを学習する能力,障害の自己認識,円滑な対人関係維持能力等に著しい障害があって,一般就労が困難な部類に属するものと考えられる。

      したがって,原告Aの後遺障害は,後遺障害等級表第3級3号に該当するものと解するのが相当である。

  • 判決
    • 第3 争点に対する判断

      1 本件各事故による原告の受傷内容,後遺症の内容及びこれに対する各事故の因果関係の有無について

      (1)証拠(甲3の1・2,3の3の1ないし6,5の2の1・2,8の1・2,10ないし22,丙2,3の1ないし5,4の1ないし5,5の1・2,6,原告本人)によれば,次の各事実が認められる。

      ア 原告は,平成6年11月13日に発生した第1事故によって,頭部裂挫傷,外傷性頭頚部症候群,第6頚椎脱臼,右大腿骨内顆骨折,左腓骨骨折,右手挫創傷の傷害を受け,事故翌日から2日間青森県立中央病院に安静目的で入院した。初診当時の原告の主訴は,頚部,右手,右膝関節周辺の圧痛,自発痛であった。

      イ 原告は,さらにF病院に転院して,安静加療のために引き続き入院し,頭部の創の再縫合,右膝ギブス固定,頸椎カラー装着などを受け,以後,創処置,投薬,リハビリを行っていたが,引き続き頚部の運動制限,両手指の痺れ等が持続する旨訴えたため,同病院は,青森県立中央病院に手術の要否の判断を仰いだ。

      青森県立中央病院では,原告を診察した結果,自覚症状は弱く明らかな脊髄症所見も認めなかったが,X線写真上は第6頸椎の前方への亜脱臼が認められ,原告が将来国際A級ライセンスを取得してヨーロッパでの自動車レースヘ出場することを希望していることから,レースで再受傷した場合の脊髄損傷の危険を防止する趣旨で原告を手術適応と判断し,その旨回答した。

      ウ 原告は,平成7年2月21日に再度青森県立中央病院に入院し,同年3月1日に,頸椎の固定を目的とした第5,6,7頸椎前方固定術を受けた。

      同病院では,引き続き経過観察をするため,同月17日に原告をG病院に転院させた。原告は,同日時点における症状として,右上下肢の痺れ感,四肢の腱反射の軽度亢進があり,頚部の運動性が約2分の1に制限されているが四肢の運動制限はなく,吐き気,頭痛と視力障害を訴えていた。

      エ その後,原告が,前同様に自動車レースに参戦することを強く希望したことから,G病院は,さらに強固な頸椎固定の手術を受けさせるため,平成7年5月16日,原告を再度青森県立中央病院に入院させた。

      青森県立中央病院では,同月18日,原告に対し第5,6,7頸椎後方固定術を実施したが,この手術中,前回の頸椎固定術により頸椎の固定が得られていることが確認されたが,医師は,原告の希望に従い固定を補強する趣旨で後方固定術を行った。

      医師は,原告が手術の2日後から歩行を始めたこともあり,経過は良好で原告の頚部が神経学的には特に問題がないと判断したので,引き続き加療を得させるため,同月26日,原告をG病院に転院させた。

      オ この後,原告は,G病院に同年9月15日まで入院し,その間の同年7月15日にはカラーキーパーによる頚部の固定を終了して,ポリネックソフトによる簡易な頚部保護に切り替えた。この入院期間中,原告は,頻繁に外出や外泊を繰り返した。

      青森県立中央病院では,平成7年8月3日に原告の頚部についてCT検査を実施したところ,脱臼骨折による偏位は修復されており,脊柱管内には明らかな圧排像は観察されなかった。

      原告は,G病院を退院した後も,頭痛,頚部痛,めまい,吐き気を訴え,同病院に引き続き1か月に10回程度通院し,理学療法(マッサージ)と注射による薬剤投与を中心とする治療を継続したが,これらの治療は,注射後2,3日は自覚症状が軽減するという,自覚症状を一時的に緩和する効果を有していたにとどまっていた。

      平成8年1月27日におけるX線撮影の結果によると,側画像では第5及び第6の椎体固定術は良好な骨癒合が完成されており,第5ないし第7椎弓を鋼線で締結した固定も確りしていた。

      G病院の医師は,同月29日ころ,原告代理人による弁護士法23条の2に基づく照会に対する回答において,原告の当時の症状として上肢の痺れ感,頭痛,視力障害,頚部の疲労感,頚部の運動制限(1/2)があり,原告の第1事故による受傷の症状固定時期として,第5,第6頸椎椎体は塊椎を形成しつつありX線写真上はほぼ固定と思われるが,愁訴が未だあり時期は不詳である旨,それぞれ回答した。同病院においては,平成8年3月20日をもって,原告に対する治療を中止した。

      カ 原告は,平成8年3月23日,第2事故に遭遇し,頸椎捻挫,顔面・左肩・左手・右膝打撲との傷病名により,事故当日からG病院に受診した。原告の主訴は,嘔気及び頭痛であったが,同病院医師は,原告の頚部について,整形外科的には固定し,本人の愁訴は精神的な要素も大きいと思う旨の記載をカルテになしている。

      原告は,平成8年4月3日までは同病院に通院した後,頚部痛が悪化したとして,同月5日から入院治療を行った。同病院における同月9日の診察によれば,原告の頸椎部の可動域は各方向に制限されており,特に,前屈,回旋及び側届の可動域はいずれも10度ないし20度との診断がなされた。

      しかし同日付けのX線撮影の結果によると,頸椎の各椎体の配列は良く,椎間板の狭小化もなく,第5及び第6の椎体固定術は第2事故以前と変わりはなく,後方を固定している鋼線にも締結の緩みや破断は見られなかった。原告は,さらに同月11日,青森県立中央病院でCT検査を受けるとともに,同月19日にも同病院でX線写真撮影を受けたが,その結果は,第7頸椎がやや後方へ突出しているが,管の狭窄はそれほど強くなく,第5頸椎ないし第7頸椎は前方,後方ともに骨癒合は良好で,神経学的に問題はない状態との診断を受けた。

      原告は,以後,同年9月5日までG病院に入院していたが,上記期間中の治療内容は,投薬や電気療法,マッサージなどに終始し,第2事故前に同病院で受けていた治療と大差はなく,第2事故とは無関係と見られる左下腿の火傷の治療も含まれており,同年4月中旬以降は外泊の数が増し,その期間も長くなるなどしている。

      原告は,その後,平成9年2月14日まで通院して治療を受けたが,治療内容は前同様であった。原告は,この間,右顔面,右半身の痺れや頭痛,吐き気,手指の運動障害等を訴えたが,これら症状も同期間中はほとんど改善されることはなかった。

      キ 原告は,平成9年2月15日に高所から転落したことにより((以下「転落事故」という。),右足関節脱臼骨折,右肋骨骨折,腰部打撲の傷害を負って,同日青森県立中央病院に入院し,鋼線牽引や右脛骨骨接合術等の治療を受けた。

      その後,原告は,同年4月1日,G病院に転院し,同年6月28日まで入院し,同月29日以降は通院して治療を受けた。この間の主訴は,頚部痛,僧帽筋痛,右手指の痺れ,脱力の愁訴が続き,消炎鎮痛剤の投薬及び理学療法,局所のトリガーポイント注射の治療を行った。

      その後,平成11年2月ころには,右頭頂部痛,右顔面の痺れ,頚部の緊張感,右手指の振せんと痺れ,右足部の痺れ,足関節痛などを愁訴としていた。その後,平成12年2月1日,治療中止となった。原告は,本件における本人尋問においても,頚部,右手及び右足の痺れ等の症状が継続していると訴えている。

      (2) 第1事故による後遺症の程度内容と症状固定時期(争点(1))について

      証拠(丙5の1・2,6)によれば,原告の治療に当たった青森県立中央病院及びG病院の医師は,原告の第1事故における傷害は,いずれも症状固定したと判断していることが認められる。

      そして,前記認定事実によれば,第1事故によって原告が受けた傷害のうち,第6頸椎脱臼以外のものは,原告が平成7年2月17日にG病院に転院した時点で四肢の運動制限はないと診断されたことなどからすると,そのころ治癒したものと認めることができる。

      また,第6頸椎脱臼についても,同事故等に起因する頸椎の不安定性を除去する目的で平成7年5月までに2度の頸椎固定術を受けた結果,遅くとも平成8年1月27日までには頸椎の骨癒合が完成しており,神経学的にも問題がない状態となっていたこと,同時点以降の原告の主訴は,概ね頚部の可動域制限や右半身の痺れ感,頚部痛といった愁訴に終始しており,

      これに対する画像診断ないしは理学的な他覚的知見も見出すことができないし,前記(1)カに記載のG病院の診断結果や証拠(丙2)における医師の意見にも照らし,さらに原告がこの当時経済的に窮迫しており家族内の葛藤も抱えていたことなども考えると,同症状が心因に起因するものとの疑いを払拭しがたいこと,

      原告が平成7年9月16日以降G病院に通院して受けた治療は,リハビリテーション及び原告の愁訴の自覚症状の軽減を目的とする内容のものであり,その効果も一進一退の状態にあったことが認められる。

      これらの事実によれば,第1事故により原告が受けた傷害は,被告Aが主張するように,遅くともG病院が原告の治療を中止した平成8年3月20日の時点において,治癒ないしは症状固定となっていたものということができる。

      そして,上記症状固定時における原告の前記症状は,前記のとおりもっぱら心因的・気質的な要因に基づき生じていたものと判断すべきであるから,上記各症状を本件事故における後遺症ということはできない。これに反し,原告は症状固定の時期を平成9年6月28日とするが,上述したところにより,同主張は採用することができない。

      (3) 第2事故の際の原告の受傷の程度及び右受傷と第1事故,第2事故との因果関係(争点(2))について

      原告は,第2事故による被害状況について,被害車両が急ブレーキをかけた際に,助手席シートの背もたれ上部に顔面,口から顎にかけて強打し,その反動により左側ドアに頭,左肩,左手等をさらに強打した結果,頸椎捻挫,顔面,左肩,左手,右膝打撲,上の歯(7番・6番)義歯紛失・欠損,下の歯(3番)前装冠脱離,下の歯(5番)歯根破折の各傷害を負ったと主張し,これにそう供述をしている。

      しかしながら,上記申告内容はにわかには信用しがたいものであって,証拠(丙1の1)によれば,第2事故の態様は前記争いのない事実に記載のとおりであるところ,事故発生時の被害車両の速度は時速15キロメート
      ルくらいであり,車両同士の直接の衝突はなく,急ブレーキによる影響も,速度が遅かったために運転手の上体が前のめりになることもない程度のものであったので,原告の身体に対して,同事故の際,重大な物理的衝撃が加わったとは考えがたいこと,

      原告は,第2事故に遭遇した直後,被害車両の運転手に対して首の痛みを訴えたが,同運転手が病院に行くよう勧めたにもかかわらず,当初の目的地であった焼鳥屋に人を待たせていることを理由にこれに応じなかったことが各認められるほか,前記認定のとおり,原告の同事故後の症状内容が第1事故の治癒当時のものとほぼ同様の愁訴に終始していたことや,

      第2事故直後のX線写真撮影の結果も事故による頸椎の損傷を窺わせるものではなかったこと,同事故後の治療の経緯なども併せ考慮すると,同事故による原告の受傷は,軽度の頚部損傷等に止まるものと考えられるのであって,原告が主張するような長期間の入通院を要するものであったとは認められない。

      証拠(丙2)によれば,上記頚部損傷が最も重篤なものであったと仮定しても,頸椎の周辺軟部組織に損傷が生じたに止まるものであって,その治療期間は,入院していればたかだか2ないし3週間程度であると認められるが,

      これらに加えて前記のような治療経過も併せて考えると,第2事故による原告の受傷のための相当な治療期間は,同事故当日から平成8年4月10日までの入通院期間であり,原告の受傷は,同期間の経過をもって治癒したものとするのが相当である。

      なお,原告は,第2事故に際して,第1事故により身体能力の減衰により身を守る動作をとることができなかったと主張して,第2事故により原告に生じた損害の一部には被告Aの寄与度が認められるべき旨主張するが,

      第1事故による原告の受傷が第2事故発生前に治癒していたと認めるべきことは争点(1)に関して説示したとおりであり,原告の主張はその前提を欠くから採用できない。

      (4) 自殺未遂の事実の有無及びこれによる原告の受傷と第1事故・第2事故との因果関係等(争点(3))について

      原告は,平成9年2月15日の転落事故について,第1及び第2事故による経済的窮迫や家庭内の不和等から鬱状態となり,これが原因でパニック状態に陥って飛び降り自殺を図り,右足関節脱臼骨折等の傷害を負って入院したと主張し,これにそう供述をするほか,証拠(甲11及び12)によれば,同事故後の原告の主治医に対する申告もこれにそうものが見られる。

      しかしながら,他方では,証拠(甲11及び21)によれば,原告は,転落して受傷した後飲酒の影響からそのまま入眠し,歩行者に発見されて救急車で搬送され,泥酔状態で入院となったが,事故の詳細は不明であった事実が認められるところ,

      証拠(被告A申立の調査嘱託,原告本人)によれば,原告は,K保険相互会社及びL火災海上保険株式会社から,上記転落受傷が事故であることを原因として平成9年中に傷害保険金の請求手続をして支払を受けており,

      特に,L火災海上保険株式会杜に対しては,同年5月17日に,原告が自ら事故の原因及び状況を自分の不注意により雪かき中に転落したと説明する傷害事故状況報告書を作成提出しており,この点に関する原告本人の説明も不明朗なものがあると認められる。

      これらの事実からすると,転落事故が原告の不注意により招致されたものであるとの疑いも払拭することはできず,原告の主張にそう上記各証拠はにわかに採用し難いというべきであり,結局,原告主張の自殺未遂の事実を認めるに足りる証拠はなく上記主張は,その前提を欠くということになる。したがって,争点(3)に関する原告の主張は理由がない。

      2 損害額(争点(4))について

      (1) 第1事故による損害

      争点(1)について説示したところによれば,第1事故による原告の受傷のための治療期間は,平成6年11月13日から平成7年9月15日までの入院306目及び同月16日から平成8年3月20日までの通院186日であり,このほかに,第1事故における過失割合,既填補額等を考慮すると,本件請求において被告Aが賠償すべき損害額は,次のとおり合計728万3981円であると認められる。

      ア 入院雑費

      入院雑費は,1日当たり1300円として,入院期間が306日間であるから,39万7800円となる。

      1,300×306=397,800

      イ 入通院慰謝料

      上記入通院期間のほか,実通院日数,傷害の程度,治療内容等を考慮すると,入通院慰謝料としては291万円が相当である。

      ウ 休業損害

      (ア) 原告は,第1事故当時喫茶店2店の経営により100万円を下らない月収を得ていたとして,前記入通院期間に相当する16.5か月分の月収を休業損害と主張するほか,1か月当たり33万円の店舗の賃料16か月分の支出を余儀なくされたと主張する。

      しかしながら,証拠(甲4の1・2,乙1,証人J,原告本人)によれば,原告が平成5年度の確定申告につき所得額を1211万3620円と申告したことは認められるが,他方で前記各証拠によれば,同申告を裏付ける伝票や賃金台帳,仕入台帳,領収書等の客観的資料はないと認められること,

      また,原告は平成4年度の確定申告は行っておらず,前記確定申告にしても,損害保険関係の調査員が第1事故に関する損害調査のために原告と最初に面談した平成7年10月16日から程なく行われたもので,作為的な面が窺われることなどからすると,上記確定申告の内容はにわかには信用することができない。

      また,原告は,その本人尋問において,事故前の経営形態や収入状況,本件の負傷により前記のような多額の減収を来した理由についてさまざまに説明するが,前記のような原告の事故後の症状内容の程度等に照らしても合理的なものとは考えられず,前記のような申告の経過や裏付け資料の欠如に関しても曖昧な説明に終始するものであって,前同様信用することができない。

      そして,他に原告主張のような減収や固定費の支出を認めるに足りる証拠はないので,第1事故当時の原告の年収については,原告が事故当時39歳であり大卒の学歴があることを考慮し,賃金センサス平成6年度第1巻第1表男子労働者の新大卒・産業計・企業規模計に基づき679万5600円とするのが相当である。

      (イ) 第1事故による入通院の状況にかんがみれば,306日の入院期問については収入の全額を,その後の186日間の通院期間については,通院等による減収割合を5割と認めて算定した金額を,それぞれ休業損害と認めるのが相当であり,以上によれば,第1事故による原告の休業損害は742万8614円となる(円未満切り捨て。以下同じ。)。
              6,795,600×306÷365+6,795,600×1/2×186÷365=7,428,614

      エ 補填額

      被告Aが原告に対し本件事故についての損害賠償として支払った額は,200万5150円である(争いがない。)。

      オ 上記アないしウの合計1073万6414円に対して第1事故における被告Aの過失割合である8割を乗じた858万9131円からエの既填補額を控除すると,658万3981円となる。

      カ 弁護士費用
      本件事案の性質,審理の経過,認容額等諸般の事情に照らすと,本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は70万円と認めるのが相当である。

      (2) 第2事故による損害

      争点(2)について説示したところによれば,第2事故による原告の受傷のための相当な治療期間は,同事故当日から平成8年4月4日までの通院13日及び同月5日から平成8年4月10日までの入院6日であるから,被告B及び被告Dが連帯して賠償すべき損害は,次のとおり合計92万9343円であると認められる。

      ア 治療費

      証拠(甲6の2の1ないし3)によれば,原告が第2事故の治療のためにG病院に人通院することにより要した治療費としては,入院1日当たり2万円及び通院1日当たり5300円が相当と認められる。

      したがって,上記入通院期間に応じた治療費相当額は,これらの額によって算出した金額のほか,この間に青森県立中央病院の外来を受診するために要した治療費2480円(甲6の1の1)を加えた,合計19万1380円と認められる。
            20,000×6+5,300×13+2,480=191,380

      イ 入院雑費入院雑費は,1日当たり1300円として,入院期間が6日間であるから,7800円となる。

            1,300×6=7,800

      ウ 通院交通費等

      前記入通院期間に原告が通院等(G病院入院中に青森県立中央病院の外来で受診するための往復も含む。)に要した費用は,甲第7号証の1によれば,合計1万9040円であると認められる。

      エ 入通院慰謝料

      上記入通院期間のほか,実通院日数,負傷の程度,治療内容等を考慮すると,入通院慰謝料としては20万円が相当である。

      オ 休業損害

      第2事故により原告が休業を余儀なくされたと認められる期間としては,上記の入通院期間の19日間が相当である。

      そして,第2事故当時の原告の収入を認定すべき確たる資料がないことは上記(1)で説示したとおりであるから,第2事故当時の原告(当時40歳)の年収を賃金センサス平成8年度第1巻第1表男子労働者新大卒・産業計・企業規模計に基づき789万7900円として,第2事故による受傷のために必要な上記入通院期間については収入の全額を休業損害と認めるのが相当である。したがって,原告の休業損害は,41万1123円となる。

       7,897,900×19÷365=411,123

H14.05.09 岡山地判 事件番号 平9(ワ)1092

  • 判決
    • 第三争点に対する判断

      一争点1 第1衝突が生じた地点はセンターラインのどちら側か。

      甲第1及び第2号証の各1ないし4,第3号証の1及び2,第10号証の1ないし6,第12号証の1ないし5,第16ないし18号証,第19号証の1ないし7,第20号証,第21号証,第24号証,第25号証,第28号証,第30号証,第31号証,第37号証,第47ないし49号証,第54号証の1及び2,第55号証の1ないし3,乙第1ないし第4号証,第10号証,第13号証の1及び2,第14号証,第15号証の1,2,第16ないし20号証,第22号証,丙第1号証の1ないし4,証人Kの証言,同A代表者,甲・丙事件被告G,甲・丙事件被告・乙事件原告B代表者各本人尋問の結果,調査嘱託の結果,鑑定人Lの鑑定の結果(以下「L鑑定」という。)及び弁論の全
      趣旨によれば,以下の事実を認定することができる。

      1(一) 第1衝突の現場は,G車の進行方向である下り車線からは左カーブの上り坂を上り終えて坂の頂上をわずかに過ぎた辺りになり,H車の進行方向である上り車線からは上り坂の左カーブを曲がったところで坂の頂上のわずかに手前となる。

      本件事故当時,G車は,走行車線を時速約80キロメートルで登坂車線の車両を追い抜きながら西進しており,H車は,荷台にチップを積載して登坂車線を時速約50キロメートルで東進していた。

      Gは,下り車線前方の登坂車線を走行中のトラックが,登坂車線がなくなるのに伴い方向指示器も出さずに進路変更して走行車線を走行中のG車の直前に割り込んできたので,追突の危険を感じ急ブレーキをかけている最中に第1衝突が起きた。

      Gは,第1衝突後割り込み車両に対して立腹して追跡したが下り坂となり相手がスピードを上げたので追いつけなかった。

      Gは,急ブレーキでなくポンピングブレーキをかけた旨供述するが,割り込み車両との距離が近く追突の危険を強く感じていて第1衝突直前のH車の存在にも気づいておらず,

      第1衝突後ドーンという大きな音がして車体が大きく左に振られたのに停車せず,立腹して割り込み車両を追いかけたGの行動に照らすと,Gにはポンピングブレーキをかける余裕はなくかかる供述は採用できない。

      (二) 第1衝突では,H車の右前角部とG車の右側面後部がすれ違いざまに衝突してドーンという大きな音をたて,H車は,G車の荷台後部右扉と扉が固定された枠の柱を引きちぎり,第1衝突後G車の荷台後部右扉を引っかけたまま対向車線の登坂車線にまで進入して登坂車線を走行中のI車の右側面後輪付近にH車の右前角部が衝突して第2衝突を起こした。

      H車は,第2衝突後,さらに東進して右前角部が対向車線の路外にあるコンクリート製電柱と衝突して(以下「電柱衝突」という。)電柱上部が折れて倒れ,電柱付近にG車の引きちぎられた荷台後部右扉を落下させた。

      H車は,電柱衝突後進行方向を変え,東行車線に戻って左前部をガードレールに衝突させてガードレールを外に押し倒して損壊し(以下「ガードレール衝突」という。),

      さらに進行方向を変えて対向車線に再び進入して右前部を対向車線の路外にあるガードレールと衝突させてガードレールを外に押し出しガードレールに乗り上げて停止(以下「停止場所」という。)した。

      このように,H車が第1衝突後東行車線と西行車線を行ったり来たりしたのは,本件事故現場がちょうどS字状にカーブしていてH車の進行方向が少し変わるだけで容易にセンターラインを超えて反対車線に進入する構造となっているためである。

      G車は,第1衝突時に車体後部を大きく左に振られ,Gは左後輪が登坂車線の縁石に当たったかと思った。

      (三) 本件事故当時の天候は断続的に雨が降っていて路面は濡れていた。

      第1衝突の現場近くには,センターライン付近に2種類のタイヤ痕が存在するが,いずれもH車の装着していたタイヤとは模様が異なる。

      第2衝突場所から電柱衝突場所まで,電柱衝突場所からガードレール衝突場所まで,ガードレール衝突場所から停止場所まで,それぞれまっすぐな薄いタイヤ痕がある。

      本件事故現場のG車が走行していた西行車線には,H車の積荷のチップが散乱しており,第1衝突の現場近くには,センターライン側を中心として走行車線から登坂車線にかけて円弧を描くようにチップが散乱し,電柱衝突の現場近くにも,電柱の後方(東側)からガードレール衝突の現場に向けて先ほどよりも長さは短いがタイヤ痕と並行してチップが散乱していた。

      (四) H車の運転台がある前部右側部分は大破して,人が乗車するキャビンも屋根がつぶれて大きく変形し,右前輪が脱落しかけて横倒しになりH車の右側面からはみ出しており,左前輪も横向きに変形している。

      H車の右側面には,電柱衝突の際に生じた電柱との擦過により生じた損傷が残されている。

      G車は第1衝突により荷, 台の右後輪付近より後ろの右側面ウイング(上に持ち上がって荷台の横が開き横が完全に開口する部分)後部が引きちぎられ,荷台後部の右扉と扉を固定する枠の右側柱部分も引きちぎられたが,右後輪よりも後ろにある右側面荷台下に取り付けられた道具箱はいくらか変形した程度の損傷で済んだ。

      I車は,地上165センチメートルの高さまで損傷があり荷台の右側面が凹損し,右後輪の前軸輪が後方に曲がる損傷を受けた。
      H車が衝突した電柱は,地上約2メートルの高さで折損した。

      (五) H車のタコグラフは,一連の衝突により飛散し回収できなかった。G車のタコグラフは,Gが記録紙の交換を怠っていたため同一の記録紙に平成7年4月26日から28日までの3日分のタコグラフが記録された。

      なお,G車のタコグラフチャート紙の原本は,本件事故当日にGが兵庫県赤穂警察署に任意提出していて,送付嘱託に応じて赤穂警察署から当裁判所にはそのコピーが送付されたが,

      原本の送付嘱託に対しては,赤穂警察署は任意提出書,領置調書,還付請書を作成することなく原本はGに返還した旨回答し,神戸地方検察庁姫路支部も原本は保管していない。

      しかし,赤穂警察署の回答については,被疑者Gに関する業務上過失致死事件の重要な証拠であるタコグラフチャート紙を,還付の必要性が不明であるにもかかわらず警察署では任意提出を受けて謄本を作成したらすぐに返還する扱いが実際になされていたのか多大な疑問が残り,Gが返還を受けて所持しているとは認定できない。

      (六) 亡Hは,生前狭心症の診断で月1回通院していた。

      (七) Gは,第1衝突後も止まることなく西進を続け,県境を超えてから荷台の右側面が膨らんでいるのに気づき停車させたところ,初めてG車の右側面後部がひどい損傷を受けていることに気づいた。Gは,警察に通報し,G車の停止場所で警察官と会い,その後本件事故の約30分後に本件事故現場に戻り,実況見分に立ち会った。

      Gの刑事処分は,不起訴処分となった。

      2 上記認定によれば,次のとおり判断できる。

      (一) H車が第1衝突後,停止場所に至るまで4回に渡り衝突を繰り返しその間ハンドルやブレーキ操作がなされた形跡がないことに照らすと,亡Hは,第1衝突により意識を失う等H車をコントロールできない状態に陥ったと解するのが相当である。

      (二) H車と2回にわたるガードレールとの衝突による損傷は,H車の下部に限られ運転台付近に損傷が及ぶことはない。

      しかし,第2衝突においても,I車の損傷が高さ165センチメートルの場所まで生じて凹損していることからH車の右前輪とI車の右後輪だけが接触し車体同士の接触がなかったと認めることはできず,

      I車には車軸が曲がるなど損傷が生じていることを考慮すると相当の衝撃が加わったことを示しており,H車とI車の車体同士が衝突しH車に第1衝突による損壊に加えてさらに相当の損壊が生じたと認めるのが相当である。

      電柱衝突においても,コンクリート製の電柱が地上約2メートルの高さから折れていることは衝突の衝撃の大きさ,ひいてはH車が電柱衝突により更に損傷を受けたことを示している。

      第1衝突によってH車の右前角部運転台付近がある程度損壊されたことにより構造上弱くなり,第1衝突前よりも弱い衝撃によって容易に損壊が進む状況になったと解されることを考慮すると,

      第1衝突に引き続いて第2衝突と電柱衝突が繰り返されたことにより,H車の右前角部運転台付近は,第1衝突による損傷に加えて第2衝突と電柱衝突によってさらに相当の損傷を受けたことが推認できる。

      そうすると,H車の右前角部は,第1衝突,第2衝突,電柱衝突の3回にわたり衝突を繰り返しており,どの衝突によりH車の右前角部にどのような損壊が生じたかを証拠上明らかにすることはできないと言わざるを得ない。

      証人Kは,第1衝突の大きな音がしたのでH車の方を見るとH車の運転席部分が潰れて大破したまま進行してきているのを見た旨証言するが,第1衝突の瞬間を目撃したのではなく,

      H車を見たのは第1衝突後のほんの一瞬であるうえ停止後のH車と同じ損壊状況であったか明言できず,H車は第1衝突の際に引きちぎったG車の荷台後部右扉を引っかけたまま走行しているにもかかわらず荷台後部右扉の記憶がないことに照らすと,

      G車の右扉がH車の運転台付近のフロントガラスを覆っていたのを見て大破という印象を受けた可能性も高く,同証人のH車が第1衝突によって大破した旨の証言は採用できない。

      (三) 第2衝突後停止場所まで続く薄いタイヤ痕は,H車の右前輪が第2衝突によって破損し脱落しかけて横を向いたためにその後タイヤ痕が生じることとなったものである。

      (四) H車とG車の衝突角度については,衝突角度が大きければG車の最後部荷台下の右側面から約30センチメートル奥まった場所に取り付けられた道具箱に対しても損傷が及び大きく変形することが避けられないところ,実際には軽度の変形しかないことに照らすと,H車とG車の衝突角度は小さかったと推認できる。

      (五) 交通事故における衝突の際には物理学の慣性の法則が当てはまることに照らすと,積荷のチップの散乱方向は衝突前及び衝突によって進行方向を変え始めた時点におけるH車の進行方向を示していると解するのが相当である。

      そうすると,第1衝突後のH車の積荷のチップの散乱状況と散乱場所が対向車線であることを考慮すれば,H車は第1衝突の際に
      は対向車線に向かって進行していたと認定でき,センターラインを超えたのはH車であり,G車が走行していた西行車線上で第1衝突が発生したと認めるのが相当である。

      G車が,本件事故直前の時点では,自車の直前に割り込んだトラックに気を取られH車を第1衝突が生じるまで認識していないことや第1衝突後も停止せず本件事故現場に戻ってくるのに約30分要したこと,路面が濡れていて急ブレーキをかけるとスリップする危険があったこと等の事実を考慮すると,

      G車がスリップして荷台後部がH車が進行する東行車線にはみ出したという甲事件原告・乙事件被告,丙事件原告らの主張に沿う本件事故の発生原因が考えられないわけではないが,

      かかる見解はG車の進行する西行車線に散乱したH車の積荷のチップの説明がつかないし,本件事故現場のタイヤ痕がG車のタイヤによるものであると認めるに足りる証拠がなく採用できない。

      甲事件原告・乙事件被告らは,チップについては,舞い上がってから路面に落ちるまでの風の影響や路面に落ちたチップが実況見分開始までの間に本件事故現場を通過した車両によって踏まれ位置が変化した可能性を指摘するが,

      本件事故当日の天候は雨であり積荷のチップも雨を吸って重くなり風の影響を受けにくくなっていたことが推認できるうえ,東行車線上で舞い上がったチップが風に流されて西行車線上に落ちたとすると,

      電柱衝突の際に舞い上がったチップも同じ方向に風で流されることが予想されるが,電柱衝突の際に舞い上がったチップは第1衝突の時と同じ方向に風で流されるとガードレールの外の路外に落下するはずのところ,逆にH車の進行方向であるガードレール衝突場所方向に向け登坂車線上に落下している。

      積荷のチップがいったんH車が走行していた東行車線に落下し通過車両に踏まれて西行車線に移動したとすると,センターラインを超えて移動したことになるが,

      0.8メートルの間隔を置いてセンターラインが2本引かれその間にゼブラ模様に白線が引かれている本件事故現場においては,通過車両に踏まれることも少ないセンターライン付近に白線に阻まれてチップが一部残っていることが予想されるが,

      実況見分調書にはかかる記載はなく,通過車両にチップが踏まれたのであれば通過車両の進行方向である東あるいは西にチップが移動するのは説明がつくが,本件のように対向車線に向けて移動することの説明はつかない。

      従って,風の影響や通過車両に踏まれてチップが移動したとの甲事件原告・乙事件被告らの主張は採用できない。

      (六) L鑑定は,H車の速度を時速94キロメートル前後と鑑定しているが,その算定根拠は,第1衝突,第2衝突,電柱衝突,ガードレール衝突,停止場所におけるガードレール衝突の5回にわたる衝突について,それぞれ有効衝突速度を推定し,第1衝突後の平均摩擦係数も推定したうえで計算している。

      しかしながら,各衝突でH車がどの程度損壊したかが明らかでなく各回の有効衝突速度の推定には困難を伴うし,第2衝突でH車の右前輪のタイヤが破損して脱落しかけて以降の摩擦係数には変化が生じており,計算の前提となる数字の正確性が確保されたとはいえず,H車の速度に関する部分の鑑定は採用できない。

      実際上も,H車は上り坂を進行中で積載したチップが雨に濡れて重量が増加していることを考慮すると,前記認定したとおりH車の速度は時速約50キロメートルと認定するのが相当である。

      乙第26号証の鑑定書(M鑑定)は,第1衝突におけるH車の損傷の程度を,キャビン内部まで変形するようなものではなく軽いもので運転操作に影響を与えるようなものではないと結論づけているが,

      前記認定したようにH車がG車の荷台後部右扉と扉の枠を引きちぎり亡Hがその後H車を制御できない状態に陥ったことに照らすと,H車の運転台付近には第1衝突によってある程度の損傷が生じていることが認定でき,かかる認定に照らして採用できない。

      丙第2号証の鑑定書(N鑑定)は,H車の運転台付近の変形は第1衝突によって生じたものであることを前提として判断しているが,前記認定したとおりH車の運転台付近は第1衝突,第2衝突,電柱衝突の3回にわたる衝突で破壊されたもので,どの衝突によってどの程度破壊されたかは明らかにできないことに照らすとやはり採用できない。

      丙第3号証の1の鑑定書(O鑑定)は,G車が急ブレーキをかけたことにより左旋回状態となって荷台後部を対向車線に大きくはみ出させ登坂車線を走行中のH車と衝突したと判断しているが,

      そうすると衝突角度が大きくなりG車の横からH車は衝突したことになり,G車の右後部荷台下の道具箱が損壊していないことやチップの散乱状況と矛盾するし,

      ドーンという大きな音で本件事故に気づいた目撃者はG車が第1衝突により今度は逆に後部が右旋回して西行車線に戻るところを目撃するはずであるが,K証人はかかる状況を目撃していないことに照らすと採用できない。

      甲第56号証の鑑定書(P鑑定)は,証拠として提出された4月26日から同月28日までのタコグラフチャート紙とGの当裁判所における本人尋問での供述内容,乙第16号証の事故前運行状況とが整合しない旨判断するが,

      同鑑定でも指摘しているように3日分の走行記録が1枚のチャート紙上に記録され,しかもコピーであるため正確な判読ができないことが大きな要因となっており,上記判断を左右するものではない。

      3 上記認定によれば,第1衝突は,H車がセンターラインを超えてG車と衝突したもので,以後の衝突は全て第1衝突が原因となって起きたものである。

      従って,亡Hには過失が存在し不法行為責任を負い,亡Hの使用者である甲事件原告・乙事件被告Aも使用者責任を免れない。

      他方,甲・丙事件被告Gには,速度違反の事実があるものの第1衝突との間に相当因果関係がなく信頼の原則が適用されることから違法性は認められず不法行為は成立しないし,自賠法3条但書の免責が認められるので損害賠償責任を負わない。

      甲・丙事件被告・乙事件原告Bは,被用者であるGに不法行為が成立しないので使用者責任を負わない。

      よって,甲事件及び丙事件に関しては,その余の請求原因について判断するまでもなく原告の請求には理由がなく棄却を免れない。

      二争点2 甲・丙事件被告・乙事件原告Bの損害

      1 前掲各証拠に加えて甲第46号証,乙第7号証ないし第9号証,第11号証及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

      (一) G車の修理費用(請求額397万0900円)338万7773円

      甲・丙事件被告・乙事件原告Bは,G車の修理をQに依頼して338万7773円を支払ったことが認められる。

      (二) 休車損害(請求額160万0528円) 157万5296円

      G車は,平成7年2月1日から同年4月27日までの86日間に合計409万8000円の運賃収入があり,

      経費として人件費が合計109万7567円,燃料代実費が走行距離合計3万876キロメートルに対して66万7640円,修理代は前年度1年分の修理費用の合計を12か月で割ると1ヶ月当たり2万6825円,タイヤの損耗料がタイヤ1本が9万キロメートル走行できるとして前記走行距離に対してタイヤ10本分合計で13万5504円かかり,経費合計で198万1186円となる。

      従って,1日当たりのG車の収入は,2万4614円となる。

      (409万8000円-198万1186円)÷86日=2万4614円

      G車の修理が完了し甲・丙事件被告・乙事件原告Bの下に納車されたのは,保険会社による修理工場への2度の立会を経て同年6月30日であり,休車期間は64日間となるから,休車損害は157万5296円である。

      2万4614円×64日=157万5296円

      (三) 小計(請求額合計557万1428円) 496万3069円

      (四) 弁護士費用(請求額55万円) 50万円

      本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は,50万円と認めるのが相当である。

      2 従って,甲・丙事件被告・乙事件原告Bの損害額は,546万3069円となる。

      三よって,甲・丙事件被告・乙事件原告Bの請求は,甲事件原告・乙事件被告Aに対して546万3069円,亡Hの相続人である同Cに対しその2分の1相当額である273万1534円,同D,同E,同Fに対してその6分の1相当額である91万0511円の各支払いと

      不法行為の日である平成7年4月28日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余の請求には理由がないから棄却することとし,甲事件原告・乙事件被告らの請求及び丙事件原告の請求にはいずれも理由がないから棄却することとして主文のとおり判決する。

  • 判決     
    • 第三 判断

      一 本件において,亡Dが本件交通事故について不法行為責任を負い,同人の原告に対する損害賠償債務を相続人である被告らが相続したことについては当事者間に争いがない。

      二 本件交通事故と原告の後遺障害との相当因果関係の存否及び(相当因果関係があるとされた場合の)素因競合による減額の可否について

      1 認定事実

      前記争いのない事実等,関係証拠(認定に用いた証拠は併記する。)及
      び弁論の全趣旨によれば次の事実を認めることができる。

      (一) 原告は,本件交通事故後,救急車でK病院に搬送され,後頚部の圧痛,運動痛,自発痛が認められ,外傷性頚椎捻挫と診断されたが,自宅
      で安静をするようにとのことで一旦帰宅した(甲2号証,乙3号証の1,原告供述)。

      (二)しかし,症状が改善されなかったため,原告は,平成8年5月8日にM病院とK病院に通院した(甲27号証)。

      M病院では,脳のCT検査及び頚部のレントゲン検査を受け,前者の検査の結果,明らかな出血等は認められないが,両側前頭部を中心に硬膜下滲出液を思わせる所見があるとされ,後者の検査の結果,脊柱管狭窄,椎間板硬化,C4/5・5/6右椎間孔狭小の所見があるとされた(乙12号証の1,18号証)。

      (三) 平成8年5月9日から同月24日まで,原告はK病院に入院した。この間みられた主な症状は,後頭部から後頚部にかけてのだるさ(頭重感),肩から胸にかけての打撲痛,両下肢痛,左側腹部痛,瞼のだるさ等であった(乙5号証の1から5まで,9号証)。

      また,原告が左頭部が締め付けられるような痛みを訴えたこともあり,同月15日に原告はL病院で検査を受けた。そこでの検査結果は,自覚症状として後頚部の運動痛,圧痛が認められ,頭部レントゲン検査については正常範囲内,頚椎レントゲン検査についてはC5/6に脊椎症がみられる,CT所見については異常なし,神経学的にも異常なしというものであった(以上につき,乙8号証の1から10号証まで)。

      (四) 平成8年5月22日に原告はM病院で診察を受けた。ここでは,自覚症状として両肩からこめかみにかけての強い締め付け感,大後頭神経痛が認められ,MRI(磁気共鳴映像法)検査の結果,脊柱管狭窄,C4/5・5/6に強い脊髄圧迫の所見があるとされた(乙12号証の2,50号証)。

      (五) 原告は,平成8年5月24日にK病院からM病院に転院して,入院した。本件第1回手術前の原告の中心的な自覚症状は,後頭部から両頚部,肩にかけての強い痛み,筋けいれん,不快感であったが,深腱部反射は正常であり,四肢麻痺もみられなかった。

      レントゲン検査では,C4/5・5/6の椎間板硬化,椎間孔狭小化の所見があり,MRI検査及びミエログラム(脊髄造影法)検査では,C4/5・5/6の脊髄圧排の所見がある(以上につき,乙25号証,F証言。

      ただし,脊髄圧排の程度については,乙25号証の入院要約では強度とされているが,平成8年7月30日行われたミエログラム検査の所見では軽度(notsevere)とされており,F医師も同日付のミエログラムのCT画像上は脊髄の扁平の度合いはそれほどひどくないと証言している。)

      (六) M病院では,本件第1手術まで保存的治療を継続していたが,原告の痛みの症状に変化がみられなかった(乙25号証,F証言)。

      F医師は,C4/5・5/6に骨棘が明らかに認められ,これにより脊柱管前後径が狭くなっていること,椎間板(孔)の狭小化もみられることから,原告に変形性頚椎症があると考え,また,運動時にC4/5に(通常以上に)力がかかりやすくなってしまうという不安定性も認められると考えていた(F証言)。

      原告の神経学的異常の存否についてははっきりしなかったが,F医師は,前記の点に鑑みて,原告の痛み等の自覚症状は変形性頚椎症があるところに本件交通事故が重なって生じたものであると判断し,原告の首の痛みを軽減し,かつ,骨棘が脊髄を圧迫している状況を放置することにより神経学的な症状が発症するおそれを取り除くために,原告に対して,手術(前方固定術)による治療を選択肢の1つとして提示した(F証言)。

      (七) 平成8年9月10日に,原告はM病院で腸骨採取術の後,C4/5・C5/6の前方固定術(すなわち本件第1手術)を受けた(乙21,25号証)。

      (八) 本件第1手術後,原告の頭痛や頚部痛は消失したが,両肩痛は残り(乙25号証,26号証の7。ただし,乙31号証の19によると,頭重感の訴えがある。),平成8年9月13日から右手指のしびれや右上肢のしびれの訴えがあり(乙31号証の19),同月14日の晩から右上肢の挙上が困難となる症状が現れ(乙26号証の7。

      なお,乙31号証の20には「左上肢」の挙上困難の記載があるが,他の証拠に照らして「右上肢」の誤記と思われる。),その後も,程度の差はあっても基本的に右手指のしびれや右上肢の挙上困難の症状が継続した(乙31号証の21から31まで)。

      (九) F医師は,前記の原告の症状は,前方固定術の合併症として稀にみられる遅発性神経麻痺であると考え,通常は2,3週間で症状が改善するため,経過観察を行っていたが,

      原告の症状が1ヵ月半たっても改善しないので,神経根部の肉芽組織が増殖し,これによる神経の圧迫により,前記の神経麻痺が改善しないものと判断し,平成8年11月5日にC4/5の椎間孔拡大及び神経根開放術(すなわち本件第2手術)を行った(乙25号証,F証言)。

      (十) 原告は,平成9年1月9日にM病院を退院し,以後同病院に通院したが,同年5月8日に症状固定の診断を受けた。原告には,脊柱の変形及び頚椎可動域制限,(腸骨採取に伴う)骨盤骨の変形,術後の右上肢神経根症状に伴う右肩痛,運動制限等の右上肢神経症状の後遺障害が残った。

      2 本件交通事故と原告の後遺障害との相当因果関係の存否

      (一) この点,被告らは,原告の後遺障害は,原告が素因として有していた変形性頚椎症に対し,手術適応がないにもかかわらず本件第1手術が行われた結果発生したものであるから,本件交通事故と相当因果関係がない旨の主張をし,乙101号証のI医師の意見書(以下「I意見書」という。)がこれに沿う内容となっている。

      (二) I意見書によると,外傷(頚髄損傷)の手術適応は,椎体の亜脱臼等により不安定性が認められる場合,又は大きな椎間板ヘルニア,骨棘,後縦靱帯骨化巣等脊髄を圧迫する病変が認められる場合に認められるとされ,変形性頚椎症の手術適応は,神経症状として運動麻痺が認められる場合,又は神経症状が軽度であっても自覚症状が強く,そのために日常生活に著しい障害をきたしている場合で,かつ,(いずれの場合についても)画像所見上,脊髄の圧迫病変が明らかに認められる場合に認められるとされている。

      そして,本件では,不安定性や脊髄を圧迫する病変が認められないから外傷の手術適応がなく,脊髄の圧迫変形も極めて軽微であるから,変形性頚椎症として手術に踏み切ったことはかなり大胆であったと評価している。

      ただし,自覚症状が強く,患者への説明が十分になされ,患者も納得した上での手術で,術後は自覚症状が改善したということであればこれを全く否定することもできないが,これは,あくまでも変形性頚椎症に対する矯正であるから,本件第1手術に伴う後遺障害を本件交通事故の加害者の責任とすることは合理性を欠くとしている(以上につき,乙101号証)。

      (三) 原告には,本件交通事故以前より,(客観的には)変形性頚椎症の状態があったが,本件で(本件第1手術前に)原告が訴えていたような強い自覚症状があったことを示す証拠がないことから,本件交通事故により発症したものと考えられる。

      そして,M病院では,平成8年5月24日の入院時から原告に対して3ヵ月程度保存的治療を継続していたが,自覚症状の改善が認められなかったため,同年9月10日に本件第1手術に踏み切ったものである。原告のレントゲン写真等に基づく不安定性の評価や脊髄の圧迫の程度の見方について,F医師とI意見書との間で見解の相違があるが,これらはいずれも撮影の仕方の影響を受けることや判断に主観的要素が入り込むことが避けられないものであり,一概にF医師の判断が誤りであったとすることはできない。

      また,頚椎椎間板症の手術適応がある場合として,苦痛が強く2,3ヵ月の保存的治療によってもそれが軽快しない場合を挙げている文献もあるところであり(乙102号証),しかも本件第1手術により,原告の頭痛等の自覚症状の軽減が認められることに照らせば,一定期間の保存治療後になされた本件第1手術が手術適応のないものであったと断じることは困難であるといわざるを得ない。

      本件における原告の後遺障害はいずれも直接的には本件第1手術に起因するものであることは明らかであるが,以上に述べたとおり,本件交通事故により,原告の変形性頚椎症が発症したと考えられ,これに対する本件第1手術も手術適応がなかったとまで評価できない以上,これに伴う原告の後遺障害が本件交通事故と相当因果関係がないということはできない。

      (四) なお,本件第2手術は,本件第1手術に伴い稀に生じる合併症に対するものである(F証言)が,被告らは,この点をとらえて,発生率の低い合併症まで本件交通事故との相当因果関係を認めるべきではない旨の主張をしている。

      しかしながら,発生率が低いとはいえ,(手術方法自体に誤りがなくても)本件第1手術のような前方固定術に起因して発生しうるものである以上,本件交通事故との相当因果関係自体を否定することは相当でない。

      3 素因競合による減額の可否頚椎捻挫による首の痛みであるなら通常は6週間から8週間程度で症状が軽快する(F証言)にもかかわらず,本件では自覚症状が継続したことに照らすと,既に述べたとおり,原告の症状は,本件交通事故により原告がもともと有していた変形性頚椎症が発症したというべきものである。

      そして,この点は,入通院の長期化及び本件第1手術の実施についての主要な要因の1つとなっているものである。こうした点に鑑みれば,本件交通事故により原告に発生した損害の全額を被告らに負担させるのは相当ではないというべきであり,民法722条2項を類推して,既払金を控除する前の原告の損害(弁護士費用を除く。)から40パーセントを控除するべきである。

      三 損害論

      1 治療費        329万7396円

      原告は,369万3418円と主張するが,これを認めるに足りる証拠がないので,被告らが治療費として支払ったことを自認する329万7396円の範囲で認める。

      2 入院雑費        31万9800円

      1日当たり1300円とし,これに入院期間(246日)を乗じた分を認める。

      3 休業損害等      665万9261円

      (一) 基礎収入について

      まず,平成7年の収入(雑収入を除く。)1848万9786円(甲8号証)から経費及び売上原価の合計1827万5896円(甲8号証)を控除した21万3890円が経常利益となる。

      そして,基礎収入に含めるべき固定費用は,以下のとおり合計627万5071円とする。(なお,以下の(1)から(5)までについては,これを基礎収入に含めることに争いがない。)そうすると,休業損害を計算するにあたっての基礎収入(年収)は,648万8961円となる。

          (1) 漁具の減価償却費  140万8149円
          (2) 公租公課       10万0300円
          (3) 損害保険料      70万2975円
          (4) 減価償却費      53万5033円
          (5) 地代家賃        2万8325円
          (6) 漁船修繕費     168万円

      後述するとおり,休業期間としては,平成8年5月7日から平成9年5月8日までとするが,原告のたこ漁の操業期間が1月から10月まで(甲8号証。

      なお,原告の主張によれば,11月に網入れをし,1ヵ月か1ヵ月半後にこれを引き上げ,この繰り返しが8月まで続くということであるが,甲8号証の「所得税青色申告決算書付表(漁業用)」の操業期間の欄の記載と併せてみれば,網入れとしては,11月から翌年8月ころまでで,網の引き上げが1月から10月ころまでと推測される。)であるところ,

      原告は平成8年5月から同年12月までは操業していない(争いがない。)から,この期間については,操業している場合に比べて修繕費は低いことが予想される。そこで,原告の主張する額(240万5762円)の約7割の168万円を固定費用として基礎収入に含めることとする。

          (7) 利子割引料     124万2585円

      甲26号証に示された原告の借入時期,借入金額に照らすと,甲8号証に記載された利子割引料(124万2585円)程度の利払があるものと推認できるのでこれを固定費用として基礎収入に含めることとする。

          (8) 車両費

      原告は車検費用と主張しているが,これを認めるに足りる証拠はなく,固定費用といえるか否かの判断がつかないので,基礎収入に含めないこととする。

          (9) 負担金        40万6524円

      この負担金は,出資予約金,経営負担金,栽培漁業基金,ウニ種菌放流,たこ部会費,倉庫代といったもので,その性格上操業の有無にかかわらず徴収されるものであると認められるところ,甲9号証から24号証までの精算書等に照らし,甲8号証に記載された負担金(40万6524円)程度の支払があるものと推認できるので,これを固定費用として基礎収入に含めることとする。

          (11) 除却費         6万6000円
      甲8号証によれば,これは,クラウン及び軽トラックの廃車により計上されたものであることが認められる。これは少なくとも計数上の費用にすぎないので基礎収入に含めることとする。

          (12) 利用料        10万5180円

      甲11号証の1,20号証の1及び27号証によれば,これは無線利用料であり,その性格上操業の有無にかかわらず徴収されるものであるとが認められるので,これを固定費用として基礎収入に含めることとする。

      (二) 休業期間等

      原告は,G丸という漁船でたこ漁及びメヌキ,キンキ漁を行っていた(甲8号証,30号証。なお,平成7年度では,たこ漁とメヌキ等の漁の水揚げは,漁獲高の比率で約95対5,金額の比率で約70対30であり(甲8号証),原告にとってたこ漁が事業の中心である。)。たこ漁の漁期は,前述のとおり,網入れの時期を基準とすれば,11月から翌年8月ころまでである。

      本件交通事故前まで,原告を漁労長,Hを船長とし,甲板員1名を含めた3名で作業に従事していた(以上につき,甲27号証)。

      しかし,本件交通事故により原告は平成8年5月から同年12月まで全く操業できなかった(争いがない)。平成9年1月ころに原告は船に乗り込み,たこ漁を再開したが(もっとも,原告供述によると沖にでたのは同年2月に入ってからとのことである。),原告の代わりに作業を行う者として,これまで主として原告の老齢の両親の世話をするなど主として家事に従事していた原告の妻が船に乗り込んでいる(甲27号証,31号証)。

      そして,原告の水揚げは,本件交通事故前の6割程度に回復するに至っている(甲27号証,原告供述)。なお,メヌキ等の漁は再開できていない(甲30号証)。

      以上の点に鑑みると,休業期間としては,本件交通事故のあった平成8年5月7日から症状固定日である平成9年5月8日までとすべきである。

      ただし,原告の漁業は個人事業であり,休業損害の存否も基本的に事業を単位としてみるべきものであること,平成9年1月ころからたこ漁が再開されていること,水揚げも次第に上がって本件交通事故前の6割程度にまで回復していることからすれば,妻が家事を犠牲にして船に乗り込んで作業を手伝っている点やメヌキ等の漁が再開できていないことを考慮しても,全く操業がなかったものとして休業損害を計算するのは相当ではなく,全休業損害のうち3割程度の収入はあったものとして,これを休業損害に含めないこととする。

      (三) 以上の考え方に従って,原告の休業損害を計算すると,以下のとおり456万7161円となる。

      (計算式)648万8961円×(1+2/365)×(1-0.3)
      ≒456万7161円

      (四) 原告は,本件交通事故前に網入れをしたが,本件交通事故のため第三者に網の回収,整理を依頼し,その報酬として,227万0785円を支払ったと主張している。

      これに対して,被告は,この種の損害は特別損害であり,予見可能性がない旨主張するが,本件交通事故がたこ漁の操業期間中に起きていることからすれば,特別損害とはいえない。

      もっとも,原告が当該損害の裏付けとして提出した領収証(甲28号証)は,その合計額が,前記金額を超えるものであり,原告の船の乗組員であったJやHに対する給与も含まれている(甲28号証,30号証)ため,原告の主張する損害との対応関係が不明確な部分がある。

      また,本件交通事故前に入れた網の回収,整理費用という以上,平成8年5月から同年8月までに要した費用については何とか原告が主張する性質のものと推測できるものの,それ以降の平成8年10月から同年12月に支払われた費用については,現在の証拠関係からは,そのような推測をするのは困難であり,上記損害に含めるのは相当ではない。

      なお,JやHに対する給与分は,網の回収,整理費用に直接含まれるものではないが,固定経費的な意味合いを持つものと評価する余地もあるのでここでの損害に含めておくこととする。そうすると,網の回収,整理費用等の損害として209万2100円を認めることができる(甲28号証)。

      4 後遺障害逸失利益  1857万0228円

      (一) 基礎収入について

      基本的には,休業損害の基礎収入に準拠することになるが,後遺障害逸失利益を計算する際の基礎収入としては,休業損害の時と異なり,船の修繕費については通常の操業が行われることを前提とすべきであるから原告の主張する240万5762円を収入に組み入れることとする。そうすると,基礎収入は721万4723円となる。

      (二) 就労可能期間について

      原告の症状固定時の年齢が60歳であることから,平成9年簡易生命表の平均寿命の約半分である10年とする。

      なお,本件交通事故日と症状固定日が約1年開いていることから,後遺障害逸失利益の本件交通事故日時点での現価を計算するにあたっては,11年のライプニッツ係数(年5パーセント,年金現価型)8.3064から1年のライプニッツ係数0.9523を控除した数値7.3541を用いる。

      (三) 労働能力喪失割合について

      原告は,漁における原告の中心的な役割を強調し,原告の家族を犠牲にして何とか操業を継続しているにもかかわらず,その分を寄与として賠償額を低く考えることは極めて正義に反するとして,少なくとも後遺障害等級5級の場合の79パーセントの喪失率を認めるべきである旨主張している。

      しかしながら,休業損害のところで述べたように,本件における原告の労働能力喪失割合は実際に営まれている事業の収入状況と全く切り離すことはできない上,原告の年齢等も考慮すると原告の事業における原告自身の役割が相対的に低下していくことも想像に難くないところである。

      そして,休業損害のところで指摘した事情もあわせて考えると10年間を通じてみた場合の原告の労働能力喪失割合は35パーセント程度とみるのが相当である。

      (四) そうすると,原告の後遺障害による逸失利益は,下記の計算のとおり1857万0228円となる。

      (計算式)721万4723円×7.3541×0.35≒1857万0228円

      5 慰謝料       1620万円

      (一) 入通院慰謝料

      本件交通事故の態様,原告の症状,入通院期間に鑑みると,入通院慰謝料としては270万円が相当である。

      (二) 後遺障害慰謝料

      原告の本件交通事故による後遺障害の程度に鑑みると,後遺障害慰謝料としては1350万円が相当である。

      6 争点1に対する判断で述べたとおり,本件では,1から5までの損害の合計額504万6685円から素因等による減額分として40パーセント分を控除する。そうすると,損害額は,2702万8011円となる。

      そしてこの額から既払額である2190万0947円を控除すると残額は
      512万7064円となる。

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      H13.12.19 広島地判 事件番号 平12(ワ)117

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  • 判決
    • 第3 争点に対する判断

      1 前記争いのない事実等及び証拠(甲1ないし3,6の1ないし3,7ないし12,乙1ないし6,7ないし9の各1・,10ないし13,証人G,同I(以下「I」という。),原告A本人)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。

      (1) 本件事故現場は,島根県から広島県に向かう国道186号線が傍示峠にさしかかり,カーブが多く斜度約6パーセントの急な上り坂となっている場所であり,冬季は積雪が多く付近にはスキー場もあって,本件事故現場から傍示峠寄りに向かってすぐにスノーシェッドと呼ばれる雪除けの庇状の構造物が道路に設置されていた。

      また,本件事故現場付近の道路は,本件自動車の進行方向左側が山で切り立った壁,右側が谷で崖になっているが,本件事故現場直前には右側に小高い山があって切り通しの道路となっている。

      本件事故現場の方角は,山側がおおよそ東,谷側が西,本件自動車の進行方向が南であった。

      (2) 本件事故現場から日本海沿岸に下った浜田市における本件事故当日の天候は,午前11時に摂氏2.6度を記録するなど,午前7時から正午ころまでは気温4度以下で推移し,午前6時から正午ころまでは最大風速が毎秒7ないし10メートルの北北東の風が吹いていた。

      また,午前中から雪が降っており,午前11時には1ミリメートルの降水量を観測した。

      本件事故現場から浜田市に向かって約2キロメートル下ったiでは,同日午前5時,6時及び11時にそれぞれ毎時1ミリメートルの降水量を観測し,同日午前9時現在で3センチメートルの積雪を記録していた。

      また,本件事故の交通事故証明書の天候欄は,「雪」となっている。

      (3) 本件自動車は,平成9年8月27日登録であり,新車で購入した後,1か月点検,6か月点検,12か月点検と各定期点検時に異常はなく,本件事故当時は,走行距離が約2万キロメートルであった。

      また,本件事故時,本件自動車にはスタッドレスタイヤが装着されていた。

      本件自動車は,ギアがAT(オートマチックトランスミッション)であり,また,いわゆるFR車で駆動輪は後輪であった。

      本件自動車は,本件事故以前にカーナビゲーションシステムの画面が見えなくなる故障による修理歴が2回あったが,それ以外の駆動系には故障歴はなかった。

      (4) 原告Aは,平成7年10月ころから同8年3月ころまで,島根県那賀郡k町内の老人福祉施設で空調配管工事を請負い,広島市内の自宅から同現場に行くために,本件事故現場のある国道186号線を何度も往来したことがあった。

      10センチ程度の積雪の時もあったが,スタッドレスタイヤを装着して走行しており,これまでにスリップなどの危険に遭ったことはなかった。

      (5) 原告Aらは,本件事故前日に浜田自動車道を通ってg温泉へ行き,本件事故当日は,g温泉から浜田市内の「h」に立ち寄った後,午前10時過ぎころ,国道186号線を通って広島市内の自宅へ帰宅しようとしていた。

      このとき,浜田市内は,既に雪が降り始めていた。

      原告Aは,当日は,家族を乗せていたこともあって,追い付いてきた後続車を先に行かせるなどして慎重に運転していた。

      (6) 本件事故現場手前には,斜度約6.5パーセントの坂を上りながら半径80メートルで左に大きく曲がるカーブがあり,原告Aは,上り坂による自然な減速を利用し,アクセルの踏み具合をゆるめながら一定速度を保ち,同カーブを通過した。

      同カーブから立ち上がった直後の本件事故現場付近の直線も,依然として斜度約6パーセントの上り坂であり,原告Aは,カーブの通過のために速度の落ちた本件自動車を通常の速度まで加速させるため,アクセルを踏み込んだ。

      その際,本件自動車は,加速しながら進行方向やや右を向き始めたため,原告Aは,ハンドルをやや左に切って自車を車線内に戻そうとした。

      しかしながら,ハンドル操作は全く利かず,本件自動車は依然としてやや右方に向かってセンターラインを越え対向車線を直進し続けたため,原告Aは,危険を感じてハンドルを大きく左に切りながらブレーキを踏んだがこれも利かず,本件自動車は,上り坂による自然な減速をしてさらに対向車線を進行した。

      原告Aは,前方にガードレールが切れて崖になっている部分が迫
      ってくるのを発見し,ブレーキを完全に踏みきると同時に道路右側にある電柱に衝突させようとハンドルを右に切ったが,やはりブレーキもハンドルも利かず,本件自動車は右前輪から路肩に落ち,一度は止まりかけたものの右に方向を変えて本件事故現場から崖へ転落した。

      その際,本件自動車は,転倒したり回転したりせずに,斜面を走行するような状態で立木をなぎ倒しながら崖下へ転落したが,エアバックは展開しなかった。

      (7) 原告らは,崖下から自力で道路まで這い上がり,救急車で国立浜田病院へ搬送されて治療を受け,その後タクシーで帰宅した。

      原告Aは,同日中に広島トヨペットj営業所へ電話連絡をして,同所のF所長に対し,本件自動車が転落したので引上げ後に搬入して,修理が可能であるか否かを見てもらうように依頼した。

      (8) 平成11年3月24日,レッカー業者が本件自動車を崖下から引き上げてトラックに積込み,広島トヨペットg営業所まで運搬した。

      広島トヨペットのG第3営業部長(当時)及びH次長は,F所長からの依頼を受け,本件自動車の転落現場付近にあるわさび田へのオイル漏れの有無を確認するとともに,同現場の地権者との間で本件自動車がなぎ倒した立木の補償等の交渉を行った。

      その際,G及びHは,本件自動車の引上げ作業にも立ち会い,現場の状況等を写真撮影するなどしていたが,Gらが写真撮影を行ったのは,地権者との交渉に役立てるためであった。

      また,本件自動車をトラックに積み込む際,本件自動車のエンジンを掛けず,ギアをニュートラルに入れ,坂道の傾斜を利用してトラックまで運搬したが,ハンドル操作によって本件自動車の進行方向を変えることができ,荷台に乗せるための2本の板状のスロープまで正確に移動することができた。

      (9) 同日,原告Aは,本件自動車が搬入された広島トヨペットj営業所へ本件自動車の確認のために赴いた。

      本件自動車を確認した後,Gは,原告Aに対し,地権者との交渉の結果等につき,わさび田へのオイル漏れはなく,立木の補償も地区の会合に日本酒を2,3本持ってきてもらえればよいとの回答を得た旨を伝えた。

      また,原告Aは,Gと事故の原因について話し,雪道で滑りポンピングブレーキを踏んだがABSがついているのに作動せずハンドルが利かなかったこと,崖を落ちるときにエアバックが開かなかったことについて説明を求めた。

      Gは,車を立て直すには,滑る方向にハンドルを戻して接地面積を大きくする必要があり,滑る方向と反対にハンドルを切ってしまうとますます滑り出してしまうこと,

      ABSは電子制御でタイヤのロックを防ぐ装置なので,これを作動させるにはポンピングブレーキではなくブレーキを踏み続ける必要があったこと,

      エアバックが展開しなかったのはそれほどの衝撃が加わらなかったためであることを説明し,展開したエアバックを元に戻すのにも費用がかかることから,非常に運がよかったと思われるなどと話した。

      (10)翌25日,広島トヨペットj営業所のサービスマネージャーIは,本件自動車の損傷箇所を確認して修理の見積を行うため,駐車場に停めてあった本件自動車を作業場内まで移動させた。

      その際,Iは,本件自動車のエンジンを掛けてアクセル,ブレーキ,ハンドル操作を行って自走させたが,エンジンのファンとラジエーターが若干干渉していたものの,ハンドルやブレーキの操作は正常に行って移動させることができた。

      (11)本件事故による本件自動車の修理箇所で操舵性に関係のある部品は以下のとおりである。

      フロントサスペンション アッパーアーム ASSY RH
      フロントショックアブソーバ ASSY RH
      ステアリングナックル RH

      フロントサスペンション ロアアーム SUB ASSY RH
      フロントサスペンション ロアアーム NO.2 RH
      フロントアクスル ハブ ベアリング RH

      フロントアクスル ハブ オイルシール RH
      フロントアクスル ハブ ホールスナップリング RH

      フロントアクスル ハブ ナット RH
      フロントアクスル ハブ グリースキャップ RH
      フロントスキッド コントロール ロータ

      これら修理箇所については,異常に変形していたり破損している部品はなかったものの,本件事故による衝撃で傷が付いていたため,安全上の配慮から部品の交換を行った。

      また,本件事故による修理の際,同様の理由によりロアボールジョイントも交換したが,後記のリコールの際にも再度ロアボールジョイントの交換を行ったため,広島トヨペットは原告Aには同部品の交換費用を請求していない(乙6)。

      上記修理箇所以外にも,衝撃吸収機構が本件事故の衝撃によって作動したか否かを確認するためにステアリングコラムを脱着したが,衝撃吸収機構は作動していなかったため部品の交換を行わなかった。

      見積りに際し,Iは,F所長から,原告Aがエアバックが開かなかったと言っている旨を聞いていたため,エアバックの点検を行ったが,異常はなかった。

      (12)同月28日ころ,原告Aは陸運局へ赴き,本件自動車と同車種のトヨタマークⅡにつき,ハンドルが利かないという事故例でクレームが付いたことがないか問い合わせた。

      その段階では同車種にリコールの届出はなかった。

      (13)同年5月18日,被告は,マークⅡ等10車種について,リコールを届出た。

      リコールの対象となった不具合の部位は,緩衝装置(前輪)のボールジョイントであり,前輪緩衝装置のロアアームとナックルアームを連結しているロアボールジョイント内部の潤滑性に一部不適切なものがあり,

      そのままの状態で使用を続けると摺動部分が異常に摩耗して損傷するというものであり,ボールジョイントが外れない限りは操舵性やアクセル・ブレーキに影響はないが,

      最悪の場合はボールジョイントがナックルアームから外れ,同部
      分により接続されているタイヤが大きく外側を向いてしまい,車体全体が同タイヤ方向に傾き,操舵性に大きな影響が出ることになるというものであった。

      被告は,同リコールの届出を行ったことから,「ご愛車のリコール実施のお願い」と題する通知のダイレクトメールを原告Aに送付するとともに,同月23日,原告Aの承諾を得ることなく同部品を対策品と交換した。

      (14)本件自動車は,同月26日に原告Aに納車された。

      納車後,原告Aは,納車前に通知のあったリコールについて,リコール部品が本件事故の原因となっていると考え,広島トヨペットj営業所に赴き,リコール部品の交換とその引渡しを求めたところ,Iは,既に同部品の交換作業が終了している旨を原告Aに告げた。

      (15)同年6月11日,原告Aは,広島トヨペットj営業所に,本件事故による本件自動車の修理代金として160万円を支払った。

      原告Aは,現在も本件自動車を使用しているが,本件事故以降,本件自動車の操舵性には何らの異常も発生していない。

      以上の各事実が認められる。

      2 争点(1)アについて

      (1)ア 上記認定事実によれば,本件事故現場付近は,冬場の積雪が多い地域であること,

      本件事故当日,本件事故現場より標高が低く日本海側の浜田市に向かって約2キロメートル下った地点にあるiにおいて,本件事故発生の2時間前である午前9時に3センチメートルの積雪が観測されており,交通事故証明書の天候欄も雪になっていること,

      本件事故当日は,日本海沿岸まで下った浜田市でも気温摂氏2度から4度,風速毎秒7ないし10メートルの真冬並みの天候であり,浜田市より標高の高い本件事故現場付近の気温が氷点下まで下がっていた可能性があること(ちなみに,甲8によれば,島根県内のlやmでは,同日午前中の気温が氷点下まで下がっていることが認められる。)がそれぞれ認められる。

      これらの本件事故現場付近の状況や気象条件からすれば,本件事故当時,本件事故現場の天候は雪であったというべきであり,本件自動車の進路が右方に向き始めた付近の道路には積雪があったと認めるのが相当であって,これに反する原告Aの供述は,にわかに信用することができない。

      イ また,上記認定事実によれば,本件事故現場手前には比較的急な左カーブがあり十分な減速が必要であったこと,同カーブを立ち上がった後の本件現場付近は斜度約6パーセントという急な上り坂の直線道路であることがそれぞれ認められ,

      これらの事実からすると,原告Aは,本件事故現場手前で,カーブを通過するために相当程度減速した本件自動車の速度を通常の速度まで回復させ,さらに続く上りの直線を上るべく,本件事故現場手前の直線部分で,アクセルを相当程度踏んで加速したものと推認することができる。

      ウ 次に,上記認定事実によれば,本件自動車の進路が右にずれ始めるという異常が発生した後も,本件自動車のハンドルは普通に回すことができたものの,ハンドルの操作によっては本件自動車の進行方向が全く変化しなかったこと,

      本件自動車の進行方向が変化せずに崖が近づいたため,原告Aが危険を感じて急ブレーキを踏んだにもかかわらず,ブレーキ操作によっては本件自動車が減速しなかったことがそれぞれ認められる。

      とすると,本件自動車は,進行方向が右にずれるという異常が発生した後は,ハンドル操作のみならずブレーキ操作も利かなくなっていたというべきであり,単にタイヤの方向性,操舵性のみに異常が発生しただけではなかったというべきである。

      他方,上記認定事実によれば,本件事故現場手前の左急カーブでのハンドル操作に対する本件自動車の反応については何ら異常が認められなかったこと,

      カーブを立ち上がった直後の直線で原告Aがアクセルを踏み込んだ際には本件自動車は加速していたことがそれぞれ認められるのであるから,その時点では,ハンドル操作やアクセル・ブレーキ等のペダル操作がタイヤに伝達されない状態であったとは認められない。

      (2) 以上の事実を総合すると,原告Aは,本件事故現場手前のカーブから直線に立ち上がった際,本件自動車の速度を通常まで回復するためにアクセルを踏み込んだが,

      本件事故当時,同地点の道路には積雪があったために路面の摩擦が小さく,アクセル操作による急激な後輪の駆動力の増加でスリップが発生し(キックバック現象により急に駆動力が増した可能性が高い。),これによって本件自動車の進行方向がずれたものと認めるのが相当である。

      そして,進行方向が右にずれた後,スリップによりタイヤと路面の摩擦が減少している状態で,原告Aがブレーキを掛けたことによって,さらに急激なブレーキ操作を原因としてスリップ状態が増幅し,加えてハンドルを大きく左に切ることによってタイヤと路面の接地面積を減少させ,さらにスリップ状態が継続したものと認めるのが相当である。

      (3) なお,原告Aは,過去にもスリップを経験したことがあるが,本件事故の際の本件自動車の挙動はスリップとは明らかに異なる旨供述するので,以下検討する。

      証拠(証人G,原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,急激なブレーキ操作を原因とするスリップはタイヤがロックして滑るものであるのに対し,

      アクセル操作を原因とするスリップはタイヤが空回りして滑るものであって,その発生機序は全く異なること,原告Aが過去に経験したスリップは急ブレーキによるスリップであることがそれぞれ認められる。

      とすれば,本件で発生したアクセル操作を原因とするスリップと原告Aの過去に経験したスリップは,タイヤの動きが路面に伝わらないという意味においては共通するものの,自動車の挙動も運転者の受ける感覚も違うのであるから,これを単純に比較することは相当ではなく,原告Aの上記供述は,上記認定を左右するものではないというべきである。

      (4) さらに,上記認定事実によれば,原告Aは,本件事故当日広島トヨペットj営業所に電話をかけたときにF所長に対し,また,本件自動車が同営業所に搬入された日にGに対し,本件自動車が雪道で滑った際にABSが作動しなかったこと及びエアバックが開かなかったことについて苦情を言ったこと,

      これに対しGがスリップする方向にハンドルを切れば立て直すことができたことを説明していること,原告Aは,Gら広島トヨペットの従業員に対し,本件自動車に欠陥があるとの苦情を言ったことはなく,本件自動車の交換を請求することなく修理代金を全額支払っていることがそれぞれ認められる。

      この事実に照らすと,原告Aが,本件事故直後の時期には,F所長及びGに対し,本件事故現場付近に雪が降っており,本件自動車が滑って右を向いたと述べるなどして,本件事故がスリップによるものであったことを認める発言を繰り返していたと認めるのが相当である。

      この点,原告らは,本件事故の原因について言い争いになった際に「もしスリップだとすればどうすればよかったのか。」という原告Aの質問を,「スリップした。」と発言したものとGらが誤解していると主張する。

      しかし,上記認定事実及び証拠(甲11,証人G)によれば,Gは,原告の説明に対し,滑る方向にハンドルを切れば車を立て直せたことを説明していることが認められるところ,仮に原告Aが雪で滑った旨の発言をしていなければ,Gがスリップした場合の対応につき上記のような説明をすることは考えられない。

      また,原告Aは,本人尋問において,本件自動車が崖から落ちる際に転倒せず滑るように崖を落ちたと説明したことをGがスリップと誤解したものであると供述しているが,

      その供述内容自体不自然である上,原告Aの主張及び供述には一貫性がないことからすれば,原告Aの供述はにわかに信用できず,この点に関する原告らの主張は採用できない。

      3 争点(1)イについて

      (1) 上記認定事実によれば,G及びH次長は,本件自動車が転落した崖下の地権者への対応をF所長に依頼されたため同所に赴いた際に本件自動車の引上げ作業に立ち会ったものであること,

      本件事故現場でトラックに積み込む際や広島トヨペットj営業所内で駐車場から修理場内まで運搬する際には,本件自動車のアクセル,ブレーキ及びハンドル操作とも異常がなかったこと,

      本件事故による本件自動車の操舵性に関する修理箇所(ロアボールジョイントを除く。)は,いずれもタイヤを支持するアーム等を構成する部品であって,ハンドル操作をタイヤに伝達するために必要な部品ではなく,同部品に破損が生じた場合にはタイヤの位置異常等による振動やハンドル操作の困難により自動車を操舵することに困難を感じるが,ハンドル操作が一切タイヤに伝わらなくなるものではないこと,

      本件自動車と同車種であるマークⅡのリコールの対象となった不具合の部位である緩衝装置(前輪)のロアボールジョイントは,ハンドル操作によるステアリングロッドの動きをタイヤに伝える支点の役割をする部品であり,

      ロアボールジョイントが外れればステアリングロッドの動きがタイヤに伝わらず走行不能に陥ることがあるとともに,タイヤを支持する他の部品が破損した場合と同様に,

      タイヤの位置異常等により相当の振動と操作困難が伴う可能性があるが,外れなければ操舵性に影響が出る性質の部品ではないこと,

      たとえロアボールジョイントが外れたとしても,同部品はブレーキ操作をタイヤに伝達する装置ではないため,ブレーキ操作には何らの影響もなく,ブレーキが利かなくなることは考えられないこと,

      本件自動車の進行方向がずれ始めたとき,原告Aは,ロアボールジョイントが外れた場合に生ずる車体の傾き,振動ないしタイヤの位置異常によるハンドル操作の困難等の異常を感じていないこと,

      本件事故による修理やリコール対象部位であるロアボールジョイントの交換作業が行われるより前である平成11年3月31日に撮影された本件自動車の写真からは,タイヤを支持しているロアアームが折れていたり,ボールジョイントが外れて車体が傾いている様子はないこと,本件事故による修理及びリコール部品の交換後,現在に至るまで,本件自動車の操舵性には何らの異常も発生していないことがそれぞれ認められる。

      (2) 以上からすると,本件事故後においても本件自動車の操舵性には何ら異常がなかったのであり,本件事故による修理やリコールの実施によって交換を行った部品には,本件事故による傷が認められた以外に本件事故の原因となるような異常があったとは認められないから,

      本件自動車の操舵性に関係のある部品に異常が発生し,それが原因で操舵不能に陥って本件事故が発生したとは認められないというべきである。

      なお,Iが本件自動車を営業所内で移動させた際は,僅かな時間・距離を低速で移動させたにすぎないが,高速運転時と低速運転時とで異常の発生機序,態様が異なることを推認させる事情は何ら認められないから,上記事実は,本件自動車の欠陥の存在を否定する事情として評価しうる。

      また,上記認定からすると,G及びH次長が本件事故現場まで来て本件自動車の引上げ作業に立ち会い,その様子を撮影していたことは,何ら異常な対応とはいえないというべきであり,

      原告らの主張するように,ロアボールジョイントの異常による事故例が報告されていたことから,本件事故についても詳細な調査を行うために引上げ作業のビデオ撮影等が行われたと認めるに足りる証拠はない。

      したがって,本件自動車には,リコール対象箇所であるボールジョイントに不具合があったものの,同部分が本件事故の原因とはいえず,その他の修理箇所も本件事故の原因とは認められない。その他,本件自動車の部品,システム等に異常があったと認めるに足りる証拠はない。

      よって,上記2で説示したとおり,本件事故は,原告Aの運転方法上の問題により本件自動車がスリップして発生したというべきであって,本件事故が本件自動車の「欠陥」によるハンドル制御不能に起因して発生したとは認められない。

      (3) この点,原告らは,本件事故による修理の内容についての被告の説明では本件自動車に欠陥がなかったとはいえないとし,本件事故の原因であるハンドル操作が利かなくなったという異常を生じさせる可能性がある部品,システムなどすべてが問題となると主張するが,

      製造物責任法は,設計・製造等の消費者から認識することの困難な過程における製造者の「故意・過失」の立証責任を軽減するため,製品が通常有すべき安全性を欠いていたとの客観的事実たる「欠陥」の概念を採用したものであるから,

      本件自動車の欠陥,すなわちその製品の性状が通常有すべき安全性を欠いていたことの主張立証責任はあくまで原告らの負担となる。

      したがって,本件自動車のハンドル操作に異常を生じたことが外的要因等ではなく本件自動車の性状に起因することを具体的に明らかにせず,単にその可能性を指摘するのみでは,欠陥の主張がなされたとはいえないものと解すべきである。

      そして,上記認定事実によれば,本件事故による修理やリコール部品の交換後は,本件自動車は何らの問題もなく走行できているのであるから,これらの部位以外に何らかの異常があるとは認められないというべきである。

      したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない。

      4 結論

      以上からすれば,本件事故は,本件事故現場付近の路面に積雪があったために本件自動車がスリップして発生したものであり,本件自動車の欠陥によるものとは認められない。

      したがって,その余の争点につき判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して主文のとおり判決する。

H13.11.16 京都地判 事件番号 平13(ワ)1416

  • 判決
    • 第3 判断

      1 本件事故の発生日時が平成10年5月28日であることは当事者間に争いがなく,弁論の全趣旨によると,原告は,本件事故発生直後に,本件事故による損害の発生及びその加害者が被告及びAであることを知るに至ったと推認される。

      そして,本件訴訟が提起されたのが平成13年5月30日であることは,裁判所に顕著な事実である。

      2 証拠(甲52,53)及び弁論の全趣旨によると,被告が,平成10年9月3日,茨木簡易裁判所に対し,被告及びAを相手方として,本件調停申立てをしたこと,

      その申立書には,申立ての趣旨として「申立人の相手方らに対する本件交通事故による相当な損害賠償額を確定する調停を求める。」と記載され,

      さらに,申立ての原因として,「相手方は本件事故により物的損害を負ったとするものである。」「ところが,本件について,損害額及び責任の割合が不明で争いがあるため,当事者間での話合いが困難な状況にある。」

      「よって,本件事故による妥当な損害額を確定するため,本件調停を申し立てる次第である。」と記載されていたこと,本件調停申立てに係る調停事件は同年11月24日に不成立で終わったことが認められる。

      3 ところで,民法147条3号が定める「承認」とは,時効の利益を受けるべき者が,時効によって権利を失うべき者に対して,その権利の存在することを知っている旨の表示をすることをいうものと解されるところ,

      本件調停申立ての申立ての原因は,本件事故による被告とAの責任の割合が不明であるとしており,その趣旨は本件事故による損害の発生が全てAの責任によるものとの主張を抽象的に含みうるものであって,

      被告が,本件調停申立てをもって,原告に対し,損害賠償請求権の存在を知っている旨表示したとはにわかに解されない。

      現に,本件調停申立てに係る調停事件は申立て後,間もなく,不成立で終わったものである。

      したがって,本件調停申立ては,上記「承認」には該当しないと解するのが相当である。

      4 また,原告は,本件調停申立て以前にも,本件事故後に被告が契約している任意保険会社の担当者が示談交渉あるいは損害額の査定のために原告を訪れたことをもって,上記の「承認」に当たると主張するが,

      その主張に係る事実が仮に認められるとしても,その後に本件調停申立てがなされたことに照らすと,被告あるいは任意保険会社の担当者が,原告に対し,本件事故に係る原告の被告に対する損害賠償請求権を承認したものでないことは明らかであって,原告の上記主張もまた採用の限りでない。

      5 さらに,原告は,被告の消滅時効の援用が権利濫用に該当する旨主張するが,原告は,平成10年11月24日に本件調停申立てに係る調停事件が不成立に終わった時点で,被告との間で本件事故による損害賠償の請求をめぐる紛争が未解決であることを十分に認識していたものであり,

      消滅時効が完成するまでの間,いつでも,損害賠償請求の訴えを提起することができたのであるから,その訴え提起が遅れて消滅時効の完成後になったことによる不利益は原告において甘受すべき筋合いのものであり,原告の上記主張は採用しない。

      6 以上のとおりであるから,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。

H13.11.14 神戸地判 事件番号 平13(ワ)362

  • 判決
    • 第3 争点に対する判断

      1 人的損害         142万9830円 

      内訳 

      ①休業損害    97万5000円
      ②治療費         2万5000円
      ③通院交通費       2万9830円
      ④慰謝料        40万0000円

      (1) 証拠(乙1ないし3,証人A,原告本人)によれば,原告は,本件事故当時,Aが営む探偵社において各種調査業務に従事し,月額45万円(1日当たり1万5000円)程度の収入を得ていたが,

      本件事故後平成12年7月末までの約100日間は給与の支払いを受けておらず,本件事故後,Aから給与の支給を受けるようになったのは平成12年8月からであることが認められ,この認定に反する証拠はない。

      しかしながら,証拠(甲2,6の1ないし3,7の1ないし4,8,12)によれば,本件事故は比較的軽微な追突事故であると認められる上,

      証人Aの証言及び原告本人尋問の結果によれば,原告は,平成12年5月は1週間に1回程度,同年6月は1週間に2~3回程度勤務先を訪れ,Aと本件事故に関する相談等を行っていたと認められるのであって,

      これらの事実からすると,原告が,上記100日間の全てについて,治療に専念せざるを得ず,休業せざるを得ない状態にあったものとは認め難い。

      もっとも,証拠(甲3の1,4の1ないし4,乙4,証人A,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故により,腰部打撲,頚椎捻挫の傷害を受け,本件事故日(平成12年4月22日)から同年5月11日までB病院で通院治療(実通院日数10日弱)を受け,同月12日から同年8月25日までC整形
      外科で通院治療(実通院日数55日)を受けていることが認められるのであって,

      休業期間を40日間とする被告の主張は,かかる通院治療の状況に照らして妥当でない。

      そこで,原告の実通院日数が約65日であったことを斟酌し,本件事故と相当因果関係のある原告の休業期間については65日間とするのを相当と認める。

      よって,休業損害の額は,次のとおり,97万5000円となる。

       1万5000円×65日=97万5000円

      (2) 原告主張の治療費25万0000円については,これを認めるに足りる証拠はない。

      もっとも,被告が原告に対し,治療費として2万5000円を支払っていることは当事者間に争いがないから,同金額については本件事故と相当因果関係のある治療費であると認められる。

      (3) 原告本人尋問の結果によれば,原告は,C整形外科への通院については徒歩で通院をしていたが,B病院への約10回の通院については,タクシー(片道料金約5600円)を利用していたことが認められる。

      しかしながら,タクシーによる通院がやむを得ないものであったことなど,タクシー料金が本件事故と相当因果関係のある通院交通費であることを認めるに足りる証拠はない。

      もっとも,被告が原告に対し,通院交通費として2万9830円を支払っていることは当事者間に争いがないから,同金額については本件事故と相当因果関係のある通院交通費であると認められる。

      (4) 本件事故の態様,特に,被告が本件事故の際酒気帯び運転をしていたこと(争いがない),その他,原告の受傷内容及び治療経過等,本件に現れた諸般の事情を勘案すれば,原告の慰謝料としては40万円が相当である。

      2 物的損害(修理費)    7万5263円(争いがない)

      3 既払金       △103万9923円(争いがない)

      内訳 
      ①休業損害      △60万0000円
      ②治療費        △2万5000円
      ③通院交通費      △2万9830円
      ④慰謝料        △3万0000円
      修理費 △7万5263円
      ⑥その他       △27万9830円

      4 弁護士費用  5万0000円

      本件事案の性質,審理の経過,原告の認容額等に照らし,原告が本件事故による損害として被告に対し賠償を求めうる弁護士費用は,5万0000円と認めるのが相当である。

      5 差引合計          51万5170円

H13.10.31 名古屋高判 事件番号 平12(ネ)298

  • 判決
    • 第3 当裁判所の判断

      当裁判所の判断は,一部につき加除訂正した以外,原判決の「事実及び理由」欄の「第三」の記載のとおりであるから,その全文を掲げて当裁判所の判断を示し,主要な加除訂正部分には下線を付してこれを示すこととする。

      1 争点1(買替え損害額)について

      (1) 前記争いのない事実等(前記第二の一)並びに証拠(甲6,甲10ないし13,甲54ないし56,甲57の1,2,甲58,59,甲62,甲68,甲125,126,甲130,乙1,乙18,乙28,乙33ないし38,乙40,41,乙44の1,2,乙45の1,乙46,47,乙57,58,証人J)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。

      ア 被害車両は,平成4年6月23日,初度登録され,本件事故まで1万1828キロメートル走行したもので,本件事故当時の時価は172万円であった。

      イ 本件事故による被害車両の損傷は,右側面が主要であり,被害車両の右フロントフェンダーから右ドア,右リヤアウトサイドパネルセットにかけて加害車両と接触した痕跡が残った。被害車両の右ドア下の樹脂製のサイドシルガーニッシュには,擦過した跡はあるものの大きな変形はなく,リヤアウトサイドパネル部分(リヤウインドガラスの右上方部)に2箇所窪みができた。

      また,クウォーターガラスの内側のライニングがはがれた。被害車両のルーフ部分は,モールを境に,内側にあるルーフパネルには目立った歪みはなかった。

      被害車両後部の左テールランプとトランクリッド(トランクのふた)の隙間は広くなっており,右テールランプとトランクリッドの隙間は狭くなっていた。

      被害車両の左のリヤホイールトリムには,本件事故によるものとみられる新しい損傷があったが,その他被害車両の左側面には歪みはなく,左側のフロントフェンダーとドア,ドアとリヤアウトサイドパネルの隙間が広くなっていたり,左側への湾曲の膨らみ,ドア,フェンダー等のチリに狂いが生じているという状態はなかった。

      被害車両はモノコックボディー車(フロア,ピラー,ルーフ等各構成体を溶接し,一体化したボディー構造を有する車両)であるが,その骨格というべき右フロントピラー,右サイドシルパネル,右フロントインサイドシル,右リヤインナパネル,ルーフパネル,フロントフロア,リヤフロアパネル,右リヤアウトサイドパネルに損傷があり,右リヤサイドメンバーにも損傷が及び,曲がった状態となった。

      ウ 上記のような状態となった被害車両の修理代につき,事故直後,被害車両と同種の車両を販売しているホンダベルノの担当者のLは,レッカー代金を含め92万3400円(レッカー代金5万円を差し引き消費税を加えると89万9602円)であると見積もり,これに基づいて見積書(甲13)を作成した。

      また,被控訴人東京海上から指示を受けた被控訴人東京海上の関連会社である東京海上損害調査株式会社の従業員(アジャスター)であるJは,平成5年10月26日,ホンダベルノのL立会の下,被害車両を調査,見分し,同修理代(消費税を含む。)を84万0367円であるとし,Lもこれを了解した。

      Jは,同調査に基づいて,被害車両の修理についての見積書(前掲の「被控訴人東京海上の見積り」若しくは「被控訴人東京海上作成の見積書」又は「J見積書」,乙1)を作成した。

      なお,L及びJの調査,査定は,上記のとおり金額に多少の差異はあったものの,修理項目等はほぼ同一であり,いずれも右リヤサイドメンバーの損傷に気が付かず,したがって,上記部分の修理を計上しなかった。

      また,Jは,リヤタイヤを交換する必要を感じたが,価格が未定であったため,これを除いて合計額を算出した。

      エ 控訴人は,本件事故後である平成5年10月31日,ホンダベルノから被害車両と同型式であるホンダプレリュード(車両本体価格199万3000円)を,値引きその他手数料,各種税等の負担を含め合計価格218万円で買い受けた。

      ホンダベルノは,その際,被害車両の価値は未修理の状態で45万円相当であると査定し,上記価格で下取りをし,控訴人は差額173万円を支払った。

      オ 被害車両は,ホンダベルノに下取りされた後,代金45万円で有限会社パブリック自動車販売に売り渡され,同社から修理を依頼されたDによって修理された。

      Dは,オートポールシステムと称するフレーム修正機を使用して被害車両を修理した。上記修正機は床固定をするもので,普通は4点を固定するものであった。

      Dは当時,修理作業に伴う計測作業には,フレームセンタリン
      グゲージ,トラムゲージ,コンベックスルールを使用していた。

      そして,Dは,被害車両の修理に際し,右リヤサイドインナーパネルは取り付いた状態で板金し,右リヤサイドメンバー(リヤサイドフレーム),サイドシルインナ,サイドシルアウタ,フロントフロアはいずれも粗出しと呼ばれる板金修理の方法で修理をした。

      Dが有限会社パブリック自動車販売から支払を受けた修理代金は,同社から現物で提供を受けた部品代相当額も含め,31万7570円であった。

      カ ところで,被害車両は,Dによって修理された後,有限会社パブリック自動車販売から日昇自動車株式会社に売り渡され,さらに,平成6年2月,日昇自動車株式会社からEに対し,本体価格139万8000円で売り渡された。

      Eが被害車両を所有していた間,主として被害車両を使用していたのは,同人の子であるFであった。

      Fは,平成6年3月に運転免許を取得し,同月ころ,被害車両を運転中,交通事故に遭った(Fは右運転席ドアをこすられる事故であったと供述しているが,具体的な事故態様や衝突部位,これによる被害車両の損傷,修理内容等は明らかでない。)。

      また,Fは,同年7月ころ,居眠り運転のため電柱に被害車両を衝突させる事故(それ以上に具体的な事故態様や衝突部位,これによる被害車両の損傷,修理内容等は明らかでない。)を起こし
      た。

      そのため,その所有者であるEは,修理を諦めて被害車両を廃車にした。

      被害車両は,平成6年12月,再び新規登録されて,有限会社ガジョウ産業の所有となり,同社からG(宮崎県都城市で「M」の商号で中古車販売業を営む。)に譲渡された。Gは,平成7年7月,H(鹿児島県鹿屋市在住)に対して,被害車両を譲渡した(支払総額140万円)。

      Hの所有中,被害車両の主な使用者は,Hの子であるIであったが,Iの知合いの女性が被害車両を運転中(時期は不明),交通事故に遭っている(Iは左のドアを少しぶつけられ,10万円くらいの修理をした旨供述するが,これについても,具体的な事故態様や衝突部位,これによる被害車両の損傷,修理内容等は明
      らかでない。)。

      控訴人は,当審係属後である平成12年9月30日,当時被害車両を所有していたHから,証拠確保のためこれを譲り受け,再び被害車両の所有者となった。

      (2) 前記(1)の各事実によると,被害車両については,被控訴人東京海上側のアジャスターが調査をする前に販売店であるホンダベルノが修理代金の見積り(甲13)をし,その結果がレッカー代金を除くと89万9602円であったこと,

      その後,被控訴人東京海上側のアジャスターであるJが調査し,84万0367円と査定し,これについてホンダベルノの担当者のLも上記金額を了解したこと,

      上記両者の調査,査定において,その金額には多少の差異はあったものの,修理項目等はほぼ同一であったこと等の事実が認められるのであるから,これによると,被害車両の修理代金は上記のように了解された84万0367円と認めるのが相当である。

      もっとも,前記のとおり,LもJも,被害車両の右リヤサイドメンバー部分の損傷を発見することなく,したがって前記修理価格の見積りにもこれが計上されていないこと,被害車両を現実に修理したDは上記部分の損傷に気が付き,

      粗出しと呼ばれる板金修理の方法で修理をしたことが認められ,これによると,被害車両の修理代金は右リヤサイドメンバー部分の修理料を含まなくてはいけないものと考えられる。

      そして証拠(甲13,甲68,乙1,乙40)によると,Dは「クォーターインナーパネルB(板金),タイヤハウスステップB(板金)」という修理項目で上記周辺の板金修理につき合計2万4000円を請求したこと,もっとも,ホンダベルノやJの見積りにおいても,右リヤフロアパネル付近についての修理の必要性を認め,修理項目を計上していたことが認められる。

      そうすると,Dの前記修理代金中2万円相当(消費税を含む。)が前記右リヤサイドメンバー部分の修理に当てられたものと認めるのが相当である。

      また,前記のとおり,被害車両はリヤタイヤを交換する必要があったところ,証拠(乙45の1)によると,具体的には左のリヤタイヤを交換する必要があり,要する価格は工賃を含み2万8000円であることが認められ,消費税を考慮すると2万8840円となる。

      したがって,修理代金総計は88万9207円となり,当事者間に争いのないレッカー等代金5万5620円を加えると94万4827円となる。

      (3)ア ところで,控訴人は,被害車両には,Dによる修理の後も,

      ①右リヤ・ストラッドタワー取付位置のずれ,
      ②フロントフロアの右シート取付ボルト穴のずれ,
      ③右Aピラーのドアヒンジ取付位置のずれ,
      ④リヤフロアの残存損傷,
      ⑤車体全体(車体の本質的構造部分)のねじれという損傷(本件事故による損傷)が残存しており,

      その結果,被害車両には,左流れやシミーモーションが発生している(Iが運転していた当時から発生していた。)と主張し,甲125ないし127,甲128の1,2,甲129等を提出する。

      イ しかし,Iが運転していた当時,被害車両に上記①ないし⑤の損傷がみられたとしても,前記のとおり,被害車両は,Fの運転中に2回,Iの知人の運転中に1回の交通事故(Hの購入後ではあるが,具体的時期は不明)に遭っており,

      しかも,それら事故の具体的な事故態様や衝突部位,これによる被害車両の損傷,修理内容等が明らかでないことに照らせば,上記各損傷がこれら事故の結果である可能性を否定することはできないから,現在において上記各損傷があることから,直ちにこれらが本件事故による損傷であると推認することはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

      また,Iが運転していた当時から,被害車両に前記の左流れやシミーモーションがみられたとしても,上記同様,被害車両が本件事故後少なくとも3回の交通事故に遭い,

      これによる損傷や修理の内容を始めとする詳細が明らかでないことに照らせば,現在,左流れやシミーモーションがみられることから,直ちにこれらが本件事故による損傷の結果であると推認することはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

      ウ ところで,Fは,同人が被害車両を運転していた平成6年当時,同車両は頻繁にハイドロプレーニング現象を起こし,また,わだちによる凹凸の多い路面でハンドルを取られ易かった等供述している(甲54,55)。

      しかし,有限会社ガジョウ産業(鹿児島市所在)が所有していた間は,被害車両の運転中,ハイドロプレーニング現象を起こしたり,ハンドルを取られたりしたことはなく(乙48),

      また,Iが運転していた間や控訴人が被害車両を買い戻した後,そのような現象がみられた形跡はない上(甲125,126,弁論の全趣旨),Fは,平成6年3月に運転免許を取得したばかりであり,被害車両は同人にとっていわば最初の車であり,これと対比すべき他の自動車の運転経験,少なくとも日常的な運転経験がなかったことに照らせば,

      仮に,Fが被害車両を運転していた平成6年3月ころないし7月ころ当時,被害車両が頻繁にハイドロプレーニング現象を起こし,また,わだちによる凹凸の多い路面ではハンドルを取られ易かった等の事実があったとしても,そのことから直ちに,それが本件事故による損傷の結果であるということはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

      エ そして,前記認定のとおり,Dによる修理の代金額が31万7570円であったことからすると,同修理の内容は,J見積書(見積額84万0367円)が予定した修理内容に比して相当程度劣るものであったと推認されるから,

      仮に,Dによる修理の後,被害車両に本件事故による損傷が残ったとしても,そのことから直ちに,J見積書の内容の修理が実施されたとしても同様の損傷が残ったということはできない。

      オ したがって,Iが被害車両を運転していた当時から,被害車両に上記ア①ないし⑤の損傷がみられ,左流れやシミーモーションが発生していたとしても,上記アの証拠のみから,これらが本件事故による損傷の結果であると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

      (4) ところで,控訴人は,原審以来,被害車両には本件事故によりバナナ損傷が生じたと主張しているが,下記のとおり,同主張事実を認めることはできない。

      ア 控訴人は,被害車両が,別途独立のフレームを有しないモノコックボディー車の構造を有していたこと,本件事故により,被害車両後部の左テールランプとトランクリッドの隙間が広く,右テールランプとトランクリッドの隙間が狭くなっていたのは,右側面からの入力がパーセルシェルフ(リヤスピーカーの取り付けられているパネル)を伝わり,左のクウォーターパネルにまで波及したためと考えられること,

      被害車両を修理したDが,センタリングゲージで調べたところ,被害車両は右からのぶつかりの力で6ミリメートルくらい左へずれており,いわゆるジャックナイフ現象(バナナ損傷)を起こし,車体が曲がっていた旨供述していること(甲68),

      前記のとおり,被害車両の右リヤサイドメンバーに損傷が及んでいたが,高張力鋼板でできた箱形の部材でフロアの下部にスポット溶接されているリヤサイドメンバーに損傷を受けていたのであれば,当然リヤフロアにもかなりの損傷があったはずであること,

      被控訴人東京海上側のアジャスターであるJが被害車両の修理費の見積りとして,右サイドパネル取替え,右フロントインサイドシル取替え,フロントフロア及びリヤフロアの修理,ルーフパネルの修理,ルーフサイドレールの取替えを計上し,ルーフパネルの修正に1万円,フロントフロアに1万5000円,リヤフロアに6000円の工賃を計上していること(乙1),

      ホンダベルノのLが,被害車両がバナナ損傷の状態となった可能性が高い旨述べた記録があること(甲58,甲2),

      本件事故後,被害車両を下取りしたホンダベルノは自らこれを修理の上転売することなく,事故車のままの状態で控訴人からの下取価格で第三者に転売していること,修理後の被害車両を運転したFが運転中異常を感じたこと等を理由に,本件事故による被害車両の損傷はバナナ損傷であり,重度のサイド損傷であった旨を主張する。

      イ しかし,被害車両後部の左テールランプとトランクリッドの隙間が広く,右テールランプとトランクリッドの隙間が狭くなっていた原因については,

      右リヤアウトサイドパネル後端の下部は,リヤフロアやリヤパネルと剛接されており,パネル自体が移動する余地はないが,その上部はリヤパネルの形状がU字形をしているため,左右方向の剛性が弱く,前方からの波及衝撃が作用し,

      左方向(内側)に若干移動した,又はトランクリッドは,前上部2箇所をヒンジでパーセルシェルフパネルに,後ろ下部1箇所をリヤパネルに,それぞれ固定しているが,その固定は強固なものではなく,

      横方向の衝撃を受けた場合には,慣性力で比較的簡単に取付位置が変化し右方向へ多少移動したとも考えられるから,トランクリッドの隙間の左右差をもって被害車両の損傷がバナナ損傷であったということはできない。

      また,被害車両がリヤサイドメンバーに損傷を受けていたことや,Jがサイドシル,ルーフ,フロア等に控訴人主張のような修理内容,費用を計上していたことも,それらの部位に損傷を受けたにせよ,その損傷態様には様々な態様が考えられ得るのであり,上記各事情から直ちに本件事故による損傷がバナナ損傷であったということはできない。

      かえって,前記のとおり,被害車両の左側面には歪みは見られず,左側のフロントフェンダーとドア,ドアとリヤアウトサイドパネルの隙間が広くなっていたり,左側への湾曲の膨らみ,ドア,フェンダー等のチリに狂いが生じているという状態が認められなかったことは,

      被害車両がバナナ損傷を受けた旨の控訴人主張を否定するものといえる(控訴人は,リヤサイドメンバーに損傷が及んでいたということは,当然にリヤフロアー,リヤホイールハウスに損傷が及んでいたことの証左であると主張するが,被害車両について上記のように認めるに足りる証拠はなく,ホイールアライメントに影響が出たと認めることはできない。)。

      さらに,前記認定の事実及び証拠(乙44の1)によると,加害車両のフロントバンパの強度部材により強化された部分が地上から約45センチメートルから55センチメートルの位置にあったこと,

      加害車両の上記部分が被害車両の床付近の補強材的な部分に衝突したときには,双方が剛性を有していることから被害車両にバナナ損傷を招くことが危惧されたこと,

      そして,本件事故に際し加害車両の上記強化された部分と衝突する可能性のあった被害車両の床付近の補強材的な部分は被害車両のサイドシル部分であったこと,

      しかし,被害車両の上記部分は地上から約20センチメートルから25センチメートルの位置にあり,加害車両の上記強化された部分との衝突を免れ,前記のとおり右サイドシルを覆うサイドシルガーニッシュ部分には加害車両の擦過した痕跡はあるものの,大きな変形はなかったことが認められる。

      したがって,上記のような両車両の剛性部分の衝突は免れたのであるから(控訴人は,被害車両のBピラーが内部に相当程度押し込まれていることから,上記剛性部分の衝突があったと主張するが,

      上記認定の事実に照らせば,控訴人主張の事実から上記衝突があったと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。),このことも,被害車両がバナナ損傷を受けたことを否定する1つの事情であると判断される。

      なお,D,Lがバナナ損傷等の存在を認める趣旨の供述をしたとの点については,証拠(乙35,乙54)によると,同人らがこれを否定する趣旨を述べたことも認められ,前記判断を直ちに覆すものとはいえない。

      ウ 以上のとおりであるから,本件事故により,被害車両にバナナ損傷が生じた事実を認めることはできない。

      他に,本件事故により被害車両に車体の本質的構造部分の重大な損傷が生じ,これが現在なお残存していると認めるに足りる証拠はない。

      (5)ア 前記(3),(4)のとおり,本件事故により被害車両に車体の本質的構造部分の重大な損傷が生じ,同損傷がDの修理を経ても現在なお残存しているという控訴人主張の事実を認めることはできないから,

      その余の点について判断するまでもなく,被害車両が,本件事故により,最高裁判所昭和49年4月15日判決(民集第28巻第3号385頁)にいう社会通念上買替え相当の状態になったということはできない。

      控訴人は,被害車両のような大規模破損車両の修理には,3次元計測機を用いた正確なボディーアライメントの回復と4輪トータルアライメントテスターを用いた正確なホイールアライメントの回復が必要であると主張し,

      J見積書(乙1)やLの見積り(甲13)の程度の修理費用では,ボディーアライメントやホイールアライメントの回復は期待できず,走行安定性,安全性も回復できない旨主張し,

      これに沿う証拠として甲70,甲113,甲122,123,甲124の1,2,甲127,甲130等を提出するほか,控訴人提出の甲69,甲131,132(いずれも修理見積書)は,いずれも控訴人主張の上記修理を前提とするものである。

      しかし,乙44の1,2,乙45の1は,3次元計測機による計測等を予定しておらず,J見積書の修理内容を不足とするものではないこと(なお,平成5年当時,3次元計測機や4輪トータルアライメントテスターが自動車修理業者に普及していたと認めるに足りる証拠はない。),

      前記認定のとおり,ホンダベルノのLが,J見積書(乙1)に先立って,これとほぼ同様の修理内容,金額の見積もり(甲13)を出していることに照らせば,控訴人提出の上記証拠のみから,控訴人の上記主張を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

      ところで,控訴人は,財団法人日本自動車査定協会の中古自動車査定基準を参照すると,被害車両には同基準のDランクに該当する損傷が認められるから,本件事故により被害車両が社会通念上買替え相当とされる重大な損傷を被ったといえる旨主張するが,

      仮に被害車両に上記Dランク該当の損傷が認められるとしても,上記基準の性格に照らせば,そのことのみから直ちに,被害車両が社会通念上買替え相当の状態になったと認めることはできない。

      イ また,前記(3),(4)によれば,本件事故の結果,被害車両をもとの走行安定性,安全性を持つ状態に修理することは不能となったという物理的全損の控訴人主張が認められないことは明らかである。

      ウ さらに,控訴人は,被害車両の修理をすると,修理費用のみでも,少なくとも修理費用,評価損及び代車料等の合計額においては,本件事故当時の被害車両の時価172万円を超えるから,被害車両は経済的全損にあたる旨主張する。

      しかし,被害車両につき,本件事故により評価損が発生したことを認めるべき証拠はない。

      そして,本件事故による修理費用レッカー等代金及び消費税を含む。)は94万4827円であること(前記(2)),控訴人主張の代車料は本件事故による損害として認められないこと(後記2),本件事故後,被害車両は修理されて転々流通したこと(前記(1)カ)に照らせば,同主張は到底認められない。

      ところで,控訴人は,上記修理により代車が必要な期間は60日で,同代車の1日当たりの単価が2万円であるから,合計120万円の代車料を要する旨主張するが,

      仮に控訴人が現実に代車を使用してその代車料を請求し得るとしても,証拠(証人J)及び弁論の全趣旨によれば,代車を要する期間は14日間程度であることが認められるから(控訴人提出の甲14は,上記証拠等に照らせば修理に60日間を要するとの趣旨が必ずしも明らかでなく,容易に信用することはできない。),

      控訴人提出の甲8記載の単価によっても,代車料は合計30万円程度にとどまり,上記修理代(前記(2)の94万4827円)に上記代車料を加えても,本件事故当時の被害車両の時価172万円を超えない。

      (6) 以上のとおりであるから,控訴人が被害車両を買い替えたことによる損害のうち本件事故と相当因果関係のあるものは,前記の修理費88万9207円及びレッカー等代金5万5620円の合計94万4827円となる。

      2 争点2(自動車を使用できなかったことによる損害)について

      控訴人は,本件事故により買替えまでの14日間自動車を使用することができなかったとして,そのことによる損害を主張する。

      しかし,控訴人が上記期間中,現実に代車等を必要とし,これを借り受ける手続をした等の事実は,本件全証拠によっても認めることができない。

      控訴人は,抽象的な可能性としての代車料を損害として主張するものと考えられるが,そのようなものを本件事故による損害として認定することはできない。

      したがって,控訴人が主張する争点2の損害は認められない。

      3 争点3(無形の損害)について

      控訴人は,本件事故により慰謝料を含む無形の損害を被った旨を主張するが,本件のようないわゆる物損の事案においては,その性質上,財産的損害につき適正な価格の損害賠償がされ,控訴人が有していたその財産的な価値が適正に回復されることにより,

      特段の事情がない限り,控訴人に財産的損害とは別途の精神的苦痛を残すことはないものと解される。

      したがって,控訴人の上記主張は失当といわねばならない。

      4 争点5(過失相殺)について

      (1) 前記当事者間に争いのない事実等及び証拠(甲1,2,甲5,6,甲34,35,甲37,乙33,丙1,2,丙3の1ないし14,証人N,承継前1審被告O本人)によると,以下の事実が認められる。

      ア 本件交差点は,ほぼ南北方向の道路(以下「本件南北道路」という。)とほぼ東西方向の道路(以下「本件東西道路」という。)との交差点で,本件南北道路には本件交差点内も含め黄色の中央線が連続して引かれ,片側1車線であった。

      また,本件東西道路の少なくとも西側から本件交差点に進入する位置は一時停止の規制がされ,一時停止の停止線が引かれていた。

      イ 亡Oは,本件事故当時,加害車両を運転し,本件東西道路を西から走行し,本件交差点を東方に直進しようと,進行中であった。

      ところで,本件事故直前,加害車両に先行して本件東西道路を西から東に走行していた車両があったが,上記車両は本件交差点で左折北進をした。

      亡Oは,本件交差点手前の一時停止の停止線付近で一時停止をしたが,同所での左右の見通しが悪いことから,さらに加害車両を前進させた後停止し,本件南北道路上の安全を確認した(控訴人は一時停止及び安全確認の事実を争うが,前記証拠によれば同事実を認めることができ,これを覆すに足りる証拠はない。)。

      しかし,亡Oには,前記の左折した加害車両の先行車両以外に車両は見えなかった。

      そこで,亡Oは,本件交差点を東に直進しようと発進した。そして亡Oは,加害車両の前部が本件交差点の本件南北道路の中央線を越えた場所付近で初めて本件南北道路北側から本件交差点に進入して加害車両の直前を通過しようとしている被害車両に気付き,ほぼ同時に加害車両の前部を被害車両の右側面に衝突させた。亡Oは衝突と同時にブレーキをかけ,衝突地点とほぼ同地点に停止した。

      ウ Nは,被害車両を毎時約20ないし30キロメートルの速度で運転し,本件南北道路を北から南に進行していた。Nは,本件交差点付近に至ったとき,進行方向前方の本件交差点の右側(西側)付近も確認したが,加害車両の存在を認めなかった。

      Nは,本件交差点付近に至ったとき,本件交差点のさらに前方(南側)の信号のある交差点に設置された信号機が赤色を表示しており,既に停止している車両があり,さらにその後ろに停止しようとしている車両もあることを認めた。

      そこでNは,上記の信号のある交差点で停止することを想定し,
      少し減速して本件交差点に向かって南進した。

      被害車両が本件交差点に差し掛かったとき,本件南北道路の反対車線を北進する車両と対向した。

      そして,その直後に,加害車両が,本件交差点西側から本件交差点に進入した。そして,加害車両が被害車両の右側面に衝突し,その結果,被害車両は,本件交差点の南東方向に進行して,停止した。

      (2) 上記認定の事実によると,本件は,加害車両の先行車両が本件交差点を左折北進をし,上記車両が加害車両と被害車両の各運転者の視界の間に入ってしまい,双方の運転者が相手方車両にすぐには気が付かず,衝突に至ったというものと認められる。

      そうすると,本件事故における過失相殺は,被害車両が走行していたのは中央線の引かれた優先道路であり,加害車両が走行していたのは交差点直前に一時停止標識のある道路で,本件事故は信号機が設置されていない本件交差点内において直進車同士が衝突したものであること,

      そして前記認定の事故発生の経緯を考慮すると,加害車両の過失が九割,被害車両の過失が1割であると認めるのが相当であり,したがって,控訴人の前記損害についても上記割合の過失相殺がされるべきである。

      (3) 以上によると,前記1の控訴人の損害94万4827円に前記割合の過失相殺をすると,その損害額は85万0344円(1円未満切捨て)となる。

           94万4827円×(1-0.1)=85万0344円(1円未満切捨て)

      5 争点4(弁護士費用)について

      控訴人は弁護士を職とするものであるが,本件事案の内容に照らすと弁護士を委任することが相当であると認められ,訴訟の経緯,認容額等を考慮すると,本訴提起に伴う弁護士費用中本件事故と因果関係を有する分は9万円をもって相当とする。

      6 前記4(3)の過失相殺後の損害額85万0344円に前記5の弁護士費用9万円を加算した合計額94万0344円から,被控訴人東京海上の弁済済みのレッカー等代金5万5620円(前記第二の一5)を控除すると,残額は88万4724円となり,これが本件事故による控訴人の損害である。

      7 以上のとおりであるから,控訴人の請求は,

      (1) 被控訴人AB両名に対して,それぞれ損害金44万2362円及びこれに対する本件事故の日である平成5年10月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから,これを棄却し,

      (2) 被控訴人東京海上に対して,控訴人と被控訴人AB両名との間の本件判決が確定したとき(被控訴人東京海上に対する請求は,その性質上,条件付で認容されるべきものである。),

      被控訴人AB両名の控訴人に対する損害金合計額88万4724円及びこれに対する本件事故の日である平成5年10月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから,これを棄却すべきである。

      第4 以上のとおりであるから,被控訴人らの附帯控訴に基づいて,原判決を上記第3の7のとおりに変更し,控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条,61条,64条,65条を適用して,主文のとおり判決する。

H13.10.19 盛岡地判 事件番号 平13(ワ)7

  • 判決
    • 第5 当裁判所の判断

      1 認定事実

      証人Bの供述及び甲1ないし17号証,乙1ないし3号証並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

      (1) 営業用小型車両の法定耐用年数

      法人税法上,営業用小型車両の法定耐用年数は,減価償却資産の耐用に関する財務省令により,3年と規定されている。

      (2) 本件被害車両

      本件被害車両は,平成7年7月に初度登録のなされた小型乗用自動車であり,本件事故時の走行距離は約22万7600キロメートルであった。

      (3) 原告の使用する車両の状況

      原告は,普通のタクシー(小型車)12台,ジャンボタクシー1台,介護用タクシー1台の計14台を所有してタクシー営業に供している。

      小型車12台のうち,10台は初度登録が平成7年ないし平成9年のものであり,これらについては初度登録から既に3年を越えて,現在も営業に供されている。

      このうち,初度登録が最も早いものは平成7年3月初度登録のものであり,本件被害車両は,平成7年に初度登録された3台の中では一番新しいものである。

      原告におけるこのような車両の使用状況は,北上市でタクシー営業を行う原告においては,都会のタクシーと違い,単位期間当たりの走行距離が短いことから,使用年数を長くしている,との事情が存する。

      (4) 原告による本件被害車両修理の状況

      ① 原告は,平成12年8月10日の事故後,被害車両をすぐに修理工場に持ち込んだものの,被告が損害保険契約を締結しているC共済の対応が明らかでなかったことなどから,

      直ちには修理に着手せず,C共済の方針が全損認定であることが明らかとなった同月29日(乙3)から修理に着手し,9月12日(甲1)に修理が完了して,その納車を受けた。

      ② 修理に要した部品は,原告が部品会社から買い入れており,その金額は合計22万5435円で,原告は平成12年10月20日ころ,同額を部品会社に支払った(甲16,17)。

      ③ 修理業者から請求された修理代金は28万0846円であり,原告は平成12年9月20日ころ,同額を修理業者に支払った(甲1,15)。

      (5) 乗用車の新規購後,営業に供するまでに必要な作業

      乗用車を新規に購入し,これをタクシー営業に供するためには,

      ・燃料系統をLPガス対応のものに改造すること。
      ・タクシー営業用に塗装し,メーター器,社名灯,GPSなどを取り付けること。
      ・ナンバープレートを,事業用車両として登録した番号のものに付け替えること。
      などの作業が必要となる。

      2 検討

      (1) 修理費用について

      本件被害車両が,前記財務省令の規定する法定耐用年数である3年を超過して使用されている車両であることは被告主張のとおりであるが,

      前記認定事実に鑑みると,原告が上記法定耐用年数を越えて小型車を使用することには合理的理由があるから,原告の営業において,本件被害車両が既に耐用年数を経過し,経済的
      に修理不能となったと解することはできない。

      したがって,本件被害車両の修理に関する損害としては,現に原告が支出した合計金50万6281円と認めるのが相当である。

      (2) 休車損について

      前記認定事実によれば,修理に要した期間は平成13年8月29日から同年9月12日までの15日間と認められ,一日当たりの営業利益を金8000円とすることに争いはないから,合計金12万円を休車損の額と認めるのが相当である。

      (3) 弁護士費用について

      以上によれば,原告は被告に対し,修理費用及び休車損害賠償として合計金62万6281円を請求できるから,原告に要した弁護士費用は,その1割に相当する6万2628円と認めるのが相当である。

      (4) まとめ

      以上より,原告は被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,合計金68万8909円及びこれに対する,不法行為日後である平成12年8月11日から支払済みまで,民法所定の利率である年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。

      第6 結語

      以上より,原告の請求は主文第1項記載の限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用について民事訴訟法61条,64条ただし書を,仮執行宣言について同法259条1項を各適用して,主文のとおり判決する。

  • 生命保険契約に付加された災害割増特約についての約款に基づき災害死亡保険金の支払を請求する場合における偶発的な事故についての主張立証責任

H13.04.20 最高(二小)判 事件番号 平10(オ)897

  • 判決
    • 【要旨】本件約款に基づき,保険者に対して災害割増特約における災害死亡保険金の支払を請求する者は,発生した事故が偶発的な事故であることについて主張,立証すべき責任を負うものと解するのが相当である。

      けだし,本件約款中の災害割増特約に基づく災害死亡保険金の支払事由は,不慮の事故とされているのであるから,発生した事故が偶発的な事故であることが保険金請求権の成立要件であるというべきであるのみならず,

      そのように解さなければ,保険金の不正請求が容易となるおそれが増大する結果,保険制度の健全性を阻害し,ひいては誠実な保険加入者の利益を損なうおそれがあるからである。

      本件約款のうち,被保険者の故意により災害死亡保険金の支払事由に該当したときは災害死亡保険金を支払わない旨の定めは,災害死亡保険金が支払われない場合を確認的注意的に規定したものにとどまり,

      被保険者の故意により災害死亡保険金の支払事由に該当したことの主張立証責任を保険者に負わせたものではないと解すべきである。   

       以上によれば,本件転落が偶発的な事故であることについて,上告人に主張立証責任があるとした原審の判断は正当として是認することができる

  • 1 交通事故と医療事故とが順次競合し運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合において各不法行為者が責任を負うべき損害額を被害者の被った損害額の一部に限定することの可否
  • 2 交通事故と医療事故とが順次競合し運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合の各不法行為者と被害者との間の過失相殺の方法

H13.03.13 最高(三小)判 事件番号 平10(受)168

  • 判決
    • 【要旨1】本件交通事故における運転行為と本件医療事故における医療行為とは民法719条所定の共同不法行為に当たるから,各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯して責任を負うべきものである。

      本件のようにそれぞれ独立して成立する複数の不法行為が順次競合した共同不法行為においても別異に解する理由はないから,

      被害者との関係においては,各不法行為者の結果発生に対する寄与の割合をもって被害者の被った損害の額を案分し,各不法行為者において責任を負うべき損害額を限定することは許されないと解するのが相当である。

      けだし,共同不法行為によって被害者の被った損害は,各不法行為者の行為のいずれとの関係でも相当因果関係に立つものとして,各不法行為者はその全額を負担すべきものであり,

      各不法行為者が賠償すべき損害額を案分,限定することは連帯関係を免除することとなり,共同不法行為者のいずれからも全額の損害賠償を受けられるとしている民法719条の明文に反し,

      これにより被害者保護を図る同条の趣旨を没却することとなり,損害の負担について公平の理念に反することとなるからである。

      【要旨2】本件のような共同不法行為においても,過失相殺は各不法行為の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり,他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしん酌して過失相殺をすることは許されない。

  • 不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろう遺族厚生年金の逸失利益性

H12.11.14 最高(三小)判 事件番号 平11(受)257

  • 判決
    • 【要旨】他人の不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろう右年金は、右不法行為による損害としての逸失利益には当たらないと解するのが相当である。

  • 不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろういわゆる軍人恩給としての扶助料の逸失利益性

H12.11.14 最高(三小)判 事件番号 平11(受)1390

  • 判決
    • 【要旨】他人の不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろう扶助料は、右不法行為による損害としての逸
      失利益には当たらないと解するのが相当である 

  • 不法行為によって扶養者が死亡した場合における被扶養者の将来の扶養利益喪失による損害額の算定方法不法行為によって扶養者が死亡した場合における被扶養者の将来の扶養利益喪失による損害額の算定方法

H12.09.07 最高(三小)判 事件番号 平11(受)94

  • 判決
    • 【要旨】その扶養利益喪失による損害額は、相続により取得すべき死亡者の逸失利益の額と当然に同じ額となるものではなく、個々の事案において、扶養者の生前の収入、
      そのうち被扶養者の生計の維持に充てるべき部分、被扶養者各人につき扶養利益として認められるべき比率割合、扶養を要する状態が存続する期間などの具体的事情
      に応じて適正に算定すべきものである。

  • 相手方の同意を得ないで相手方との会話を録音したテープの証拠能力が認められた事例

H12.07.12 最高(二小)判 事件番号 平11(あ)96

  • 判決
    • 【要旨】本件で証拠として取り調べられた録音テープは、被告人から詐欺の被害を受けたと考えた者が、被告人の説明内容に不審を抱き、後日の証拠とするため、被告人との会話を録音したものであるところ、

      このような場合に、一方の当事者が相手方との会話を録音することは、たとえそれが相手方の同意を得ないで行われたものであっても、違法ではなく、右録音テープの証拠能力を争う所論は、理由がない。

  • 一 長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた労働者がうつ病にり患し自殺した場合に使用者の民法七一五条に基づく損害賠償責任が肯定された事例
  • 二 業務の負担が過重であることを原因として心身に生じた損害につき労働者がする不法行為に基づく賠償請求において使用者の賠償額を決定するに当たり右労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等をしんしゃくすることの可否

H12.03.24 最高(二小)判 事件番号 平10(オ)217

  • 判決
    • 【要旨1】原審は、右経過に加えて、うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し、Fの業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上、

      Fの上司であるL及びMには、Fが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして、一審被告の民法七一五条に基づく損害賠償責任を肯定したものであって、その判断は正当として是認することができる

      【要旨2】労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんし
      ゃくすることはできないというべきである。

  • 交通事故の被害者の保有者に対する損害賠償請求権が第三者に転付された場合と自動車損害賠償保障法一六条一項に基づく被害者の保険会社に対する損害賠償額支払請求権の帰すう

H12.03.09 最高(二小)判 事件番号 平9(オ)992

  • 判決
    • 【要旨】交通事故の被害者の保有者に対する損害賠償請求権が第三者に転付された後においては、被害者は転付された債権額の限度において自賠法一六条一項に基づく責任賠償金の支払請求権を失うものと解するのが相当である。

      けだし、自動車損害賠償責任保険は、保有者が被害者に対して損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補することを目的とする責任保険であり、

      自賠法一六条一項は、被害者の損害賠償請求権の行使を円滑かつ確実なものとするため、右損害賠償請求権行使の補助的手段として、被害者が保険会社に対して直接に責任賠償金の支払を請求し得るものとしているのであって(最高裁昭和六〇年(オ)第二一七号平成元年四月二〇日第一小法廷判決・民集四三巻四号二三四頁参照)、

      その趣旨にかんがみれば、自賠法一六条一項に基づく責任賠償金の支払請求権は、被害者が保有者に対して損害賠償請求権を有していることを前提として認められると解すべきだからである。

  • 交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態となった後に別の原因により死亡した場合に死亡後の期間に係る介護費用を右交通事故による損害として請求することの可否

H11.12.20 最高(一小)判 事件番号 平10(オ)583

  • 判決
    • 【要旨】交通事故の被害者が事故後に別の原因により死亡した場合には、死亡後に要したであろう介護費用を右交通事故による損害として請求することはできないと解するのが相当である。

  • 一 不法行為により死亡した者の相続人が被害者の得べかりし障害基礎年金及び障害厚生年金を逸失利益として請求することの可否
  • 二 不法行為により死亡した者の相続人が被害者の得べかりし障害基礎年金及び障害厚生年金についての各加給分を逸失利益として請求することの可否                                                      
  • 三 障害基礎年金及び障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合にその相続人がする損害賠償請求において当該相続人が受給権を取得した遺族基礎年金及び遺族厚生年金を控除すべき損害の費目

H11.10.22 最高(二小)判 事件番号 平9(オ)434

  • 判決
    • 【要旨第一】障害年金を受給していた者が不法行為により死亡した場合には、その相続人は、加害者に対し、障害年金の受給権者が生存していれば受給することができたと認められる障害年金の現在額を同人の損害として、その賠償を求めることができるものと解するのが相当である

      【要旨第二】右各加給分については、年金としての逸失利益性を認めるのは相当でないというべきである

      【要旨第三】この場合において、右のように遺族年金をもって損益相殺的な調整を図ることのできる損害は、財産的損害のうちの逸失利益に限られるものであって、

      支給を受けることが確定した遺族年金の額がこれを上回る場合であっても、当該超過分を他の財産的損害や精神的損害との関係で控除することはできないというべきである。

  •  トラックに積載された鋼管くいをクレーン車の装置により荷下ろしする際に玉掛け作業を手伝った右トラックの運転者が鋼管くいの落下により死亡した事故につき右運転者が右クレーン車の運転補助者とはいえず自動車損害賠償保障法三条にいう「他人」に当たるとされた事例

H11.07.16 最高(二小)判 事件番号 平(オ)317

  • 判決
    • 【要旨】本件トラックにより本件工事現場へ運搬された鋼管くいは現場車上渡しとする約定であり、本件トラックの運転者Gは、Hが行う荷下ろし作業について、指示や監視をすべき立場になかったことはもちろん、右作業を手伝う義務を負う立場にもなかった。

      また、鋼管くいが落下した原因は、前記のとおり、鋼管くいを安
      全につり上げるのには不適切な短いワイヤーロープを使用した上、本件クレーンの補巻フックにシャックルを付けずにワイヤーロープを装着したことにあるところ、

      これらはすべてHが自らの判断により行ったものであって、Gは、Hが右のとおりワイヤーロープを装着した後に、好意から玉掛け作業を手伝い、フックとシャックルをワイヤーロープの両端に取り付け、

      鋼管くいの一端にワイヤーロープの下端のフックを引っ掛けて玉掛けをするという作業をしたにすぎず、Gの右作業が鋼管くい落下の原因となっているものではない。

      そうすると、Gは、本件クレーン車の運転補助者には該当せず、自賠法三条本文にいう「他人」に含まれると解するのが相当である。 

  • と乙とが乗車中の自動二輪車の交通事故により死亡した甲の相続人が捜査機関の認定に反することを知りながら乙を運転者と主張して乙に対してした損害賠償請求訴訟の提起が違法な行為とはいえないとされた事例

H11.04.22 最高(一小)判 事件番号 平7(オ)160

  • 判決
    • 【要旨】以上によれば、本件において、上告人らが、捜査機関が運転者をEと認定したことを知っていたからといって、被上告人B1に対する損害賠償請求権を有しないことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて本訴を提起したとは認められないから、上告人らの本訴提起は、いまだ裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとはいえず、被上告人B1に対する違法な行為とはいえないというべきである。 

  • 国民健康保険の保険者からの療養の給付に先立って自動車損害賠償保障法一六条一項の規定に基づく損害賠償額の支払がされた場合に右保険者が国民健康保険法六四条一項の規定に基づき代位取得する損害賠償請求権の額




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