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  • 身体に対する加害行為によつて生じた損害について被害者の心因的要因が寄与しているときと民法七二二条二項の類推適用

S63.04.21 最高(一小)判 事件番号 昭59(オ)33

  • 判決
    • 思うに,身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において,その損害がその加害行為のみによつて通常発生する程度,範囲を超えるものであつて,かつ,その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは,

      損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して,その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解するのが相当である。

  • 酔客が遊歩道上の防護柵を越えて荒湯桶に転落死亡した事故につき営造物の設置又は管理に瑕疵がないとされた事例

S63.01.21 最高(一小)判 事件番号 昭59(オ)1482

  • 判決
    • 国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵の有無については,当該営造物の構造,用法,場所的環境等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきところ(最高裁昭和五三年オ)第七六号同五三年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇九頁),

      前記事実関係に照らすと,前記遊歩道から本件荒湯桶に転落するのを防止するため,本件防護柵が設置されており,その材質,高さ,形状等の構造に加え,右遊歩道の状況や荒湯が高温のため危険であることを警告する立札の設置,夜間照明の実施等の措置がとられていたことを考慮すると,

      本件防護柵は,その本来の用法である転落防止の機能に欠けるところはなかつたものというべきであり,更に,亡Dは隣町に住む当時三六歳の健康な男子であり,

      本件事故は,同人が右遊歩道上を通行中に発生したものではなく,同人が飲酒により相当銘酊したうえ,近くに休憩用長椅子が三個も用意されていたのに,

      太さ約二〇センチメートルの丸い鉄パイプが一本通つている構造の本件防護柵に後向きに腰掛けようとして身体の平衡を失い,後方に転落したというのであつて,同人の行動は,本件防護柵の本来の用法に即したものということができないから,

      同人の転落死亡事故は,本件荒湯桶の設置管理者である上告人において通常予測できない行動に起因するものであつたということができる。

      また,前記のとおり,右遊歩道上から本件荒湯桶への転落防止策としては,本件防護柵の設置をもつて足りるものとする以上,右遊歩道上から本件荒湯桶に転落した亡Dとの関係においては,本件荒湯桶に蓋がなかつたことをもつて,その設置,管理について瑕疵があつたものということはできない。

      そうだとすれば,右営造物につき通常有すべき安全性を欠いていたものということはできず,亡Dのした通常の用法に即しない行動の結果生じた事故について,上告人はその設置管理者としての責任を負うべき理由はない 

  • 自動車損害賠償保障法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務の履行遅滞となる時期

S62.10.09 最高(三小)判 事件番号 昭59(オ)696

  • 判決
    • 自動車損害賠償保障法一六条一項が被害者の保有者及び運転者に対する損害賠償請求権とは別に保険会社に対する直接請求権を認めた法意に照らすと、同項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務は、期限の定めのない債務として発生し、民法四一二条三項により保険会社が被害者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものと解するのが相当である

  • 労働者災害補償保険法による休業補償給付若しくは傷病補償年金又は厚生年金保険法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの)による障害年金を被害者の受けた財産的損害のうちの積極損害又は精神的損害から控除することの可否

S62.07.10 最高(二小)判 事件番号 昭58(オ)128

  • 判決
    • 民事上の損害賠償の対象となる損害のうち,労災保険法による休業補償給付及び傷病補償年金並びに厚生年金保険法による障害年金が対象とする損害と同性質であり,

      したがつて,その間で前示の同一の事由の関係にあることを肯定することができるのは,財産的損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみであつて,財産的損害のうちの積極損害(入院雑費,付添看護費はこれに含まれる。)及び精神的損害(慰藉料)は右の保険給付が対象とする損害とは同性質であるとはいえないものというべきである。

      したがつて,右の保険給付が現に認定された消極損害の額を上回るとしても,当該超過分を財産的損害のうちの積極損害や精神的損害(慰藉料)を填補するものとして,右給付額をこれらとの関係で控除することは許されないものというべきである

  •  一部保険における保険者の請求権代位の範囲

S62.05.29 最高(二小)判 事件番号 昭和58(オ)760

  • 判決
    • 損害保険において,保険事故による損害が生じたことにより,被保険者が第三者に対して権利を取得した場合において,保険者が被保険者に損害を填補したときは,

      保険者は,その填補した金額を限度として被保険者が第三者に対して有する権利を代位取得する(商法六六二条一項)ものであるが,

      保険金額が保険価額(損害額)に達しない一部保険の場合において,被保険者が第三者に対して有する権利が損害額より少ないときは,一部保険の保険者は,填補した金額の全額について被保険者が第三者に対して有する権利を代位取得することはできず,

      一部保険の比例分担の原則に従い,填補した金額の損害額に対する割合に応じて,被保険者が第三者に対して有する権利を代位取得することができるにとどまるものと解するのが相当である。 

  • 一 人格権又は条理を根拠とするいわゆる反論文掲載請求権の成否

二 新聞紙上における政党間の批判・論評の意見広告につき名誉毀損の不法行為の成立が否定された事例

S62.04.24 最高(二小)判 事件番号 昭55(オ)1188

  • 判決
    • 新聞の記事に取り上げられた者が,その記事の掲載によつて名誉毀損の不法行為が成立するかどうかとは無関係に,自己が記事に取り上げられたというだけの理由によつて,

      新聞を発行・販売する者に対し,当該記事に対する自己の反論文を無修正で,しかも無料で掲載することを求めることができるものとするいわゆる反論権の制度は,

      記事により自己の名誉を傷つけられあるいはそのプライバシーに属する事項等について誤つた報道をされたとする者にとつては,機を失せず,同じ新聞紙上に自己の反論文の掲載を受けることができ,

      これによつて原記事に対する自己の主張を読者に訴える途が開かれることになるのであつて,かかる制度により名誉あるいはプライバシーの保護に資するものがあることも否定し難いところである。

      しかしながら,この制度が認められるときは,新聞を発行・販売する者にとつては,原記事が正しく,反論文は誤りであると確信している場合でも,あるいは反論文の内容がその編集方針によれば掲載すべきでないものであつても,その掲載を強制されることになり,

      また,そのために本来ならば他に利用できたはずの紙面を割かなければならなくなる等の負担を強いられるのであつて,これらの負担が,批判的記事,ことに公的事項に関する批判的記事の掲載をちゆうちよさせ,憲法の保障する表現の自由を間接的に侵す危険につながるおそれも多分に存するのである。

      このように,反論権の制度は,民主主義社会において極めて重要な意味をもつ新聞等の表現の自由(前掲昭和六一年六月一一日大法廷判決参照)に対し重大な影響を及ぼすものであつて,

      たとえ被上告人の発行するD新聞などの日刊全国紙による情報の提供が一般国民に対し強い影響力をもち,その記事が特定の者の名誉ないしプライバシーに重大な影響を及ぼすことがあるとしても,

      不法行為が成立する場合にその者の保護を図ることは別論として,反論権の制度について具体的な成文法がないのに,反論権を認めるに等しい上告人主張のような反論文掲載請求権をたやすく認めることはできないものといわなければならない。 

  • 自家用自動車保険普通保険約款所定の対人事故通知義務の懈怠の効果

S62.02.20 最高(二小)判 事件番号 昭60(オ)1365

  • 判決
    • 本件保険契約に適用される自家用自動車保険普通保険約款(昭和五三年一一月一日改訂前のもの。)六章一二条二号は,保険契約者又は被保険者が事故の発生を知つたときには事故発生の日時,場所,事故の状況,損害又は傷害の程度,被害者の住所,氏名等を遅滞なく書面で保険者に対して通知すべきである旨規定し(以下この通知を「事故通知」という。),

      また,同一四条は,対人事故の場合の特則として,保険者が保険契約者又は被保険者から一二条二号による事故通知を受けることなく事故発生の日から六〇日を経過した場合には,保険契約者又は被保険者が過失なくして事故の発生を知らなかつたとき又はやむを得ない事由により右の期間内に事故通知できなかつたときを除いて,保険者は事故に係る損害をてん補しない旨規定しているのであるが,

      この規定をもつて,対人事故の場合に右の期間内に事故通知がされなかつたときには,右例外に当たらない限り,常に保険者が損害のてん補責任を免れうることを定めたものと解するのは相当でなく,

      保険者が損害のてん補責任を免れうる範囲の点についても,また,事故通知義務が懈怠されたことにより生じる法律効果の点についても,右各規定が保険契約者及び被保険者に対して事故通知義務を課している目的及び右義務の法的性質からくる制限が自ら存するものというべきであるところ,

      右各規定が,保険契約者又は被保険者に対して事故通知義務を課している直接の目的は,保険者が,早期に保険事故を知ることによつて損害の発生を最小限度にとどめるために必要な指示を保険契約者又は被保険者等に与える等の善後措置を速やかに講じることができるようにするとともに,

      早期に事故状況・原因の調査,損害の費目・額の調査等を行うことにより損害のてん補責任の有無及び適正なてん補額を決定することができるようにすることにあり,

      また,右事故通知義務は保険契約上の債務と解すべきであるから,保険契約者又は被保険者が保険金を詐取し又は保険者の事故発生の事情の調査,損害てん補責任の有無の調査若しくはてん補額の確定を妨げる目的等保険契約における信義誠実の原則上許されない目的のもとに事故通知をしなかつた場合においては保険者は損害のてん補責任を免れうるものというべきであるが,

      そうでない場合においては,保険者が前記の期間内に事故通知を受けなかつたことにより損害のてん補責任を免れるのは,事故通知を受けなかつたことにより損害を被つたときにおいて,

      これにより取得する損害賠償請求権の限度においてであるというべきであり,前記一四条もかかる趣旨を定めた規定にとどまるものと解するのが相当である。 

  • レール上の置石により生じた電車の脱線転覆事故について置石をした者との共同の認識ないし共謀のない者が事故回避措置をとらなかつたことにつき過失責任を負う場合

S62.01.22 最高(一小)判 事件番号 昭60(オ)322

  • 判決
    • およそ列車が往来する電車軌道のレール上に物を置く行為は,多かれ少なかれ通過列車に対する危険を内包するものであり,ことに当該物が拳大の石である場合には,

      それを踏む通過列車を脱線転覆させ,ひいては不特定多数の乗客等の生命,身体及び財産並びに車両等に損害を加えるという重大な事故を惹起させる蓋然性が高いといわなければならない。

      このように重大な事故を生ぜしめる蓋然性の高い置石行為がされた場合には,その実行行為者と右行為をするにつき共同の認識ないし共謀がない者であつても,

      この者が,仲間の関係にある実行行為者と共に事前に右行為の動機となつた話合いをしたのみでなく,これに引き続いてされた実行行為の現場において,

      右行為を現に知り,事故の発生についても予見可能であつたといえるときには,右の者は,実行行為と関連する自己の右のような先行行為に基づく義務として,当該置石の存否を点検確認し,これがあるときにはその除去等事故回避のための措置を講ずることが可能である限り,

      その措置を講じて事故の発生を未然に防止すべき義務を負うものというべきであり,これを尽くさなかつたため事故が発生したときは,右事故により生じた損害を賠償すべき責任を負うものというべきである 

  • 就労前の年少女子の得べかりし利益の喪失による損害賠償額を女子労働者の平均給与額によつて算定する場合と家事労働分の加算の可否

S62.01.19 最高(二小)判 事件番号 昭58(オ)331

  • 判決
    • Dが専業として職業に就いて受けるべき給与額を基準として将来の得べかりし利益を算定するときには,Dが将来労働によつて取得しうる利益は右の算定によつて評価し尽くされることになると解するのが相当であり,

      したがつて,これに家事労働分を加算することは,将来労働によつて取得しうる利益を二重に評価計算することに帰するから相当ではない。そして,賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差は現実の労働市場における実態を反映していると解されるところ,

      女子の将来の得べかりし利益を算定するに当たつて,予測困難な右格差の解消ないし縮少という事態が確実に生じるものとして現時点において損害賠償額に反映させ,これを不法行為者に負担させることは,損害賠償額の算定方法として必ずしも合理的なものであるとはいえない。

      したがつて,Dの得べかりし利益を算定するにつき,Dの受けるべき給与額に更に家事労働分を加算すべきではないとした原審の認定判断は,正当として是認することができる。

  • 満一歳の女児の逸失利益を女子労働者の全年齢平均賃金額を基準として算定しても不合理ではないとされた事例

S61.11.04 最高(三小)判 事件番号 昭59(オ)544

  • 判決
    • 原審が,亡D(本件事故当時満一歳の女児)の将来の得べかりし利益の喪失による損害賠償額を算定するに当たり,

      昭和五七年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者の全年齢平均賃金額を基準として収入額を算定したうえ,

      その後の物価上昇ないし賃金上昇を斟酌することなくライプニツツ式計算法により民法所定の年五分の利率による中間利息を控除しその事故時における現在価額を算定したことは,交通事故により死亡した幼児の将来得べかりし利益の算定として不合理なものとはいえず

  • 自動車損害賠償保障法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務の履行遅滞となる時期

S61.10.09 最高(一小)判 事件番号 昭和59(オ)696

  • 判決
    • 自動車損害賠償保障法一六条一項が被害者の保有者及び運転者に対する損害賠償請求権とは別に保険会社に対する直接請求権を認めた法意に照らすと,

      同項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務は,期限の定めのない債務として発生し,民法四一二条三項により保険会社が被害者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものと解するのが相当である

  •  警察官のパトカーによる追跡を受けて車両で逃走する者が惹起した事故により第三者が損害を被つた場合において右追跡行為が国家賠償法一条一項の適用上違法であるというための要件

S61.02.27 最高(一小)判 事件番号 昭58(オ)767

  • 判決
    • およそ警察官は,異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断してなんらかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者を停止させて質問し,

      また,現行犯人を現認した場合には速やかにその検挙又は逮捕に当たる職責を負うものであつて(警察法二条,六五条,警察官職務執行法二条一項),

      右職責を遂行する目的のために被疑者を追跡することはもとよりなしうるところであるから,警察官がかかる目的のために交通法規等に違反して車両で逃走する者をパトカーで追跡する職務の執行中に,逃走車両の走行により第三者が損害を被つた場合において,

      右追跡行為が違法であるというためには,右追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか,又は逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし,追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するものと解すべきである。 

  •  大型貨物自動車の運転者につき自車を避譲して走行中の自転車の追抜きを差し控えるべき注意義務があるとされた事例

S60.04.30 最高(一小)判 事件番号 昭59(あ)220

  • 判決
    • 本件道路は大型貨物自動車の通行が禁止されている幅員四メートル弱の狭隘な道路であり,被害者走行の有蓋側溝に接して民家のブロツク塀が設置されていて,

      道路左端からブロツク塀までは約九〇センチメートルの間隔しかなかつたこと,側溝上は,蓋と蓋の間や側溝縁と蓋の間に隙間や高低差があつて自転車の安全走行に適さない状況であつたこと,

      被害者は七二歳の老人であつたことなど原判決の判示する本件の状況下においては,被告人車が追い抜く際に被害者が走行の安定を失い転倒して事故に至る危険が大きいと認められるのであるから,

      たとえ,同人が被告人車の警笛に応じ避譲して走行していた場合であつても,大型貨物自動車の運転者たる被告人としては,被害者転倒による事故発生の危険を予測して,その追い抜きを差し控えるべき業務上の注意義務があつたというべきであり, 

  •  交差点における衝突事故につき加害自動車と被害歩行者がともに青信号で交差点に入つたとの認定に経験則違反又は理由不備,理由齟齬の違法があるとされた事例

S60.04.26 最高(二小)判 事件番号 昭56(オ)880

  • 判決
    • しかしながら,原判決の右説示のうち,まず右二(二)の(2)についてみるに,「イ」地点から南側歩道までは〇・八メートル,衝突地点までは一・七メートルというのであるから,

      衝突地点は南側歩道から二・五メートルの距離にあることになるところ,原審と同様の計算方法によれば,被害者がこの間を歩行するのに必要な時間は約二・二五秒にすぎず,

      Eの反応時間と制動時間を合わせた約三・八秒との間には衝突後停止までの時間を考慮してもなおかなりの差があるのに,本件事故が現に発生しているのであつて,所論のとおり被害者が衝突の直前に立ちすくむことも十分考えられるのであるから,

      被害者が「イ」地点から衝突地点までに要する試算上の時間とEの被害者発見後衝突までに要する時間との単純な比較から直ちに,Eが被害者を「イ」地点に発見したとする限り衝突の可能性がないとした原審の判断は,合理性を欠くものというほかはない。

      次に,原審の前記説示によれば,Eの運転する加害車はグリーンベルトから二番目の車線を走行してきて交差点に入り,直進したというのであつて,

      別紙図面にも照らすと加害車が交差点に入つてから本件横断歩道の東側の線に達するまでの距離は,五四・二〇メートルと六八・七三メートルとの平均値である六一・四七メートル前後となる。

      更に,同図面によると横断歩道の幅員は四メートルであり,また,Eの供述記載によれば,横断歩道内の衝突地点から停止地点までの距離は三・一メートルであるというのであり,この記載部分は原審も排斥しているわけではないのであつて,

      結局,加害車が交差点に入つてから停止するまでの距離は最大でもこれらを合計した六八・五七メートル前後をこえないことになる。

      原審は,他方では,Eは,停止地点の二六・五メートル手前で,横断を始めようとする態勢にある被害者を発見し,急停止の措置をとつたというのであるから,

      Eは被害者の対面信号が青に変わる瞬間に横断態勢にある被害者を発見したと仮定しても,Eの対面信号である「A」,「B」信号機が黄に変わつたのはその四秒前であり,

      この四秒間に加害車が原審認定の時速四〇キロメートルで走行した距離は計算上四四・四メートルとなるから,「A」,「B」信号機が黄に変わつたのは加害車が停止地点より七〇・九メートル手前の地点にいたときということになる。

      しかも,これは,右のとおりEが被害者の対面信号の青に変わる瞬間に横断態勢にある被害者を発見したとの仮定の上に立つものであるところ,被害者が対面信号の青に変わるのを認識してから横断態勢に入り,

      かつ,そのことを外部から認識することができるような状態となるまでには若干の時間を要するものと考えられること,夜間の降雨時で前方の見通しが十分でなかつたこと,

      原審の採用した前記G証言には,本件横断歩道の南側で信号待ちをしていた歩行者は(被害者のほかにも)四,五人いたとする部分があることなどを考慮すると,

      この仮定には無理があるものというべきであつて,被害者が青信号で横断を開始したとする以上,Eが横断態勢にある被害者を発見した時には,被害者の対面信号が青に変わつてから若干の時間を経たのちであつたものとみるほかはなく,

      この間にも加害車は時速四〇キロメートルで走行を続けていたのであるから,右七〇・九メートルという距離は更に長いものであつたことになるのである。

      そうだとすれば,加害車は,「A」,「B」信号機が青から黄に変わつた時には東西道路西進車両用の東詰め停止線よりも更に東側にいたことになり,これらの信号機が黄に変わつたのちに交差点に進入したものというべきことになるのであつて,加害車が黄に変わる直前の青で交差点に進入したとの認定と矛盾する。

      更にまた,原審認定の被害者発見後一秒間というEの反応時間については,加害車の走行状況を外部からみた場合には,なんらの異常を認め得ないものと考えられるところ,

      前記甲第三号証の七及び乙第二号証(いずれもFの供述調書)には,原審が排斥した部分を考慮しても,交差点北詰めで発進準備をしながら信号待ちをしていたFが,

      少なくとも加害車の走行状態の異常に気付くまでは対面信号が青に変わつたことを認識していなかつたことをうかがわせるに足りる記載があり,

      もしEが被害者の対面信号が青に変わつた瞬間に被害者を発見したのであるとすれば,被害者の対面信号とFの対面信号とは同時に青に変わるのであるから,

      Fは,発進準備をしながら信号待ちをしていたというのに,その対面信号が青に変わつたことに一秒間も気付かなかつたことになり,

      このことは,他に特段の事情のない限り,Eが横断態勢にある被害者を発見した時には,Fの対面信号,したがつてまた被害者の対面信号がまだ青に変わつていなかつたことを疑わせるものと考えられるのである。

      そうすると,原審の前記説示には,上記のような点において経験則違反又は理由不備,理由齟齬の違法があるものというべく,この違法が原判決中上告人敗訴部分に影響を及ぼすことは明らかである 

  •  薬剤の能書の記載と医師の注意義務

S60.04.09 最高(三小)判 事件番号 昭57(オ)374

  • 判決
    • (一)本件注射と亡Dの死亡との間には因果関係があり,(二)チトクロームCの注射については,それがシヨツク症状を起こしやすい薬剤であり,右症状の発現の危険のある者を識別するには,所論の皮膚反応による過敏性試験は不確実,不十分なものであつて,

      更に医師による本人及び近親者のアレルギー体質に関する適切な問診が必要不可欠であるということが右死亡事故発生当時の臨床医の間で一般的に認められていた,というのである。

      したがつて,原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて,右薬剤の能書等に使用上の注意事項として,本人又は近親者がアレルギー体質を有する場合には慎重に投与すべき旨が記載されていたにすぎないとしても,医師たる上告人としては,シヨツク症状発現の危険のある者に対しては右薬剤の注射を中止すべきてあり,

      また,かかる問診をしないで,前記過敏性試験の陰性の結果が出たことから直ちに亡Dに対して本件注射をしたことに上告人の医療上の過失があるとした原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない 





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